甘灯の思いつき短編集

甘灯

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01 心臓病を患った青年のもとに現れたひとりの女。彼女が語る“魔女の真実”とは。

魔女の殺し方

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「あなたは、魔女の殺し方をご存知ですか?」

 安らぎを与える穏やかな声で、女は不穏な言葉を投げかけた。

 フードを目深く被り、女の顔ははっきりと見えない。
しかし垣間見える唇は妖艶で、美しく、静かに微笑みを浮かべている。 
 
 青年がベッドで目を覚ました時には、女は既に病室の椅子に座っていた。
見知らぬ女のはずだが、どこか懐しい心地よさを感じて警戒心はまるでなかった。

「んー……『火炙ひあぶり』じゃないかな?」 
 
 青年は上体を起こし、少し間を置いて答える。

「なるほど。“魔女狩り”と言えば、やはり『火炙りの刑』が有名ですからね」

「そうだね。他にも諸説あるみたいだけど、どの文献にも『火炙りの刑』が載ってることが多い」

「そうですね。でも残念ながらハズレです。魔女は『火炙り』などでは決して死にません」

「…そうなんだ」

 青年は驚き、目を見張った。

「…でも、この文献では『火炙りによって多くの魔女が処刑された』と書かれてあるよ。載っている絵画だって…見てみるかい?」

 脇に置いていた本を差し出すと、女はぱらぱらとページをめくった。

「…確かに、この本の記述きじゅつには『火炙りで多くの魔女が討ち滅ぼされた』と書いてありますね」

「そうだよ」

「……ふふ。まったく違いますけど」

 女が可笑しそうに笑い、本を閉じる。

「違うのかい?」

「ええ」

 青年の問いに、一度頷き、女は話を続ける。

「…傷みを伴うことは双方共通していますが、火傷の重度によって跡が一生残る人間と違って…魔女の場合は重度関係なく瞬時に自己回復します。そしてどんなに深い火傷を負ったとしても跡は一切いっさい残りません」

「…まるで不死鳥みたいだ」

「確かに、似ているかもしれませんね」

「でも、それだと死ねずに焼かれ続けて……永遠の苦しみを味わうことになる」

「ええ。ですから、恨みが強い人間にとって、魔女が苦しむ姿はさぞかし心踊る光景なのでしょうね。…本人達にとってはこの上なく苦しい拷問ですが」

「心躍る?…皮肉な言い方をするね。人間は“いたぶることが好きだ”と言いたげだ」

 不快感をあらわにしたが、女はどこ吹く風でただ静かに微笑んだ。

「僕の祖父は生前…魔女を討ち倒したことをとても誇らしげに語っていたよ。
『悪しき魔女を倒して、家族を守り、村を救った!』とね。そして、そんな祖父のことを祖母は自分が死ぬ間際までずっと自慢していた」

「…そうですか。貴方のお祖父じい様の武勇伝…私もこの耳でぜひ聞いてみたかったです」

「でも、貴女は『魔女は火炙りで死なない』と言っていたね? それならなぜ文献の多くには『火炙りで多くの魔女が死んだ 』と書き記されているんだろう」

「…その文献を鵜呑うのみにする根拠はなんですか?」

「え…それはさっき話した通り…祖父が『生き証人』だったからだよ」

 さっきの話を聞いていなかったのか?
 女が何故こんな不毛な投げかけをするのか、疑問に思った。

「そうですか。家族の言う事なら信憑性があると貴方はそう言いたいのですね? 
では『魔女狩り』の当時から生きている魔女はそれを・・・なんと言っていると思いますか?」

 青年は、少し考えてから首を横に振った。

「……分からないな」

「なら、特別に教えて差し上げます。他の人には内緒ですよ」

 女は、形造りのよい自身の唇に人差し指をそっと押しあてた。

「そんな秘密を…僕に教えていいのかい?」

「ええ。あなたは『特別な子』ですから」

 女の言う『特別な子』に引っかかりを覚えたが、秘密への好奇心がまさった。

「…じゃあ、教えてくれるかい?」

「もちろん。魔女達の間では、それを『同胞どうほう殺しの業』と呼んでいます」

「……どうして、そう言われているんだい?」

「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

 気を遣われて、身を乗り出していた青年はこそばゆい気持ちになった。 

 ――家族に見放された自分の身を、赤の他人である女が心配するのだ。

「…気にしないでいいよ。病人は寝てることしか出来ないし…とても退屈なんだ」

 思わず、苦笑が漏れた。

「…では、お話を続けましょうか」

 女は、窓の方を向いた。

「大昔から大きな災いが起こると、それはすべて魔女のせいにされてきました。
 人間にとって、魔女は恐怖の対象です。人間は、自分の命を脅かす恐怖をどうにか払拭ふっしょくしようとします。そのためには、その恐怖の『根源こんげん』を断つことが手っ取り早い。
 しかし…その『根源』である魔女は特殊な個体で文献に書かれている数よりも遥かに少ない。そして姿形は人間とまったく同じなのです」

