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13話
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城の北側に広がる王立庭園は、まるで絵画の中に入り込んだような美しさだった。
この国・ルード帝国の豊かな魔力を吸って育つ植物たちは、どれも生命力に溢れ、日本では見たこともない極彩色の花を咲かせている。
ジゼルさんに案内されながら、僕は色とりどりの花壇の間を縫うように歩いた。
ふと、視界の隅に、月の光を閉じ込めたような淡い青色の花が揺れているのが見えた。
「綺麗な花ですね。……なんだか、アルヴィス様の瞳の色に似ている気がします」
「それは『銀星草』です。非常に繊細な植物で、汚れた魔力や悪意を敏感に察知して枯れてしまうと言われています。……ヒイロ様が近づいてもこれほど輝いているということは、あなたの魔力がそれだけ清らかだという証拠ですね」
ジゼルさんの言葉に、僕は照れくさくなって指先で花びらに触れた。すると、花はくすぐったそうに震え、僕の指先にひんやりとした心地よい刺激を与えてくれる。
平和で、穏やかな時間。
けれど、その静寂は不意に破られた。生垣の向こう側から、複数の男たちの低い話し声が聞こえてきたのだ。
「……信じがたいが、本当の話だ。クリュス王国が、正式に使者を送ってきたらしい」
「あの、男を連れ戻すためにか? 一度は『無能』として国境に捨てたというのに、今さら何の用だ」
心臓がドクンと嫌な音を立てた。
クリュス王国。僕を異世界に召喚し、そして文字通りゴミのように捨てた、あの国。
僕は呼吸を整えようと胸に手を当てたが、続く言葉に血の気が引くのを感じた。
「どうやら、あの国にいた『聖女』とやらの力が底を突いたらしい。あやつが去ってからというもの、国内の結界が次々と崩壊し、魔物が街を襲っているとか」
「皮肉なものだな。聖女に魔力を供給していたのは、実は捨てられた男の方だった、というわけか。王家は必死だ。何としても連れ戻せ、と……場合によっては『誘拐』も辞さない構えだという噂だ」
膝が笑い、その場に崩れ落ちそうになるのを、ジゼルさんが素早く支えてくれた。
彼女の表情は一瞬で戦士のそれに変わり、生垣の向こうを鋭い眼光で射抜く。
(……僕が、いないから?)
そういえば、前の国にいたとき、僕はいつもセシリアの側にいるように命じられていた。「聖女を勇気づけるため」だと言われていたけれど、本当は僕が無意識のうちに彼女に魔力を流し込んでいたということだろうか。
セシリアが僕を邪魔者扱いして追い出した結果、彼女は本当の「無能」になってしまったのだ。
「……ヒイロ様、顔色が真っ白です。一度部屋に戻りましょう」
「ジゼルさん、僕は……。もし僕が、あの国に戻らなきゃいけなくなったら、アルヴィス様は……」
不安が口をついて出る。
僕はただの「おまけ」だ。一国の危機を救うためだと言われれば、この国の利益のために僕を引き渡すという選択肢だってあるはずだ。
「馬鹿なことを言わないでください」
ジゼルさんが、僕の肩を力強く掴んだ。その瞳には一点の曇りもない。
「殿下は、一度懐に入れたものを決して手放しません。ましてや、自分を救ってくれたあなたを、あのような薄汚い国に返すはずがない。……もし仮に、王様が承諾したとしても、殿下ならお一人で軍を率いて、その国を地図から消し去るでしょうね」
冗談には聞こえなかった。アルヴィス様なら、本当にやりかねない。
けれど、僕一人のために戦争が起きるなんて、そんなの耐えられない。
揺れる銀星草を見つめながら、僕は背後に忍び寄る大きな波の音を聞いたような気がした。
この国・ルード帝国の豊かな魔力を吸って育つ植物たちは、どれも生命力に溢れ、日本では見たこともない極彩色の花を咲かせている。
ジゼルさんに案内されながら、僕は色とりどりの花壇の間を縫うように歩いた。
ふと、視界の隅に、月の光を閉じ込めたような淡い青色の花が揺れているのが見えた。
「綺麗な花ですね。……なんだか、アルヴィス様の瞳の色に似ている気がします」
「それは『銀星草』です。非常に繊細な植物で、汚れた魔力や悪意を敏感に察知して枯れてしまうと言われています。……ヒイロ様が近づいてもこれほど輝いているということは、あなたの魔力がそれだけ清らかだという証拠ですね」
ジゼルさんの言葉に、僕は照れくさくなって指先で花びらに触れた。すると、花はくすぐったそうに震え、僕の指先にひんやりとした心地よい刺激を与えてくれる。
平和で、穏やかな時間。
けれど、その静寂は不意に破られた。生垣の向こう側から、複数の男たちの低い話し声が聞こえてきたのだ。
「……信じがたいが、本当の話だ。クリュス王国が、正式に使者を送ってきたらしい」
「あの、男を連れ戻すためにか? 一度は『無能』として国境に捨てたというのに、今さら何の用だ」
心臓がドクンと嫌な音を立てた。
クリュス王国。僕を異世界に召喚し、そして文字通りゴミのように捨てた、あの国。
僕は呼吸を整えようと胸に手を当てたが、続く言葉に血の気が引くのを感じた。
「どうやら、あの国にいた『聖女』とやらの力が底を突いたらしい。あやつが去ってからというもの、国内の結界が次々と崩壊し、魔物が街を襲っているとか」
「皮肉なものだな。聖女に魔力を供給していたのは、実は捨てられた男の方だった、というわけか。王家は必死だ。何としても連れ戻せ、と……場合によっては『誘拐』も辞さない構えだという噂だ」
膝が笑い、その場に崩れ落ちそうになるのを、ジゼルさんが素早く支えてくれた。
彼女の表情は一瞬で戦士のそれに変わり、生垣の向こうを鋭い眼光で射抜く。
(……僕が、いないから?)
そういえば、前の国にいたとき、僕はいつもセシリアの側にいるように命じられていた。「聖女を勇気づけるため」だと言われていたけれど、本当は僕が無意識のうちに彼女に魔力を流し込んでいたということだろうか。
セシリアが僕を邪魔者扱いして追い出した結果、彼女は本当の「無能」になってしまったのだ。
「……ヒイロ様、顔色が真っ白です。一度部屋に戻りましょう」
「ジゼルさん、僕は……。もし僕が、あの国に戻らなきゃいけなくなったら、アルヴィス様は……」
不安が口をついて出る。
僕はただの「おまけ」だ。一国の危機を救うためだと言われれば、この国の利益のために僕を引き渡すという選択肢だってあるはずだ。
「馬鹿なことを言わないでください」
ジゼルさんが、僕の肩を力強く掴んだ。その瞳には一点の曇りもない。
「殿下は、一度懐に入れたものを決して手放しません。ましてや、自分を救ってくれたあなたを、あのような薄汚い国に返すはずがない。……もし仮に、王様が承諾したとしても、殿下ならお一人で軍を率いて、その国を地図から消し去るでしょうね」
冗談には聞こえなかった。アルヴィス様なら、本当にやりかねない。
けれど、僕一人のために戦争が起きるなんて、そんなの耐えられない。
揺れる銀星草を見つめながら、僕は背後に忍び寄る大きな波の音を聞いたような気がした。
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