神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第一部 ラクルス村編 第二章 禁忌の少女

3.少年の呪い、少女の呪い

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 桜勇太は暗闇が嫌いだった。
 夜、病室の蛍光灯が消されると、とても心細く感じた。
 暗闇は本能的に恐怖を感じさせる。
 体力のない病気の身体は昼も夜も睡眠を求めたけど、真っ暗な病室で眠ってしまうと2度と起きられないんじゃないかと震えた。
 夜の病院は、昼間の病院の何倍も死の気配がした。

 パドとして転生しても、夜の闇は恐かった。
 それでも1人でおしっこに家から出てこられるのは、村の中だからだ。
 いざとなったら家に逃げ帰れる場所だからだ。

 今、僕は闇の中にいる。それも病院や村の中ではなく、木々に囲まれた静寂の中に。
 夜の山道を照らすのはスーンが持つ小さなランタンと、月明かりだけ。
 それでも恐くないのは1人ではないからだ。
 僕の横にはリラとスーンがいる。
 僕は唯一の男の子。2人を護らないといけない。
 その責任感が、恐怖を打ち消していた。

 その闇の中を、僕ら3人は隣村――エルデンス村に向かって歩く。
 おそらく、明日の昼までそこに滞在しているはずのアボカドさんを頼って。

 ---------------

 ジラの様子がおかしいと感じたスーンはテルに相談した。
 ジラとリラの後をつけて、僕との話を聞いていた2人は、ジラを叱り飛ばした。
 曰く、自殺行為をするな、しかも年下の子(僕)を巻き込むなという当然の話で。

 さすがにジラもシュンとなったが、しかし問題は解決していない。
 そこでテルが提案したのが、下山するのではなく隣村に向かい、滞在しているはずの行商人、アボカドさんを頼ること。
 各村の月始祭は実は日付がずれている。塩などアボカドさんから購入したモノがないと成り立たないので、彼が村にやってくるタイミングで村々が月始祭を開催するためだ。

 昼間旅立つとき、アボカドさんは次はエルデンス村に行くと言っていたらしい。
 ならば、今晩のうちにエルデンス村に連れて行ければアボカドさんにリラを託すことができる。
 行商人の彼はテルグスの街にも拠点を持っているらしいし、馬車に乗せてもらえば犬の獣人にリラの匂いを追われる心配も大幅に削減される。

 テルは自分がリラを連れて行くと言ったが、どうみてもまだ身体が良くなっていない。
 ジラも一緒に行くと言い張ったが、村長の孫として村の規律は守れとテルとスーンに言われた。
 結局、議論した末、スーンが送ることになり、途中アベックニクスのような獣に襲われるリスクを考慮して僕が護衛として付き添うことになった。

 正直、いくらチートがあるとはいえ、僕に護衛なんて務まるか甚だ疑問だけど、僕が行かなければ怪我をしたテルか、あるいはジラが着いていくことになっただろう。さすがに女の子2人だけを夜中歩かせるわけにはいかないし。

 ---------------

 山道やまみちは意外と歩きやすかった。
 少なくとも、お父さんと話をした崖に続く坂よりは、ちゃんとした道だ。
 舗装こそされていないけど、なだらかな登りや下りの土の道。
 僕の馬鹿力でも、普通に歩く分には差し障りない。
 そりゃあそうか。急な坂やもっと細い道だったらアボカドさんの荷馬車は通れないもんね。

 テルとスーンは村長の家から付近の地図とランタン、それに水袋とアベックニクスの干し肉を持ち出していた。
 もちろん、子どもが勝手に持ち出すのは立派な叱られ案件だが、そういった準備もなしに下山しようとしていたジラとリラがどれだけ無茶かという話でもある。

 ラクルス村からエルデンス村までには3回分かれ道があるらしい。
 その1回目。

「えっと、たぶん右だと思うけど……」

 スーンがランタンで地図を照らしながら言う。
 確かに地図を見る限り右の道っぽい。
 だが、地図は手書きでG○○gleマップのような正確さは期待できない。それに、僕らには地図に書き込まれている文字が読めないのも不安材料だ。

