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紅羽 もみじ

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事件録5-5

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事件録5-5
 塚本に入った連絡によると、書き込みをされたIPアドレスを辿った結果、2人の目の前のアパートに住む2階の部屋からとのことだった。そこに住む男性は、高橋聡太、という男性。平端がインターホンを押し、警察だと告げると、男は不機嫌そうな顔で顔を出した。

「……なんですか、まだ用が?刑事さんには話しましたけど。」
「何度もすみませんね。少し確認させてもらいたいことがありまして。」

 塚本はまず、中山の家に残されていた掲示板の書き込みのコピーを高橋に提示した。

「これに、見覚えはありませんか?」
「……なんですか、掲示板のホームページがどうかしました?」
「ところどころ、丸で囲まれているところがあるんですが、ある個人を誹謗中傷する言葉ばかりが囲まれています。」
「そのようですね、消えろとか書かれてますね。」
「ですがね、掲示板の流れを見ていくと、中山が出所前に起こした事件のことを示唆するような書き込みが多く見られまして。おそらく、中山を誹謗中傷する掲示板になっていると思われます。そして、この紙が中山の家のゴミ袋の中から発見されました。」
「……そりゃ、そういう目にも遭いますよ。それだけひどいことをしたんですから、あいつは。」

 高橋は吐き捨てるように呟いた。

「少し回りくどくなりましたが、ここからは単刀直入にお聞きします。この掲示板に、高橋さん、書き込みされてますね?サイバー犯罪対策課から、あなたのパソコンのIPアドレスを特定したと連絡がありました。パソコンを見せていただいてもよろしいですか?」
「書き込みなんてしてませんよ。それに、パソコンを見せろってプライバシーの侵害じゃないですか、無理です、見せられません。」
「高橋さんのプライバシーに関わる部分には配慮します。高橋さんが仰るように書き込みに関わっていないことが確認できれば、それで十分です。」
「しつこいですよ、無理なものは無理です!もし見るっていうなら、令状とか言うものがあるんでしょ、それを持ってきてください。それまでは拒否させてもらいます!」

 高橋は怒りで興奮気味になり、そのままドアを閉めようとした時、平端はそれを止め、じゃあ、もう一つだけ、と部屋に戻ろうとする高橋を呼び止めた。

「なんです、まだ何か??」
「高橋さん、中川智恵さんって方、ご存知ですよね。」
「……智恵が、どうかしましたか。彼女は僕の交際相手です。」

 やはり、と思った平端は、そのまま質問を続けた。

「中川さんから、隣に中山が引っ越してきたと聞いた時、高橋さんは自分のアパートに引っ越してくるように説得してきたと聞きました。中川さんはそれを固辞されたそうですが、その後も中山の危険性を様々な情報を集めては中川さんにお話しして、大切な人をどうにかして中山の住むアパートから遠ざけたかった、そうですね?」
「そりゃそうでしょう、強盗殺人を繰り返した凶悪犯が、僕の1番大事な人の隣に住んでるんですよ、心配するでしょう。」
「そのお気持ちはわかります。ですが、何度話しても、中川さんはアパートを退去しなかった。先ほどの書き込みの話はともかくとして、中川さんが動かないのならと、先ほど塚本が見せた掲示板のコピーを中山の家に投函し、暗にアパートから出ていくようにしたのではないですか?」
「全部推測じゃないですか!そんなことしませんよ!!」

 高橋は平端と塚本の質問に、さらに怒りの感情を異常なほど露わにした。

「それに、中山にそれくらいの嫌がらせするやつなんていっぱいいるでしょう!最期には顔までぐしゃぐしゃになるほどぶちのめされて、死んだ後もナイフで何百回と刺されてたんでしょ、天罰ですよ、人の命を奪ったんですから!!」
「なぜ、あなたがそこまで知ってるんです?報道では、刃物で複数回刺されたことによる失血死、という部分までしか発表されてませんよ。」

 平端の指摘に、高橋はハッとしたような顔で黙り込んだ。塚本も高橋の発言に、平端と同じく高橋は事件の関係者だと自白したようなものだと考えた。

「…高橋さん、少し署でお話聞かせてもらえますか。書き込みの件も含めて。」
「何でだ、僕は何も悪いことはしていない!」
「今は任意同行という形ですが、今の証言からでも、逮捕状を取ってくることもできます。そちらを希望されますか。」

 逮捕、という言葉を聞いた高橋は、苦痛に顔を歪めて頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。その後も数分、警察側と高橋で問答が続いたが、結局任意、という形で署に連行することとなった。
 署に連れてこられた高橋は、改めて自身の無実を訴えたが、さらにサイバー犯罪対策課の調べが進み、中山が引っ越してきた時期と合わせて、中山の事件を話題にする掲示板(ネット上ではスレッドと呼ばれる)が立ち上げられ、その立ち上げも高橋のパソコンから行われたことが明らかとなった。そこから中山の事件が再び掲示板上で話題となり、面白おかしく中傷する者もねずみ算式に増えていったということがわかった。
 高橋は、その証拠を突きつけると中山殺害を認めたが、自身の罪について、一貫して正当性を訴えていた。

「あいつは、3つの家族を皆殺しにした凶悪犯だ!そんなやつ、罪を償ったからって赦されるわけがない!法律なんか無意味だ!中山の隣には僕の彼女だって住んでた!お前ら警察が動けるのは、何かあってからじゃないか!彼女が死んでから動かれたって、意味がないんだよ!だから、あいつがまた人の命を奪う前に、排除してやったんだよ!これは僕の正義だ、僕にしかできなかったからやってやったんだ!」

