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第三章
第12話:ライクアのため
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「なんでここに……!?」
即座に両拳を構えるノード。その姿を見て、Pはすぐにうなじに挿さっているプラグを抜く。コードが柄に戻っていき、煌々たる刀は融解し、光の粒となって空気中に消えた。コードが柄に戻っていき、煌々たる刀は融解し、光の粒となって空気中に消えた。
「僕は今日戦いにきたわけじゃない。N、いや、今はノードと呼べばいいか。君と、話をしにきたんだ」
「話だと?」
「ああ、だがここでは邪魔が入る。ついてこい」
Pは振り向きざまに黒いコートを翻し、そのまま音を立てずに窓を通って外へと出た。ノードは窓に近づくと、一度振り返り、二人の様子を伺う。心配そうな顔をしているシルバと目を合わせ、大きく頷く。そうすると彼女は何も言わずに相槌を返した。ノードがトロンに手を振ると、無垢な彼は「また遊ぼうね」と無垢に振り返してくれた。笑顔を残し、窓を通って外へ出る。今日はやけに冷える夜だった。Pは懐から彼が着ているような帽子を取り出すと、ノードの胸に押しつけるようにそれを差し出す。
「顔を隠せ。行くぞ」
駆け出した彼の影、それはまさしくインスの組織員の動きそのもの。ノードは不本意ながら帽子を浅く被り、その後を追うように足で地面を蹴った。
緩やかな、波の音。カモメが手を飛ばしてもいくら届かない海上を旋回し、特徴的な鳴き声を上げている。自由に飛び回るその姿と、白い肌。砂浜に少し足の沈む感覚を浴びながら、彼らに羨望を覚えずにはいられなかった。同じくそれらを目線で追うPはここに着いてから、何も言わずにじっと黙っている。ノードはうなじを触りながら、地団駄を踏むようにして口を開く。
「レイルベルにこんな場所あったんだな」
孤島のフィアウス国の、一番外側のへり。国を囲む大海がありありと見える、とある海岸に彼はノードを連れてきた。人が来る気配はない。そして、何より街中で確認出来ない星がよく輝いている。
「で……? 結局話ってなんだよ、P」
焦ったく思っているノードの横でPは帽子を外し、両手を大きく広げて深呼吸をする。潮風で黒髪がなびき、コートが揺れると、彼は満足げな表情を浮かべて帽子を再び被った。
「君はここ最近、自分が生きていると感じることはあるか?」
「……随分、急だな」
「君が言うPというライクアはそれを知ることは無かった。だが、今ここに立つ、プロティアという名を貰いし者は、確かに風を感じ、空気を吸い、この世界を十分に感じているのだ」
風に揺れる帽子を頭で押さえながら、彼はこちらに目配せした。
「……君が、学校で言っていた通りだった。外の世界は悪意に塗れていて、それらを構成する人間は腐敗し切っている。僕達ライクアを物以下として扱い、駒として考え、それに何の疑問を持とうともしない……。それを僕は、王城というこの国の最高権力を統べる場所で切に実感した」
彼が語り出したのは、配属からの壮絶な経験の一部始終だった。ノードがスクラップにされかけていた頃。成績優秀だったプロティアは、既に他のライクア達よりも一足先に王城内へと配属し、貴族や王族達の元で仕事をこなしていた。そこに集められたのは、各学校の成績最優秀者ばかり。そこでの仕事ぶりを通じて国王達の目に留まればビッグコアの継承者になれると伝えられた彼は、とにかく必死に人間に尽くしたそうだ。もちろん電源となることは然り、本来はその城に仕える召使いがやるようなことまで率先的にこなすまで休みなく彼は動いた。だがある日、王室の近くを掃除していた時。彼は扉越しに聞いてしまったのだ。王族達の、悪辣な会談を。
