甘灯の思いつき短編集

甘灯

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02 自我を持ったゲームキャラ《魔王》。バーチャル世界で紡がれる、ひとつの物語。

炎の魔王とOL勇者

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《魔王城・玉座前》

「魔王! お前を倒す! このエクスカリバーでな!!」

勇者は剣の切っ先をまっすぐ魔王へ向け、高らかに宣言した。

「………勇者よ。一つ、聞きたいことがある」

(……ん?)

【勇者】―立花たちばな あずさは、ぴたりと動きを止めた。

「勇者には“アイテムボックス”と言う道具があるそうだな?」

(え、なに、この台詞?)

彼女は今プレイをしている“勇者が魔王を討伐する王道RPG”のコアファンで、何度も最初からやり直している。
もはや顔馴染みである魔王だが、この日、彼が発した言葉は聞き慣れている“いつもの台詞”ではなかった。

(ここは確か…『フハハ、我を倒してみるがいい!!』と言うところだったはず)

テンプレとも言えるその一言は、一言一句覚えている。

「武器や防具、回復薬や食べ物…あらゆるものがそのアイテムボックスとやらに仕舞えると聞く」

「そ、そうだけど…」

ゲームキャラの【魔王】に声が届くはずはないと分かっていながら、梓は反射的に返事をしていた。

(チュートリアルでNPCから説明は受けたけど…なんでラスボス戦でアイテムボックスの話が出るのよ?)

に落ちないまま、梓は心の中で呟く。

「そうか。空間から取り出しているように見えるが…どんな絡繰からくりがあるのだ? どうやって何日も食べ物を腐らずしまって置けるのだ? 容量はどのくらい――」

「ちょ、ちょっと、待ってよ! 一気に質問しないで!」

「ああ…すまん」

「ま、待って。私の言葉……聞こえてるの?」

「ああ」

「…どういうこと?」

梓は困惑した。

「貴方はNPCでしょ?」

「えぬぴーしー? それは何だ?」

「プレイヤー以外のゲームキャラのことだけど…」

「プレイヤー? ゲーム?」

魔王は、本気で首を傾げている。

(………疲れてるのかも。ゲームキャラと会話が成立するとか、ありえないし)

梓はVRゴーグルを外し、ゲーム機のスイッチを切ると、そのまま布団に倒れ込んだ。



   ――――――



チャリン、チャリン。
モンスターを倒すと、地面に硬貨が散らばった。

「モンスターを討伐すると、なぜ金貨コインが出てくるのだ?」

(………はぁ…)

魔王の問いに、梓は露骨なため息をついた。
あの日以来、ゲームキャラである【魔王】と普通に会話ができるようになっていた。

「なぜって…そういう仕様なのよ」

「ふむ。その仕様というものをもっと詳しく――」

梓が歩き出すと、魔王も同然のように後ろをついてくる。

「…なんで着いてくるのよ?」

「お前には、聞きたいことが山ほどあるからな」

(バグ…なわけないわよね)

「そもそもお前は勇者だろう? 人類最強であるはずなのに、雑魚モンスターを狩り、さほど苦労もせずに金貨かねを得ている。恥ずかしいとは思わんのか?」

「そ、それは……クエストだから…」

「クエストというものは知らぬが、そのために罪なきモンスターを倒すのか?」

「それは…」

率直すぎる問いに、梓は言葉を詰まらせた。

「…何より腑に落ちぬのは、私が倒される運命さだめにあることだ」

「それは貴方が“悪”だからでしょ」

「私が悪事を働くところを、お前は自分の目で見たことがあるのか?」

「それは…ないけど。でも、貴方がモンスターに人を襲うように指示しているんでしょ!!」

「それは人間側の憶測だろう? 私はそのような命令を出した覚えはない」

「うっ」

「そもそも勇者だからといって……私の許可なく城へ乗り込むのは、盗賊となんら変わらんだろう」

「そ、そんなこと言ったって……魔王を倒すってゲームなんだし…」

「…解せぬ」

(確かに…私が魔王の立場なら理不尽だとは思うけど…でもゲームだし……)

手厳しい言葉に、梓はぐうの音も出ない。

「………まぁ、お前にも勇者なりの“諸事情”があるのだろうな。これ以上の追求はせぬ」

魔王はそう言って、話を打ち切った。

(え……今、気を使われた?)

データでしかないゲームのキャラクターが、気を使う?

(いやいや、ありえないでしょ!)

梓は、首を横に振る。

(相手はNPCよ。 …あ、もしかしてアップデートでAI機能が追加されたとか…?)

今起きている不可思議な現象について、梓は思考を巡らせるのだった。



 ――――――



あくる日。

「その雑草をどうするのだ?」

薬草を引き抜く梓に、真横から魔王が声をかける。

「雑草じゃない。薬草。これを使ってポーションを作るの」

「ほう」

梓はメニューから【合成】を開き、集めた薬草をセットする。

“ ポン ”

軽快な効果音とともに、手のひらに『ポーション』の現れた。
画面が見えない魔王からすれば、何もない空間から突然小瓶が出現したことになる。
素直に目を見開く魔王を見て、梓は思わず「ぶっ!」と吹き出した。

「錬金術か?」

「ま、まぁ、そんなところ」

「…容器ごと精製したのか?」

「容器?」

「ああ。容器はどこから出したのだ?」

「え、えっと…」

「……ああ、そういう仕様なのだな」

「そ、そう!」

最近の魔王は、梓が答えに詰まると勝手に“勇者の事情”だと解釈して、深追いしなくなっていた。

ゲームキャラ【魔王】と会話が成り立つ。

このイレギュラーな現象について、梓はアップデートの際にAI機能が追加されたせいではないかと考えた。
だが、すぐにその可能性を否定した。
このゲームは、パッケージ版を家庭用VR機に差し込んで遊ぶ完全オフライン型。
ネット接続すら必要のない、今どき珍しい仕様だ。

(言うなれば90年代のゲームみたいなものよね。それなのに、こんなことが起きるなんて………バグなのかしら?…それとも、私の頭・・・のほうがバグってる?)

「……お前も言えぬ諸事情があるのだろう。色々と聞いてすまんな」

黙り込んだ梓を気づかい、魔王が謝る。

「別に、言えないんじゃなくて……説明が難しいのよ」

顎に手を当て、梓は考える。
ありのままを話したところで、ネットゲームという『概念』すら存在しない相手に理解させるのは、到底無理だ。

「そうか。……目の前で理解が出来ないことが起こると聞かずにいられない性分なのだ」

「普通はそうよ。私だって、今のこの状況を説明してくれる人がいたら質問攻めにするわ」

魔王は目を見張った。

「…お前もか?」

「まぁね。でも、今の状況悪くはないって思うわ」

ポーションをアイテムボックスへ仕舞うと、梓は歩き出す。

(まぁ、素直に楽しめばいいか)

考えるのが面倒になって、そういう“仕様”だと割り切ることにした。

「そういえば、貴方って名前はあるの?」

「イグニス」

(あ、ちゃんと名前あるんだ)

キャラ紹介には【魔王】としか書かれていなかった。名前があったのは、新発見だ。

「じゃあ、これからはイグニスって呼ぶわね」

「ああ。…お前の名も聞いていいか?」

「…アズサよ」

「そうか。では私も、これからはアズサと呼ばせてもらう」

「う、うん」

自分の名を呼ばれ、梓は少しだけ照れ臭くなった。



 ――――――



梓が魔王と交流し始めてから、数週間が経った。

《魔王城・食堂》

「私を討伐する目的は果たさないのか?」

「…貴方が悪いことをしたら倒すつもりよ」

「そうか」

(倒したら…もう二度と会えなくなるじゃない)

ただのゲームキャラのはずなのに。
いなくなったら寂しいと思えるほど、梓は魔王と過ごす時間に心地よさを覚えていた。

魔王を倒せば、ゲームはエンディングを迎える。 

もし最初からやり直したら、目の前にいる『イグニス』が再び現れる保証はない。
むしろ一度リセットすれば、【魔王イグニス】のデータそのものが初期化される可能性のほうが高い。

