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18話
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広間に満ちる赤黒い光は、もはや視界を遮るほどの濃密な毒となっていた。
エドワード王子が掲げる『強制送還の契約石』から放たれる魔力は、僕の心臓を直接掴み、無理やりこの場所から引き剥がそうとする。魂が内側から千切れるような鋭い痛みに、僕は呼吸の仕方を忘れそうになっていた。
「……ぐ、ぅ……っ」
膝の力が抜け、床に崩れ落ちそうになった瞬間、僕の体を支えたのは、焦げ付くような熱と凄まじいまでの握力だった。
「ヒイロ、しっかりしろ! 私を見ろ、意識を手放すな!」
アルヴィス様の叫びが、耳のすぐ近くで響く。
見上げれば、彼の右手は契約の拒絶反応によって無残に灼かれ、黒い煤(すす)が上がっていた。それでも、彼は僕を離さない。それどころか、左手で僕の腰を抱き寄せ、自分の胸板へと強く押し付けた。
彼の漆黒の魔力が、僕を包む赤い光を力付くで押し留めようとしている。二つの相反する力がぶつかり合う境界線で、パチパチと火花が散り、大理石の床に亀裂が入っていく。
「殿下! これ以上は無茶です、その腕が使い物にならなくなります!」
階上の回廊から駆け下りてきたジゼルさんが、剣を抜き放ちながら悲鳴を上げた。けれどアルヴィス様は、彼女の忠告など耳に入らないかのように、さらに強く僕の手を握り締めた。
「構わん! 腕一本で済むなら安いものだ。……この男を、二度とあのような汚泥の中に返してなるものか!」
彼の瞳は、もはや人としての理性よりも、愛するものを奪われようとする獣の狂気に支配されていた。
その必死な姿を見て、僕の胸の奥で、何かが静かに爆発した。
(……どうして、僕はいつも守られているだけなんだ?)
前の国でもそうだった。セシリアに魔力を吸われ、王子に罵倒され、自分には価値がないと言い聞かせて、流されるままに生きてきた。
けれど、アルヴィス様は違う。彼は僕を「宝」と呼び、僕の存在そのものを肯定してくれた。彼のこの綺麗な手が、僕のために焼かれている。それを、ただ泣いて見ているなんて、そんなの「社畜」以下のクズだ。
「……アルヴィス、様……。もう、大丈夫、です……」
僕は震える指先で、自分の手を握り潰さんばかりの彼の手に、そっと重ねた。
「何を言っている、ヒイロ! 大人しくしていろ、私が今すぐこの害虫共を――」
「いいえ。……僕が、終わらせます」
僕が顔を上げた瞬間、僕の体内を巡っていた「あのお湯」のような感覚が、一気に沸騰した。それは温かいお湯ではなく、すべてを焼き尽くす白熱の奔流へと変わる。
僕の全身から、これまで隠されていた純白の魔力が溢れ出した。それは契約の赤い光を、そしてアルヴィス様の漆黒の魔力さえも優しく飲み込み、広間全体を真昼のような輝きで満たしていった。
エドワード王子が掲げる『強制送還の契約石』から放たれる魔力は、僕の心臓を直接掴み、無理やりこの場所から引き剥がそうとする。魂が内側から千切れるような鋭い痛みに、僕は呼吸の仕方を忘れそうになっていた。
「……ぐ、ぅ……っ」
膝の力が抜け、床に崩れ落ちそうになった瞬間、僕の体を支えたのは、焦げ付くような熱と凄まじいまでの握力だった。
「ヒイロ、しっかりしろ! 私を見ろ、意識を手放すな!」
アルヴィス様の叫びが、耳のすぐ近くで響く。
見上げれば、彼の右手は契約の拒絶反応によって無残に灼かれ、黒い煤(すす)が上がっていた。それでも、彼は僕を離さない。それどころか、左手で僕の腰を抱き寄せ、自分の胸板へと強く押し付けた。
彼の漆黒の魔力が、僕を包む赤い光を力付くで押し留めようとしている。二つの相反する力がぶつかり合う境界線で、パチパチと火花が散り、大理石の床に亀裂が入っていく。
「殿下! これ以上は無茶です、その腕が使い物にならなくなります!」
階上の回廊から駆け下りてきたジゼルさんが、剣を抜き放ちながら悲鳴を上げた。けれどアルヴィス様は、彼女の忠告など耳に入らないかのように、さらに強く僕の手を握り締めた。
「構わん! 腕一本で済むなら安いものだ。……この男を、二度とあのような汚泥の中に返してなるものか!」
彼の瞳は、もはや人としての理性よりも、愛するものを奪われようとする獣の狂気に支配されていた。
その必死な姿を見て、僕の胸の奥で、何かが静かに爆発した。
(……どうして、僕はいつも守られているだけなんだ?)
前の国でもそうだった。セシリアに魔力を吸われ、王子に罵倒され、自分には価値がないと言い聞かせて、流されるままに生きてきた。
けれど、アルヴィス様は違う。彼は僕を「宝」と呼び、僕の存在そのものを肯定してくれた。彼のこの綺麗な手が、僕のために焼かれている。それを、ただ泣いて見ているなんて、そんなの「社畜」以下のクズだ。
「……アルヴィス、様……。もう、大丈夫、です……」
僕は震える指先で、自分の手を握り潰さんばかりの彼の手に、そっと重ねた。
「何を言っている、ヒイロ! 大人しくしていろ、私が今すぐこの害虫共を――」
「いいえ。……僕が、終わらせます」
僕が顔を上げた瞬間、僕の体内を巡っていた「あのお湯」のような感覚が、一気に沸騰した。それは温かいお湯ではなく、すべてを焼き尽くす白熱の奔流へと変わる。
僕の全身から、これまで隠されていた純白の魔力が溢れ出した。それは契約の赤い光を、そしてアルヴィス様の漆黒の魔力さえも優しく飲み込み、広間全体を真昼のような輝きで満たしていった。
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