あなたの声を聴かせて

紅羽 もみじ

文字の大きさ
5 / 31

事件録2-1

しおりを挟む
 昔はよく、林檎を買ってあげていた。
 8等分にして、皮を剥いて。
 あの子は、林檎の皮は苦手だったから。
 剥くのは大変だったけれど、嬉しそうに食べてる姿を見たら、苦労になんて感じなかったわ。
 あの子…あの子は……、今どうしてるかしら。

「現代社会の課題だな、悲しいこったよ。」

 塚本は、取調室のマジックミラー越しに呟いた。
 取調室には、聴取をしている刑事と、項垂れる容疑者。聴取をしている刑事も、容疑者に同情するところがあるのか、雰囲気はどこか重い空気になっていた。
 平端も、その様子を見ているが、容疑者の隣に一人の老女が立っているのを見つめ、うーんと考え込んでいる。

 事件はある一軒家で起こった。被害者の古川ヨシ子は、85歳。数年前に脳梗塞により体に麻痺が残り、ほぼ寝たきりの状態だった。脳梗塞になるまでは、年齢に相応しくないほどの活発さがあったが、麻痺が残り、ベッドに寝たきりになってからは、急速に認知にも影響が出ていたそうだ。
 容疑者は、古川誠。被害者の孫にあたる。大学卒業後、民間企業に入社したが、不況の煽りを受けて解雇され、その後は職も見つからなかった。見かねた両親は、誠の祖母の介護をさせ、ほぼ住み込みの状態で世話をしていたと言う。だが、介護のストレスが溜まり続け、祖母を殺して自分も死のうとしたところ、自身は死ぬことができず、警察に出頭してきたとのことだった。

「さすがに今回は、お前の出番はないだろ。」
「んー、まぁ、そうですかね……」

 塚本は、平端の返答に歯切れの悪さを感じた。

「出頭してきて、取り調べも素直に受けてるんだ、引っかかるところなんて何もないだろ。」
「前回の時よりは…そうですね。」

 前回、と言うのは、とある高校で起こった、自死と思われていた女子生徒が、教諭の手によって殺されていた事件のことだ。あの時は、女子生徒の並々ならぬ思念を感じ、平端はその真相に迫ろうと躍動した。その結果、教諭の過剰反応を引き出し、ついに女子生徒を殺害したと容疑を認めたのだった。

「被害者のおばあさん、ずっと介護を受けてたんですよね、お孫さんの。」
「そうだな、働き口が見つかるまでは、介護を頼まれていたようだ。」
「お孫さんとおばあさんの関係も、悪くはなさそうでしたよね。というか、おばあさんめっちゃ心配そうにお孫さんのそばに立ってますよ。」
「お前、あんまりここでそういうことを言うな…」

 塚本に注意を受けつつも、平端は容疑者の側に立つヨシ子の霊が、孫に向けている思念の判別がつかずに頭を傾げていた。

(介護で負担をかけていたことを気にかけてるのかな…、認知に影響とはいえ、時々会話は成り立ったりしてたみたいだし、その瞬間に疲れ切ったお孫さんの顔見て、申し訳ないなぁとか考えてたりしたら、おかしくはないのよね。)

 塚本の言うように、現代社会の課題が生み出した悲しい事件…、そう平端も思いかけていたその時、誠の首に痣が浮かんでいるところに着目した。

「容疑者は、被害者を殺した後、自分も死のうとしてたんでしたっけ。それってどんな方法で?」
「首の痣見りゃわかんだろ、首吊りだよ。」
「じゃあ、その首を絞めてた紐は、容疑者の重みに耐え切れずに切れた、と。」
「と言うよりは、始めは窒息感を耐え抜こうとしてたんだが、いつの間にか地面に足ついて生き延びてたんだと。」

 ふーん…と生返事をして、再び誠のそばに立つヨシ子を見る。平端が見た時と変わらず、触れられない肩に触れ、まるで子どもをあやすかのように摩ろうとする…、『孫を可愛がるおばあちゃん』の姿がそこにあった。

「私、ちょっと現場見てきますねー」
「またお前は…」

 塚本は腕時計を見て、平端に忠告する。

「まだ鑑識がいるからな、絶対に…」
「現場を荒らすんじゃねぇぞ、でしょ、わーかってますって。」

 平端は振り向きもせずにひらひらと手を振り、取調室から飛び出した。

(今回の件は、何にも出てこないかもしれないな。そうなったら、あのおばあちゃんどこに行くんだろ…。孫の処遇が決まったら、落ち着いてくれるかな。)

 平端が見る霊たちは、大抵何かに恨みや怒りを持って現場や霊の思い入れが強い場所に表れる。平端は霊たちの思念を感じ取っては、犯人逮捕、もしくは事件解決のたびに安心して成仏(平端的には『落ち着く』と表現)する。
 しかし、今回の被害者は、今の見立て通りなら、平端にしてやれることは何もない。ただ、無理心中に失敗してしまった孫の処遇が決まるまで、粛々と仕事を進めるまでだ。

(あんまりこんなことないから、あのおばあちゃんに何もしてやれなくて歯痒いなぁ…。まぁ、まずはもう一回、現場洗ってみますか。)

 平端は車のエンジンをかけ、現場となった一軒家に向けて出発した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...