神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第一部 ラクルス村編 第一章 ラクルス村のパドくんはチートが過ぎて大変です

4.7歳になった。チートのせいでお母さんが笑ってくれない

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 僕がこの世界に転生してから、7年と2ヶ月が経った。
 この世界での僕の名前はパド。名字はない。
 もしかすると、この世界全体には名字という文化がないのかもしれない。

 僕が産まれたのは山奥の田舎のラクルス村。
 簡単に言ってしまえば、のどかな山奥の農村である。
 村人は全員併せても50人程度。みんな家族みたいな環境。
 村の外との交流は、行商人のアボカドさんが月に1回やってくるのと、ごくまれに巡礼の神父様が来る程度。あとは隣村とのお見合い会くらいか。
 村から出て行く者はほとんどいないし、僕もこの村で大きくなって、結婚して、子どもを作って、やがて老いていくのだろうと思う。

 でも、僕はそれをつまらない人生だなんて思わない。
 何もできなかった前世とは違う。
 家の外に出て歩くこともできるし、大人になることも出来る。
 今はまだ水くみに参加するくらいだけど、いずれはもっと仕事をまかされるようになるだろう。

 あの真っ白な世界で、おねーさん神様は転生先を『剣と魔法の世界』と言っていた。
 だけど、この村で暮らして7年。未だ僕は剣も魔法も見たことがない。

 いや、この世界のどこかには魔法があるのかもしれないし、鉄はあるから剣をもつ兵士とかも街に行けばいるのだろう。
 だけど、この村には魔法使いも剣士もいない。
 魔法の石とか、そういうファンタジーな要素なんて全くない。
 僕の体の中に200倍の魔力があるのだとしても、魔法の使い方を誰も知らないのだから意味がない。

 武器という意味では、村の門番は木刀を持っているけど、それを使うところなんて見たことがない。
 他に、弓矢もあるけどウサギやタヌキに似た小動物を捕らえるためであって、戦いに使うわけじゃない。
 ちなみに前世のような電化製品もない。

 お父さんの名前はバズ。
 お母さんの名前はサーラ。
 2人が15歳の時に結婚して、1年後、僕が産まれた。

 この世界全体が『剣と魔法の世界』だろうと、僕は『村人その1』でしかない。
 でもかまわない。
 僕がほしいのは魔法じゃない。
 剣を握って冒険したいわけでもない。
 普通の村人として、家族と暮らしていける幸せこそが、僕にとって大切なものだ。

 だから、僕はそのためにがんばらなくちゃいけない。
 今度こそ、幸せな人生を送るために。
 前世の家族のためにも。
 この世界の家族のためにも。

 ――たとえ、この世界のお母さんが僕のことを嫌いだったとしても。

 ---------------

「おはようございます」

 僕はそう言って寝室から食卓に向かった。

「おう、おはよう」

 食卓の椅子に座ったお父さんが答える。
 家には2つの部屋がある。
 1つが寝室、もう1つが食卓のある部屋だ。
 あの日、僕が床と天井に穴を開けてしまったのは寝室の方。
 今では穴はふさがれている。

 僕はゆっくりと自分の席へと向かう。
 慎重に、慎重に、1歩ずつ足を前に出す。

 家の中を歩くときは慎重に足を動かさなければならない。
 僕の力は日に日に大きくなっている。
 少しでも余分な力を入れてしまうと、床に穴を開けてしまう。
 外で歩くときだって、あんまり力を入れすぎると地面がへこむ。
 まして、走ったりジャンプしたりなんて、どうなってしまうか怖くて試す勇気もない。

 自分のチートについては誰にも話していない。
 もし話したら、みんなきっと怖がるから。

 産まれてから7年。
 僕は自分のチートを抑え、隠そうと努力してきた。

 歩くときは足を大きく上げず、ソロリソロリと動く。
 走ったりジャンプしたりは絶対にしてはいけない。
 物をつかむときはそーっと、慎重におこなう。間違っても握りしめたりしない。
 そして、できる限り人に触らないようにする。
 それでも何度も物を壊してしまって、ごまかすのに大変だった。

