神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第一部 ラクルス村編 第二章 禁忌の少女

2.月夜の少年少女達(後編)

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 リラの父親は熊の力を持った獣人だったらしい。
 獣人は彼らの里から出てくることは滅多にない。が、あくまでも『滅多にない』だけであって例外もある。
 リラの父親の場合は、生まれ育った里をなんらかの理由で追われたらしい。その辺りは詳しく話してはくれなかった。彼女も知らないのかもしれない。
 とにかく、彼女の父親は山を下り、人族の住む街、テルグスに移住した。
 20年以上前のことだ。

 獣人であるリラの父親が、人族の街でどういう暮らしをしていたのかそれはわからない。
 いずれにせよ、彼は人族の女性を禁断の恋に落ち、リラが生誕した。

 獣人と人族には交流自体があまりないから、恋愛に発展することもほとんどない。
 母親は『獣に寝取られた』と陰口をたたかれ、リラ自身、テルグスの祖父母からは差別を受けたらしい。差別どころか虐待に近かったのかもしれない。

 そんな環境下、リラが4歳の時、彼女の母親がやまいで死んだ。

「お祖父ちゃんに言われたわ。お母さんは獣の子を産んだから神様から罰を受けて死んだんだって」

 そう語るリラの声には口惜しさが溢れていた。

 ――神様から罰、か。
 少なくとも、あのおねーさん神様はそんなことしそうもないけど。
 あ、でもおねーさん神様の担当はこの村だけだっけ。

 いや、それより、そもそも論として。

「さすがに4年も経ってから病気で亡くなったのなら、リラを産んだこととは関係ないと思うんですけど」

 天罰にしろ、あるいは医学的な出産の後遺症にしろ、タイミング的に結びつけるのは難しいと思う。

「かもしれないわね。でも、それに何か意味がある?」
「意味があるかって、そりゃあ……」
「どっちにしろ、お祖父ちゃんにとっては同じことよ。そして、私とお父さんにとっても」

 リラはそう皮肉く言って話を続けた。

 元々歓迎れていたわけでもないリラとその父親は街を追われる。
 父親はリラを連れてこの山の獣人の里に向かった。
 そこは父親が育った里とは別の場所である。

『人族とのハーフであることは絶対に言うな』

 リラは父親に強く言い含められた。
 獣人の仲間として、リラたち親子は歓迎された。
 それから8年。
 リラは里で平和に暮らした。

 ――が、本当の悲劇はそこからだった。

 ---------------

「私が人族とのハーフだと口走ったせいよ」

 詳しい事情は分からない。リラは語らなかったし、僕やジラが質問を挟めないほど悔しそうに話していたから。

 獣人にとって、人族との交配は最大の禁忌であるらしい。
 それこそ、死を持って償うべきほどに。
 リラの目の前で彼女の父親は磔にされ生きたまま焼かれた。

 リラも同じように殺されそうになったがなんとか逃げ出した。
 里の住人の中にも、リラたち親子に同情する人々もいたらしくひそかに逃亡の手伝いをしてくれたらしい。
 それが6日ほど前のことである。

 リラが禁忌の子と自称したのはそういう意味だった。

 その後、山の中をさまよい歩き、水に飢え、ようやく川を見つけた――と思ったら、アベックニクスに襲われたらしい。
 アベックニクスがどうして暴走したのかはリラにもわからないようだ。

 想像を絶する話だった。
 正直、4歳の子ども相手に『母親が死んだのはお前を産んだせいだ』といわんばかりのリラの祖父の行動も、リラの父親を生きたまま焼き、リラをも殺そうとする獣人達の行動も、僕の理解の範囲外にある。

 僕の前世は日本人だ。憲法で基本的人権が保障されている世界だ。だからこそ、大病を患いながら11年間生きることができた。
 ラクルス村はそこまで甘い環境ではない。生活はギリギリだから、ルール違反には厳しい。だが、浮気をしたお父さんだって最終的には許されたくらいの許容度もまたある。

 ――だけど。

 一方でわからないでもない。

 歴史に詳しいわけじゃないけど、日本でも江戸時代末期には攘夷運動とかいうのがあって、外国人というだけで殺された人もいたと、何かの本で読んだ。

 ――そして。

 僕は思い出す。
 月始祭の前に僕のチートについて村長に説明したときのことを。

 ---------------

 お父さんとお母さんに、チートと前世の知識について話した後。
 僕はお父さんと共に村長の家に行った。
 前世はともかく、力については村長に話さないわけには行かないという判断だ。
 そもそも、お父さんは村長に僕の力についてきちんと聞き出せと言われていたらしいし。

 最悪、村から出て行けと言われる覚悟だったが、村長は僕が村で暮らし続けることを許してくれた。
 孫のジラを助けてくれてありがとうとも言ってくれた。
 が、それと同時にこうもつけくわえた。

『もしもパドの存在がになる日が来れば、村長としてをせざるをえなくなる』

 別の判断というのが何を意味するのか、正直分からない。
 村からの追放か、あるいは僕の命を奪うのか。
 そもそも僕の力が村にとって致命的な不利益になるとは、どんな状況下が想定されるのか。
 おそらく、村長も具体的に思い描いているわけではないだろう。

 分からないけれども、チートを持つ子どもという異質な存在を無条件に護ることは難しいという宣言だったのだと思う。

 ---------------

 世の中、異質な存在は警戒され、迫害される。

 江戸時代末期に外国人が排斥されたように。
 村長がチートを持つ子どもを警戒したように。
 僕もそれを何となく理解し、恐れていたからこそ、7年間、自分の秘密を隠し続けてお父さんやお母さんを苦しめてしまったのだ。