 今まで読んできたどの文献にも、魔女に関してそこまで詳しくは書かれていなかった。

「……そうなんだ」

「はい」

「じゃあ、この本の書かれていることは嘘なんだね」

「いえ、そうだとは言い切れません」

「え?」

 女の言葉に、青年は困惑した。

 『魔女は火炙りでは死なない』と断言したのは、他の誰でもなく女自身だ。

 それに先ほどの話で、『文献より遥かに個体の数が少ない』とも言った。
 ならば記載されていることが嘘でなければおかしい。
 
 そんな青年の心を見透かしたように、女は意味深な笑みを浮かべた。

「それは私が知る『魔女の真実』です。
 貴方の知る『人間の真実』とは異なる」

「……どういうことだい?」

至極しごく簡単な話です。人間達は、なにも本物の魔女を殺す必要がないのですよ。
 自分以外の人間を“魔女”に仕立てあげて排除すればいい。
 そうすれば、本物の魔女を殺さなくても簡単に“恐怖”は取り除かれます」

 青年は思わず、息を呑んだ。

「人間には魔女と自分たちの区別がつかない。
 だから魔女と疑わしい者は誰構わず全て殺すのです。
 そう…人間はそれを魔女ではない・・・・・・とは疑わない。
 『魔女狩り』と称して正義を掲げる人間はただの臆病者です。己の恐怖心を拭う為だけに多くの同胞を殺してきたのですから」

 女の言葉は、人間に対して同情しているようであり、滑稽だとあざけているようだった。
 そして、最後にこう締めくくる。

「魔女は火炙りでは死なない。そう、その本に書かれている魔女狩りで殺された『悪しき本物・・の魔女』は誰一人いないのです」

「そんな…同じ人間だったなんて…」

 衝撃を隠せない青年に、女は告げる。

「この話を他人に話すことは勧めません。話をすれば貴方は異端者いたんしゃだと批難され異端審問官いたんしんもんかんに捕まり、酷い拷問を受けることでしょう。
 なので、あなたの胸の中だけに留めて置いてください」

「貴女はどうして、僕にこんなことまで話をするんだい?」

 青年は、ずっと疑問だったことを口にした。

「……昔語りをしたくなっただけです。偶然ここを通りかかったとき、貴方が魔女に関する本を読んでいたので、ちょうどいい話し相手になると思って」

「ここは病院だよ? 病気も怪我もしない“貴女”には無縁の場所じゃないか」

 そう言われて、女は苦笑を漏らす。

「…確かに、病院には初めて来ました」

「僕が、“貴女”を異端審問官に差し出すと思わないのかい?」

 その問いかけに、女は口元に笑みを浮かべるだけだった。

 ――心を読まれている気がした。

「…まぁ、貴女を突き出すつもりは毛頭ないよ。幾らでも話し相手にもなる。
 もう時期…僕は死ぬ。言ってはいけない秘密事でも何でも気兼きがねなく話してもらって構わないよ。ほら、死人になんとやら…と言うしね」

 青年は、自虐的に笑った。

「貴方は死にません。貴方は『特別な子』ですから」

 女が、即座に否定する。

「……さっきもそう言ったよね?…僕のどこが『特別な子』なんだ?
 自分の手足なのに自分で思うように動かせない。
 べッドの上でただ死ぬのを待っているだけの存在なんだよ?
  家族は僕が無駄に生きてることで治療代がかかると常に嘆いている。
 むしろ、僕が死ねば多少なりとも保険金が入るから、早く死んだらいいって思っているんだ。
 死ぬことでしか…今の僕には価値がないんだ」

「そんなことはありません」

「なぜそう言えるんだ?」

 女の気休めの言葉に、ただただいらついた。

「私は貴方に生きてほしいと望んでいるから。そして貴方には資格がある。あぁ…やっと…あの日の約束を叶えてもらえる!」

 女は、初めて感情をあらわにした。
心底嬉しそうで、高揚こうようした気持ちを隠しきれない様子だった。

「……資格…? あの日の約束…? 
 それは一体どういう………」

 その時――
 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

「くっ…!」

 青年は、激しく痛みだした胸を咄嗟とっさに抑えた。

 ――心臓の発作だった。

「もう…時間ですね」

 女は椅子から静かに立ち上がった。
 そして寄り添うように青年の側へ腰を下ろすと、彼の手に銀のナイフを握らせる。

「ナ…イフ……?」

 訝しげに、青年は手元を見下ろした。
 その手に、女の冷たい指が重なる。

 女はそのまま、ナイフの切っ先を――自分自身の胸元へと定めた。

「な、何を、するんだ…!?」

 青年の声は震え、視線が激しく揺れる。

「私を殺すのです」

「!?」

 思わず、目を見開いた。

「魔女である私の『命』を貴方に差し上げます。そうすれば、貴方は『健康な身体』を手に入れられる」

「そ、そんな、こと…!」

 ドクン。
 心臓が、再び大きく跳ねた。

(まずい…今度大きな発作が起きたら…僕は…)