 取り調べにあたった刑事は、高橋が言っていることは本末転倒だと何度も説くが、聞く耳を持たなかった。平端は、自身の命を奪った中山の霊が、苦しそうにしている思念を感じた。罪を犯した者は、許されるべきじゃなかった、自分は許されてはいけなかった、と無念に近い思念だった。
 平端は取り調べをしている刑事と交代し、高橋と向き合った。

「何だよ、文句あるのか。僕の言ってることは、中山の周りに住む奴らも思ってたはずだぞ!」
「…私は最近、子どもを狙った傷害致死事件を追ってました。犯人は報道でも出ましたが、私立中学に通う中学生でした。高橋さんの言うように、その事件の犯人も許されないことをしたと、私も思っていました。」
「なら、僕が中山を殺した理由だってわかるだろ、正義のためだ!」
「いえ、それは正義じゃないんですよ、高橋さん。だって、あなたも人殺しじゃないですか。」

 平端は高橋の語る正義をばっさりと切り捨てた。

「中山も、その中学生も、許されないことをしました。逮捕されて裁判にかけられて、刑期を受ける。それで、被害に遭った人が戻ってくるわけじゃありません、確かに事実です。でもその後、中山も中学生も、その事実と元犯罪者という事実を背負って、社会に戻されることになります。また、こいつは何か事件を起こすんじゃないかと言う世間の白い目を向けられながら。」

 平端は、高橋の目をしっかりと見据えた。

「中山は、それでも加藤さんという支援者の力を借りながら、自分はもう何もしないと言うことを証明し続けるために戦ったんです。何もしないと証明することは、この世で一番難しいこと、でも諦めずに戦い続けていたんです。そんな人を、あなたは殺してしまった。これでも、あなたは自分が正義だと、言い切ることができますか?」

 高橋は、平端の真っ直ぐな言葉に、返す言葉を見つけることはできなかった。

「あなたもこれから、戦ってください。そうすれば、中山がどんな思いで日々を送っていたか、分かる時が来ると思います。」

 平端は立ち上がり、取調室を出ようとした。高橋は、それでも、と弱々しい声でつぶやく。

「ネットの奴らは、死んで当然だって…、そんな奴いたら、怖いに決まってるだろ…、僕の味方にはいるんだ。中山みたいにはならない。」
「掲示板の人たちは、面白半分で騒いでるだけです。交際相手の中川さんに至っては、中山のことを語るあなたを怖がってましたよ。…味方でいてくれるといいですね。」

 平端は、自分が正義だと驕る高橋に冷たく言い放ち、取調室を出ていった。今までの調べで、中山を少しずつ受け入れてくれていたアパートの住人、何よりの支えだった保護司の加藤、高橋の交際相手である中川の持っている思想を思い起こし、心底疲れたように深いため息をつき、廊下のソファに腰を下ろした。

(正義感の暴走ほど、性質の悪いものはない…ってことか。)

 魂が抜けたように虚空を見つめる平端に、ご苦労さん、と声が聞こえた。塚本も取調室を出てきていた。

「……俺も、高橋の気持ちはわからんでもない。実際、娘は事件の恐怖から抜けきっていないからな。」

 平端は、そう話す塚本に目線を移す。

「でも、お前の言うとおりだとも思う。中山は、出所後も罪と向き合って戦ってたんだ。被害者や遺族が中山を責めることはあっても、中山の事件に関与してない赤の他人が、中山が戦い続けたいと思った意思を奪う権利は誰にもない。」
「……お前の思想はお前のもんだ、って言ってましたもんね。それが塚本さんの思想なんですね。」
「思想と呼べる代物かはわからんがな。」

 よし、と塚本は膝を叩いて立ち上がる。

「まだ仕事は残ってんぞ。加藤さんとこ行って、解決を報告しねぇとな。」
「……はい、そうですね。行きましょう。」

 平端と塚本は、署を出て車に乗り込み、加藤宅へ向かうことにした。
 加藤は、事件の顛末を聞いて、ひたすら無念だと呟いていた。その背後には、その様子を申し訳なさそうに眺める中山の霊の姿があった。平端は、中山が加藤に伝えたい思念を必死に出して伝えようとしている姿を見て、中山の代弁者となり話をした。

「中山は、加藤さんにとても感謝していると言っています。どこに住んでも犯罪者だと白い目を向けられて、何とか見つけた家を何度も追い出されて、もう死ぬしかないと思っていた時に、加藤さんに助けてもらったことを、心から感謝してるみたいです。」

 加藤は、なぜ知っているのか、と言うような顔で、平端を見つめた。

「次の住処が見つかるまで、加藤さんの家でお世話になったこと、アパート住人の家に毎日のように通って説得してくれたこと、仕事先にも一緒に頭を下げて面接だけでも、と頼み込んでくれたこと…。感謝してもしきれないと。」
「……ほうか。けども、彼奴も懸命に生きようとしたからこそ、儂もそれに応えようとしただけの話。……来世では、生を全うできるよう、祈るだけ。儂がそっち行った時は、また彼奴の好物でも持っていってやるから、待っとれよ…。」

 誰に話すでもなく、加藤がそう呟くと、中山は涙で顔を濡らしながらも深くお辞儀をし、平端にも同じように礼をしてゆっくりと消えていった。
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