「たぶん、合っているわよ」

 リラが言う。

「なんで分かるんですか、リラ?」

 僕が尋ねると、リラは地面を指さすながら答えた。

「よく見て。わずかだけどわだちの跡が残っている」

 なるほど。荷馬車の跡らしきものが右に向かって続いている。
 ここ数日で、ラクルス村から続くこの道で、荷馬車を使ったのはアボカドさんだけだろう。
 納得して歩き続ける僕ら。

 ---------------

 2つ目の分かれ道。今度は右、左、まっすぐと3つに分かれている。
 地図と轍の跡を確認して、まっすぐの道を進む。

 ――しばしして。

「パド、少し休みましょう」

 スーンが言う。

「え、僕はまだ大丈夫ですけど……」

 言いかけた僕は、スーンの隣を歩くリラを見て言葉を止めた。
 僕やスーンはともかく、リラはかなり辛そうだ。
 無理もない。もともと衰弱した状態からまだ完全回復はしていないのだ。

「……そうですね。少し休んだほうがいいかもしれません」

 僕ら3人は地面に腰を下ろした。

 ---------------

 夜の森で3人。
 ランタンの光だけの世界。
 身長の何十倍もある大木に囲まれていると、なんだか僕らなんてとてもちっぽけに思えてくる。
 空にはたくさんの星々が輝いている。

「1つ、聞いてもいいかしら」

 リラが呟くように言った。

「なに?」
「どうして、あなた達は私を助けようとしてくれるの?」

 リラの質問の意味が分からない。

「どうしてって……だって、殺されるって言っていたじゃないですか」
「私は獣人から見ても、人族から見てもハンパ者なのよ。私を助ける義理なんて、あなた達にはないはず」

 そうに言えばそうなのかもしれないけど。
 そもそも、義理とかじゃないよなぁ。

「女の子が殺されるって聞いたら助けようと思うじゃないですか」
「何よそれ、新手のナンパ?」
「ナ、ナンパ!? ち、違います、そんなんじゃないですって」

 慌てて両手を振って否定する。
 セクハラとか思われたら困るし。

 だが、僕のその対応は、リラには別の意味を感じさせたらしい。
 彼女に自虐的な表情が浮かぶ。

「そうよね。鱗の生えた人間、人族の男の子が好きになるわけないわよね」
「いや、あの、そういうことでもなくて。っていうか、リラはかわいいと思いますよ。黒い髪もきれいだし」

 これは本心。
 転生してから見た人間は、アボカドさんや巡礼の神父様などを含めても全員、金髪か白髪はくはつだった。いや、村長はすでに髪の毛が不幸なことになっているけど。
 一方、リラの髪は黒い。前世日本人の僕は、その黒髪に懐かしさと親しさを覚える。

「……結局、ナンパ?」
「いや、だから違いますって」

 そんな僕らの会話に、スーンが入ってくる。

「リラ、確かに私達にあなたを助ける義理や義務はないと思う。たぶん、村に戻ったら村長や大人達に、私とパドは怒られるでしょう。ジラとテルも。
 でもね、私もパドもジラもテルも、あなたを助けたいと思っているの。
 パドが言った『良心の呵責』という意味もあるけれど、もっと純粋に、困っている子を助けたいと考えるのはおかしなことかしら?」

 スーンの言葉に、リラはうつむく。
 うつむいて、それから不安そうに顔を上げる。

「でも、私は禁忌の子よ。呪われた子、生まれてこなければ良かった子なのよ。私のせいで、お母さんやお父さんは……」

 そこまで言うと、リラは両手で顔を覆ってしまう。
 リラの母親はリラを産んで4年で亡くなった。それが獣人の子どもを産んだせいというのは間違っていると思うけど、それだけでなく色々苦労もしたのだろう。
 そして、人族と交わったとして、彼女の父は獣人達に殺された。