 少なくとも、獣人達に対して『リラを殺すのは間違っている』と言ってみたところでどうにもならない。

「ジラ、村長はこのことを知っているんですか?」

 僕の質問に、ジラは首を横に振って否定する。

「じゃあ、やっぱり、まずは村長に説明するべきなのでは? いくらなんでも殺されると分かっていて獣人の里に送り届けはしないでしょう」

 リラをこの村に永住させることは難しいとしても、例えばテルグスの街までの案内を行商人のアボカドさんに頼むくらいはできるはずだ。
 もっとも、リラの話を聞く限り、テルグスの街に行ってそれから彼女がどうするつもりなのかも疑問ではあるが。

「俺もそう思ったんだけどさ、アボカドさんが来るのは次の月始祭だし」

 月始祭は月に1度。
 アボカドさんは基本的にその日に合わせてやってくる。ズレることも多いが、今月の場合は昼間の月始祭でやってきたから、次に来るのは来月だ。

「いや、ひと月くらいはなんとかなるんじゃ……」

 だが、それを否定したのはリラだった。

「それは無理。だって、もうすぐ追っ手が来るもの」
「追っ手? 獣人ですか?」

 リラの足跡でも追ってくる?
 でも、もしもそこまでギリギリの逃亡だったというなら、追っ手はむしろすでに来ているはずでは?
 何しろ、リラがこの村にやってきてからすでに2日経っているのだ。

「私を逃がしてくれた人達が、時間稼ぎはしてくれたはず。でも、多分数日が限度」
「数日経ってから追うのは難しいと思いますが」
「犬の獣人なら匂いを追える。鳥の獣人なら空から探せる」

 なるほど。

「せめて雨期なら、匂いはごまかせたかもしれないけど」

 確かに、ここ2週間この辺りでは雨が降っていない。
 つまり、数日のタイムラグはあるものの、いずれリラがこの村にたどり着いたことは分かる。
 大雨が降らない限りは。
 そして、この時期、さらに半月雨が降らなくてもおかしくはない。

 そこまで話した時、ジラが言う。

「じいちゃんは……事情を話せばリラを獣人の里に送り返すのはやめると思う。だけど獣人達がやってきて、リラを引き渡せって言ったら……たぶん、その時は……」

 ジラはそれ以上は言葉を濁した。
 村長は本質的に優しい人格者だ。殺されると分かっていてリラをわざわざ獣人の里に送り返しはしないだろう。正式な村民として認めるかどうかはともかく、ひと月かくまうくらいはしてくれるかもしれない。あるいは彼女が大人になるまで村に居住することも認めるかもしれない。

 が、獣人と争ってまでリラを庇うことはしない。
 なぜならば、もしもそれで獣人と武力衝突にでもなったら、だからだ。
 チートを持つ子どもや、獣人と人族のハーフの子どもを村に置くことは出来ても、それによって他の村人の害になるならば、村長としてをせざるをえない立場なのだ。

 ジラはそのことを理解している。
 だからこそ、村長に相談せずに自分だけでリラを逃がそうとしているのだ。

「事情はわかりました」

 だからといって、衰弱しているリラだけで――あるいは、僕らとリラだけで――下山するというのは無茶だ。
 またアベックニクスみたいなのに襲われるかもしれないし、そもそも道に迷ってしまうだけだろう。
 とても現実的な選択じゃない。

 ――どうする?
 ――どうしたらいい?

 問題は、僕も代案を示せないことだ。
 リラやジラの行動に、『無謀だ』、『やめておけ』というのは簡単だ。
 だが、このままだとリラは獣人の里に連れ戻され殺されてしまう。他の代案もなく反対するわけにもいかない。

「そもそも、テルグスの街にたどり着いたとして、リラはどうするつもりなんですか?」
「……わからないわ。でも、この村ならともかく、テルグスくらい大きな街まで逃げれば彼らも諦めると思う。人族との本格的な争いは望んでいないはずだから」

 やはり、色々な意味で無計画すぎる。
 が、しかし――

「ジラ、この話を他に知っているのは?」
「スーンだけ」
「スーンはなんて?」
「じーちゃんに任せるべきだって。報告は俺からするって言っておいたけど」

 スーンにはそう言っておく一方で、実際には村長には報告していないというのが現状らしい。

「何故、僕に?」
「だって、……テルやキドやねーちゃんに相談したら、きっとじーちゃんに任せろっていう。サンに相談しても悩ませるだけだと思うし。
 でも、俺1人じゃ無理なのもわかって。
 お前は力を持っているし、相談できるのは他にいないって思った」

 ジラなりに考えた結果か。
 まいったなぁ。
 僕が持っているのはただの馬鹿力でしかない。
 そりゃあアベックニクスみたいなのが襲ってきたら役に立つかもしれないけど、普通に山道を歩くには、むしろ邪魔にすらなりかねない力だ。

 とはいえ、ここまで話を聞いて知らんぷりすることもできない。
 このままリラを旅立たせたり、あるいは獣人に引き渡すのを許したりしたら、それこそ一生良心の呵責に苦しむだろう。
 第一、僕だってリラを見捨てたくはない。
 しかし、一体どうしたら……

 そこまで考えたときだった。

「馬鹿なことはやめるんだ、ジラ、パド」

 暗闇から声が聞こえ振り返ると、そこにはテルとスーンが立っていた。
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