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第15章 南へ
第243話 謁見(2)
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「……なるほど」
アティアスからの話を聞き終わったあと、ワイヤードは腕を組んで目を閉じた。
そして、しばらく考え込む様子を皆が見守っていた。
やがて待ちきれなくなったのか、エミリスが問いかけた。
「それじゃ、どうすればいいでしょう?」
「ん? ああ、そうだな……。放っておけばいいんじゃないか?」
ようやく目を開けたワイヤードは、何か考えがあるのだろうか。
口元を緩めながらそう答えた。
「それは……いいのか? 向こうは戦争もチラつかせているんだ」
アティアスが訝しげに尋ねると、ワイヤードはエレナ女王を見ながら口を開く。
「さっきの話を聞く限り、魔人と戦うか、グリマルトと戦争をするか、どっちか選べってことだろ? そのふたつなら、間違いなく前者のほうが大変だ。そのくらいわかるだろ? なぁ、エミリス」
「うーん……。確かにそれはそうかもしれませんが……」
話を振られたエミリスはそれぞれを想像しながら答えた。
未知数の力を持つ魔人を相手にすることを考えるならば、普通の人間が大軍で攻めてきたとしても、自分にとってそれは大きな脅威にならないことは確かだ。
それは自分の魔法の特徴にもある。
仮に相手がいくら優秀な魔導士だったとしても、声の届かない場所に魔法が届かないという根本的な問題が解決されない限り、見える範囲すべてが射程距離である自分と真っ向から勝負になるはずがない。
もちろん建物の中などのように遮蔽物が多い状況や接近戦であれば優位性は落ちるが、今回のように海を隔てた戦争となれば、その心配はないと言っていい。
ましてや、逃げる場所のない船と違って自分は自由に空を飛べるのだから。
「魔人を相手にするのはやめたほうがいい。戦い、という意味なら、ずっと村に引きこもっていてまともに戦える奴はいないだろう。だが、それでも魔力の量は桁違いだからな。……とはいえ、俺にはそいつらが村から出るとは思えんがな」
「それはなんでですか? お父さんは村から出たんですよね?」
「魔人は村から出てはいけないんだ。そういう決まりでね。俺はそれが嫌で無理やり村から出たが、例外中の例外だ。今の村に俺みたいなヤツがいるとは思えないし、破ってまで表に出ることはないだろう。となると、『影』を使って人間を焚き付けて動かすくらいだろうが……」
そこでワイヤードは一度口を閉じて考え込む。
そして改めて口を開いた。
「……ただ、動かしたところで得になることなんて何もないはず。そんなことをして何があるというのか。俺には想像がつかないな……」
「確かに……」
アティアスはワイヤードの話を聞いて同意する。
これまでに聞いた魔人のイメージからすると、確かに今回の動きは不自然だ。
絶大な魔力と得体のしれない魔法を操ることができるにもかかわらず、ひっそりと村に篭って人間には干渉しない。
ごく一部にワイヤードのように村を出た者や、過去にも同じように人間と交わって人間が魔力を持つきっかけとなった者たちがいる。
しかし、それはあくまで例外中の例外だ。
……あるいはそれを防ぐための魔人たちの決まりなのかもしれないとさえ思えた。
「俺の知っているアイツらはまず人間に干渉することなどない。必要がないからだ。それが変わったというなら、何かが変わったのかもしれないな」
「というと?」
「わからん。気にはなるが……」
ワイヤードは腕を組んだまま、エレナのほうを見た。
「……さすがにあなたが行くのはナシ、よ?」
「だろうな。かといって、エミリス、お前が出ていくのもやめておけ。何があるかわからん」
「むー……」
困ったような顔をしてエミリスが唸る。
確かにワイヤードの言っていることもわかるし、たまたまナックリンに足を運んだだけで、自分たちが関係しているわけでもない。
とはいえ、気になることは確かだった。
それに自分のルーツがそこにあるのかもしれない、という意味も。
「そう拗ねるな。念のため言っておくが、自分の立場を忘れるな。ゼルム家はエルドニアのいち貴族だし、お前はそこの人間なんだ。『気になるから』って理由で動けるものでもないし、公式に依頼された話でもないんだろう? 逆に公式に依頼されたなら俺たちが動く必要がある。ならば、今は無かったことにするのが間違いない」
ワイヤードが諭すように話すと、それを継いでエレナが頷く。
「そうね。ただ、相手が本当に動いたらこちらも動く必要があるわ。でも先にこちらが動くわけにはいかないの。それにエルドニア内の諍い程度ならともかく、国同士の戦争ともなったら、あなたたちが決めることでもないわ。……そういう兆しがあったときは、すぐにわたしに教えて頂戴」
それは、その時には女王として動かねばならない、という意思表示だろう。
「……わかりました」
アティアスはワイヤードとエレナの話を聞いて、はっきりと首を縦に振った。
「さて、エレナ。そろそろ晩餐会の準備の時間だぜ? お前は時間がかかるだろう?」
「そうね。ごめんなさいね。わたしは行かないと。今から帰るのは遅いし王宮に泊まりなさい。ワイヤード、部屋と食事の準備をしてあげて」
「ああ。……アティアス、俺で良かったら夜にまた話を聞いてやる。行こう」
ワイヤードに促されたアティアスは、後ろのエミリスとウィルセアに目配せしてから返事を返した。
「わかった。すまない」
「ふん、かまわんさ。……困るのは王宮の食材が一気になくなることくらいか」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、それが自分のことを指しているのだと気づいたエミリスは口をへの字に曲げた。