「国王、今期のライクアの処遇はいかがでしょうか」
「ああ。近頃、国民への電力供給量がちと増えてしまっている。少しでも私達の利益が減るのが惜しい。故に、今回の継承者は王城の中で一番出来が悪い個体にしよう。それ以外の優秀な物は適当にナーリブの奴らの富裕層に売り飛ばせば、それだけで多くの金が入ってくるに違いない。ライクアは人間なんかより、従順に動かしやすくて本当に助かるわい。はっはっは……!」
続いて、その場にいる数人の権力者の笑い声が響いた。その時、プロティアは思わず動きを止め、無意識のうちに拳に力を込めていた自分に気づいたそうだ。扉を睨む。頭によぎったのだ、こんな仕組みではライクアの使命を真っ当することなど出来ないと。ビッグコアの継承者を目指していた彼にとって、それを軽んじるように扱われたのが一番の憎しみの原動力となってしまったのだ。
「それから僕は掃除をするふりをしながら、王城のあらゆる部屋に忍び込み、ライクア関連の資料を片っ端から漁った。何かの糸口を求めて。そしてその経緯で見つけた研究資料から技術を盗むと、毎日隠れて自分の皮膚である金属を剥がして、僕は遂に盗聴器を作り上げることに成功したんだ」
プロティアは黒服の袖を捲る。そこにあったのはほとんど中の基盤が外に出ている、悲惨な腕だった。ノードが眉を顰める中、彼は続ける。
「複数量産して、目のつく部屋に貼って回った。もちろん隠れてね。そしてそれらはちゃんと機能した。それからは音声をすぐに世間に公開しようと、色々と準備を始めた。これで、やっと世界が変わる。なんて、淡い希望を抱いていた。でも、その直前で僕は王族に捕えられた。とっくにバレてたんだ。裏切り者なんて、言われて槍で突かれて、剣で斬られて、もうあんまりその時の記憶は覚えていない。だけど痛みは確かにまだ体に残っている。そして、見せしめのようにして僕は一夜で王城からレイルベルの裏路地へと捨てられた。苦しかったなぁ、どこを彷徨っても人間に虐げられて」
月明かりが当たり、彼の影がよく伸びる。満潮になり始めた海が少しずつ、自分達に牙を向けていくのが分かった。襲いかかってくる波が足首まで水を浸し、足を上げるのを重たくする。
「インスに拾ってもらって、僕は決意した。こんな世界、壊してしまえば良い。そして人間などに従属しない、ライクアだけの楽園を作り上げようと。奇しくも、組織全体が同じ思想を持っていたんだ。だから、僕はこの組織に最大限寄与しようと動き続け、今では今度の作戦の指示役になるまでの地位を貰えるようになった。なあ、ここまで聞いて、僕が何を言いたいかなんとなく分かるだろ」
突然、プロティアはこちらを見て、語気を強める。
「君も、同じだろ?」
「俺は……」
優等生と向かい合う姿を客観的に捉え、学校での景色を思い出す。まだ人間なんて知らないのに、嫌悪感を露わにしていたノード。ライクアは人間なんかに従属されない、自由な存在であるべき。人間は自分達をただ都合よく操っているだけ。人間を全て殺し、ライクアだけの楽園を作る、それがライクアのためであり、ライクアが幸せを得られる方法なんだ。全て、自分が吐き出した言葉達だった。学校にいた頃、頭の中で渦巻いていたどうしようもない憎しみが新鮮に蘇ってくる。ノードは言葉を詰まらせて、ただ口を開け閉めするだけで声を出せていなかった。飄々と立ち尽くすプロティアは、より重々しく言葉を紡ぐ。
「今度の継承式に、僕達は組織総出でビッグコアを破壊しようと思う。君にも、その手伝いをして欲しいんだ」
「破壊……? そんなことしたら……!」
「ああ、人々の暮らしは瞬く間に崩壊する。だが、それで良いだろ。ライクアがより良い未来を掴むためには」
ノードは思わず彼に近づき、胸ぐらを掴む。鼻と鼻が当たるほどの距離でお互いが向き合い、彼はプロティアのその余裕のある表情に思い切り唸り声をぶつける。