 リラの感じているのは罪悪感なのかもしれない。
 彼女は何も悪くないのに。
 それでも自分を責めてしまっている。

 ――僕と同じように。

「リラ、ちょっといいですか?」

 僕はそういうと、近くに落ちていた自分の頭ほどもある石を拾う。

「その石がどうかしたの?」
「見ていてください」

 僕はそう言うと、その石に力をかけた。
 全力ではない。むしろ手加減をした。
 それでも、石は粉々に砕け、地面に散らばった。

 リラだけでなく、スーンも目を見開く。
 考えてみれば、スーンも僕のチートは知らなかったんだっけ。

「パド、あなた……まさか、アベックニクスを倒したのって……あ、だからジラはパドに護衛を頼んだのね」

 驚愕しつつも納得した様子のスーン。
 一方、リラは――

「熊の獣人……いえ、それでも無理よね……一体、どうして……」
「僕は、生まれながらに普通より200倍の力を持っています。生まれた直後に家を壊し、産婆さんを蹴飛ばして怪我をさせました。
 そのことをずっと秘密にしていて、そのせいでお父さんやお母さんをずいぶん苦しめました」

 僕の言葉に、リラはまだ混乱したのまま様子だ。

「……200倍の力……」
「リラ、あなたが禁忌の子だというなら……ご両親を苦しめた自分が許せないというなら……それは僕も同じことです」

 僕もずっと悩んだ。

 病院でただただ生きているだけで、両親の負担にしかならなくて。
 チートのせいで物を壊してしまって、それでも誰にも相談できなくて。
 前世の記憶を持ったまま生まれた自分は、本当に今の両親の子どもと言えるのかと考えて。

 だけど、お父さんは言ってくれたんだ。

「僕の父は言ってくれました。
 僕が生まれたとき、嬉しかったと。それはたぶん、どんな親でも同じだと思うと。
 だから、きっとリラのご両親も、リラが生まれてきて良かったと感じていたと思います」

 僕の言葉に、リラは少し驚いたような顔をして。
 しかし、納得はできない様子で顔をそらした。

「ガキのくせに、あんたに私の何が分かるのよ?」
「リラだって子どもじゃないですか」
「あんたよりは大人よ」

 リラは12歳、僕は前世もあわせれば18歳だ。
 だが、前世のことを知らないリラからすれば、僕は7歳の子ども――幼児に近い。
 確かに『ガキが何を言っているんだ』と感じてもおかしくないかもしれない。

「それに、私とあんたは違うわよ」
「どうしてですか?」
「だって、あんたは――あんたには両親と帰る家があるじゃない。
 私にはもう、そんなものどこにもない!!
 テルグスに行ったって、祖父母が受け入れてくれるかどうかなんてわからない!!」

 リラは泣いていない。少なくとも涙は見せていない。
 だが、その悲鳴のような叫びはとても悲痛で。
 だから、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 確かに、僕には帰る村と家がある。
 迎えてくれる両親がいる。
 両親がいないというならむしろジラのほうだが、彼だって村長やナーシャさんがいる。
 スーンも両親は健在だ。
 そんな僕らが、リラにこれ以上何を言えるだろうか。

 いや、そもそも、僕は安易にリラに何を言っていたのだろうか。
 自慢げに自分のチートを見せつけて。
 自分はキミと同じだよなどと簡単に言って。
 説得力のかけらもない。
 不誠実とすら言える。
 リラの言うとおり、お子様の理屈に過ぎなかった。

「……ごめんなさい」

 結局、僕はそう言うしかできなくて。

「謝らないでよ。やっかいごとを持ち込んだのはこっちなんだから」

 リラは顔を背けた。

 ――その時だった。

「静かに。何かが近づいている」

 リラが警告する。

「え?」
「足音」

 僕は耳を澄ませる。
 何も聞こえない。
 だが、リラの耳には聞こえているみたいだ。

 後から冷静に考えてみれば、声を潜めたり聞き耳を立てたりする前にやるべきことがあった。
 愚かにも僕らはランタンの光を消さず、隠れるでもなくその場にとどまっていたのだ。

 しかし、僕らは訓練された兵士でもスパイでも忍者でもない。
 ただの村人で、だからそういうとっさの判断は難しくて。

 ――そして当然のごとく僕らはヤツラに見つかった。

「ようやく見つけたぞ、リラ」

 そう言って目の前に現れたのは、犬のような鼻と口を持った人間――リラを追ってやってきた獣人だった。
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