全てを疑う婚約者は運命の番も疑う

夏見颯一

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【彼女の運命】

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「お話があります」

 貴族家の若い後継が集う交流会の途中、私は見知らぬ青年に声をかけられた。

「なんだろうか?」

 見たところ高位貴族の子弟ではなかったが、今回の交流会は見聞を広めるために爵位を限定しておらず、下位貴族の子弟が高位貴族の子弟に話しかける事を了承している。
 だが、まず彼が本当に貴族かどうかが疑わしい。

「私は貴方の……婚約者の運命の番なのです!」

 まず出会える筈もないと言われる運命の番を名乗るとは……これはますます疑わしい。
 先日も私は自分の運命の番と名乗る女性と会ったが、やはりとても疑わしく運命とは到底信じられず……目の前の男に対しても同様の胡散臭さを感じた。

「どうか婚約者を解放して、私に運命をお返しください!」

 なる程。

「疑わしいな」

 私の返答に青年が酷く絶望した顔をした事など、特に疑わしい。
 急に知り合いでもない者、まして上の身分の者に不躾に頼み事をすれば断られるのも当然であろうに、さも望みが叶えられて当然との態度は、甚だ疑わしいと言わざるを得なかった。

「私と彼女は運命なのです! 運命を引き裂かないでください!」
「ではその根拠を出して頂こう」

 私の言葉に困惑した青年の様子に確信した。
 やはりこの青年は婚約者の運命の番とは違うのだと。

「根拠って……番がどうかなんて他の人に分かるものではないですよね。根拠なんて出せっこないですよ!」
「それは一理あるが、私も彼女に対しては責任のある身。おいそれと不審な人物を彼女に近付けるわけには行くまい」
「それは貴方の事情でしょう! 彼女と僕には何の関係もない!」
「で、違っていたらどうするんだ? 一族郎党処刑されるのは覚悟しているな?」

 相手はいわゆる、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。しかし俊敏な鳩が豆の鉄砲を受けるだろうか?
 もしや、この青年は鳩……そもそも獣人ではないのか?
 その可能性を見逃してしまった自分の迂闊さを大いに反省した。

「え……でも、僕達は運命ですし……」
「本当に運命の番であったならいいが、違っていたら偽称で処刑されるのは当然であろう」

 戸惑う青年は……外国の者だったのかも知れない。
 少なくとも高位貴族では運命の番を詐称したら処刑など常識的な話も分からないので、青年は高位貴族ではない事だけは確かだ。
 
「互いに不幸にならないためにも、きちんとした根拠を求めるのは非常な事だろうか?」
「いえ……それは……」

 運命と言っておきながら煮え切らない態度を取るとは、ますます疑わしい。
 いや、待て。これはひょっとすると……。

「大事な事を聞こう。まず君は男だろうか?」

「……………………獣人なら雄かどうか分かりますよね?」
「私の鼻があっているとは限らないのでな」
「男です。書類も友人家族も全員証言してくれますよ」

 これは……一族郎党だけでなく友人知人も使って偽称をしようと目論んでいるかもしれない。
 あまりの青年の疑わしさに私は目眩を覚えた。
 ここまで疑わし過ぎる青年をどうしたらいいのか、いつもなら真っ先に婚約者に相談するところだが、異常なまでに不審な男を婚約者に近付けて良い訳がない。

「僕と彼女が運命だってどうやったら信じて頂けるんです? 僕は今も彼女を思うと胸が苦しいのに」

 それは恐らく心臓に持病があるのだろう。
 そうか。彼女を見かけたときにタイミング良く発作が起こったので青年は誤認したのかも知れない。
 後で良い医師を薦めるべきであろう。

「これでも僕は以前建国祭で見かけたときから愛しているのです!」

 建国祭など国中から大量に人が集まっているのに、そこでたった1人の女性を見分けるなど気の迷いに他ならないだろう。
 顔見知りで付き合いの長い私ならともかく、公式に一度も会った事がない青年は人間違いをしている疑いが強い。