「誰が……! インスなんかと協力するか……! お前達がやってるのはお前達が嫌うような人間達と同じように、ただ力を行使して自由を奪っているだけだ……! 誰かの自由を見捨てて得られた自由なんて、そんなの……仮初でしかない!」
プロティアは腕に稲妻を纏わせ、力強くノードを跳ね除ける。襟を直しながらため息を吐く彼は、服の両ポケットから何かを取り出した。
「……断るのは自由だが、その分代償ってものがある。こっちも、甘く見られちゃ困るんでね」
右手の指で摘んで持っているのは、白く滑らかな四角形の物体。金属製の様相の側面を彼が指で押すと、見知った声が流れ出した。
「いらっしゃいませー! 何かお探しですか? あ、部品? ちょっと待ってくださいね~……」
それは明らかにアルラの声だった。流れる音声の中には、彼女の声だけでなく客と思われる様々な人の声も入っている。彼はもう一度側面を押して音声を止めると、左手のタブレットの画面を指で滑らせながら語った。
「今のは昨日の昼の録音だけどね。君達が別の家に行っている間に、拠点全体に盗聴器と監視カメラを設置させてもらったよ。ほら、今の彼女の様子」
見せられた画面には、地下室の椅子に座りながら、携帯を耳にくっつけている彼女の姿がはっきりと映っていた。ノードは思わずタブレットに手を伸ばそうとするが、プロティアはすぐにそれをポケットにしまう。
「人質……ってことか?」
「まあそうなるね。もし協力してくれるなら彼女の命は保証しよう。その逆も……然り。そして下手な動きをしたり、彼女にこのことに伝えたりしたらもちろん、二人とも殺す。ちなみに昨日君達がいた別邸にも既に電気屋と同じ設備が仕掛けてあるし、街も常に多くの組織員が監視している状態となる。故に、君一人で決断してもらう」
淡々と語る彼の口ぶりに対して、言葉の一つ一つがノードにとって強烈だった。舐めていた。まさか、ここまで包囲網を張り巡らされるとは。画面に映るアルラの姿が頭によぎる。じっとしていられない。黒服達はいざとなったら今すぐにでも彼女を殺すことが可能なのだ。足を絡めとる海水が彼の焦燥を加速させる。そんな姿を見たプロティアは、ポケットに両手を突っ込んだまま口を開く。
「君にとって彼女は相当大事な存在みたいだね。だけど、実はそれは僕達も同じなんだ」
「……どういうことだ?」
「インスが、もう何年も前に彼女の両親を殺した時。組織は彼らの扱っていた技術の一部を盗み出すことに成功したんだ。よって自分達に合った武器やガジェットを組織員に十分に行き渡るほど量産可能になったことから、組織はより大規模に進化出来たという訳さ。そしてその技術を受け継ぐ彼女の頭脳と手腕が、これからの新世界を作る僕達には必要になる。だからノード君、君がもし協力してくれた暁には未来のライクアのみの世界に、唯一アルラだけは残してあげよう。それが、契約の全てだ。さあ! どうする……?」
アルラは、生き残る。その言葉は今の彼にとって、何よりも魅力的だった。だが、一度立ち止まって考えてみろ。もし、彼女がライクアだけの世界に存在したとして、それを喜ばしいことだと考えるだろうか。それを、人間とライクアの共存だなんて本当に言えるだろうか。だが、頭を過ぎる「死」の一文字。全ての思考を無に返すような、大きく突きつけられた代償。もし断れば、ノードがアルラを殺したのとほぼ同義だろう。それでも、ビッグコアを壊すなんて……。
「今は……答えを出せない」
絞り出した自分の声はあまりにも弱々しく、すぐに波に飲み込まれて消えてしまった。プロティアは帽子のつばを上げると、潮風の吹いてくる方に体を向ける。
「継承式当日の朝。僕が君の家へと迎えに行こう。その時には他の組織員も連れていく。君がその瞬間、アルラをこちらに引き渡すか、それとも拳を顔に喰らわしてくるか、そこで判断させてもらうよ。せいぜい二週間弱、考え抜くんだな」
