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第一章
皇城にて 前編
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帝国の皇帝、ディオルグ・ヴァン・バルドゥーラがつがいを失って、約十年。
皇帝に忠誠を誓う側近たちは、徐々に生命力を失っていく主に悲嘆しながらも、懸命に彼を支え続けていた。
皇帝が逃れられない負の運命の渦中にいることは、彼らにとって家族にさえ話せない国家機密である。このことが知られれば、皇位を簒奪しようと企む者が何人出てくるのか、考えるだけでも頭が痛い問題だった。
「……最近、叔父上からの探りが頻繁で、しかもあからさまになってきていますね。息子が成人を迎えたことで、そろそろ本格的に動き出そうということでしょうか」
「忌々しいことこの上ないな。己の能力の低さから後継者争いに脱落したというのに、それを生まれた順番が悪かったせいだと決めつけているうえ、野心だけは人一倍とくるのだから」
皇帝の執務室でそんな会話を交わしているのは、皇帝の最側近である、皇弟のオルディンと、護衛を務める騎士団長のロドルバンだ。
ロドルバンは、皇帝に代わって執務室の椅子に座り決裁をこなすオルディンにジトッとした視線を向けた。
「お前が皇帝になる気はないと公言なんかするから、奴がつけあがっていらん野望を持つんじゃないのか。今からでも撤回したらどうだ」
「私のせいにしないでください。それに、皇帝はディオルグ以外にありえません。昔、私たちは彼を支えていくと、共に誓ったじゃないですか。そうでしょう?」
「……そりゃそうだが……」
目覚めぬ皇帝を思い、二人の間に重い空気が漂う。
彼らは誰よりも皇帝の身を案じ、皇帝を支え、帝国のことを思ってきた。
皇帝は十年前、つがいと定めた女性が己の元を去ったことを、側近たちにだけ告げた。自分はもう、今後皇帝としての務めを果たせそうにないから、オルディンに皇位を譲るとまで言ったのだ。
しかし、彼らはディオルグという皇帝を諦めなかった。自分たちが心から仕える主人を、何とかして立ち直らせたいと力を尽くした。
皇帝の現状が漏れないよう厳重に情報統制をし、何日も目覚めなくなることがある皇帝の代わりに執務を交代でこなし、暇さえあれば、消えた皇帝のつがいを探して回った。
皇帝は彼女の意思を尊重するため探すなと言ったが、そうはいかなかった。何とか彼女を説得し、皇帝の元へ戻ってもらいたかった。
竜人族は一度つがいを定めると、生涯その相手を求めるようになるため、一方的な想いなら安易につがいと定めることはしない。
つがいを決めるのは己の心ではあるが、裏切られれば命にかかわるのだから、誰もが本能的に慎重になる。
つまり、ディオルグの心がつがいだと定めたなら、相手も少なからず彼を愛していたはずなのだ。
「……しかし、手がかりがサーシャという名前と、人間族であるということだけではな」
皇帝はつがいの捜索に積極的ではないため、彼女に関する情報は何一つ教えてもらえなかった。前述の二つは、ディオルグが以前話していた内容から、偶然知り得ただけの情報だった。
街で情報を集めた結果、彼女は亜麻色の髪をした美しく若い女性であることはわかったのだが、ある日突然仕事を辞め、家を引き払って煙のように消えてしまったらしい。
大した権力も金も持たない人間族の女性ならばそれほど遠くへは行けないはずなのに、なぜかどこを探しても見つからないのだ。
オルディンは、おもむろに執務室から続く寝室へのドアを開けた。
そこには、眠り続ける兄の姿がある。
薄暗い部屋の中で、赤い髪をシーツに広げ穏やかな寝顔を見せる彼は、今にも起き出して来そうであるというのに、もうずいぶんと長い間目を覚ましていない。
「……陛下が眠りに就いて、もう一年半ですか」
「あぁ。だんだんと眠る時間が増えてきて、ついに年単位になってしまったな。……陛下は、よもやこのままお目覚めにならないというわけでは……」
「滅多なことを言わないでください!」
オルディンが、ロドルバンをギロリと睨みつけた。
「我々が陛下のお戻りを信じなくてどうするんですか。陛下は、生命力を失っていく中でも生き延びようと、仮死状態……いえ、所謂、冬眠のような状態にあるだけです。心の奥底では、つがい様と共に生きることを諦めていらっしゃらないのです。そのためにも、我々は陛下のつがい様を必ず探し出さなくてはなりません。わかっていますね?」
「……あぁ、わかっているさ」
