50 / 172
第一章
帝国の軍人
しおりを挟む
「……!」
それは、何度も聞いたことがある話だった。
母にも聞かされていたし、ここへ来る前にトーアにも言われていたことだ。
領主に手を出せば、帝国の軍人がやってきて、ひどい罰を与えられるって。でも。
「お母さんを無理矢理連れていかれて、そのまま放っておくなんてできるわけないでしょ!? お母さんを助けられるなら、そのあとわたしがどうなったって関係ないわ!」
……そのあとのことは、その時考えればいいもん!
「ブーッフフフフフ! 甘い! 甘いなぁガキ! 帝国の連中は、お前の頭の中みたいに甘くないぜぇ? 自分たちに逆らう者たちは一切容赦なく、一族郎党皆殺しにするのが当然と考えるような野蛮人なのさ! それはお前みたいなガキでも関係ない! ちょっとばかり強いからといっても、貴様なんぞ、竜人族の化け物どもからすれば赤子の手をひねるようなもんさ! 明日にはきっと、お前の首と胴体はオサラバしているに違いない。ブフフフ、フ……ッ!?」
「うるっ、さぁーーーいっ!!」
ゴシャッ!
《あ。あれは折れたな》
クロの冷静なツッコミを背に、わたしは拳を振り抜いた。遠くへ吹っ飛んでいった領主が、痛みにのたうち回っている。
「がああああっ、はなっ、鼻が折れたぁ゙あっ」
領主はボタボタと鼻血をたらす顔を両手で押さえながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚いた。
「うるっさいのよっ! あなたにごちゃごちゃ何を言われたって、お母さんは絶対に助けるんだから! いいからもう、寝てなさい!!」
「ひ、ひいぃいいっ!?」
今度こそ絶対に意識を飛ばさせてやる、という気持ちで拳を握りながら、わたしは勢いよく領主へ向かって駆け出した。
ーードォン!!
「きゃっ!?」
「な、なんだ!?」
しかし、わたしが領主のところへ到着する前に、地面が揺らぐほどのものすごい衝撃とともに舞い上がった土煙に阻まれてしまった。前が全く見えなくなる。
《キアラ、気をつけろ! 誰かいるぞ!》
「えっ? どこに……きゃあっ!?」
クロの注意が聞こえたのとほぼ同時に、わたしは何かに捕まって、手を後ろで拘束されて動けなくなってしまった。
「はっ、放して!」
「そういうわけにはいかないな。君だろう? 領主邸を襲撃し、領主へ攻撃を加えたのは。いくら子供でも、罪は罪だからね。小さな反逆者さん?」
乱暴な手つきとは裏腹に、穏やかな口調でわたしを拘束する男の人がそう言った。
「しかし、領主邸に襲撃があったと聞いて来てみたが、襲撃者がこんな小さな女の子一人しかいないのはどういうわけかな? まさか、そこにいるプーニャが仲間だなんて言わないよねぇ? 君たちだけでこの惨状を作り出せるとは思えないけど……」
この人は、そばに倒れている領主の護衛たちや、壊れた屋敷の壁のことを言っているのだろう。
どうやら彼は、領主が言っていた帝国の軍人らしい。こんなに早くやってくるなんて。
……というか、まさかさっきの衝撃とこの土煙、この人が起こしたの? 一体どうやって? ううん、そんなことより、この状況をなんとかしなくちゃ!
男の人はわたしの後ろで腕を掴んでいるので顔は見えないけれど、背が高くて大きな手をしていることはわかった。それでも、わたしが力いっぱい振り払えば逃げ出せるはずだ。
「はな、してっ!」
「……おや?」
ぐぎぎっ、と力を込めて男の人の腕を振り払おうとするが、一向に拘束が外れる気配がない。
《キアラ、どうした!?》
「な、なんで? 外れな……うぅっ!」
困惑していると、ギリッと音がするほど男の人の力が強くなった。
「君、何者? この力、ただの子供にしては強すぎるね。獣人族には見えないけど」
「やっ、痛……!」
……どうして? 強化してるのに、掴まれてる腕が痛い。力も、全然敵わないよ……!
「ブフッ、ブフフフッ! 残念だったなぁ小娘! やっと帝国から応援が……んん? た、たった一人か? ほかの軍人たちはどこだ?」
土煙がだんだん晴れてきて視界が良くなったこともあり、領主が現状を把握したようだ。キョロキョロと視線を動かして、わたしを捕らえにやってきた軍人が一人しかいないことに戸惑っている。
「こんな辺境に、何人も軍人を寄越すわけないでしょ。僕一人で十分だよ」
「ぐ、ぐぬぬ……ボクを軽んじているようで気分は悪いが、まぁいい。そのガキを始末してくれるなら、大目に見てやる。さぁ、帝国の軍人よ! やってしまえ! そのガキを殺すのだぁ!!」
領主が、勝利を確信した高笑いの声をあげる。
しかし、男の人は領主の言葉に不快感を示した。
「……はぁ? 何を勘違いしてるんだろうね、そこの小物は。地方の小領主が、帝国の軍人より偉いつもりなのかな」
それは、何度も聞いたことがある話だった。
母にも聞かされていたし、ここへ来る前にトーアにも言われていたことだ。
領主に手を出せば、帝国の軍人がやってきて、ひどい罰を与えられるって。でも。
「お母さんを無理矢理連れていかれて、そのまま放っておくなんてできるわけないでしょ!? お母さんを助けられるなら、そのあとわたしがどうなったって関係ないわ!」
……そのあとのことは、その時考えればいいもん!