彼は視線の奥へ、静かに消えていく。高速移動を使わず、ただ一歩一歩砂浜に跡をつけ、足を進めるその姿。決意を感じる背中を目で追いながら、ノードは思わず近くの砂を蹴り上げる。舞い上がった細かな粒が一瞬だけ顔を這う青い光に反射して煌めくと、それらはすぐに二重緑色の海の底へ、深く沈んでいった。うなじを触りながらそれを眺め、今更自分が初めて海に来ていたことに気づくのだった。
裏口から入り、地下室へと降りるとアルラは既に布団に入った状態でノードを出迎えた。「遅かったね」という一言から始まり、今日の出来事を聞かれ、全て話した。ただ一つ、プロティアと会った事実だけを除いて。敷いてもらっていた布団に入りながら話していても、常に全身に力が入り続けている。どこから見られているのか。どこから聞かれているのか。話に集中出来ず周囲を見回し、聞き直してしまうことも多かった。次の日。また次の日。と、時間は無情に流れていく。電気屋の中で店員として立ち尽くしている際も、彼の頭の中ではずっと選択肢が頭に浮かび続けている。いつもは暇に思える時間でも、思考を始めてああでもないこうでもないと考えているとすぐに一日が終わってしまうほど短く感じるようになってしまった。日を経るにつれて、入ってくるお客さんが継承式の話をアルラとすることが多く、その度に腹の部分がきりきりと痛む。
継承式の一週間前の頃だった。店を閉め、寝ようと布団を地下室に敷いている時。突如アルラが改まって話しかけてくる。
「継承式の当日……さ。私、絶対インスの奴らが何らかの形で動き出すと思うんだよね。あくまで予想だけど。ねえ、あんたはどう思う?」
背筋が震えて、思わず返答が遅れる。はっきりと言葉が聞こえているのに「え?」と聞き返し、彼女がもう一度説明してる時間を使って頭の中で即座に言葉を選ぶ。
「……で、あんたはどう思うって」
「ああ。……い、いや、確かにそうかもしれないな」
「やっぱり、そうだよね。だからちょっとあんたに頼みたいんだけど、その日二人でネスメイを一日中警備しない?」
「え? 俺達が?」
「そう、私達で。……ほら、国の五十年に一度の催事でしょ、ってことはいつもより絶対多くの組織員が現れるはず。そこを狙って、黒服のライクア達を倒すんじゃなく捕まえて、彼らの話を聞くの。それが共存の世界への、一歩目になると思う」
「そう……だな。良い作戦だと思う、協力するよ」
本当に、良い作戦だ。ライクアとの争いを好まず、対話を求め続けようとする彼女の姿勢がよく出た作戦。でも、すまないアルラ。自分の選択肢の中でそれを選ぶことは、ノードもアルラも死ぬことを意味するからだ。間接的に死の淵に立たされた状態。彼は彼女と会ってからのことを思い出す。電気屋で立っていると見える景色。何度も夜を過ごした地下室。二人で街を巡った記憶。人間とライクアという区別などは一切なく、対照的にそこには等身大の「生活」があった。そしてそれを形作ってくれたのは、アルラだ。ノードは、ずっと彼女に助けられてばかりだった。だから今度こそは、自分が彼女を守ってやりたい。誰にも、殺させなんてしない。そう強く決意すると、選択肢は自然と絞られた。……本当に大丈夫なのか。眉を顰めながら、体に力を入れる。
「……なんか、あんたいつもと違くない?」
「え……!? あ、いや別に……! ちょっと考え事してて……」
「ふ~ん。そう。まあ、いいけど。そしたら明日からガジェットの改良しなきゃ~。よし、頑張るぞ……!」
アルラがひと足先に布団を被り、顔が見えなくなる。それを確認してから、急遽繕った微笑を静かに崩し、遅れてノードも布団を被る。寝る暇さえ惜しんで、もうほとんど答えの決まっている葛藤を今日も彼は続けてしまった。そして、遂に時が運命を突きつける。
即座に両拳を構えるノード。その姿を見て、Pはすぐにうなじに挿さっているプラグを抜く。コードが柄に戻っていき、煌々たる刀は融解し、光の粒となって空気中に消えた。コードが柄に戻っていき、煌々たる刀は融解し、光の粒となって空気中に消えた。
「僕は今日戦いにきたわけじゃない。N、いや、今はノードと呼べばいいか。君と、話をしにきたんだ」
「話だと?」
「ああ、だがここでは邪魔が入る。ついてこい」
Pは振り向きざまに黒いコートを翻し、そのまま音を立てずに窓を通って外へと出た。ノードは窓に近づくと、一度振り返り、二人の様子を伺う。心配そうな顔をしているシルバと目を合わせ、大きく頷く。そうすると彼女は何も言わずに相槌を返した。ノードがトロンに手を振ると、無垢な彼は「また遊ぼうね」と無垢に振り返してくれた。笑顔を残し、窓を通って外へ出る。今日はやけに冷える夜だった。Pは懐から彼が着ているような帽子を取り出すと、ノードの胸に押しつけるようにそれを差し出す。
「顔を隠せ。行くぞ」
駆け出した彼の影、それはまさしくインスの組織員の動きそのもの。ノードは不本意ながら帽子を浅く被り、その後を追うように足で地面を蹴った。
緩やかな、波の音。カモメが手を飛ばしてもいくら届かない海上を旋回し、特徴的な鳴き声を上げている。自由に飛び回るその姿と、白い肌。砂浜に少し足の沈む感覚を浴びながら、彼らに羨望を覚えずにはいられなかった。同じくそれらを目線で追うPはここに着いてから、何も言わずにじっと黙っている。ノードはうなじを触りながら、地団駄を踏むようにして口を開く。
「レイルベルにこんな場所あったんだな」
孤島のフィアウス国の、一番外側のへり。国を囲む大海がありありと見える、とある海岸に彼はノードを連れてきた。人が来る気配はない。そして、何より街中で確認出来ない星がよく輝いている。
「で……? 結局話ってなんだよ、P」
焦ったく思っているノードの横でPは帽子を外し、両手を大きく広げて深呼吸をする。潮風で黒髪がなびき、コートが揺れると、彼は満足げな表情を浮かべて帽子を再び被った。
「君はここ最近、自分が生きていると感じることはあるか?」
「……随分、急だな」
「君が言うPというライクアはそれを知ることは無かった。だが、今ここに立つ、プロティアという名を貰いし者は、確かに風を感じ、空気を吸い、この世界を十分に感じているのだ」
風に揺れる帽子を頭で押さえながら、彼はこちらに目配せした。
「……君が、学校で言っていた通りだった。外の世界は悪意に塗れていて、それらを構成する人間は腐敗し切っている。僕達ライクアを物以下として扱い、駒として考え、それに何の疑問を持とうともしない……。それを僕は、王城というこの国の最高権力を統べる場所で切に実感した」
彼が語り出したのは、配属からの壮絶な経験の一部始終だった。ノードがスクラップにされかけていた頃。成績優秀だったプロティアは、既に他のライクア達よりも一足先に王城内へと配属し、貴族や王族達の元で仕事をこなしていた。そこに集められたのは、各学校の成績最優秀者ばかり。そこでの仕事ぶりを通じて国王達の目に留まればビッグコアの継承者になれると伝えられた彼は、とにかく必死に人間に尽くしたそうだ。もちろん電源となることは然り、本来はその城に仕える召使いがやるようなことまで率先的にこなすまで休みなく彼は動いた。だがある日、王室の近くを掃除していた時。彼は扉越しに聞いてしまったのだ。王族達の、悪辣な会談を。
「国王、今期のライクアの処遇はいかがでしょうか」
「ああ。近頃、国民への電力供給量がちと増えてしまっている。少しでも私達の利益が減るのが惜しい。故に、今回の継承者は王城の中で一番出来が悪い個体にしよう。それ以外の優秀な物は適当にナーリブの奴らの富裕層に売り飛ばせば、それだけで多くの金が入ってくるに違いない。ライクアは人間なんかより、従順に動かしやすくて本当に助かるわい。はっはっは……!」
続いて、その場にいる数人の権力者の笑い声が響いた。その時、プロティアは思わず動きを止め、無意識のうちに拳に力を込めていた自分に気づいたそうだ。扉を睨む。頭によぎったのだ、こんな仕組みではライクアの使命を真っ当することなど出来ないと。ビッグコアの継承者を目指していた彼にとって、それを軽んじるように扱われたのが一番の憎しみの原動力となってしまったのだ。
「それから僕は掃除をするふりをしながら、王城のあらゆる部屋に忍び込み、ライクア関連の資料を片っ端から漁った。何かの糸口を求めて。そしてその経緯で見つけた研究資料から技術を盗むと、毎日隠れて自分の皮膚である金属を剥がして、僕は遂に盗聴器を作り上げることに成功したんだ」
プロティアは黒服の袖を捲る。そこにあったのはほとんど中の基盤が外に出ている、悲惨な腕だった。ノードが眉を顰める中、彼は続ける。
「複数量産して、目のつく部屋に貼って回った。もちろん隠れてね。そしてそれらはちゃんと機能した。それからは音声をすぐに世間に公開しようと、色々と準備を始めた。これで、やっと世界が変わる。なんて、淡い希望を抱いていた。でも、その直前で僕は王族に捕えられた。とっくにバレてたんだ。裏切り者なんて、言われて槍で突かれて、剣で斬られて、もうあんまりその時の記憶は覚えていない。だけど痛みは確かにまだ体に残っている。そして、見せしめのようにして僕は一夜で王城からレイルベルの裏路地へと捨てられた。苦しかったなぁ、どこを彷徨っても人間に虐げられて」
月明かりが当たり、彼の影がよく伸びる。満潮になり始めた海が少しずつ、自分達に牙を向けていくのが分かった。襲いかかってくる波が足首まで水を浸し、足を上げるのを重たくする。
「インスに拾ってもらって、僕は決意した。こんな世界、壊してしまえば良い。そして人間などに従属しない、ライクアだけの楽園を作り上げようと。奇しくも、組織全体が同じ思想を持っていたんだ。だから、僕はこの組織に最大限寄与しようと動き続け、今では今度の作戦の指示役になるまでの地位を貰えるようになった。なあ、ここまで聞いて、僕が何を言いたいかなんとなく分かるだろ」
突然、プロティアはこちらを見て、語気を強める。
「君も、同じだろ?」
「俺は……」
優等生と向かい合う姿を客観的に捉え、学校での景色を思い出す。まだ人間なんて知らないのに、嫌悪感を露わにしていたノード。ライクアは人間なんかに従属されない、自由な存在であるべき。人間は自分達をただ都合よく操っているだけ。人間を全て殺し、ライクアだけの楽園を作る、それがライクアのためであり、ライクアが幸せを得られる方法なんだ。全て、自分が吐き出した言葉達だった。学校にいた頃、頭の中で渦巻いていたどうしようもない憎しみが新鮮に蘇ってくる。ノードは言葉を詰まらせて、ただ口を開け閉めするだけで声を出せていなかった。飄々と立ち尽くすプロティアは、より重々しく言葉を紡ぐ。
「今度の継承式に、僕達は組織総出でビッグコアを破壊しようと思う。君にも、その手伝いをして欲しいんだ」
「破壊……? そんなことしたら……!」
「ああ、人々の暮らしは瞬く間に崩壊する。だが、それで良いだろ。ライクアがより良い未来を掴むためには」
ノードは思わず彼に近づき、胸ぐらを掴む。鼻と鼻が当たるほどの距離でお互いが向き合い、彼はプロティアのその余裕のある表情に思い切り唸り声をぶつける。
「誰が……! インスなんかと協力するか……! お前達がやってるのはお前達が嫌うような人間達と同じように、ただ力を行使して自由を奪っているだけだ……! 誰かの自由を見捨てて得られた自由なんて、そんなの……仮初でしかない!」
プロティアは腕に稲妻を纏わせ、力強くノードを跳ね除ける。襟を直しながらため息を吐く彼は、服の両ポケットから何かを取り出した。
「……断るのは自由だが、その分代償ってものがある。こっちも、甘く見られちゃ困るんでね」
右手の指で摘んで持っているのは、白く滑らかな四角形の物体。金属製の様相の側面を彼が指で押すと、見知った声が流れ出した。
「いらっしゃいませー! 何かお探しですか? あ、部品? ちょっと待ってくださいね~……」
それは明らかにアルラの声だった。流れる音声の中には、彼女の声だけでなく客と思われる様々な人の声も入っている。彼はもう一度側面を押して音声を止めると、左手のタブレットの画面を指で滑らせながら語った。
「今のは昨日の昼の録音だけどね。君達が別の家に行っている間に、拠点全体に盗聴器と監視カメラを設置させてもらったよ。ほら、今の彼女の様子」
見せられた画面には、地下室の椅子に座りながら、携帯を耳にくっつけている彼女の姿がはっきりと映っていた。ノードは思わずタブレットに手を伸ばそうとするが、プロティアはすぐにそれをポケットにしまう。
「人質……ってことか?」
「まあそうなるね。もし協力してくれるなら彼女の命は保証しよう。その逆も……然り。そして下手な動きをしたり、彼女にこのことに伝えたりしたらもちろん、二人とも殺す。ちなみに昨日君達がいた別邸にも既に電気屋と同じ設備が仕掛けてあるし、街も常に多くの組織員が監視している状態となる。故に、君一人で決断してもらう」
淡々と語る彼の口ぶりに対して、言葉の一つ一つがノードにとって強烈だった。舐めていた。まさか、ここまで包囲網を張り巡らされるとは。画面に映るアルラの姿が頭によぎる。じっとしていられない。黒服達はいざとなったら今すぐにでも彼女を殺すことが可能なのだ。足を絡めとる海水が彼の焦燥を加速させる。そんな姿を見たプロティアは、ポケットに両手を突っ込んだまま口を開く。
「君にとって彼女は相当大事な存在みたいだね。だけど、実はそれは僕達も同じなんだ」
「……どういうことだ?」
「インスが、もう何年も前に彼女の両親を殺した時。組織は彼らの扱っていた技術の一部を盗み出すことに成功したんだ。よって自分達に合った武器やガジェットを組織員に十分に行き渡るほど量産可能になったことから、組織はより大規模に進化出来たという訳さ。そしてその技術を受け継ぐ彼女の頭脳と手腕が、これからの新世界を作る僕達には必要になる。だからノード君、君がもし協力してくれた暁には未来のライクアのみの世界に、唯一アルラだけは残してあげよう。それが、契約の全てだ。さあ! どうする……?」
アルラは、生き残る。その言葉は今の彼にとって、何よりも魅力的だった。だが、一度立ち止まって考えてみろ。もし、彼女がライクアだけの世界に存在したとして、それを喜ばしいことだと考えるだろうか。それを、人間とライクアの共存だなんて本当に言えるだろうか。だが、頭を過ぎる「死」の一文字。全ての思考を無に返すような、大きく突きつけられた代償。もし断れば、ノードがアルラを殺したのとほぼ同義だろう。それでも、ビッグコアを壊すなんて……。
「今は……答えを出せない」
絞り出した自分の声はあまりにも弱々しく、すぐに波に飲み込まれて消えてしまった。プロティアは帽子のつばを上げると、潮風の吹いてくる方に体を向ける。
「継承式当日の朝。僕が君の家へと迎えに行こう。その時には他の組織員も連れていく。君がその瞬間、アルラをこちらに引き渡すか、それとも拳を顔に喰らわしてくるか、そこで判断させてもらうよ。せいぜい二週間弱、考え抜くんだな」
彼は視線の奥へ、静かに消えていく。高速移動を使わず、ただ一歩一歩砂浜に跡をつけ、足を進めるその姿。決意を感じる背中を目で追いながら、ノードは思わず近くの砂を蹴り上げる。舞い上がった細かな粒が一瞬だけ顔を這う青い光に反射して煌めくと、それらはすぐに二重緑色の海の底へ、深く沈んでいった。うなじを触りながらそれを眺め、今更自分が初めて海に来ていたことに気づくのだった。