そんな二人の会話を遮るように、コンコン、と執務室の窓を叩くような音がした。見れば、そこには無機質な目をした白い鳥の姿があった。
「……なんだ? 緊急用の魔道具?」
皇帝に忠誠を誓う側近たちは、徐々に生命力を失っていく主に悲嘆しながらも、懸命に彼を支え続けていた。
皇帝が逃れられない負の運命の渦中にいることは、彼らにとって家族にさえ話せない国家機密である。このことが知られれば、皇位を簒奪しようと企む者が何人出てくるのか、考えるだけでも頭が痛い問題だった。
「……最近、叔父上からの探りが頻繁で、しかもあからさまになってきていますね。息子が成人を迎えたことで、そろそろ本格的に動き出そうということでしょうか」
「忌々しいことこの上ないな。己の能力の低さから後継者争いに脱落したというのに、それを生まれた順番が悪かったせいだと決めつけているうえ、野心だけは人一倍とくるのだから」
皇帝の執務室でそんな会話を交わしているのは、皇帝の最側近である、皇弟のオルディンと、護衛を務める騎士団長のロドルバンだ。
ロドルバンは、皇帝に代わって執務室の椅子に座り決裁をこなすオルディンにジトッとした視線を向けた。
「お前が皇帝になる気はないと公言なんかするから、奴がつけあがっていらん野望を持つんじゃないのか。今からでも撤回したらどうだ」
「私のせいにしないでください。それに、皇帝はディオルグ以外にありえません。昔、私たちは彼を支えていくと、共に誓ったじゃないですか。そうでしょう?」
「……そりゃそうだが……」
目覚めぬ皇帝を思い、二人の間に重い空気が漂う。
彼らは誰よりも皇帝の身を案じ、皇帝を支え、帝国のことを思ってきた。
皇帝は十年前、つがいと定めた女性が己の元を去ったことを、側近たちにだけ告げた。自分はもう、今後皇帝としての務めを果たせそうにないから、オルディンに皇位を譲るとまで言ったのだ。
しかし、彼らはディオルグという皇帝を諦めなかった。自分たちが心から仕える主人を、何とかして立ち直らせたいと力を尽くした。
皇帝の現状が漏れないよう厳重に情報統制をし、何日も目覚めなくなることがある皇帝の代わりに執務を交代でこなし、暇さえあれば、消えた皇帝のつがいを探して回った。
皇帝は彼女の意思を尊重するため探すなと言ったが、そうはいかなかった。何とか彼女を説得し、皇帝の元へ戻ってもらいたかった。
竜人族は一度つがいを定めると、生涯その相手を求めるようになるため、一方的な想いなら安易につがいと定めることはしない。
つがいを決めるのは己の心ではあるが、裏切られれば命にかかわるのだから、誰もが本能的に慎重になる。
つまり、ディオルグの心がつがいだと定めたなら、相手も少なからず彼を愛していたはずなのだ。
「……しかし、手がかりがサーシャという名前と、人間族であるということだけではな」
皇帝はつがいの捜索に積極的ではないため、彼女に関する情報は何一つ教えてもらえなかった。前述の二つは、ディオルグが以前話していた内容から、偶然知り得ただけの情報だった。
街で情報を集めた結果、彼女は亜麻色の髪をした美しく若い女性であることはわかったのだが、ある日突然仕事を辞め、家を引き払って煙のように消えてしまったらしい。
大した権力も金も持たない人間族の女性ならばそれほど遠くへは行けないはずなのに、なぜかどこを探しても見つからないのだ。
オルディンは、おもむろに執務室から続く寝室へのドアを開けた。
そこには、眠り続ける兄の姿がある。
薄暗い部屋の中で、赤い髪をシーツに広げ穏やかな寝顔を見せる彼は、今にも起き出して来そうであるというのに、もうずいぶんと長い間目を覚ましていない。
「……陛下が眠りに就いて、もう一年半ですか」
「あぁ。だんだんと眠る時間が増えてきて、ついに年単位になってしまったな。……陛下は、よもやこのままお目覚めにならないというわけでは……」
「滅多なことを言わないでください!」
オルディンが、ロドルバンをギロリと睨みつけた。
「我々が陛下のお戻りを信じなくてどうするんですか。陛下は、生命力を失っていく中でも生き延びようと、仮死状態……いえ、所謂、冬眠のような状態にあるだけです。心の奥底では、つがい様と共に生きることを諦めていらっしゃらないのです。そのためにも、我々は陛下のつがい様を必ず探し出さなくてはなりません。わかっていますね?」
「……あぁ、わかっているさ」
そんな二人の会話を遮るように、コンコン、と執務室の窓を叩くような音がした。見れば、そこには無機質な目をした白い鳥の姿があった。
「……なんだ? 緊急用の魔道具?」
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