神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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29 / 201
【番外編】 禁忌を乗り越えて

【番外編3】禁忌のリラ

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 私が覚えている最初の記憶は、狭くて暗い物置小屋でお父さんに抱かれていた時のことだ。
 熊の力を持つ獣人のお父さんの腕は茶色い毛で覆われ、幼い私を守ってくれていた。
 私とお父さんは物置小屋から出ることを禁じられた。人族のお母さんが食事を持ってきたり、食事を届けてくれたりする時だけが、私たち父子おやこと世界と繋がりだった。

 最期さいごまで詳しくは教えてくれなかったが、お父さんは元々、子どもの頃に人族に攫われて奴隷になったらしい。
 当時はお祖父ちゃんの宿も今より流行っていて、お父さんは宿の奴隷として重労働をさせられていたそうだ。

 ある日、お父さんが質の悪い酔っ払いに絡まれたお母さんを助けたことがきっかけで、2人は種族の壁を越えて恋に落ちた。
 3流吟遊詩人が描きそうな創作恋愛劇ラブストーリー展開。
 だけど、現実には獣人と人族の恋愛も、奴隷と雇い主の娘との恋愛も禁忌タブーである。
 当然、お祖父ちゃんは結婚など許さない。
 だが、お母さんのお腹の中には赤ん坊がいた。

『獣に娘が孕まされた』

 お祖父ちゃんは嘆き、一時はお母さんや赤ん坊と共に無理心中まで考えたらしい。
 だが、お祖母ちゃんがそれを押しとどめ、私は生まれ落ちることが許された。
 ――私とお父さんが一生、小屋からでないことを条件に。

 ---------------

 私が3歳の時、お母さんが死んだ。
 だけど、お父さんと私はお母さんの死に目には会えなかった。
 物置小屋から出ることが許されない私たちは、お母さんの寝室を訪ねることもできなかったのだ。

 お母さんの死因は分からない。
 お祖父ちゃんは獣に孕まされたからだとお父さんと私をなじった。
 それだけでなく、包丁を振り回して、私やお父さんを本気で刺し殺そうとした。
 幼い私の目に、その姿は悪魔のごとく焼き付いた。
 お母さんの死よりも、お祖父ちゃんが恐くて恐くて、私は震えながらお父さんにしがみついた。

 お祖母ちゃんが寸前で止めてくれたおかげで、包丁が誰かに刺さりはしなかったが、お父さんは私と共に人族の街を去る決心をした。

 ――そして、私は生まれて初めて物置小屋の外に出て、太陽のまぶしさを知った。

 ---------------

 お父さんが生まれた里は、お父さんが攫われた時に滅びたらしい。

 それでも、お父さんは噂を頼りに別の里に向けて私と旅に出た。
 今思えば僅か5日間の旅だったけど、私は何度か死を覚悟した。

 それでも。
 ペドラー山脈の奥地。
 人族から隠れるようにひっそりと獣人が暮らす里へ私たちはたどり着いた。

 お父さんはそこで、自分の同郷のペニおばさんと再開する。
 ペニおばさんはラピの獣人で、ピンク色の獣毛と長い耳を持っていた。
 ペニおばさん曰く、お父さんの故郷の獣人のうち何人かは、大陸の色々な獣人の里に散らばっているらしい。

「こんにちは、お嬢さん」

 ペニおばさんにそう言われたが、私はお父さんの後ろに隠れてしまった。

 数日前まで、私の世界は物置小屋とお父さんとお母さんが全てだったのだ。
 人族の街人たちの差別的な目に追われここに来て、ようやく他人から向けられた好意。
 一体どう対応したら良いのか分からない。
 だから、私は自己紹介すら満足にできず、代わりにお父さんが私の名前を紹介した。

「リラっていうんだ」
「そう、恥ずかしがり屋さんなのね」

 ペニおばさんはそう言って、私の頭を優しくなでてくれた。
 それは死んだお母さんと同じような安心感を私に与えてくれて……

 ……同時に、ようやくその時、私はお母さんの死が実感できて。
 だから、私はその場でわんわん泣き出したのだった。

 ---------------

「……あんたも大変だったんだね」
「ああ」

 ペニおばさんの紹介や、獣人の同族意識もあり私たち父子は里に歓迎された。
 最初の日の夜、お父さんとペニおばさんは故郷が襲われてからの様々な情報交換をしていた。
 幼い私には難しいことが多すぎて、途中で眠くなってしまったけれど、途中ではっきりと分かる話題もあった。

