神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第一部 ラクルス村編 第二章 禁忌の少女

4.君の本当の気持ちを言えよ!!

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 現れたのは犬の獣人。
 年齢はわかりにくいが、青年だろうか。
 両腕には筋肉がモリモリで、何より目立つのが右手に持つ反り返った剣。
 村の見張りが持っているような木刀ではなく、本物の金属の剣だ。

 彼はその刃先を僕らに――リラにまっすぐ向けている。

「ブルフおじさん……」

 リラが僕の陰に隠れるようにしながら呟く。
 その声にはあきらかな警戒と怯えが混じっていた。

「知り合いなの?」
「里で隣の家に住んでいた。お父さんを磔にした」

 言う、リラの身体は震えていた。
 恐怖なのか、それとも……
 だが、いずれにしてもここは逃げるしか。

 そう僕が思ったときだった。

「ちょっと待って、ブルフ。あんたはいつも慌てすぎなのよ」

 ブルフを追うように――実際追ってきたのだろうが――もう1人の獣人が現れた。
 こちらは女性だ。何しろ胸が大きい。
 その額からは角が生えている。
 どこかで見たことがある――そう、アベックニクスと同じ角だ。
 ひょっとして、アベックニクスの獣人だろうか?

「こっちは村長さん達を連れているんだからね。ひとりで突っ走らないで」

 彼女の言葉通り、その後ろには村長が――獣人ではなく、ラクルス村の村長がいた。
 さらに、老齢の村長を支えるように僕とスーンのお父さん達まで。

 ---------------

 僕は必死に頭の中で状況を整理する。

 今いるのはラクルス村からエルデンス村へ向かう道。
 広さはぎりぎり馬車が通れる程度で、周囲は森。
 その場にいるのは、僕、リラ、スーン、ブルフ、女性獣人、ラクルス村の村長、僕のお父さん、スーンのお父さんの8人。

 リラは怯えと警戒。
 スーンは困惑。
 ブルフは明らかな敵意。
 女性獣人はそんなブルフをなだめている。
 村長は僕とスーンを睨んでいて、僕とスーンのお父さんは心配げにこちらを見ている。

 そんな中、僕は必死に考えていた。

 ――これ、どういう状況だ?
 ブルフ達はリラを追ってきた。
 村長やお父さん達と一緒にいると言うことは、途中でラクルス村に立ち寄ったはずだ。
 おそらく、僕らが旅立って数時間後くらいかもしれない。

 僕とスーンのお父さんが一緒なのは、僕らも一緒に村から抜け出したと理解したから。
 単にいなくなったと気づいたのか、あるいはジラかキドを尋問したのか。

 ――それは正直どっちでもいいか。

 獣人達はリラを追ってきた。
 リラの言葉を信じるならば、禁忌の子――獣人と人族のハーフである彼女を殺すために。

 ――なら、村長やお父さん達は?

 僕がそこまで思考したあたりで、事態はすでに動き始めていた。

「リラ、人族の子に迷惑をかけちゃダメでしょう? さあ、里に戻りましょう」

 女性獣人が優しそうな声で言う。
 だが、リラは僕の背にしがみつくようにして動かない。

 ――どうする? どうするのが最善だ?
 ――いや、そもそもこの状況は……

 警戒しつつも動けない僕。
 そんな僕らに、今度は村長が言う。

「スーン、勝手に地図や食料、ランタンを持ち出し、パドまで連れ出しおって。パドも冒険はここまでだ。
 彼らはその子を引き渡せば大事にはしないと約束してくれた。彼女を渡して、ワシらは村に戻るぞ」

 村長は獣人とトラブルになるのを避けようとしている。
 そのためにリラを引き渡せと言っている。

 ――だけど。

 僕が何かを言う前に、スーンが言った。

「村長、リラは人族と獣人のハーフで、その人達は彼女を殺そうとしているんです」
「それが真実だという証拠もあるまい。いずれにせよ、ワシらには関わりなきこと。獣人達とワシらは不干渉であるのが暗黙の了解なのだ」

 その言葉で、逆に理解する。
 少なくとも村長はリラの事情をあらかた知っている。
 獣人達に聞いたのか、あるいはジラかキドから聞いたのか。

 いずれにせよ、その上でなおリラを彼らに引き渡すと言っているのだ。

 ――そんなこと。

 ブルフが僕らに語る。

「人族の子よ。リラが君たちを惑わしたことは申し訳ないと考える。謝罪しろというならばそれもしよう。
 いずれにしても、これは我らの問題。リラは責任を持って我らでする」