「ブーッフフフフフ! 甘い! 甘いなぁガキ! 帝国の連中は、お前の頭の中みたいに甘くないぜぇ? 自分たちに逆らう者たちは一切容赦なく、一族郎党皆殺しにするのが当然と考えるような野蛮人なのさ! それはお前みたいなガキでも関係ない! ちょっとばかり強いからといっても、貴様なんぞ、竜人族の化け物どもからすれば赤子の手をひねるようなもんさ! 明日にはきっと、お前の首と胴体はオサラバしているに違いない。ブフフフ、フ……ッ!?」
「うるっ、さぁーーーいっ!!」
ゴシャッ!
《あ。あれは折れたな》
クロの冷静なツッコミを背に、わたしは拳を振り抜いた。遠くへ吹っ飛んでいった領主が、痛みにのたうち回っている。
「がああああっ、はなっ、鼻が折れたぁ゙あっ」
領主はボタボタと鼻血をたらす顔を両手で押さえながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚いた。
「うるっさいのよっ! あなたにごちゃごちゃ何を言われたって、お母さんは絶対に助けるんだから! いいからもう、寝てなさい!!」
「ひ、ひいぃいいっ!?」
今度こそ絶対に意識を飛ばさせてやる、という気持ちで拳を握りながら、わたしは勢いよく領主へ向かって駆け出した。
ーードォン!!
「きゃっ!?」
「な、なんだ!?」
しかし、わたしが領主のところへ到着する前に、地面が揺らぐほどのものすごい衝撃とともに舞い上がった土煙に阻まれてしまった。前が全く見えなくなる。
《キアラ、気をつけろ! 誰かいるぞ!》
「えっ? どこに……きゃあっ!?」
クロの注意が聞こえたのとほぼ同時に、わたしは何かに捕まって、手を後ろで拘束されて動けなくなってしまった。
「はっ、放して!」
「そういうわけにはいかないな。君だろう? 領主邸を襲撃し、領主へ攻撃を加えたのは。いくら子供でも、罪は罪だからね。小さな反逆者さん?」
乱暴な手つきとは裏腹に、穏やかな口調でわたしを拘束する男の人がそう言った。
「しかし、領主邸に襲撃があったと聞いて来てみたが、襲撃者がこんな小さな女の子一人しかいないのはどういうわけかな? まさか、そこにいるプーニャが仲間だなんて言わないよねぇ? 君たちだけでこの惨状を作り出せるとは思えないけど……」
この人は、そばに倒れている領主の護衛たちや、壊れた屋敷の壁のことを言っているのだろう。
どうやら彼は、領主が言っていた帝国の軍人らしい。こんなに早くやってくるなんて。
……というか、まさかさっきの衝撃とこの土煙、この人が起こしたの? 一体どうやって? ううん、そんなことより、この状況をなんとかしなくちゃ!
男の人はわたしの後ろで腕を掴んでいるので顔は見えないけれど、背が高くて大きな手をしていることはわかった。それでも、わたしが力いっぱい振り払えば逃げ出せるはずだ。
「はな、してっ!」
「……おや?」
ぐぎぎっ、と力を込めて男の人の腕を振り払おうとするが、一向に拘束が外れる気配がない。
《キアラ、どうした!?》
「な、なんで? 外れな……うぅっ!」
困惑していると、ギリッと音がするほど男の人の力が強くなった。
「君、何者? この力、ただの子供にしては強すぎるね。獣人族には見えないけど」
「やっ、痛……!」
……どうして? 強化してるのに、掴まれてる腕が痛い。力も、全然敵わないよ……!
「ブフッ、ブフフフッ! 残念だったなぁ小娘! やっと帝国から応援が……んん? た、たった一人か? ほかの軍人たちはどこだ?」
土煙がだんだん晴れてきて視界が良くなったこともあり、領主が現状を把握したようだ。キョロキョロと視線を動かして、わたしを捕らえにやってきた軍人が一人しかいないことに戸惑っている。
「こんな辺境に、何人も軍人を寄越すわけないでしょ。僕一人で十分だよ」
「ぐ、ぐぬぬ……ボクを軽んじているようで気分は悪いが、まぁいい。そのガキを始末してくれるなら、大目に見てやる。さぁ、帝国の軍人よ! やってしまえ! そのガキを殺すのだぁ!!」
領主が、勝利を確信した高笑いの声をあげる。
しかし、男の人は領主の言葉に不快感を示した。
「……はぁ? 何を勘違いしてるんだろうね、そこの小物は。地方の小領主が、帝国の軍人より偉いつもりなのかな」
175
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~
夏見ナイ
恋愛
「出来損ない」――それが伯爵令嬢リナリアに与えられた名前だった。壊れたものしか直せない【修復】スキルを蔑まれ、家族に虐げられる日々。ある日、姉の策略で濡れ衣を着せられた彼女は、ついに家を追放されてしまう。
雨の中、絶望に暮れるリナリアの前に現れたのは、戦場の英雄にして『氷の公爵』と恐れられるアシュレイ。冷たいと噂の彼は、なぜかリナリアを「ようやく見つけた、私の運命だ」と抱きしめ、過保護なまでに甘やかし始める。
実は彼女の力は、彼の心を蝕む呪いさえ癒やせる唯一の希望で……?
これは、自己肯定感ゼロの少女が、一途な愛に包まれて幸せを掴む、甘くてときめくシンデレラストーリー。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる