やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと

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本編

王太子の接近

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王太子の、この鼻を突き抜ける爽やかな香りが前の時間軸から嫌いだった。
この香りがすると、必ずアランはこっちを見なくなるから。
今となってはアランがこっちを見ようと見まいとどうでもいいが、忌々しい程に過去を思い出させてくるから、相変わらず嫌いだ。

王太子の綺麗な顔が俺に向かって微笑んでいるのが心底気持ち悪い。
射抜かれるような視線も何もかも。

やっぱりこいつは俺が元々苦手なタイプだ。サラリーマンの時も、こんな上司が苦手だったし、いつも引き立て役だったし。

色々と頭が痛いが、ぐっと踏ん張って頭を下げる。

「若き王国の太陽にご挨拶申し上げます。エンフィア家のレオベルト・エンフィアと申します。今日のような素晴らしき日にお会い出来たこと、光栄に思います。」

ふわりと香るバラの香りの王太子とアランの香りが混じる。前の時間軸で幾度となく嗅いできたこの2人の混じった香りに胃のムカムカが治まらない。

「あはは、そうかしこまらないでよ。ここはお友達を作る場所。そうでしょ?」

「はい、王太子様。」

「頭はもう下げないで?君とは仲良くしたいんだから。これからもう下げちゃダメだ。」

ですが…と言いたいところだが、王太子はウジウジされるのが1番嫌がる。変に逆らって目をつけられる事は何があっても避けたい。素直に従って頭をあげる。

「…ありがとうございます。」

「うんうん、エンフィア家のご子息の横に居るのは誰かな?」

…アランだ!ようやくだ。

しかし、前にアランの家であっているはずなのに王太子はアランの事を知らないのか?

若干の違和感を覚えたが、俺のこともそこまで覚えてなかったっぽいし、覚えるまでもないとでも考えているのだろうか。

でも、たしかに前の時間軸で、王太子はアランに出会った頃から好きで、一目惚れだと言ってた。なら今絶賛恋してるはずなのに…。もしかしてアランの家での会ではアランの顔をしっかりとは見なかったのか?

「あ…メロヴィング家のアラン・メロヴィングです。」

アランはおどおどと頭を下げて、そしてゆっくりと王太子を見上げる。

ようやくしっかりご対面だ。
2人の綺麗な瞳がお互いだけをうつしている

その時、風が穏やかに吹いてバラの香りがもっと強くなった。王太子とアランがあまりに綺麗で、周りは水を打った様に静まり返り、ドラマのワンシーンでも見ている気分だった。

流石一世を風靡したBLゲームだと思い知ると同時に、ようやく2人がしっかりと出会った事も確認できた。王太子はアランに惚れてくれただろう。
嬉しく思い、意図せず笑みが零れる。

ようやくゲームが始まった様な感覚になる。執着腹黒性悪王太子には、俺に何故かくっついてくるバグったアランをどうにか軌道修正してほしい。

ここから王太子は前の時間軸通り、この会の終わりにアランを最側近にすると宣言するのだろう。
そうなればアランと会うことはますます無くなり、今の悩みもなくなって、俺はエンフィア家を建て直して、お嫁さんをもらって、のんびりと…

「そう、君が社交界の天使か。よろしくね。」

…ん?思ったよりドライじゃないか?一目惚れしたのだろう?原作はこんなもんなのか?

「あぁ、そうだ。エンフィア家のご子息、君の事、レオベルト君って呼んでもいいかな?」

「…っえ?」

俺に話しかけた?どうして?

「あははっ!やっと鉄壁の表情が崩れたね!そんな顔も綺麗だなんて羨ましいなぁ、ふふふ。」

何が起こっているんだ?
アランじゃなくて俺に構うなんて…

「呼んでもいい、よね?」

「は、はい。もちろんです王太子様。」

俺の事を敵認定したのか?だからこうやって話しかけるのか?よく分からない。王太子の顔は依然変わりなく無機質な笑顔を貼り付けている。感情は一切読み取れない。

「ありがとう!レオベルト君。でも、王太子様はよそよそしいから、イデアでいいよ。」

…?名前呼び??
イデアというその名はアランにしか呼ばせなかったはずなのに。
初対面の、しかも未来処刑する位に嫌いになる俺にどうしてこんな好意的なんだ?

「ほら、呼んで。」

「……はい、イデア様。」

そう呼ぶと、王太子はうっとりとした笑顔を見せたが、なんだか本能的にゾワッとくる笑顔だった。

何かの罠にかかったように気味が悪い。

この陰湿王太子のやろうとしている事も、心情も、何一つ分かりやしない。
関わらないという選択肢は俺にはもう残されていないのだろうか?

そう思うと、急に首の辺りがじんわりと痛くなってくる。まるで前の時間軸を忘れるなと警告しているようだ。




……分かってる。何があっても王太子を避けなくては。



王太子の行動に冷や汗をかいていると、アランの方からギリッという音がした。

アランが自分の拳を限界まで握って血を滲ませていたのだ。

「あ、アラン……手が……」

俺は喉がヒュと鳴りそうになるのをぐっと堪えた。

「…メロヴィング家のご子息が怪我をしている。お前、控え室に案内して治療を。」

王太子は迅速に対応をした、実に王太子らしい行動だが、前の時間軸から考えれば、これはどんでもなくらしくない行動だ。
アランに一目惚れをして、何をするにもアラン主義だったあの王太子がアランに付き添わないなんて……

王太子にもバグが?

それなら大問題だ。俺は前の時間軸を元として行動しているのに、前の時間軸とは全く違う性格になってしまっているなんて……いや、決断を早まるな。ゲームには他の攻略対象がいるはずだ。残念ながら俺はそれが誰か分からないが……そいつらがバグを直してくれるかもしれない。

「レオベルト様…僕一人じゃ寂しいよ……」

アランが俺の袖をギュッと握ってくる。
一体どうやってその細腕から力を出しているのだろう?恐ろしい程に握る力が強くて振りほどけなかった。

「あ、えっと……」

「レオベルトともう少し話したい。メロヴィング家のご子息とはまた後で話せばいいだろう。」

今度は王太子が相変わらず感情の透けないにっこりとした笑顔で引き止める。

俺は前の時間軸のトラウマ要因達に挟まれて気が遠くなるのを感じた。
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