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第5章 マッキンゼ領での旅
第74話 闘諍
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「これ良い香りで美味しいですー」
エミリスは宿までの帰り道で買ったワッフルを歩きながら食べていた。
たまたま店の前を通りがかったときが、ちょうど開店時間だった。それを見かけた彼女は、そのまま店に吸い込まれていったのだ。アティアスを引き摺るようにして。
仕方なく、5個だけ買うことを許可した。
「朝からそんな甘いものを……」
呆れるが、いつものことでもあり、もう気にしない。
メープルシロップのいい香りが漂ってきていた。
「アティアス様も1つ食べます?」
「……いや、俺はいいよ」
彼が断ると、彼女はそのまま2個目を食べ始めた。
最後の1個を食べ終わったとき、ちょうど宿に帰りついた。
「今日はもう外出するのやめておきますか?」
「そうだな。それともエミーはまだどこか行きたいところあるのか?」
「いえ、特には。宿でアティアス様と過ごすのも楽しいですし」
「ならゆっくりするか。明日早朝に出発しよう」
「はい。……あと、今日も可愛がってくれると私が喜びますよ?」
彼の腕を掴んだまま、彼女が下から見上げる。
特に急ぎの用もないし、昨日頑張ってくれたお礼として、今日は彼女に付き合ってあげようとアティアスは思った。
◆
「今晩にはミニーブルに着きますね」
馬に乗ったエミリスは、前を行くアティアスに話しかけた。早朝にダライを出発したので、時刻はまだ10時を回った頃だ。
「そうだな。……周りに異常はないか?」
「はい。……比較的近いのは、後ろから馬車が近づいてきてるのと、前に徒歩3人のパーティがいるくらいです」
彼女は周囲に魔力の網を張り巡らせて、常に周りを監視していた。性別など細かいことまでは分からないが、動くものや体温のあるものなら大抵感知することができた。
「ありがとう。それだけ周りに魔力出して、魔力切れにならないのがすごいな」
「うーん、魔力って切れるものなんですかねぇ……?」
「少なくとも俺は切れるぞ。たぶん、切れないのはエミーくらいだろ」
「そもそも、魔力ってどこから湧いてくるんでしょうね……」
ふと、彼女が疑問を投げかけてくる。
確かに、魔力が切れても時間が経てば回復する。それは薄いながらも周囲に魔力が満ちているからだと言われているが、それでどうやって補給しているのだろうか。
「……俺には全然わからないな。今度ドーファン先生にでも聞いてみるか」
「ですねー。あ、もう少しで馬車からこちらが見えるようになります」
「わかった。少し道から離れてやり過ごすか」
「了解です」
アティアスの判断に、二人は馬を操って道路脇の草むらに入る。
その状態で止めると、馬は休憩と判断して足元の草を喰み始めた。
しばらくすると、一台の馬車が通り過ぎて行った。
かなり立派な馬車で、どこかの貴族が乗っているのだろうか。もちろんアティアスも公務ならあのような馬車で移動することはあるが、退屈なので自分から乗りたいとは思わなかった。
「もしかしたら、俺たちと同じようにマッキンゼ卿に招待されてるのかもな」
「なるほど、それはあり得ますねー」
「ま、ここで止まったついでに、しばらく休憩していくか」
「はーい。私おやつ食べたいです」
馬から降りながら彼女が言う。
「……まぁ良いけど、全部食べてしまうんじゃないぞ?」
「う……。善処します……」
彼が釘を刺すが、彼女は歯切れの悪い返事を返した。
「あれ? さっきの馬車、この先で停まりましたね……」
おやつを食べながら彼女が不思議そうに話す。
遠くて見えないが、彼女は周りを監視していることもあって、異変に気付くことができた。
「何かあったのかな」
「うーん……? 前の3人のパーティと近い辺りですね。気にはなりますけど……」
「うちの領地じゃないからな。ただ、関係してるのが貴族なら、何かあるといずれこっちにも影響があるかもしれないな」
アティアスは考え込む。
とはいえ、まだ何かあると決めつけられるものでもない。
「様子だけ見に行きます? ……こっそり空から」
「そうするか。じゃ、頼む」
エミリスの提案に頷く。彼女はアティアスの腰に腕を回して身体を密着させると、そのままふわっと浮かび上がった。
周りの気配は彼女が確認しているので見られる心配はない。
高度を取ると逆に目立つので、地面すれすれから近づくことにした。
「見えてきました。……3人の男が馬車の前に立ってますね」
「……俺にはまとめて豆粒にしか見えんけどな」
まだ遠く離れていてほとんど見えないが、彼女の目には様子が分かるらしい。
「周りの木に紛れて近づきますね」
そう言って、街道沿いの林の中を縫うようにして飛ぶ。
馬車の近くまでくると、木の影に隠れて様子を伺う。
馬車の前に、男3人が立ちはだかるようにしている様子が見えた。
御者と何か言い争っているようだが、声までは聞こえない。
「えっと、中の人に降りてくるように言ってますね……」
「……どんな耳してるんだ? 俺には何も聞こえないが」
「いえ、さすがに聞こえませんよ……。でも口を見たら大体何を話しているのかがわかりますし」
「なるほど。そう言っても、俺には口の動きなんてここからじゃ見えないけどな」
「ふふ。……あ、降りてきましたね」
御者では埒が開かないのか、馬車の戸が開き、中からひとりの男が降りてきた。見た目からは魔導士のようだ。
雰囲気としては怒っているように見えるが、詳しくは分からない。
三人組の男が剣を抜くのが見えた。
これは争いになるな……。
アティアスが思ったそのとき、馬車から降りた魔導士が動きを見せる。
「燃えろ!」
その声は様子を見ていた2人まで届いた。
魔導士の前に大きな火柱が立ち登る。
これほど大きな魔法を扱えるのは、かなり腕の立つ魔導士のようだった。
火柱は3人の男に向かって迸り、男達を包み込んだ。
……これは終わったな。
あれほどの魔法を受けると、普通の剣士だと無傷ではいられないだろう。
魔導士もそう思ったのか、そのまま馬車に戻ろうとした。
しかし——
炎が消えたあと、その場には無傷の男達が立っていた。
あれを防いだのか……?