 自分の椅子――といっても丸太を切ったままの簡素なものだが――にたどり着くと、ゆくっくりお尻を下ろす。
 慎重に座らないと椅子を破壊してしまいかねない。
 実際、今までに2回壊している。

「母さんはもうすく戻ってくるからな」
「はい」

 村の中で竈《かまど》があるのは村長の家だけだ。むしろ村長になると竈のある家の管理を任されるというのが正確か。
 村長とその家族は村人全員の食糧を管理し、食事を配給する役目を持っている。
 毎朝お母さんが3人分の食事を村長の家に取りに行っている。

 しばらくすると、お母さんが帰ってきた。
 手には壺が2つ。

「おかえりなさい」

 僕が声をかけてもお母さんは僕を見ない。そして何も言わない。
 分かっている。
 返事がないのはいつものことだ。
 お母さんは僕を嫌っているのだから。

 お父さんが食器とスプーンを並べると、お母さんは黙ったまま壺から麦粥と野菜汁を配った。
 この世界にはパンもあるが、村人の口に入るのは月に1回の月始祭だけだ。
 朝晩の食事は麦粥と野菜汁がほとんどで、夜、たまに果物がつくくらいだ。
 ちなみに、この村には昼食を食べる習慣はない。

「では、日々の恵みに感謝して食べよう」
「はい、いただきます」

 お父さんの言葉に僕も応える。
 だけど、お母さんはやっぱり何も言わない。僕やお父さんと目を合わせもしない。

 お母さんがこうなったのは僕のせいだ。

 ---------------

 僕が産まれた日。
 赤ん坊が立ち上がっているのを目撃してお母さんはパニックになった。

 あの頃は言葉がわからなかった。
 後から聞いた話も総合すると、僕を産んだお母さんが疲れすぎて見た幻だろうということに、話はまとまったらしい。
 だけど、お母さんはそれでは納得できなかった。
 何しろ自分の目で見たことなのだから。

 お母さんは僕を遠ざけた。
 僕を抱き上げるのを拒否し、僕が近づくとパニックになった。

 母乳を吸わせることもいやがっていた。
 さすがにお父さんや村長が説得して母乳はもらえたが、当初僕が強く吸いすぎたのでお母さんはまた悲鳴を上げた。
 二度目以降は母乳を吸う力をできるだけ調整したけど、お母さんは赤ん坊の僕におっぱいを吸わせることを恐れた。

 母乳を吸わせる必要がなくなると、お母さんは僕に触れたがらなくなった。
 一方の僕も、下手に抱きついたりしたら、チートな力で怪我をさせるかもしれないと恐れていた。
 結果として、お母さんと僕は親子らしい交流をほとんどせずに年月がすぎてしまった。
 それでも、少しずつ時間が解決すると僕は信じていた。
 産まれて2年後、あの事件で家族の関係が決定的に壊れるまでは。

 ---------------

 5年前、お父さんが浮気した。
 もちろん、具体的にどんなことがおきたのか、子どもの僕に全容が知らされたわけじゃない。
 異世界とはいえこの村は一夫一妻制である。
 しかもお父さんが不義をした相手が悪かった。
 村にとってとても大切な商人のアボカドさん、彼が連れてきた旅人の女性。お父さんが交わったのは、そういう人だった。

 アボカドさんは村にとって大切な人だ。こんな辺境の村にやってきてくれる商人は他にいない。
 彼がいなくなれば塩や鉄などの、村では自給できない生活必需品が手に入らなくなってしまう。
 そんな大切な人が連れてきたお客さんにお父さんは手を出したのだ。
 当然、村中がひっくりかえしたような騒ぎになった。
 お父さんは罪人として裁かれることとなった。

 裁判所なんてないから、村で問題が起きたときは村長を中心に村人全員で対応を決める。
 細かいことは知らないけど、お母さんと離縁した上でお父さんは村追放なんて話もあったらしい。
 とりあえず、アボカドさんや旅人の女性の取りなしもあり、まだ幼い僕をお母さんだけで育てるのも大変だということで、なんとか許されたみたいだけど。

