神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第一部 ラクルス村編 第二章 禁忌の少女

12.お母さんの胸元で

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 ブシカさんの小屋を出て3日。
 僕の目の前に、懐かしいラクルス村の光景が広がっていた。

 懐かしいといっても、旅立ってからせいぜい7日間程度。
 前世で言うところの1週間でしかない。

 それでも。
 夏の陽光に照らされた麦畑と家々を見ただけで、僕の目から涙がこぼれそうになった。

「パド……?」

 最初に僕を見つけたのはジラだった。
 彼はテルと共に、畑で鍬を振るっていた。
 本来、年少組の2人は畑仕事に携わらないはずだが。

『パド!!』

 ジラがもう一度、今度はテルと一緒に声を上げる。
 二人は鍬を投げ出して僕に駆け寄って来た。

「お前、生きていたのかよ」

 そういって僕に飛びつくジラ。

「ひどいなぁ、生きてるよ、ジラ」
「だって、獣人達が、お前ら崖から落っこたって。だから、俺、2人とも死んじゃったって思って、俺のせいで、パドやリラが、死んじゃったって……」

 そこまで言って、おいおい泣き出すジラ。
 ガキ大将気質の彼だが、まだ9歳なのだ。

 僕は今回のことがジラのせいだなんて思っていない。
 だけど、この7日間、彼は責任を感じていたのだ。
 それこそ、良心の呵責を感じ続けていた。
 7日前、僕がリラに指摘したことを、僕はジラ達にしてしまった。

「ごめん、ジラ、心配かけた」

 僕はそう言って、ジラの身体にそうっと手を回す。
 ブシカさんの家から村までの間に、相手を怪我させずに抱擁できるよう何度も練習した。
 これまでは他の人に触らなければ良いと思っていたけど、リラの涙を見てそれじゃダメだと思ったから。

 と。
 ジラが僕の顔をのぞき込む。

「パド、お前言葉遣い変えたんだな」

 確かに僕は今敬語をやめている。
 これもリラが気づかせてくれた。
 大人相手ならともかく、子ども同士で敬語を使いすぎるのは良くない。
 相手を敬うというよりも、相手との間に壁を作ってしまう。

「え、あ、うん。おかしい、かな?」
「全然おかしくねーよ。そっちの方が普通だろ」
「うん。ありがとう」

 そんな僕らを見守っていたテルも口を開く。

「パド、無事で良かった」
「心配かけてごめんなさい」
「まずは、お前のご両親と村長に報告しよう」

 だが、その必要はなかった。
 騒ぎを聞きつけた村人がいたのか、僕らの周りには村中の人たちが集まっていて。
 その中には僕の両親や村長、スーンやキドもいた。

 僕のそばにお父さんとお母さんがやってくる。
 まずはお父さんが僕の前に立つ。

「お父さん、その……」

 言いかけた僕の頬を、お父さんが平手で叩いた。
 頬がじんじん痛む。
 だけど、その痛みは何故か凄く温かくて。

「どれだけ……お母さんがどれだけ心配したと思っているんだっ!!」

 お父さんは本気で怒っていた。

 僕はお母さんを、そしてお父さんや村の皆を見た。

 お母さんは今にも泣きだしそうな顔だ。
 村長はホッとした顔を浮かべつつも僕を睨んでいる。
 他の人たちもホッとした顔を浮かべたり、喜んだりしてくれている。

「ごめんなさい」

 僕は泣きながら謝る。

「パドっ」

 お母さんが駆け寄り、僕をぎゅっと抱きしめる。
 僕もそっと、お母さんに手を回す。
 練習のかいあってお母さんを傷つけずに抱きしめられる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 桜勇太としても、パドとしても、生まれて初めてお母さんに抱き合いながら、僕はひたすら涙し、ひたすら謝り続けた。

「無事で良かった、本当に良かった」

 お母さんの温かい胸元で、僕はいつまでも嗚咽しつづけた。
 そんな僕とお母さんを、お父さんの太い腕が支えてくれた。

 ---------------

 ブシカさんの家からラクルス村まで、直線距離ならば半日程度。
 だが、問題は崖の落差で、いくら僕がチートを持っていても登れる高さではない。
 そのため、大幅に遠回りをしなければならなかった。

 ブシカさんに、地図と食料、それに水をもらったとはいえ、途中迷わないか心配だったが、思いのほかもらった地図が正確で、ほぼ悩むことはなかった。

 もっともずっと順風満帆だったわけではない。
 特に2日目、オオカミにつのが生えたような獣に襲われたときは危なかった。
 結局はアベックニクスと同じく僕のチートで粉砕出来たんだけど、背後から飛びかかられたし、もう少し間違っていたら大けがしていただろう。
 一人旅で大けがをすれば、即死はしなくてもいずれ命を落としかねない。
 僕はその後、気を引き締めた。

 僕は火をおこす技術を持っていないし、生肉は危険すぎるので食料にはできなかった。
 とはいえ、オオカミもどきの死体を手に入れられたのはラッキーだったと言える。人を抱きしめる時の力加減の練習台にしたのだ。