にわかには信じられなかったが、防御したのだろうか。
「……壁が、できてましたね。詠唱をしたようには見えなかったので、もしかしたら……あの宝石の力かもしれません」
冷静に状況を見ていたエミリスがそう呟いた。
魔導士もそれに気づき慌てて対処しようとするが、一瞬動きが遅れ、切り込んできた男のひとりに胴が切り裂かれた。
叫び声と共に、赤い血が吹き出すのが見える。
「エミー! 助けてやれるか⁉︎」
慌てた彼の声に、彼女は首を縦に振る。
「仰せのままに」
言うや否や、エミリスは飛び出した。
「氷よ!」
それを後ろから見ながら、アティアスは魔導士を斬った男に向かって魔法を放った。
――キン!
硬質な音と共に、魔法が弾かれる。
先ほど炎を防いだものと同じだろうか。やはり詠唱の言葉は聞こえなかった。
「雷よっ!」
その直後、今度はエミリスが雷撃魔法を放つ。
同じように魔法が弾かれるが、彼女は構わずに魔法を放ち続けた。
「なんだお前らは!」
「邪魔するな!」
後に居た2人の男が口々に叫んだ。
エミリスは宿までの帰り道で買ったワッフルを歩きながら食べていた。
たまたま店の前を通りがかったときが、ちょうど開店時間だった。それを見かけた彼女は、そのまま店に吸い込まれていったのだ。アティアスを引き摺るようにして。
仕方なく、5個だけ買うことを許可した。
「朝からそんな甘いものを……」
呆れるが、いつものことでもあり、もう気にしない。
メープルシロップのいい香りが漂ってきていた。
「アティアス様も1つ食べます?」
「……いや、俺はいいよ」
彼が断ると、彼女はそのまま2個目を食べ始めた。
最後の1個を食べ終わったとき、ちょうど宿に帰りついた。
「今日はもう外出するのやめておきますか?」
「そうだな。それともエミーはまだどこか行きたいところあるのか?」
「いえ、特には。宿でアティアス様と過ごすのも楽しいですし」
「ならゆっくりするか。明日早朝に出発しよう」
「はい。……あと、今日も可愛がってくれると私が喜びますよ?」
彼の腕を掴んだまま、彼女が下から見上げる。
特に急ぎの用もないし、昨日頑張ってくれたお礼として、今日は彼女に付き合ってあげようとアティアスは思った。
◆
「今晩にはミニーブルに着きますね」
馬に乗ったエミリスは、前を行くアティアスに話しかけた。早朝にダライを出発したので、時刻はまだ10時を回った頃だ。
「そうだな。……周りに異常はないか?」
「はい。……比較的近いのは、後ろから馬車が近づいてきてるのと、前に徒歩3人のパーティがいるくらいです」
彼女は周囲に魔力の網を張り巡らせて、常に周りを監視していた。性別など細かいことまでは分からないが、動くものや体温のあるものなら大抵感知することができた。
「ありがとう。それだけ周りに魔力出して、魔力切れにならないのがすごいな」
「うーん、魔力って切れるものなんですかねぇ……?」
「少なくとも俺は切れるぞ。たぶん、切れないのはエミーくらいだろ」
「そもそも、魔力ってどこから湧いてくるんでしょうね……」
ふと、彼女が疑問を投げかけてくる。
確かに、魔力が切れても時間が経てば回復する。それは薄いながらも周囲に魔力が満ちているからだと言われているが、それでどうやって補給しているのだろうか。
「……俺には全然わからないな。今度ドーファン先生にでも聞いてみるか」
「ですねー。あ、もう少しで馬車からこちらが見えるようになります」
「わかった。少し道から離れてやり過ごすか」
「了解です」
アティアスの判断に、二人は馬を操って道路脇の草むらに入る。
その状態で止めると、馬は休憩と判断して足元の草を喰み始めた。
しばらくすると、一台の馬車が通り過ぎて行った。
かなり立派な馬車で、どこかの貴族が乗っているのだろうか。もちろんアティアスも公務ならあのような馬車で移動することはあるが、退屈なので自分から乗りたいとは思わなかった。
「もしかしたら、俺たちと同じようにマッキンゼ卿に招待されてるのかもな」