裏口から入り、地下室へと降りるとアルラは既に布団に入った状態でノードを出迎えた。「遅かったね」という一言から始まり、今日の出来事を聞かれ、全て話した。ただ一つ、プロティアと会った事実だけを除いて。敷いてもらっていた布団に入りながら話していても、常に全身に力が入り続けている。どこから見られているのか。どこから聞かれているのか。話に集中出来ず周囲を見回し、聞き直してしまうことも多かった。次の日。また次の日。と、時間は無情に流れていく。電気屋の中で店員として立ち尽くしている際も、彼の頭の中ではずっと選択肢が頭に浮かび続けている。いつもは暇に思える時間でも、思考を始めてああでもないこうでもないと考えているとすぐに一日が終わってしまうほど短く感じるようになってしまった。日を経るにつれて、入ってくるお客さんが継承式の話をアルラとすることが多く、その度に腹の部分がきりきりと痛む。
継承式の一週間前の頃だった。店を閉め、寝ようと布団を地下室に敷いている時。突如アルラが改まって話しかけてくる。
「継承式の当日……さ。私、絶対インスの奴らが何らかの形で動き出すと思うんだよね。あくまで予想だけど。ねえ、あんたはどう思う?」
背筋が震えて、思わず返答が遅れる。はっきりと言葉が聞こえているのに「え?」と聞き返し、彼女がもう一度説明してる時間を使って頭の中で即座に言葉を選ぶ。
「……で、あんたはどう思うって」
「ああ。……い、いや、確かにそうかもしれないな」
「やっぱり、そうだよね。だからちょっとあんたに頼みたいんだけど、その日二人でネスメイを一日中警備しない?」
「え? 俺達が?」
「そう、私達で。……ほら、国の五十年に一度の催事でしょ、ってことはいつもより絶対多くの組織員が現れるはず。そこを狙って、黒服のライクア達を倒すんじゃなく捕まえて、彼らの話を聞くの。それが共存の世界への、一歩目になると思う」
「そう……だな。良い作戦だと思う、協力するよ」
本当に、良い作戦だ。ライクアとの争いを好まず、対話を求め続けようとする彼女の姿勢がよく出た作戦。でも、すまないアルラ。自分の選択肢の中でそれを選ぶことは、ノードもアルラも死ぬことを意味するからだ。間接的に死の淵に立たされた状態。彼は彼女と会ってからのことを思い出す。電気屋で立っていると見える景色。何度も夜を過ごした地下室。二人で街を巡った記憶。人間とライクアという区別などは一切なく、対照的にそこには等身大の「生活」があった。そしてそれを形作ってくれたのは、アルラだ。ノードは、ずっと彼女に助けられてばかりだった。だから今度こそは、自分が彼女を守ってやりたい。誰にも、殺させなんてしない。そう強く決意すると、選択肢は自然と絞られた。……本当に大丈夫なのか。眉を顰めながら、体に力を入れる。
「……なんか、あんたいつもと違くない?」
「え……!? あ、いや別に……! ちょっと考え事してて……」
「ふ~ん。そう。まあ、いいけど。そしたら明日からガジェットの改良しなきゃ~。よし、頑張るぞ……!」
アルラがひと足先に布団を被り、顔が見えなくなる。それを確認してから、急遽繕った微笑を静かに崩し、遅れてノードも布団を被る。寝る暇さえ惜しんで、もうほとんど答えの決まっている葛藤を今日も彼は続けてしまった。そして、遂に時が運命を突きつける。
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滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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