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10話
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晩餐会へ行くことが決まってから、城の中はにわかに慌ただしくなった。
何より一番驚いたのは、翌日の午前中に呼び出された、領内でも一番の腕利きだという仕立て屋の主人の登場だった。
「お初にお目にかかります、ノア様。私は仕立て屋を営んでおります、エリアンと申します」
現れたのは、眼鏡をかけた細身の男性だった。彼は僕の姿を見るなり、まるでお宝でも見つけたような熱っぽい視線を向け、メジャーを手に僕の周りを回り始めた。
「素晴らしい……。この透明感、そして若草のようなしなやかさ。公爵閣下がこれほどまでに執着――失礼、大切にされる理由が分かりました」
「えっ、あ、あの……僕はただの居候というか、毒味役というか……」
困惑する僕をよそに、エリアンさんは手際よく僕の肩幅や腰回りを測っていく。
その様子を、部屋の隅にある椅子に座って、ヴァルター様が不機嫌そうに眺めていた。
「……エリアン。あまりベタベタと触るな。採寸など、一瞬で終わらせろ」
「閣下、それは無理な注文というものです。最高の素材には、最高の仕立てが必要なのですから」
ヴァルター様の低い声にも、エリアンさんは全く動じる気配がない。どうやら、このお城に出入りする人たちは、どこか肝が据わっている人が多いみたいだ。
何十種類もの布地が運び込まれ、僕の肌の色に合わせて選ばれていく。
僕自身は、村で着ていたような麻の服で十分だと思っていたけれど、ヴァルター様が選んだのは、深い夜の空のような紺色のベルベットに、銀の刺繍が施された生地だった。
「……それが一番、お前に似合う。私の『呪い』を象徴する色だが、お前が纏えば、それは夜を払う星のように見えるだろう」
ヴァルター様がボソリと呟いた言葉に、僕の顔は一瞬で火が出そうなくらい熱くなった。
「閣下、お上手ですね……。ノア様、閣下はあなたにこの『夜の公爵家』の色を継がせたいとお考えのようです。これは光栄なことですよ」
エリアンさんの茶化すような言葉に、僕はさらに俯くことしかできなかった。
採寸の仕上げとして、最後にヴァルター様が僕の目の前に立った。
彼はエリアンさんからメジャーを受け取ると、自らの手で僕の首回りを測り始めた。
至近距離にある、整いすぎた顔。ヴァルター様の指先が僕の喉仏のあたりに微かに触れるたび、そこから心地よい熱が全身に波及していく。
「……細いな。もっと食べろと言っているだろう」
「……食べてますよ。ヘンリックさんのご飯、美味しいんですから」
「ならばいい。……晩餐会では、私の傍を離れるな。あのような場所には、お前のような無警戒な者を狙うハイエナどもが腐るほどいる」
ヴァルター様の大きな手が、僕の首をそっと包み込む。
呪いの紋様が薄く浮かび上がっているけれど、僕にはそれが、彼なりの不器用な「守りたい」という意志の現れのように感じられた。
「はい。ヴァルター様の後ろに、ずっと隠れてます」
「……隠れる必要はない。お前は堂々と私の隣を歩けばいい」
そう言って少しだけ目を細めたヴァルター様は、いつもの厳しい顔とは違う、とても穏やかな表情をしていた。
仕立て上がる衣装への期待よりも、彼と並んで歩くことへの緊張と喜びで、僕の心臓はいつまでも騒がしかった。
何より一番驚いたのは、翌日の午前中に呼び出された、領内でも一番の腕利きだという仕立て屋の主人の登場だった。
「お初にお目にかかります、ノア様。私は仕立て屋を営んでおります、エリアンと申します」
現れたのは、眼鏡をかけた細身の男性だった。彼は僕の姿を見るなり、まるでお宝でも見つけたような熱っぽい視線を向け、メジャーを手に僕の周りを回り始めた。
「素晴らしい……。この透明感、そして若草のようなしなやかさ。公爵閣下がこれほどまでに執着――失礼、大切にされる理由が分かりました」
「えっ、あ、あの……僕はただの居候というか、毒味役というか……」
困惑する僕をよそに、エリアンさんは手際よく僕の肩幅や腰回りを測っていく。
その様子を、部屋の隅にある椅子に座って、ヴァルター様が不機嫌そうに眺めていた。
「……エリアン。あまりベタベタと触るな。採寸など、一瞬で終わらせろ」
「閣下、それは無理な注文というものです。最高の素材には、最高の仕立てが必要なのですから」
ヴァルター様の低い声にも、エリアンさんは全く動じる気配がない。どうやら、このお城に出入りする人たちは、どこか肝が据わっている人が多いみたいだ。
何十種類もの布地が運び込まれ、僕の肌の色に合わせて選ばれていく。
僕自身は、村で着ていたような麻の服で十分だと思っていたけれど、ヴァルター様が選んだのは、深い夜の空のような紺色のベルベットに、銀の刺繍が施された生地だった。
「……それが一番、お前に似合う。私の『呪い』を象徴する色だが、お前が纏えば、それは夜を払う星のように見えるだろう」
ヴァルター様がボソリと呟いた言葉に、僕の顔は一瞬で火が出そうなくらい熱くなった。
「閣下、お上手ですね……。ノア様、閣下はあなたにこの『夜の公爵家』の色を継がせたいとお考えのようです。これは光栄なことですよ」
エリアンさんの茶化すような言葉に、僕はさらに俯くことしかできなかった。
採寸の仕上げとして、最後にヴァルター様が僕の目の前に立った。
彼はエリアンさんからメジャーを受け取ると、自らの手で僕の首回りを測り始めた。
至近距離にある、整いすぎた顔。ヴァルター様の指先が僕の喉仏のあたりに微かに触れるたび、そこから心地よい熱が全身に波及していく。
「……細いな。もっと食べろと言っているだろう」
「……食べてますよ。ヘンリックさんのご飯、美味しいんですから」
「ならばいい。……晩餐会では、私の傍を離れるな。あのような場所には、お前のような無警戒な者を狙うハイエナどもが腐るほどいる」
ヴァルター様の大きな手が、僕の首をそっと包み込む。
呪いの紋様が薄く浮かび上がっているけれど、僕にはそれが、彼なりの不器用な「守りたい」という意志の現れのように感じられた。
「はい。ヴァルター様の後ろに、ずっと隠れてます」
「……隠れる必要はない。お前は堂々と私の隣を歩けばいい」
そう言って少しだけ目を細めたヴァルター様は、いつもの厳しい顔とは違う、とても穏やかな表情をしていた。
仕立て上がる衣装への期待よりも、彼と並んで歩くことへの緊張と喜びで、僕の心臓はいつまでも騒がしかった。
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