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9話
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平和だった執務室の空気が、鋭いノックの音とともに一変した。
「殿下、失礼いたします。公爵家の令嬢、ベアトリス様がお見えです。昨日のお約束を……と」
ジゼルさんの報告に、アルヴィス様はあからさまに不機嫌そうに眉を寄せた。
「……帰せ。今は重要な執務中だ」
「ですが殿下、あちらは例の魔力石の利権をお持ちで……」
「チッ。……通せ。だが十分だ」
僕は慌てて立ち上がり、部屋の隅へ移動しようとした。
けれど、アルヴィス様が素早く僕の手首を掴み、椅子へと引き戻した。
「どこへ行く、ヒイロ」
「えっ、だって、お客様ですよね? 僕みたいなのがここにいたら失礼じゃ……」
「座っていろ。……離れるなと命じたはずだ」
拒絶を許さない力強さで手を握り込まれたまま、扉が開いた。
現れたのは、燃えるような赤い髪に、華やかなドレスを纏った美しい女性だった。
彼女は部屋に入るなり、アルヴィス様へ向かって完璧なカーテシーを披露した。
「アルヴィス様、お久しぶりにお顔を拝見できて光栄ですわ」
ベアトリス様と呼ばれた彼女は、瞳を輝かせて彼を見つめた。しかし、その視線がすぐに、彼の隣に座る僕――そして、固く握りしめられた僕たちの「手」に向けられた。
「……あら? 殿下、そちらの方は……? 見かけないお顔ですが、新しい従僕(しもべ)かしら?」
彼女の言葉には、明らかな蔑みが混じっていた。
僕が反射的に手を引こうとすると、アルヴィス様はさらに力を込めて、見せつけるように僕の指の間に自分の指を滑り込ませた。
「……紹介するまでもない。私の『所有物』だ」
「所有……物……?」
「ああ。私の命を繋ぎ、私の眠りを守る、唯一無二の存在だ。ベアトリス、用件はなんだ? 貴様の香水の匂いが鼻について、彼が気分を害している」
ヒッと、ベアトリス様が息を呑んだ。
僕だって気分を害してなんていないし、むしろその「所有物」なんて紹介に心臓が止まりそうだ。
「そ、そんな……! 殿下を癒やすのは、高い魔力を持つ我が一族の役目ではなかったのですか!? このような、魔力も感じられない小汚い男に、殿下の側が務まるはずが――」
「……ジゼル。この女を外へ。二度と私の視界に入れるな」
アルヴィス様の声から、温度が消えた。
そのプラチナシルバーの瞳には、凍てつくような殺気が宿っている。
ジゼルさんが即座にベアトリス様の腕を取り、有無を言わさぬ勢いで部屋から連れ出した。
静寂が戻った執務室で、僕は冷や汗を拭いながら彼を見た。
「あ、あの……アルヴィス様、あんな言い方、角が立ちませんか……?」
「……貴様が『小汚い』などと言われるのを、黙って見ていろと言うのか?」
彼は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、僕の手を自分の唇へと運び、指先に落とし物をするようにキスをした。
「……不愉快だ。浄化が必要だな。ヒイロ、こちらへ来い」
どうやら、彼の中の執着という名の猛獣が、本格的に目覚めてしまったらしい。
「殿下、失礼いたします。公爵家の令嬢、ベアトリス様がお見えです。昨日のお約束を……と」
ジゼルさんの報告に、アルヴィス様はあからさまに不機嫌そうに眉を寄せた。
「……帰せ。今は重要な執務中だ」
「ですが殿下、あちらは例の魔力石の利権をお持ちで……」
「チッ。……通せ。だが十分だ」
僕は慌てて立ち上がり、部屋の隅へ移動しようとした。
けれど、アルヴィス様が素早く僕の手首を掴み、椅子へと引き戻した。
「どこへ行く、ヒイロ」
「えっ、だって、お客様ですよね? 僕みたいなのがここにいたら失礼じゃ……」
「座っていろ。……離れるなと命じたはずだ」
拒絶を許さない力強さで手を握り込まれたまま、扉が開いた。
現れたのは、燃えるような赤い髪に、華やかなドレスを纏った美しい女性だった。
彼女は部屋に入るなり、アルヴィス様へ向かって完璧なカーテシーを披露した。
「アルヴィス様、お久しぶりにお顔を拝見できて光栄ですわ」
ベアトリス様と呼ばれた彼女は、瞳を輝かせて彼を見つめた。しかし、その視線がすぐに、彼の隣に座る僕――そして、固く握りしめられた僕たちの「手」に向けられた。
「……あら? 殿下、そちらの方は……? 見かけないお顔ですが、新しい従僕(しもべ)かしら?」
彼女の言葉には、明らかな蔑みが混じっていた。
僕が反射的に手を引こうとすると、アルヴィス様はさらに力を込めて、見せつけるように僕の指の間に自分の指を滑り込ませた。
「……紹介するまでもない。私の『所有物』だ」
「所有……物……?」
「ああ。私の命を繋ぎ、私の眠りを守る、唯一無二の存在だ。ベアトリス、用件はなんだ? 貴様の香水の匂いが鼻について、彼が気分を害している」
ヒッと、ベアトリス様が息を呑んだ。
僕だって気分を害してなんていないし、むしろその「所有物」なんて紹介に心臓が止まりそうだ。
「そ、そんな……! 殿下を癒やすのは、高い魔力を持つ我が一族の役目ではなかったのですか!? このような、魔力も感じられない小汚い男に、殿下の側が務まるはずが――」
「……ジゼル。この女を外へ。二度と私の視界に入れるな」
アルヴィス様の声から、温度が消えた。
そのプラチナシルバーの瞳には、凍てつくような殺気が宿っている。
ジゼルさんが即座にベアトリス様の腕を取り、有無を言わさぬ勢いで部屋から連れ出した。
静寂が戻った執務室で、僕は冷や汗を拭いながら彼を見た。
「あ、あの……アルヴィス様、あんな言い方、角が立ちませんか……?」
「……貴様が『小汚い』などと言われるのを、黙って見ていろと言うのか?」
彼は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、僕の手を自分の唇へと運び、指先に落とし物をするようにキスをした。
「……不愉快だ。浄化が必要だな。ヒイロ、こちらへ来い」
どうやら、彼の中の執着という名の猛獣が、本格的に目覚めてしまったらしい。
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