 それ以来、お母さんは僕だけでなく、お父さんのことも露骨に避けるようになった。

 ---------------

「わぁ、すごい、今日はお芋が入っているよ」

 僕は野菜汁をスプーンですくいながら、意識的に明るい声で言った。

「おお、俺のにも入っていたぞ。サーラ、お前のにも入っていたか?」

 家族の会話を取り戻したいという僕の思いをさっしたのか、お父さんがお母さんに言う。

 が、お母さんは完全に無視して黙々と食べ続ける。
 うーん、どうしたものか……

 5年間、僕はできるだけお母さんに明るい話をふっているのだけど、お母さんはいつもこんな調子だ。
 会話に参加するどころか、僕やお父さんと目を合わせようとすらしない。
 普通ならお父さんが一喝するところなのだろう。しかし、なにしろ浮気という負い目があるのでお父さんも強く言えないようだ。

 ちなみに、麦粥や野菜汁にはほとんど味付けはされていない。
 この村では香辛料はとても貴重品で、月始祭以外では村人の口に入ることはない。
 ただし、麦粥にはほんの少しだけ塩が入っている。
 健康のために最低限の塩分は必要だと、この世界の村人も経験的に知っているからだ。
 村の貴重な現金収入の半分近くは塩に変わるそうだ。
 だからこそ、その塩をこんな山奥まで売りに来てくれるアボカドさんは村にとって大切な人なのだ。

 たぶん、この村の食事は、普通の現代日本人には耐えられないものだと思う。
 米どころかパンも魚も肉もほとんど食べられない。量も少なく1日2食。
 だけど僕に不満はない。前世でも似たような食生活だったからだ。

 桜勇太の体は肉も魚も受け付けなかったし、ご飯もお粥でなければ食べられなかった。
 しかも最後の半年はそれすら難しく、栄養のほとんどを点滴でまかなっていた。
 前世では食事をおいしいなんて思わなかった。
 むしろ、食べることはおっくうにすら感じていた。実際、食事をしてもすぐに吐いてしまうことも多かった。

 パドの体は食事を受け付ける。
 お腹がすくし、もっと食べたいと思う。
 前世で満足に食べられなかったからこそ、この世界での食事を楽しめる。
 食べ物を身体が受け付けるというのは、とても幸せなことだと思う。

 ――後は、お母さんが笑ってくれればいいのに。

 僕の思いに反して、今日も微妙に気まずいままで朝食が終わる。
 お母さんに何度か話しかけてみるけど、ことごとく無視された。
 それでも、僕はあきらめない。

 僕は幸せにならなくちゃいけない。
 それは家族みんなを幸せにしなくちゃいけないということだ。
 だから僕は、お母さんとお父さんと僕の3人が笑いあえる日がくるまであきらめない。
 あきらめちゃいけないのだ。

 とはいえ、今日はもう時間だ。

「ごちそうさまでした」

 僕は椅子から降りて外への扉に手をかける。
 扉を開くときも慎重に。
 油断して力を入れすぎると、扉を壊しかねない。

「お父さん、お母さん、水くみに行きます」
「おお、行って来い。気をつけてな」

 お父さんがはそう言うが、お母さんは黙ったままだ。

「お父さんは狩りですよね?」
「そうだ。明後日は月始祭だからな。できるだけ大きな獲物を捕ってくるから楽しみしていろ」

 月に一度の月始祭では村の中心で肉や魚が焼かれ、パンも配られる。
 村人みんなが楽しみにしているイベントだ。

 何しろ、パンや肉が食べられるのは月始祭だけ。
 どんな肉が食べられるかは弓矢を持つ狩人の腕にかかっている。
 お父さんの弓矢の腕前は村1番らしい。

「はい、お父さんも気をつけてください」
「ははは、息子に心配されることはないさ。なあ、サーラ?」

 お母さんはそれにも答えない。
 食器を洗った後、今はもくもくと矢の整備をしている。

『仕事はするけれども、あなた達と話はしたくない』

 お母さんの全身がそう言っているようだった。
 無言の圧力を振り切り、僕は家の外に出た。
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