1 / 31
1話
しおりを挟む
「――陽彩(ヒイロ)くん。君、魔力測定の結果……『ゼロ』だったよ」
目の前に突きつけられた水晶球は、どんよりとした灰色に濁っていた。
豪華絢爛な王宮の大広間。その中心で、僕は呆然と立ち尽くす。
「え、ゼロ……? そんなはずは……」
「黙れ、無能が! 聖女召喚の儀式に紛れ込んだ不純物め!」
怒号を飛ばしたのは、このクリュス王国の第一王子だった。
ついさっきまで「救世の主よ!」なんて笑顔で迎えてくれていたのに、現金なものだ。
僕、浅陽陽彩(あさひ ひいろ)。二十歳。
ブラック企業の事務職として、エナジードリンクを主食に書類の山と戦っていたはずが、気づけば見知らぬ魔法陣の上に立っていた。
そして隣には、同じく召喚された「本命」の聖女様。
「ひどい……。ヒイロくん、私と一緒に頑張ろうって言ったのに……」
うるうると瞳を揺らして僕を見るのは、女子大生のセシリア。
彼女の水晶は、目が眩むほどの黄金色に輝いていた。
……さっき、魔法陣の中で「あんた、邪魔だから端っこに寄ってなさいよ」って僕を突き飛ばした時の顔とは大違いだ。
「セシリア様、このようなゴミに慈悲をかける必要はございません」
「そうですよ。魔力のない男など、この国には不要です」
周囲の貴族たちがクスクスと笑い声を漏らす。
ああ、これ、ネット小説でよく見たやつだ。
いわゆる「追放」ってやつ。
(……でも、ちょっと待って。魔力ゼロって本当かな?)
実は、召喚された瞬間から、僕の体の中には「お湯」が流れているような不思議な感覚があるのだ。
熱くて、キラキラしていて、今にも指先から溢れ出しそうな何か。
でも、この国の測定器には反応しなかったらしい。
「あの、王子。魔力はないかもしれませんが、僕、事務作業なら得意です。帳簿の整理とか、資料のシュレッダーがけとか……」
「ふん、そんなものは下級役人にやらせればいい! 我が国が求めているのは、魔物と戦うための聖女の力だ」
王子は忌々しそうに鼻を鳴らすと、冷酷な宣告を口にした。
「こいつを北の国境付近にある『嘆きの森』へ捨ててこい。魔力なしでどこまで生き延びられるか、見ものだな」
えっ、ちょっと待って。
嘆きの森って名前からしてヤバそうなんだけど。
せめてハローワーク的な場所に紹介してくれないの!?
「待ってください! せめて防寒具くらいは――」
「連れて行け!」
屈強な兵士たちに両脇を抱えられる。
僕はそのまま、豪華な王宮から文字通り「ゴミ箱行き」の馬車へと放り込まれた。
* * *
数日後。
僕は、一面の銀世界の中にいた。
「……寒い。死ぬ。これ、確実に死ぬやつだ」
ガチガチと歯が鳴る。
着せられているのは、薄っぺらな麻の服一枚。
目の前には、不気味にうごめく黒い樹木が立ち並ぶ「嘆きの森」が広がっている。
兵士たちは僕をここに降ろすと、「運が良ければ数時間は生きられるぜ」と笑って去っていった。
運が良くても数時間か。なかなかのハードモードだ。
(……お腹空いたなぁ。最後、牛丼食べておけばよかった)
意識が朦朧としてくる。
雪の上に倒れ込むと、冷たさすら感じなくなってきた。
体の中の「熱いお湯」のような感覚だけが、なぜかどんどん強まっていく。
その時だった。
――ザッ、ザッ、と雪を踏みしめる音が聞こえた。
「……狂犬を放っておけと言ったはずだ。なぜこんなところに人間がいる」
低くて、氷のように冷徹な声。
けれど、その響きは驚くほど美しかった。
重い瞼を無理やり持ち上げると、そこには一人の男が立っていた。
漆黒の外套を羽織り、夜の闇を溶かしたような長い髪。
そして、鋭く輝くプラチナシルバーの瞳。
(うわぁ……めちゃくちゃ美人……)
死に際に見る幻覚にしては、出来が良すぎる。
男は冷ややかな目で僕を見下ろしていたが、ふと、その眉根を寄せた。
「……待て。貴様、その体……」
男が僕の喉元に手を伸ばす。
殺されるのかな、と思ったけれど、その手は驚くほど熱かった。
触れられた瞬間、僕の中に溜まっていた「お湯」が、一気に彼の指先へと流れ込んでいく。
「……っ!? なんだ、この膨大な魔素は……。私の呪いが、静まる……?」
男の瞳が驚愕に見開かれる。
彼はそのまま僕を抱き上げると、信じられないほど強い力で抱きしめた。
「おい、死ぬな。貴様、名は?」
「……ヒ、イロ……」
「ヒイロか。……拾ってやる。その代わり、二度と私から離れることは許さん」
えっ、初対面で重くない?
というか、今の「離れるな」って、もしかして就職内定ってことでいいのかな?
