無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布

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13話

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スイートルームの朝は、静謐で、どこか非現実的な空気に包まれていた。


遥が目を覚ますと、湊はすでに身支度を整え、窓辺でタブレットを操作していた。昨夜の獣のような激しさを微塵も感じさせない、冷徹なまでの「氷の貴公子」の姿だ。


「……起きたか。朝食はルームサービスに頼んである」


「ありがとう、湊……。あの、今日の仕事なんだけど」


遥が重い体を引きずりながらベッドから這い出そうとすると、湊は顔を上げずに淡々と言った。


「……辞めろ」


「え?」


「……お前の会社だ。あんな無防備な環境に、これ以上お前を置いておくわけにはいかない。俺の関連会社で、俺の目の届くポジションを用意した」


湊はタブレットを置き、ゆっくりと遥に歩み寄った。その足取りには、一切の迷いがない。


「ちょっと待ってよ……。僕、今の仕事、気に入ってるんだ。みんなとも上手くいってるし」


「……佐伯のような男がいる環境が、『上手くいっている』だと? お前は自分がどれだけ周囲の欲を煽っているか、自覚がなさすぎる」


湊は遥の顎をクイと持ち上げ、その潤んだ瞳を覗き込んだ。


「……お前には、俺が与える籠の中だけで笑っていてほしい。生活のすべてを俺が保証してやる。不満があるのか?」


不満、という言葉では片付けられなかった。


十年間、湊の隣にいたいと願い続けてきた遥にとって、彼に守られ、すべてを委ねることは、ある種の究極の救いでもある。


けれど、それと同時に、自分という存在が湊という巨大な影に飲み込まれ、消えてしまうような恐怖も感じていた。


「……湊。嬉しいけど、でも、僕は自分の力で、湊の隣にいたいんだ。湊に守られるだけの子供じゃなくて、ちゃんと対等に……」


「……対等?」


湊の瞳が、一瞬で温度を失った。


「……遥。お前は、俺から逃げたいと言っているのか」


「そうじゃないよ! ただ、仕事まで湊に決めてもらうのは……」


「……黙れ」


湊の声は低く、地を這うような威圧感があった。彼は遥を再びベッドへと押し戻し、その両肩を強く押さえつけた。


「……対等になどならなくていい。お前はただ、俺の腕の中で、俺の愛を享受していればいいんだ。余計な自我など、俺との間には必要ない」


湊の指先が、遥の喉元をゆっくりと締め上げる。苦しくない程度の、けれど確実な支配の感触。


「……お前の足で立とうとするな。俺が折ってでも、ここに留めてやる」


無愛想な仮面の裏に隠された、あまりにも歪で、重すぎる愛。


遥は湊の瞳の奥に、自分を失うことへの狂おしいほどの「恐怖」を見た気がした。


「……湊」


遥は抵抗するのをやめ、湊の首に腕を回した。


(この人は、僕がいないと壊れてしまうのかもしれない……)


それは、支配されているはずの遥が抱いた、逆説的な慈しみだった。
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