身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

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第10章 王都にて

第144話 覚悟

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 あれから次にワイヤードが顔を出したのは、2日後だった。

「よう。待たせたな」

 ちょうど2人が王都のギルドに寄ったあと、宿に帰る途中でワイヤードが声をかけてきたのだ。

「ああ、ワイヤードか。……王子はどうなんだ?」
「女王の命令で牢に入れてる。俺が魔法で少しずつ吐かせてるさ。心配はいらない」

 ワイヤードの言葉にぞっとする。
 彼の魔法は人の心を操ることもできるのだろうか?

「そうか……。これで奴隷商も潰せるといいんだが」
「かなりダメージは与えられるだろうな。……それとは別に、少し話がある。ここじゃなんだから、別の場所に行こうか」

 そう言って、ワイヤードはいつもの詰め所に2人を先導した。

 ◆

「……詳しい話をする前に、ひとつ確認をしておかないといけないことがある」

 詰め所に着いて3人が部屋に入ると、ワイヤードが唐突に話し始めた。

「なんだ?」

 アティアスが聞くが、ワイヤードの視線はエミリスの方に向いていた。

「エミリス……だったな。……実は俺はお前の両親を知っている」
「――――えっ⁉︎」

 突然のことに、彼女は呆気に取られたようで、小さな驚きの声を漏らした。

「お前の髪の色を最初見た時に、間違いないと確信した。もちろん、2人とも生きている。会わせてやることもできるが……。どうだ、会いたいか?」

 少し戸惑いながらも、エミリスは小さく頷く。

「そうか。……ただ、条件がある」
「条件……ですか?」
「ああ。……もし、両親に会うなら、そこのアティアスとは2度と会えないとする。それならどうする?」
「アティアス様と……? えと、それなら会えなくても良いです。私にはアティアス様の方がずっと大事ですから……」

 ワイヤードが言った条件を聞いた瞬間、エミリスは即答で彼の方を選ぶと言う。
 それを聞いてワイヤードは苦笑いする。

「まぁ慌てるな。……お前は自分が人と違うのが分かってるだろう? 成長が遅いこととかな」
「それは……その通りですけど……」
「つまり、アティアスは間違いなくお前よりも先に死ぬ。そのとき、辛い思いをするのはお前だぞ」

 アティアスも黙って聞いている。
 彼女のおおよその年齢を知っている彼は、おそらくいずれそうなるだろうことは予想していた。
 もちろん、彼女も同じだろう。

「それは……ずっと前から覚悟しています。……でも、私はアティアス様の一生と共に生きられれば、それで充分です。……たとえその先が1人になるとしても……構いません」

 それを聞いてワイヤードはニヤリと笑う。

「そうか。……それが聞けてよかったよ。さっきの話は冗談だ。忘れてくれ」
「……えと……? どれが冗談……なのでしょうか?」

 相変わらず良く理解できないワイヤードの言葉に、エミリスが聞き返す。

「アティアスと2度と会えない、という話だ。お前の覚悟を試しただけだ。……喜べ。両親には会わせてやる」
「――本当ですか⁉︎」
「ああ。そうなると、詳しい話はその時の方がいいだろう。すまんが、後始末がまだ残ってるから、それからだな。……まだしばらく王都にいる事はできるか?」

 彼女はアティアスの顔を見て、考えを確認する。

「ああ。別に急ぐ必要はないからな。構わない」
「よし分かった。たぶん2週間後くらいだ。それまで待っていてくれ」
「よろしくお願いします」

 席を立つワイヤードに、エミリスが頭を下げた。

 ◆

「結構長い時間かかるんですね……」

 宿に帰ると、エミリスがぼやく。
 彼女にしてみれば、早く両親に会いたいだろうと思う。

「まぁ、どこかから呼び寄せるのに、それだけかかるのかもしれないしな」
「遠いなら、別にこっちから行くのでも良かったんですけどねぇ……」

 彼女の言う通り、確かにその方が早いだろう。

「それはそうと、エミーの両親は結局、どんな人なんだろうな? どっちかがやっぱ緑色の髪なんだろうか?」
「どうなんでしょうね。……私はお母さんがそうなんじゃないかなって、勝手に思ってますけど」

 頭の中で思い浮かべながら、エミリスが言う。

「なんでそう思うんだ?」
「えっと、魔導士の始祖の話で出てきたのって、女性が多いなって気がしたので……」
「まぁ、確かに、女神って印象がある。肖像画もそうだったし」
「でしょ? たまたまかもしれませんけど……」

 いずれにしても、答えがわかるのはしばらく先になる。

「それまでどうしますか?」
「のんびりしてるのも良いし、なんかギルドで仕事探しても良いし、好きにしていいぞ?」
「……好きにしていいんですか?」

 エミリスが聞き返す。

「ああ」
「じゃあ、とりあえずベッドに座ってください」
「……?」

 不思議に思いながらも、エミリスの言う通りにアティアスはベッドに腰掛ける。
 すると、彼女は彼の両膝を割って、そこに背を向けて座ると、ちらっと振り返って肩越しに彼の方に目を向けた。

「ぎゅってしてほしいですー」
「……なんだ、いつもしてるだろ?」
「それはそれ、これはこれですー」
「仕方ないな」

 口では言いつつも、腕を回して自分の胸にしっかりと抱いた。いつもの彼女の匂いが鼻腔をくすぐる。

「……えへへ。あったかいですねぇ。この包まれてる感じ大好きです」

 彼の腕に自分の手を添え、身体を預けながら、彼女は呟く。

「もうだいぶ寒くなってきたもんな」
「ですねー」

 しばらくそのまま無言で彼の温もりを堪能したあと、彼女はぽつりと言った。

「……さっき、ワイヤードさんにはああ言いましたけど……。もしアティアスさまが先に逝ってしまわれたら……とても正気でいられる気がしません……」

 彼女に返す言葉が思いつかなくて、アティアスはしばらく無言でいた。

「……ふふ、そんな先のこと考えても仕方ないですけどね。今を楽しむくらいしかできませんし。――あ、でもアティアス様にとっては、私がずっと若い方が嬉しいですよね?」

 ふと思いついたように、悪戯な笑みで彼の顔を振り返る。

「はは……。そりゃそうかもしれないな」

 そう笑いながら、髪の隙間からちらと見える彼女の耳を軽く喰んだ。

「ふわっ……!」

 エミリスはぞくっとした感触に、身体をピクッと震わせ、小さな声を上げた。

「もう……。そこは弱いんですから、ほどほどにお願いしますね。じゃないと……」
「……じゃないと?」

 彼が耳元で息を吹きかけるように聞き囁き返すと、彼女は少し困惑したような表情を見せた。
 
「ううぅ……こんな昼間なのに……」
「このあと用事もないし、俺は構わないぞ?」
「……それじゃ、アティアスさまが一番ってのを、もっとしっかり刻み込んでもらうことにしますね」

 そう言うと、彼女はぐいっと身体を回して、彼を正面から抱きしめた。
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