無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布

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後日談

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二人が「二人だけの世界」に身を投じてから、さらに数年。
世間から「一ノ瀬湊」という名前が伝説のように語られるようになった頃、当の本人たちは、地図にも載らないような静かな湖畔の別荘で、穏やかな午後を過ごしていた。

かつての刺すような冷徹さは、遥の前でだけは完全に影を潜めている。
湊はテラスのソファに座り、膝の上に遥を乗せて、一冊の本を読み聞かせるように捲っていた。

「……湊、重くない?」
「お前を重いと思ったことなど一度もない。……それより、さっきから視線が本に向いていないな。何を考えている」

湊が本の端を閉じ、遥の耳元で低く囁く。その声には、独占欲という毒が抜けた代わりに、深く濃密な慈しみが溶け込んでいた。

「……ううん。ただ、こうして湊と日向ぼっこしてるのが、なんだか夢みたいだなって思って」

遥が湊の胸に背中を預けると、湊の腕が自然と遥の腰に回り、さらに強く抱き寄せられた。

「夢ではない。……もし夢だと言うなら、俺が何度でもお前の肌に刻んで分からせてやる。お前がここにいて、俺の腕の中にいるという現実を」

湊の指先が、遥のシャツの袖口から入り込み、手首のあたりを愛しむように撫でる。そこには、かつて湊が強引につけた痕などもう残っていないが、見えない刻印が押されていることを二人は知っていた。

今の二人の間には、かつての「監禁」や「軟禁」といった刺々しい言葉は似合わない。
湊は、遥が望めば庭を散歩することも、好きな料理を作ることも、本を買い溜めることも許している。ただ一つ、「自分の目の届く範囲にいること」という条件だけは、絶対に譲らない。

そして遥もまた、その「限定された自由」を、この上ない幸福として受け入れていた。

「ねえ、湊。あっちの庭に植えた薔薇、もうすぐ咲きそうだよ」
「ああ、お前が好きな色を選んだからな。咲いたら一番に、お前の部屋に飾ろう」

湊は遥の髪に口づけを落とし、満足そうに目を細める。
かつての「氷の貴公子」が、愛する者のために土をいじり、花を育てることを覚えた。それは、彼にとっての最大の変貌であり、遥への究極の降伏でもあった。

「……遥。俺は今、人生で一番幸せだ」

不意に漏らされた湊の本音。
かつて地位や名誉を失った夜、絶望に震えていた男はもういない。
彼は、遥というたった一つの「世界の中心」を手に入れたことで、ようやく完成したのだ。

「僕もだよ、湊。……ずっと、こうしていようね」

遥が振り返り、湊の頬にそっと触れる。
湊はその手を取り、掌に深く、長い口づけを落とした。

窓から差し込む柔らかな光が、二人の重なった影を床に長く落とす。
外の世界がどれほど激しく移り変わろうとも、この家の中だけは、永遠に凪いだ海のように穏やかで、満ち足りた愛だけが満ちていた。

歪な始まりだったかもしれない。
けれど、辿り着いたのは、誰よりも深く、誰よりも純粋な、二人だけの幸せな終着駅だった。
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