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9話
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温室に芽吹いた植物たちが成長するにつれ、ヴァルター様がここを訪れる頻度はさらに高まっていった。
今では一日の大半を温室の隅に設置したデスクで過ごしている。ヘンリックさんも「閣下の顔色が、ここ最近で一番よろしいです」と涙ぐんでいた。
けれど、そんな平和な時間に、小さなさざ波が立った。
きっかけは、一通の招待状だった。
「……嫌だと言っているだろう。アロイス、しつこいぞ」
執務室――ではなく、最近ではお決まりになった温室のデスクで、ヴァルター様が不機嫌そうに声を荒らげた。
相手は、以前城を訪れた自称「友人」のアロイス様だ。彼はなぜかまた城に居座っており、温室の入り口に寄りかかってニヤニヤと笑っている。
「冷たいなあ。隣領の伯爵が主催する晩餐会だよ? 君がノア君を連れて出席すれば、君が『死神』なんて噂、一気に消え去るのに」
「……ノアをあんな俗物たちの目に晒すつもりはない。それに、私の呪いが暴走すればどうする」
ヴァルター様は僕を庇うように、鋭い視線でアロイス様を睨んだ。
僕は薬草の植え替えをしながら、二人の会話に耳をそばだてる。
(晩餐会……。煌びやかで、美味しそうなものがたくさんあるんだろうな……)
ふと、そんなことを考えてしまったのが顔に出ていたらしい。アロイス様が僕の方を振り返り、意地悪くウインクした。
「ほら見ろ、ノア君も興味津々だ。どうだいノア君? ヴァルターの豪華な礼装姿、見てみたくないかい? 彼、着飾ると本当にかっこいいんだよ」
「えっ……。そ、それは、見てみたいですけど……」
正直に答えると、ヴァルター様の視線が突き刺さるようにこちらを向いた。
「……ノア。お前、あのような場所に行きたいのか」
「あ、いえ! そういうわけじゃ……。ただ、ヴァルター様がいつも軍服なので、他の服を着ているところを想像したら、ちょっと……かっこいいだろうな、って」
僕が顔を赤くして俯くと、ヴァルター様は絶句したように口を噤んだ。
彼は自分の右腕の呪紋を見つめ、それから僕を見つめる。
これまでは「拒絶」することで僕を守ろうとしてきた彼が、初めて「僕の願いを叶えること」と「自分の不安」の間で揺れ動いているのが分かった。
「…………一晩だけだ」
やがて、彼は絞り出すようにそう言った。
「一晩だけ、……お前がどうしてもと言うなら、考えてやらんこともない。ただし、私の傍を一歩も離れないと誓え」
「いいんですか!? やったあ! ヴァルター様、ありがとうございます!」
僕が思わず駆け寄って彼の手を握ると、ヴァルター様は「っ……、……騒ぐな、馬鹿者」と毒づきながらも、握り返す力には確かな熱がこもっていた。
初めての外出、初めての晩餐会。
じれったい僕たちの関係に、新しい刺激が加わろうとしていた。
今では一日の大半を温室の隅に設置したデスクで過ごしている。ヘンリックさんも「閣下の顔色が、ここ最近で一番よろしいです」と涙ぐんでいた。
けれど、そんな平和な時間に、小さなさざ波が立った。
きっかけは、一通の招待状だった。
「……嫌だと言っているだろう。アロイス、しつこいぞ」
執務室――ではなく、最近ではお決まりになった温室のデスクで、ヴァルター様が不機嫌そうに声を荒らげた。
相手は、以前城を訪れた自称「友人」のアロイス様だ。彼はなぜかまた城に居座っており、温室の入り口に寄りかかってニヤニヤと笑っている。
「冷たいなあ。隣領の伯爵が主催する晩餐会だよ? 君がノア君を連れて出席すれば、君が『死神』なんて噂、一気に消え去るのに」
「……ノアをあんな俗物たちの目に晒すつもりはない。それに、私の呪いが暴走すればどうする」
ヴァルター様は僕を庇うように、鋭い視線でアロイス様を睨んだ。
僕は薬草の植え替えをしながら、二人の会話に耳をそばだてる。
(晩餐会……。煌びやかで、美味しそうなものがたくさんあるんだろうな……)
ふと、そんなことを考えてしまったのが顔に出ていたらしい。アロイス様が僕の方を振り返り、意地悪くウインクした。
「ほら見ろ、ノア君も興味津々だ。どうだいノア君? ヴァルターの豪華な礼装姿、見てみたくないかい? 彼、着飾ると本当にかっこいいんだよ」
「えっ……。そ、それは、見てみたいですけど……」
正直に答えると、ヴァルター様の視線が突き刺さるようにこちらを向いた。
「……ノア。お前、あのような場所に行きたいのか」
「あ、いえ! そういうわけじゃ……。ただ、ヴァルター様がいつも軍服なので、他の服を着ているところを想像したら、ちょっと……かっこいいだろうな、って」
僕が顔を赤くして俯くと、ヴァルター様は絶句したように口を噤んだ。
彼は自分の右腕の呪紋を見つめ、それから僕を見つめる。
これまでは「拒絶」することで僕を守ろうとしてきた彼が、初めて「僕の願いを叶えること」と「自分の不安」の間で揺れ動いているのが分かった。
「…………一晩だけだ」
やがて、彼は絞り出すようにそう言った。
「一晩だけ、……お前がどうしてもと言うなら、考えてやらんこともない。ただし、私の傍を一歩も離れないと誓え」
「いいんですか!? やったあ! ヴァルター様、ありがとうございます!」
僕が思わず駆け寄って彼の手を握ると、ヴァルター様は「っ……、……騒ぐな、馬鹿者」と毒づきながらも、握り返す力には確かな熱がこもっていた。
初めての外出、初めての晩餐会。
じれったい僕たちの関係に、新しい刺激が加わろうとしていた。
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