 ――、か。

 始末とはこの場合殺すという意味だとしか思えない。連れ戻すことを始末とは普通言わない。
 村長だってそのくらい分かるはずだ。
 僕は村長に訴える。

「村長、分かるでしょう。彼はと言いました。その言葉の意味は……」

 だが、他ならぬ僕のお父さんによって、その言葉は遮られた。

「パド、村長はを避けようとされているんだ」

 お父さんの言葉の意味。
 村にとって致命的な不利益。
 村長が避けるべき絶対的なこと。

 獣人との諍いは村に致命的な不利益をもたらす。
 今、リラをかばって村を危険にさらすのは、村長としてあり得ない選択肢ということか。

 僕のチートについて説明したときの村長の言葉を思い出す。

『もしもパドの存在がになる日が来れば、村長としてをせざるをえなくなる』

 いや、それだけじゃない。
 もしもここで僕がチートを使ってまでリラを庇えば、僕も村にとって致命的な不利益をもたらす存在と見なすしかなくなる。

 お父さんの言葉は、その警告だ。

 ――どうする?
 ――どうしたらいい?

 僕にはチートがある。
 だけど、逆に言えばチートしかない。
 経済力も権力も交渉力も何もない。

 ――そんな僕が、一体どうやったらリラを助けられる?

 必死に考えて。
 それでも答えが出なくて。

 そんな僕に、スーンが苦しげに言った。

「パド、さすがにこれは……」

 リラを救うのはもう無理。
 これ以上逆らえば、今度は僕とスーンがラクルス村を裏切ることになる。
 スーンはそう言っている。

 ――だけどっ。

 僕が何も言えないでいると、リラが小さく息を吐く。
 それはため息とは少し違った、何かを決意したような。

 そして彼女は言う。

「パド、もういいわ。迷惑をかけてゴメンね。
 スーンもありがとう。ジラとキドにもお礼を言っておいて。
 ブルフおじさん、ナターシャおばさん、迷惑をかけてごめんなさい。
 私は里に戻るから、パド達には手出ししないで」

 ナターシャおばさんというのは女性獣人のことらしい。
 いずれにせよ、リラは僕の背後から進み出てブルフ達の方へと歩く。

 ――こんな。
 ――こんなことっ。

 僕はリラの背に呼びかける。

 リラ。
 僕と彼女の付き合いは長くない。
 だけど。
 それでも。

「リラ、本当にいいの!?」
「……ええ。元々、あの川原で私は死んでいたはずだったし。お父さんが殺されたときに、本当は私も死にたいって思ったし。
 さっきも言ったでしょう。あんたに私の何が分かるのって。私とあんたは違うのよ。あんたやスーンには帰る場所があるんでしょう? 私はもう、死んでもいいのよ」

 でも、それはリラの本心じゃないんだろう?
 だって、もしそう思っているなら……

「嘘だ」

 僕の言葉に、リラの肩が震える。

「だって、もし本当に死んでもいいと思っているなら、どうしてそんなに震えているんだよ!?」

 リラは震えていた。
 必死に隠そうとしているのかもしれないけど、隠しきれていない。

「死にたくないんだろ?」

 僕の言葉に、リラの足が止まる。

「助けてほしいんだろ?」

 リラが僕の方を振り向く。

「そんな言葉は助ける力がある人間が言うことよ。あんたがいくら馬鹿力を持っていても、どうにもならないこともあるのよ!! 分かりなさいよ!!」

 叫ぶリラの声は、僕には鳴き声のようにも悲鳴のようにも聞こえた。
 
 リラの言葉は正しい。
 お父さんの言葉も、スーンの言葉も正しい。
 獣人との対立を避けようとする村長の判断だって間違っていない。
 獣人達の行動は納得できないけれど、彼らには彼らなりの理屈があるのかもしれない。

 ――だけど。
 ――それでも。

 助けられる見込みなんてなかった。
 それでも、リラを見捨てるなんていう選択肢もなかった。
 だから、僕は叫んだ。

「助けるよ。助けてみせるよ。だから、だから、きみの本当の気持ちを言えよっ!!」

 大人達とスーンは、僕らのやりとりをじっと見ていた。
 獣人達はリラを無理矢理連れて行くこともできただろう。
 実際、ブルフはそういうそぶりも見せていたがナターシャが抑えているようだ。できるだけ穏便に済ましたいのだろう。

 リラは僕に向かって小さく呟いた。

「じゃあ……助けてよ」
「……リラ?」
「死にたくなんてない。こんなの悔しいよ。だから、助けてくれるなら助けてよ」

 ――それが、君の本心なんだね。
 ――だったら、僕は。

「わかった」

 僕はうなずき、身構えた。

 ――リラ、君のことは僕がまもる!!
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