 だが、相手の否定ばかりしているのは、高位貴族の子弟としてみっともない気もした。

「……その気持ちは本物なのか?」
「はい! 一目見たときから運命を感じました!」
「それは単なる一目惚れではないのか?」

 青年は驚いた顔をした。
 これほどくるくる表情が変わるとは、やはり貴族かどうか疑わしいと……思い出したのだが、この青年は一度も自分が貴族だとか獣人とは名乗ってないな。
 勝手にあれこれ疑ってしまった私は自分の暴走を反省した。

「え?」
「時に君は恋愛をした事があるだろうか?」
「はい、あります……」
「恋の気持ちは相手によって変わるものだ。穏やかな愛を感じていたのに、次の相手には燃えるような気持ちを抱く。運命と感じても、それは番からではなく、恋の気持ちであったのではないか?」
「えっと……え……?」
「で、君はどっちだと思う? 番かどうかは君にしか分からないのだろう?」

 私は十分譲歩したつもりであったが、

「……屁理屈で誤魔化さないでください! 僕は彼女と運命なんです! 僕達は結ばれるのが一番幸福なんです!」

 感情で押してくるとはいやはや。
 都合が悪くなったので怒鳴るなど、本当に運命なのか疑うしかない。

「それはそれとして君の爵位は何だ? 当然金は持っているだろうな?」
「は? 何なんですか? さっきから疑問ばかりで無茶苦茶ですよ!」
「要求ばかりの君の方が無茶苦茶だな。で、結ばれたとして今の彼女の生活を維持できる程度には金は持っているのだろうか?」

 ぐっと言葉に詰まった青年はしばらく俯いて黙り込み、

「下位貴族なので裕福ではありません……。けど、運命同士が結ばれる事以上の幸福ってありますか?」
「私としては彼女には幸福になって欲しい。その幸福には当然金が必要なんだよ」
「金、金って……そんなもの運命より大事なんですか!」
「彼女は生粋の高位貴族の子女であるから、下位貴族とは生活レベルが違う事を分かっているのか?」

 青年の顔色が変わった。
 けれど、私には青年が現実を理解しているとは思えなかった。

「彼女は当然家事など何一つ出来ない。慣れない生活で美しい手が荒れ、顔はやつれ、高位貴族の子女として覚えた事も何一つ生かせない……そんな生活を送らせる事が愛で、彼女の幸せと言い切れるのか?」
「何言っているんですか! 僕達は運命の番なんですよ。愛し合っているのだから互いに乗り越えていけるのもでしょう!」

 やれやれ……。
 運命や愛だと小綺麗に語られるものの真実を知らないとは。
 これでは本物であったとしても青年を彼女の運命の番と絶対に認めることは出来ない。

「愛だけで何が乗り越えられる? か弱い彼女に苦労を強いる事が君の愛なのか」
「違う! 苦労では……」
「私は彼女には幸せになって欲しい。何度も言うが、彼女にだけ犠牲を強いるなんて、私は絶対に許さないよ」

 運命に従ったとしたら、彼女だけが苦労し、彼女だけが多くのものを失う。
 不平等な運命の愛なんて、どこまでも疑わしいものだ。

「それほどまでに運命の愛を振りかざす君は、彼女の幸福のためにどれだけのものを犠牲に出来る?」

 愛を語れば何でも可能なんて、夢物語だ。
 愛しているからその人の幸せを願ってこそ、私は愛と認める。








「もし君に運命の番が現れたらどうする?」

 あらあら、私の運命だなんて……。
 婚約者は先日の自分の運命の番の事はまだ疑っておられるのね。
 全くもって疑い深い。
 
「殺害するでしょうね」

 私の答えなど決まってます。
 即答すると、疑い深い癖に運命の番の存在を信じているロマンチストの婚約者は驚いております。

「運命なんだよ?」
「運命ごときで貴方を捨てられる程、私は薄情ではありません。……と、言いたいところですが、貴方が心配で運命どころではありません」

 どちらかを選ぶならば婚約者を取るでしょう。
 どうせ現れる筈もない運命と言う事もありますが、私は運命と結ばれたってどうせこの婚約者が心配で居ても立ってもいられないでしょう。
 ならば、もし出会っても出会わなかったことにすればいいだけの事。

「……殺るの? そこまでしなくても」
「生憎、私の手は貴方で一杯……って、突然何よ。振り回さないでー!」

 私を抱きしめてぐるぐる回った婚約者は上機嫌で。
 つい私は許してしまうのだ。


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