「大丈夫」

 女は、穏やかに微笑んだ。
 残酷なほど、優しい声音で。

「貴方を、死なせはしない」

「や、やめ…ろ!」

 ナイフを手放したかった。
 だが、重ねられた冷たい手が、それを許さない。

 青年にナイフを持たせたまま、女は――自ら、その刃先へと身を寄せた。

 そして――
 青年の手に確かな重みが伝わる。

 

 青年は、女に抱きしめられる形でしばらく動けなかった。

 カラン、と乾いた音がして、ようやく我に返る。

 手にしたナイフを床に落としたのだと気づいたとき、女はすでに事切れ、ベッドの上へと倒れ込んでいた。
 その胸からは、鮮血が静かに広がっている。

「…あ…ああ…ぼ、僕……は…!」

 必死で、女をかき抱いた。
 口元から血を流しながら、女はとても穏やかな微笑みを浮かべている。

「なぜ…なぜなんだ!?」

 半狂乱になり、青年が叫ぶ。
 次の瞬間、ひどいい頭痛が襲った。

「くっ…頭、が…!」

 思わず頭を抱えた青年の脳裏に――
 ある昔の記憶が鮮明に流れ始めた。         



        ◇ ◇ ◇



「お姉さん。これあげる!!」

 少年は、紙に包んである飴玉を女に差し出した。

「どうして、私に…?」

「その飴ね。お姉さんの瞳と同じ色なんだよ」

 照れ臭そうに、頬を掻きながら言う。

「そう、ですか」

「うん! とても綺麗な蜂蜜色の瞳だね」

「ありがとうございます…」

「えへへ」

「でも…本当は醜 みにくい…ですよね」

 女が、自身の顔をそっと撫でた。

「この顔…こんなただれてしまって…気持ち悪いですよね」

「そんなことないよ!!」

 少年は、声を上げた。

「僕は知ってるんだ! お姉さんはとっても優しい人だって!!この街に奇跡を起こしたってことも!!」

「…君、あれを見ていたのですか?」

 少年の言葉に、女が息を呑んだ。

「うん。この街は死の霧にのまれてみんな死ぬしかなかった…。でもお姉さんがこの街を救ってくれたんだよね?」

「死の霧は…身体を腐らせる魔女の死の呪い…私の同胞が犯した罪です。
ごめんなさい…私がもっと早く彼女を止めていたら多くの人間が死なずに済んだのに…!」

 女は悲痛な面持ちで責められる言葉を待ったが、少年は首を横に振った。

「それは違うよ。お姉さんのせいじゃない」

 途端に、女は泣き出しそうな顔をし、廃墟と化した静かな街を見渡す。

「彼女は人間をとても憎んでいました。気持ちはわかります。
私も人間がとても憎いっ!……でも、この負の連鎖は断ち切らねばなりません。
そうでなければ魔女と人間が共に歩める道はない…だからもっと早く止めるべきだった」

「…その顔は…その魔女の呪いを受けたせいなの?」 

 少年の無垢な問いかけに、女は目を見開いた。
 だが、すぐ優しい笑みを浮かべる。

「君はさとい子ですね」

「どうしたら治るの?僕が治してあげるよ!!」

「ありがとう…優しい子」

 女は、少年の頭を優しく撫でる。

「どうすればいいの?」

 少年の目に、薄っすらと涙が溜まっていく。

「貴方なら……私を救ってくれるかもしれませんね」

「ほんとに!!」

 少年が顔をぱっと輝かせると、女は眩しそうに目を細める。

「でも…それはまだ少し先の話ですね。いずれまた貴方に会いに行きます」

 そう告げ、女は少年からそっと離れると身をひるがえした。

「え…待って!!」

 少年は、必死に手を伸ばす。

「あっ!」

 だが、その手は宙を掴むだけで、女の姿は陽炎かげろうのようにかき消えてしまった。

『その時は、貴方の手で私を殺してください…約束ですよ』

 女の声が、まるで呪いの様に耳に残り続けた。 



        ◇ ◇ ◇ 




「っ…!」 

 青年の意識が戻った。

「思い出した。…僕は…僕は…この手で命の恩人を、殺したんだ…!」

 耐えられない悲しみに、嗚咽おえつを漏らす。




 …トクン。
 ……トクン。
 ………トクン。

 青年は、自分自身の心臓が力強く鼓動しているのを感じた。

「……ああ」

 ゆっくりと自身の胸に手を当てる。

「……そうだね」

 優しく語りかけるように呟いた。

「貴女は…ここに。僕と生きてる…」

 青年は、満ち足りた表情で微笑んだ。
そして、ベッドの上に寝かせた魔女のフードをそっと外す。

 ――魔女の顔はとても美しかった。

 子供の時に見た醜くただれた跡は一切なく、呪いが解けたのだと悟った。

「…大好きだよ。僕の初恋の人…いつまでも僕は貴女と一緒だ」

 青年は、魔女へ静かに口づけをした。





『あなたは、魔女を殺す方法をご存知ですか?
それは……』

                                   
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