そんな場違いなことを考えながら、僕は心地よい熱に包まれて意識を手放した。
これが、僕と――後に「冷徹王太子」と呼ばれるアルヴィスとの、最悪で最高の出会いだった。
目の前に突きつけられた水晶球は、どんよりとした灰色に濁っていた。
豪華絢爛な王宮の大広間。その中心で、僕は呆然と立ち尽くす。
「え、ゼロ……? そんなはずは……」
「黙れ、無能が! 聖女召喚の儀式に紛れ込んだ不純物め!」
怒号を飛ばしたのは、このクリュス王国の第一王子だった。
ついさっきまで「救世の主よ!」なんて笑顔で迎えてくれていたのに、現金なものだ。
僕、浅陽陽彩(あさひ ひいろ)。二十歳。
ブラック企業の事務職として、エナジードリンクを主食に書類の山と戦っていたはずが、気づけば見知らぬ魔法陣の上に立っていた。
そして隣には、同じく召喚された「本命」の聖女様。
「ひどい……。ヒイロくん、私と一緒に頑張ろうって言ったのに……」
うるうると瞳を揺らして僕を見るのは、女子大生のセシリア。
彼女の水晶は、目が眩むほどの黄金色に輝いていた。
……さっき、魔法陣の中で「あんた、邪魔だから端っこに寄ってなさいよ」って僕を突き飛ばした時の顔とは大違いだ。
「セシリア様、このようなゴミに慈悲をかける必要はございません」
「そうですよ。魔力のない男など、この国には不要です」
周囲の貴族たちがクスクスと笑い声を漏らす。
ああ、これ、ネット小説でよく見たやつだ。
いわゆる「追放」ってやつ。
(……でも、ちょっと待って。魔力ゼロって本当かな?)
実は、召喚された瞬間から、僕の体の中には「お湯」が流れているような不思議な感覚があるのだ。
熱くて、キラキラしていて、今にも指先から溢れ出しそうな何か。
でも、この国の測定器には反応しなかったらしい。
「あの、王子。魔力はないかもしれませんが、僕、事務作業なら得意です。帳簿の整理とか、資料のシュレッダーがけとか……」
「ふん、そんなものは下級役人にやらせればいい! 我が国が求めているのは、魔物と戦うための聖女の力だ」
王子は忌々しそうに鼻を鳴らすと、冷酷な宣告を口にした。
「こいつを北の国境付近にある『嘆きの森』へ捨ててこい。魔力なしでどこまで生き延びられるか、見ものだな」
えっ、ちょっと待って。
嘆きの森って名前からしてヤバそうなんだけど。
せめてハローワーク的な場所に紹介してくれないの!?
「待ってください! せめて防寒具くらいは――」
「連れて行け!」
屈強な兵士たちに両脇を抱えられる。
僕はそのまま、豪華な王宮から文字通り「ゴミ箱行き」の馬車へと放り込まれた。
* * *
数日後。
僕は、一面の銀世界の中にいた。
「……寒い。死ぬ。これ、確実に死ぬやつだ」
ガチガチと歯が鳴る。
着せられているのは、薄っぺらな麻の服一枚。
目の前には、不気味にうごめく黒い樹木が立ち並ぶ「嘆きの森」が広がっている。
兵士たちは僕をここに降ろすと、「運が良ければ数時間は生きられるぜ」と笑って去っていった。
運が良くても数時間か。なかなかのハードモードだ。
(……お腹空いたなぁ。最後、牛丼食べておけばよかった)
意識が朦朧としてくる。
雪の上に倒れ込むと、冷たさすら感じなくなってきた。
体の中の「熱いお湯」のような感覚だけが、なぜかどんどん強まっていく。
その時だった。
――ザッ、ザッ、と雪を踏みしめる音が聞こえた。
「……狂犬を放っておけと言ったはずだ。なぜこんなところに人間がいる」
低くて、氷のように冷徹な声。
けれど、その響きは驚くほど美しかった。
重い瞼を無理やり持ち上げると、そこには一人の男が立っていた。
漆黒の外套を羽織り、夜の闇を溶かしたような長い髪。
そして、鋭く輝くプラチナシルバーの瞳。
(うわぁ……めちゃくちゃ美人……)
死に際に見る幻覚にしては、出来が良すぎる。
男は冷ややかな目で僕を見下ろしていたが、ふと、その眉根を寄せた。
「……待て。貴様、その体……」
男が僕の喉元に手を伸ばす。
殺されるのかな、と思ったけれど、その手は驚くほど熱かった。
触れられた瞬間、僕の中に溜まっていた「お湯」が、一気に彼の指先へと流れ込んでいく。
「……っ!? なんだ、この膨大な魔素は……。私の呪いが、静まる……?」
男の瞳が驚愕に見開かれる。
彼はそのまま僕を抱き上げると、信じられないほど強い力で抱きしめた。
「おい、死ぬな。貴様、名は?」
「……ヒ、イロ……」
「ヒイロか。……拾ってやる。その代わり、二度と私から離れることは許さん」
えっ、初対面で重くない?
というか、今の「離れるな」って、もしかして就職内定ってことでいいのかな?
そんな場違いなことを考えながら、僕は心地よい熱に包まれて意識を手放した。
これが、僕と――後に「冷徹王太子」と呼ばれるアルヴィスとの、最悪で最高の出会いだった。
80
あなたにおすすめの小説
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
声なき王子は素性不明の猟師に恋をする
石月煤子
BL
第一王子である腹違いの兄から命を狙われた、妾の子である庶子のロスティア。
毒薬によって声を失った彼は城から逃げ延び、雪原に倒れていたところを、猟師と狼によって助けられた。
「王冠はあんたに相応しい。王子」
貴方のそばで生きられたら。
それ以上の幸福なんて、きっと、ない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる