半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした！？〜

第一章

ファムルの力

　まだ夕方前なのにお酒を飲んでいるのか、赤い顔をしたラルゴおじさんが少しふらついた足取りで近づいてきた。
　わたしをいじめているのを大人に見られるのはまずいと思ったのか、ハンスとブロウは、グッと唇を噛んで少し身を引いた。
　
　……まずいことをしている自覚があるんなら初めからやらなきゃいいのに、本当にバカなんだから。
　
「また肉を持ってきたのか？　バレねぇようにほんのちょっとなら、何かと交換してやっても……」
　
　カゴを覗き込んだラルゴおじさんが、ファムルを見た途端にピシッと固まった。
　
「……おじさん？」
「こ、こ、こりゃあ、ファムルじゃねえか！　どうしたんだ、これ！？」
　
　おじさんが大声で叫ぶと、当然のように、周囲にいた人たちの視線を集めた。
　
「……ファムル？」
「ファムルだって？」
「えっ、ファムルがあるのか！？」
　
　訝しげな顔をしながら、わらわらと人が集まってきた。そのみんながファムルを確認すると、目を見開いて驚いている。
　
「な、なんだ？　みんな、どうしたんだよ？」
　
　ハンスとブロウは、一体何が起こっているのかと、戸惑った様子で集まってくる人たちを見ていた。
　けれど、それはわたしも同じだった。高級食材とはいえ、これほど人が集まってくるなんて、思いもしなかったのだ。
　
「嘘だろ、本当にファムルだ！」
「この香り、間違いないぜ。俺は一度食べたことがあるんだ！」
「キ、キアラ。何と交換して欲しいんだ？　小麦でも塩でもなんでもやるから、これを三つ俺にくれ！」
「お、お前ずるいぞ！」
「あたしにもおくれよ！　これを食べれば肌が三歳は若返るって言われてるのを知ってるだろ？　あたしみたいな女性こそ食べるべきものさ！」
「バカ言え、ファムルは滋養強壮にいいんだよ！　これがあれば俺だって……！」
　
　突然始まったよくわからない諍いを、わたしはポカンとした顔で見ていた。
　
　……どうなってるの？　ファムルが、こんなに人気な果物だったなんて。
　
「み、みんな、なに言ってるんだよ！？　キアラたちを助けるようなことはするなって、領主様があれほど……！」
　
　ハンスが焦ったようにそう言ったが、それは彼の声をかき消すような怒声に一蹴された。

「うるせぇハンス！　子供は黙ってろ！！」
「と、父ちゃん！？　いってぇ！」

　ハンスと同じオレンジ色の頭をした筋肉質の男の人が、ハンスに拳骨をくらわせた。ハンスは涙目で頭を押さえている。

「余計な事を言うんじゃねえ！　キアラの気が変わったらどうすんだ！」
　
　ハンスのお父さんと思われる人は、よほどファムルが欲しいらしい。ハンスを殴ると、すぐさまこちらへ戻ってきた。

「あんたも余計なことは言うんじゃないよ。夕食を抜かれたくなかったらね！」
「か、母ちゃん……」

　ブロウのお母さんと思しき女の人が、ブロウに鋭い視線を投げる。

「で、でも、これが知られたら、俺たち領主様から怒られるんじゃ……」
「ファムルが手に入るなら、領主から呼び出しを受けるくらいなんでもねぇよ！」
「それにこの騒ぎじゃ、誰が何を渡したかなんてわかりゃしねえよ。村人全員を呼び出さないといけないんじゃねえか？」
「ガッハッハ、違いねぇ！」
　
　ブロウの心配そうな呟きは、ファムルを目にした大人たちには全く響かなかったようだ。二人は青い顔で、ただ呆然とファムルに群がる大人たちを見ていることしかできないようだった。
　
　自分と交換してくれとたくさんの人たちが押し寄せて、わたしは困惑しながらも、次々色々なものと交換していった。あまりの人気に一人一個だけと限定したけれど、四十個ほどあったファムルは、あっという間にひとつ残らずなくなってしまったのだった。
　
「ええっ、もうないの！？」
「そんなぁ！　俺の滋養強壮剤がー！！」
「ご、ごめんね。また見つけたら、持ってくるから」
　
　ファムルはあの場所にまだまだ残っていたが、次に行ってもまだあるとは限らない。反り返った岩壁にあったとはいえ、鳥に食べられてしまいやすいと母が言っていたし、持ってくると約束はしない方がいいだろう。
　
　わたしはカゴいっぱいに詰まった戦利品を見つめた。
　小麦や塩、穀物や野菜、油やろうそくなど、欲しかったものが全部手に入ってしまった。
　いつのまにか、うっとおしいハンスたちもいなくなっている。
　
　半ば呆然としていると、するりと足元を撫でる、滑らかな毛並みを感じた。
　
「……クロ、もしかして、こうなるって初めからわかってたの？」
　
　すまし顔でおすわりをしているクロが、目を閉じて少し胸を張った。
　
　まるで「ほら、たくさん持ってきて良かったでしょ？」とでも言いたそうな態度だ。
　わたしはそんなクロを抱き上げて、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。
　
「クロったら、本当に天才だわ！　ありがとうっ！」
　
　強く抱きしめすぎたのか、すぐさまクロから肉球による抗議が入った。
　ペシペシとわたしの頬を叩くクロに、わたしは「ごめんごめん」と言って笑ったのだった。