「…ディナーに誘っておいて、物騒な話をするのね」

「ああ…すまない」

「それにしても、イグニスに食事に誘われるなんて思わなかったわ」

重い空気を払うように、梓は軽く笑った。

「そうか? ……だが、アズサが食事を“口で取らぬ”とは思わなかった」

「体力が減ったら食べ物を摂取して回復するけど、貴方みたいに食事をするわけじゃないわね」

「ふむ。ちなみに睡眠は?」

「取るわよ。宿屋で寝たら体力全回復。状態異常も治るわ」

「なるほど」

魔王にとって、梓の話はすべて未知で刺激的だった。

「ただ、それは“この世界”での話。現実世界では、ちゃんと食事も睡眠も取っているわ」

「現実世界…?」

「そう。本物の身体がある場所というのかしらね。…今ここにいる私は、生身じゃないの」

「……では、今私の前にいるお前は何なのだ?」

困惑を隠せない魔王に、梓は少し考えてから答える。

「これは“アバター”というの。この世界に適応した身体みたいなものよ」

「…ふむ。つまり依代よりしろか」

「まぁ、そんなところ。意志のある動く人形、って思えばいいわ」

(血も通ってないし)

身も蓋もないことを、梓は心の中で付け加えた。

「信じ難い話だ……」

「でしょうね」

魔王の立場なら、理解が追いつかないのも当然だ。

「現実世界のお前は、今と同じ姿なのか?」

「全然違うわよ。こんな西洋風の顔ではないし、スタイル良くないし、美人でもないし」

「そうか。だが………一目会ってみたいものだな」 梓は皮肉気に笑う。

「ふふ。…会ったら幻滅するわよ」

「そんなことはない」

即答だった。梓は思わず、面食らった。



 ――――――



「え…起動しない!?」

いつものようにゲームを始めようとした梓だったが、VRゴーグルの向こうは真っ暗のままだった。
本体の電源を何度入れ直しても、機動音すらしない。

「壊れた……?」

梓は、呆然とした。

「旧型モデルだから…もう出回ってないのに」

 
―数日後。

(問い合わせしたけど、やっぱり保証期間が過ぎてるから修理不可……)

フリマアプリを何度も更新するが、目当ての型は出てこない。
探しているのは、最新型より二つ前の機種。十年以上前に生産終了した代物だ

…見つかるまで、彼には会えない。

「…また、会える?」

 梓の目にじわっ、と涙が溜まった。



 ―――――― 



――それから一か月が過ぎた。

「梓さん、VRゲーム機を探してるんだって?」

職場の男性に、声をかけられる。

「はい。でも旧型で全然見つからなくって…もう諦めようかなって」

「それって、これ?」

差し出されたスマホの画面。

「あっ、それです!!」

思わず声が大きくなる。

「よかったらあげるよ。起動はするけど、俺、最新型があるからさ。……ちょうど処分しようと思ってたところだったし」

「本当ですか!? ありがとございます!!」

梓は職場であることを忘れ、勢いよく頭を下げた。


その日の夜。
梓は急いでゲームを起動した。

「………いない」

魔城に辿り着いても、肝心の魔王の姿がない。

「……どこにいるの」

城内を探し回る。

「ここにもいない。…イグニス…どこにいるのよ」

膝を抱えて、梓はその場にしゃがみこんだ。

(もし会えても…前のイグニスじゃなかったら、どうしよう…)

何が原因であの現象が起こっていたのか、分からない。
ゲーム機が変わった。
データを引き継いでも、“同じ存在”である保証はない。

「…………」

不安が込み上げ、鼻をすすった。

「…何を泣いているんだ?」

「――!?」

懐しい声。

「…イグニス?」

梓は立ち上がる。

「しばらく会わないうちに、私の顔を忘れたか?」

イグニスは悪戯めいた笑みを向けた。

「わ、忘れてないわよ!」

涙を拭い、強がる。

「それは安心した。……待ちくたびれたぞ」

「私を…待っててくれてたの?」

「ああ。何かあったのではと心配していた」

「それは……ごめんなさい」

「謝ることではない」

首を横に振る魔王。

「そうだ。アズサに聞きたいことがあるんだ」

「…なに?」

「たくさんあるぞ。お前がいない間に書き留めていてな」

懐から取り出された洋紙は、床につきそうなほど長く、びっしりと文字が並んでいる。

「ど、どんだけあるのよ!?」

梓は目を見開いた。

「ざっと百ほど」

「多すぎ!!」

「これでも厳選したのだが」

呆れながらも、梓は笑う。
それが、彼女の好きな『魔王イグニス』だった。

「…いいわよ。とことん聞いてやろうじゃないの!」

床にどん、と胡坐あぐらをかく。
イグニスは一瞬驚き、そして嬉しそうに微笑んだ。

「恩に着る。早速だが…――」

 

【この二人が真のエンディングを迎えるのは……まだまだ先のお話】

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