「なるほど、それはあり得ますねー」
「ま、ここで止まったついでに、しばらく休憩していくか」
「はーい。私おやつ食べたいです」
馬から降りながら彼女が言う。
「……まぁ良いけど、全部食べてしまうんじゃないぞ?」
「う……。善処します……」
彼が釘を刺すが、彼女は歯切れの悪い返事を返した。
「あれ? さっきの馬車、この先で停まりましたね……」
おやつを食べながら彼女が不思議そうに話す。
遠くて見えないが、彼女は周りを監視していることもあって、異変に気付くことができた。
「何かあったのかな」
「うーん……? 前の3人のパーティと近い辺りですね。気にはなりますけど……」
「うちの領地じゃないからな。ただ、関係してるのが貴族なら、何かあるといずれこっちにも影響があるかもしれないな」
アティアスは考え込む。
とはいえ、まだ何かあると決めつけられるものでもない。
「様子だけ見に行きます? ……こっそり空から」
「そうするか。じゃ、頼む」
エミリスの提案に頷く。彼女はアティアスの腰に腕を回して身体を密着させると、そのままふわっと浮かび上がった。
周りの気配は彼女が確認しているので見られる心配はない。
高度を取ると逆に目立つので、地面すれすれから近づくことにした。
「見えてきました。……3人の男が馬車の前に立ってますね」
「……俺にはまとめて豆粒にしか見えんけどな」
まだ遠く離れていてほとんど見えないが、彼女の目には様子が分かるらしい。
「周りの木に紛れて近づきますね」
そう言って、街道沿いの林の中を縫うようにして飛ぶ。
馬車の近くまでくると、木の影に隠れて様子を伺う。
馬車の前に、男3人が立ちはだかるようにしている様子が見えた。
御者と何か言い争っているようだが、声までは聞こえない。
「えっと、中の人に降りてくるように言ってますね……」
「……どんな耳してるんだ? 俺には何も聞こえないが」
「いえ、さすがに聞こえませんよ……。でも口を見たら大体何を話しているのかがわかりますし」
「なるほど。そう言っても、俺には口の動きなんてここからじゃ見えないけどな」
「ふふ。……あ、降りてきましたね」
御者では埒が開かないのか、馬車の戸が開き、中からひとりの男が降りてきた。見た目からは魔導士のようだ。
雰囲気としては怒っているように見えるが、詳しくは分からない。
三人組の男が剣を抜くのが見えた。
これは争いになるな……。
アティアスが思ったそのとき、馬車から降りた魔導士が動きを見せる。
「燃えろ!」
その声は様子を見ていた2人まで届いた。
魔導士の前に大きな火柱が立ち登る。
これほど大きな魔法を扱えるのは、かなり腕の立つ魔導士のようだった。
火柱は3人の男に向かって迸り、男達を包み込んだ。
……これは終わったな。
あれほどの魔法を受けると、普通の剣士だと無傷ではいられないだろう。
魔導士もそう思ったのか、そのまま馬車に戻ろうとした。
しかし——
炎が消えたあと、その場には無傷の男達が立っていた。
あれを防いだのか……?
にわかには信じられなかったが、防御したのだろうか。
「……壁が、できてましたね。詠唱をしたようには見えなかったので、もしかしたら……あの宝石の力かもしれません」
冷静に状況を見ていたエミリスがそう呟いた。
魔導士もそれに気づき慌てて対処しようとするが、一瞬動きが遅れ、切り込んできた男のひとりに胴が切り裂かれた。
叫び声と共に、赤い血が吹き出すのが見える。
「エミー! 助けてやれるか⁉︎」
慌てた彼の声に、彼女は首を縦に振る。
「仰せのままに」
言うや否や、エミリスは飛び出した。
「氷よ!」
それを後ろから見ながら、アティアスは魔導士を斬った男に向かって魔法を放った。
――キン!
硬質な音と共に、魔法が弾かれる。
先ほど炎を防いだものと同じだろうか。やはり詠唱の言葉は聞こえなかった。
「雷よっ!」
その直後、今度はエミリスが雷撃魔法を放つ。
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