 僕は嘆くリラを抱き寄せられなかった。
 下手にそんなことをしたら彼女を傷つけてしまうほどのチートを持っているからだ。
 別れる前、『力を操れるようになって、いつかリラを抱きしめる』とリラに約束した。

 正直、いくら襲いかかって来た獣だろうと、死体を弄ぶようであまり良い気分ではなかった。
 それでも、人間を実験台にするわけにはいかないし、リラとの約束を果たすためには必要なことだった。

 詳述はしないけど、1日以上色々試すと相手の身体を傷つけずに抱くほどよい力加減が分かってきた。
 村に帰り着き、ジラやお母さんと抱き合えたのはそのおかげだ。

 オオカミ(仮)さん、ありがとう。ごめんね。

 ---------------

 村の皆と再会した後、僕は共に村長の家に連れて行かれた。

「そうか。あの娘も助かったのか」

 僕の話を聞き終えた村長は、感情を抑えた声でそう言った。

「はい」

 村長や両親には助かった詳細な理由は話していない。
 ブシカさんに、ルシフや魔法については僕の心内にとどめた方が良いと言われたからだ。
 しかし、リラを彼女に預けたことは伝えた。
 薬師として彼女はこの近辺の村々と付き合いがある。
 ラクルス村の村長も、村の中で病人が出たときに彼女に薬の調合を頼むことがあるらしい。

「リラは『ありがとうございました、ご迷惑をおかけしてごめんなさい』と伝えてほしいと」
「そうか」

 村長は頷く。

「パド。1人の人間としてはお前が頑張ったことは理解する」
「ありがとうございます」
「が、村の代表としては、やはり簡単に許せることではない」

 そうだよな……
 やっぱり、村から出て行けっていわれちゃうのかな……

「明日から、テルやジラと共に日の出から日の入りまで畑仕事だ。期間は次の月始祭まで」
「え? それだけ……ですか?」
「言っておくが、水汲みの100倍はつらいぞ。あの2人はこの数日間ですでに根を上げかけているからな」

 そっか、テルとジラが畑仕事をしていたのも罰だったんだ。

「僕、村にいても良いんですか?」
「当たり前だ。むしろ、それだけの力があるならもう子ども扱いはせん。罰が終わった後も水汲み以外の仕事もやってもらうぞ」

 村長はニヤリと笑う。

「はいっ。頑張ります」
「ふむ。ならば今日はゆっくり休め。バズやサーラと話すこともあろう」
「ありがとうございますっ!!」

 僕は心から頭を下げ、自宅へと向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(以下、三人称)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 永遠に闇が続く世界。
 桜稔少年の姿をした存在ものが、1人立っていた。

 その後ろに、巨大な黒い影が現れる。
 その姿はパドの前世の世界――日本で言えば、八岐大蛇に似ていた。
 ただし、8つ伸びた首の先の顔は、蛇というより犬かオオカミに近い。

『ずいぶんと可愛らしい姿だな』

 言う化け物に、少年姿は肩をすくめる。

『キミが大仰すぎるんだよ』
『フン。まあ、それはいい。
 そんなことよりもあの少年の扱い、あれで良かったのか? 生贄も取らずに魔法を与えたのは何故だ?』

 尋ねる化け物に、少年姿はあきれたように言う。

『分からないかなぁ? 信頼を得るためさ』
『信頼? そんな姿を見せたことで警戒されていたようにしか見えなかったが?』
『それは考え方次第だね。この姿をとったことで、確かにパドくんはムカついていたけど、でも冷静さを失わせることができた。
 そして、僕が与える魔法の強力さも理解してくれただろう。
 あとはもう一押しするだけで、彼と魔法の契約を結ぶのは簡単さ』
『我にはどうにも理解しがたいな。まどろっこしい』

 少年姿は非憎げな笑み。

『ふ、馬鹿な犬っころには分からないかもね。誰かを欺こうと思ったら、それ相応の手順が必要なんだよ』
『我は馬鹿ではない。化かし合いがかんだけだ』
『それが馬鹿だってことだと思うけどね』

 その言葉に、8つの犬の顔が不快に歪む。

『まあいい。今はお前に任せよう。だが、失敗は許されん。何万年も待って初めてみせた神々の隙なのだからな』
『君に言われるまでもないさ。あ、そうそう、今度から僕のことはルシフって呼んでくれるかな?』
『かの少年の前世で、堕天使の名前から作ったのか? くだらない皮肉だな』
『えー、結構考えたんだけどなぁ。ほら、このままだとあんまりにも不公平なゲームになっちゃうし、パドくんにもちょっとだけヒントを上げるのがフェアかなぁとか』
『ふん、馬鹿馬鹿しい。いずれにせよ、計画を遂行しろ』

 そう言い残すと、化け物はその場からすっと姿を消した。
 少年姿――ルシフは1人目を細める。

(ふん、犬っころが僕に口を出そうだと? お前ごときに言われるまでもないさ。パドくん、キミにはせいぜい踊ってもらうよ)

 闇の世界で、ルシフはいつまでもニヤニヤと笑い続けるのだった。
 
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