「リラちゃんのお母さんは?」
「……それが……」

 お父さんが言いにくそうに口ごもる。

「お母さん、死んじゃったの」

 幼い私はそう口にした。

「……そうかい。これからは私をお母さんのように思っていいからね」

 ペニおばさんに抱きしめられながら、私はたくさんの暖かさと、ほんの少しの居心地の悪さを味わっていた。

「でも、お祖父ちゃんは、私が産まれたせいでお母さんが死んだって……」

 私はペニおばさんの腕の中で泣きながら言った。

「なぜ……どうして、そんな酷いことを!?」
「お母さんがケモノにオカされて産まれたのが私だからって」

 ――当時の私は、『ケモノ』が獣人を意味するなどとは分かっていなかった。ましてや『オカされる』なんていう言葉はもっと分からなかった。
 ただ、包丁を振り回して気怒鳴り散らすお祖父ちゃんの姿を、泣き声混じりに言っただけだ。

「リラっ」

 お父さんが慌てて私の口を塞ごうとする。
 だが、ペニおばさんが聞きとがめるには十分の言葉を、私はすでに発していた。

「ケモノ……一体なんの……っ!!
 まさか。あんた、この子の母親は!?」

 お父さんは苦しげに目をそらし、そして小さく頷いた。

「……なんてこと……あんた、なんてことを」

 ペニおばさんは声を潜めて言う。

「人族と契りを交わすのは最大の禁忌だよ。この子がだと他の皆に知られたら、2人とも神の元へ送られるわ」

 ――この時、私は何も理解していなかった。
 人族の間では獣人と人族の子どもは激しい差別を受ける対象だ。だが、少なくとも問答無用で殺されはしない。

 一方、獣人にとって、人族との間に子ども作ることは差別どころの話ではない。
 人族の血が獣人に混じればどうなるか、それを知るのはもっとずっと後でのことだ。
 いずれにせよ、バレれば両親も子どもも神の元へと送られる――言い換えれば、殺される。
 正しい間違っているという話ではない。そういう議論が挟まる余地すらないのだ。

「ペニ、無理を承知で頼む。このことはお前の胸の中だけに抑えてくれ」

 お父さんはペニおばさんに腹ばいになって頼んだ。
 獣人の間では、腹ばいになるのは相手への謝罪、服従、従属を意味する。

「やめてくれよ、あんたにそんなことをされても困る。
 私は何も聞かなかった。だけど……」

 ペニおばさんは私を見る。

「……あんたやこの子が他の誰かに口を滑らせたら、その時は庇いきれない。私も10年前にこの里に流れ着いた者だからね」
「ああ、分かっている。恩にきる」

 私はその晩、お母さんが人族である事実は絶対に口にしてはいけないとキツく言われた。
 今思えば、お父さんの立場なら、本当は里に着く前に教えておくべきだったと思う。
 それすら気が回らないほどに、お父さんは追い詰められていたのだろう。

 そして、私は理解した。
 人族の街では私はケモノの子として忌み嫌われ、獣人の里では人族の子と知られれば命が無い。
 私は産まれながらに呪われた子ども――それが自分だと。
 私は半端モノの『禁忌の子』なのだと。

 ---------------

 それでも。
 私は9年間獣人の里で暮らした。
 12歳になるころには、物置小屋の中での生活など遠い記憶の彼方だ。
 お母さんの暖かさや、お祖父ちゃんの怖さはまだ少しだけ覚えていたけど、私は1人の獣人の子として里で成長した。

 獣人の子は6~9歳になれば身体に獣の特徴が出てくる。そして、10~12歳になるころには獣の力を身につける。

 私は他の子よりもその変化が遅かった。
 鱗ができたのはほんの数日前のころだ。
 誤差の範囲ではあるが、私は内心、お母さんが人族だからなのだろうと思っていた。

 里の獣人たちは、人族を嫌っていた。
 無理もないい。
 この里はまだ目をつけられていないが、人族に里を襲われ奴隷とされた獣人の話は伝わっている。
 なにしろ、お父さんやペニおばさんがそうだ。

 大人たちが人族について悪く言うから、子どもたちも同じように悪く言う。

『人族は恐い』『人族は悪魔』『人族は獣人を攫う』……

 私はその言葉を聞くたびに、お母さんとお祖父ちゃんの顔を思い出す。
 お母さんは優しかった。だから人族が悪く言われると少し心の中がチクンと痛んだ。
 その一方で、お祖父ちゃんは恐かった。だから、人族が恐いという言葉に賛同するところもあった。

 ……そんな人族への複雑な感情と共に、時が流れるにつれ私の中に別の実感がわいてくる。
 私もまた、人族の血を引いているという事実。
 外見的な獣の特徴が見えても、能力的な特徴が発現しない自分の状況は、嫌でも私にその事実を自覚させた。