どうせ何か皮肉を言われるなら、とことん平らげてしまおうと心に決めて。
アティアスからの話を聞き終わったあと、ワイヤードは腕を組んで目を閉じた。
そして、しばらく考え込む様子を皆が見守っていた。
やがて待ちきれなくなったのか、エミリスが問いかけた。
「それじゃ、どうすればいいでしょう?」
「ん? ああ、そうだな……。放っておけばいいんじゃないか?」
ようやく目を開けたワイヤードは、何か考えがあるのだろうか。
口元を緩めながらそう答えた。
「それは……いいのか? 向こうは戦争もチラつかせているんだ」
アティアスが訝しげに尋ねると、ワイヤードはエレナ女王を見ながら口を開く。
「さっきの話を聞く限り、魔人と戦うか、グリマルトと戦争をするか、どっちか選べってことだろ? そのふたつなら、間違いなく前者のほうが大変だ。そのくらいわかるだろ? なぁ、エミリス」
「うーん……。確かにそれはそうかもしれませんが……」
話を振られたエミリスはそれぞれを想像しながら答えた。
未知数の力を持つ魔人を相手にすることを考えるならば、普通の人間が大軍で攻めてきたとしても、自分にとってそれは大きな脅威にならないことは確かだ。
それは自分の魔法の特徴にもある。
仮に相手がいくら優秀な魔導士だったとしても、声の届かない場所に魔法が届かないという根本的な問題が解決されない限り、見える範囲すべてが射程距離である自分と真っ向から勝負になるはずがない。
もちろん建物の中などのように遮蔽物が多い状況や接近戦であれば優位性は落ちるが、今回のように海を隔てた戦争となれば、その心配はないと言っていい。
ましてや、逃げる場所のない船と違って自分は自由に空を飛べるのだから。
「魔人を相手にするのはやめたほうがいい。戦い、という意味なら、ずっと村に引きこもっていてまともに戦える奴はいないだろう。だが、それでも魔力の量は桁違いだからな。……とはいえ、俺にはそいつらが村から出るとは思えんがな」
「それはなんでですか? お父さんは村から出たんですよね?」
「魔人は村から出てはいけないんだ。そういう決まりでね。俺はそれが嫌で無理やり村から出たが、例外中の例外だ。今の村に俺みたいなヤツがいるとは思えないし、破ってまで表に出ることはないだろう。となると、『影』を使って人間を焚き付けて動かすくらいだろうが……」
そこでワイヤードは一度口を閉じて考え込む。
そして改めて口を開いた。
「……ただ、動かしたところで得になることなんて何もないはず。そんなことをして何があるというのか。俺には想像がつかないな……」
「確かに……」
アティアスはワイヤードの話を聞いて同意する。
これまでに聞いた魔人のイメージからすると、確かに今回の動きは不自然だ。
絶大な魔力と得体のしれない魔法を操ることができるにもかかわらず、ひっそりと村に篭って人間には干渉しない。
ごく一部にワイヤードのように村を出た者や、過去にも同じように人間と交わって人間が魔力を持つきっかけとなった者たちがいる。
しかし、それはあくまで例外中の例外だ。
……あるいはそれを防ぐための魔人たちの決まりなのかもしれないとさえ思えた。
「俺の知っているアイツらはまず人間に干渉することなどない。必要がないからだ。それが変わったというなら、何かが変わったのかもしれないな」
「というと?」
「わからん。気にはなるが……」
ワイヤードは腕を組んだまま、エレナのほうを見た。
「……さすがにあなたが行くのはナシ、よ?」
「だろうな。かといって、エミリス、お前が出ていくのもやめておけ。何があるかわからん」
「むー……」
困ったような顔をしてエミリスが唸る。
確かにワイヤードの言っていることもわかるし、たまたまナックリンに足を運んだだけで、自分たちが関係しているわけでもない。
とはいえ、気になることは確かだった。
それに自分のルーツがそこにあるのかもしれない、という意味も。
「そう拗ねるな。念のため言っておくが、自分の立場を忘れるな。ゼルム家はエルドニアのいち貴族だし、お前はそこの人間なんだ。『気になるから』って理由で動けるものでもないし、公式に依頼された話でもないんだろう? 逆に公式に依頼されたなら俺たちが動く必要がある。ならば、今は無かったことにするのが間違いない」
ワイヤードが諭すように話すと、それを継いでエレナが頷く。
「そうね。ただ、相手が本当に動いたらこちらも動く必要があるわ。でも先にこちらが動くわけにはいかないの。それにエルドニア内の諍い程度ならともかく、国同士の戦争ともなったら、あなたたちが決めることでもないわ。……そういう兆しがあったときは、すぐにわたしに教えて頂戴」
それは、その時には女王として動かねばならない、という意思表示だろう。
「……わかりました」
アティアスはワイヤードとエレナの話を聞いて、はっきりと首を縦に振った。
「さて、エレナ。そろそろ晩餐会の準備の時間だぜ? お前は時間がかかるだろう?」
「そうね。ごめんなさいね。わたしは行かないと。今から帰るのは遅いし王宮に泊まりなさい。ワイヤード、部屋と食事の準備をしてあげて」
「ああ。……アティアス、俺で良かったら夜にまた話を聞いてやる。行こう」
ワイヤードに促されたアティアスは、後ろのエミリスとウィルセアに目配せしてから返事を返した。
「わかった。すまない」
「ふん、かまわんさ。……困るのは王宮の食材が一気になくなることくらいか」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、それが自分のことを指しているのだと気づいたエミリスは口をへの字に曲げた。
どうせ何か皮肉を言われるなら、とことん平らげてしまおうと心に決めて。
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