 自分自身に流れる人族の血。
 獣人の里では嫌悪される血。
 それでも私にとっては優しかったお母さんの血でもある。

 私の心は、徐々に自分の中に流れる血へ複雑な感情が渦巻くようになっていた。
 その混乱した感情が、あの日、私の中で爆発した。

 ---------------

 その夏の日。
 里の外れの川辺に私はバウトと2人で座っていた。
 バウトは蝙蝠の獣人で、ペニおばさんの娘。兄弟姉妹のいない私にとってお姉さんみたいな人だった。

「気にすることないよ、リラ。もうすぐリラも力に目覚めると思うわよ」

 里の子どもたちに獣の力が発現しないことをからかわれた私を、バウトが慰めてくれた。

「……そうかな」
「当たり前よ。リラだって獣人の子なんだから」

 その言葉が私を苦しめる。

「リラのお父さんも立派な獣人だし、お母さんもそうだったんでしょう?」

 バウトに悪気はない。
 ペニおばさん以外の里の人たちはみんなそう信じていたのだから。

 でも。
 それでも。

「バウトに何が分かるのよ!?」

 私は叫んで立ち上がった。

「小さなころから因子に目覚めたあなたに、私の気持ちなんて分からない」

 その言葉に、バウトの顔が引きつり……やがて泣きそうな顔になる。
 バウトは6歳の時に蝙蝠の因子が目覚め、空を飛べるようになった。
 飛べる力はとても貴重。しかも6歳で飛べるようになった彼女はその中でも優秀。

「……ごめんなさい……わたし、そんなつもりなくて……」

 バウトは泣き出してしまった。
 急激に自己嫌悪が湧いてくる。
 やさしいお姉さんに私は何を八つ当たりしているんだろう。

 ――謝らなくちゃ。

 そう思うが、どうしても謝罪の言葉が出てこない。

 私の中の小さな意地。馬鹿な意固地。
 後になって思えば馬鹿馬鹿しいつまらない一時の感情。
 そんな小さな感情が私に取り返しの付かない過ちを犯させた。

「私のお母さんは立派な獣人なんかじゃないわ」
「……?」
「私のお母さんは、人族よ。だから私はきっと中途半端なままなのよ」

 私はそれだけ言い残すと、あとはたまらずその場から走り去った。
 私の最後の叫び声を、まさか他の里人さとびとが覗き聞いているだなんて全く考えもせずに。

 その愚かな私の行動のせいで、お父さんが処刑されるなるなんて、想像もせずに。

 ---------------

 お父さんが処刑された日のことは思い出したくない。

 バウトと河原で別れた日の夕食時。
 お父さんが里のおさに呼び出された。

 しばらくすると、ペニおばさんが私たちの家に駆け込んできて、『今すぐ里から逃げなさい』と言った。
 意味が分からず戸惑う私に、ペニおばさんは『あなたのお母さんのことがバレたわ』と告げた。

 正直なところ、その日まで私は自分の母親のことが知られても、いくらなんでも殺されるようなことはないと思っていた。
 父とペニおばさんに何度も忠告されたけど、それでも『大人が大げさに子どもに注意する』類いの話だと思っていたのだ。
 例えば『夜になると森の中には凶悪な魔物が出る』のような。

 もちろん、バレれば何らかの罰を受けるだろうとは思っていた。
 それでも、『殺される』というのはさすがに言い過ぎだろうと。

 ――だけど。

 あの日、私がペニおばさんに促されて家を出たとき、私の目に飛び込んできたのは十字架に磔にされ、里の大人たちの槍で貫かれるお父さんの姿だった。

 ---------------

 その後のことは、本当に良く覚えていない。
 覚えているのはものすごい叫び声。
 もしかするとそれは私自身が発したのものかもしれない。
 何が何だか分からず、私はひたすら走った。

 もし、十字架の元へと走り、お父さんの遺体にすがりつく道を選んでいたら、私はこの世にいなかっただろう。
 だが、私は逆の方向へ走った。

 恐かったからだ。
 里の大人たちが恐くて恐くてしかたがなかったからだ。
 つい、数時間前まで私の良き隣人だったはずの彼らが恐ろしくてたまらなかったからだ。

 狩りのやり方を教えてくれたブルフおじさん、いつも笑って私たちを見守っていたナーシャおばさん、遭難した私を助けてくれたファッコムおじさん……その他皆……

 みんな、私の良き隣人で……そして、今、お父さんを殺していた。

 そのあまりの落差に、幼い私の心は張り裂けそうで、自分の心を保つのすらむずかしく。
 私は、夜の森の中をひたすらに逃げ駆けた。
 はっきりいって、あの日、私が生き残ったのは奇跡だったと思う。
 極度の恐怖と混乱と緊張と疲労。

 その時、私の後ろから何か巨大な影が襲いかかってきた。

 ――追っ手?

 一瞬思って振り返るが、そこに居たのは獣人ではなかった。
 アベックニクスと呼ばれる、本来は草食でおとなしいはずの獣が牙をむいて私に襲いかかってきたのだ。

 その後のことは良く覚えていない。
 無我夢中で逃げ回り、川辺で倒れ、私は救われた。

 そして、出会うことになる。
 私以上の呪われた運命を背負った少年――パドと。
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