半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

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第一章

愚か

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 ……ルイーダ!? 何を言い出すのだ!?
 
 バルディオスは愕然とした。
 驚きのあまり、陸に上がった魚のように口をパクパクさせることしかできない。
 
 子育てにはさほど関わってこなかったが、欲しいものは何でも与え、甘やかして育てたという自覚はある。
 そのためか、娘はあまり物を考えず、そして空気を読まずに発言してしまうところがあった。
 
 ……今まではどんな状況でもそれが許されてきたが、よりによって今、その性格を発揮するとは!
 
 ルイーダは父親の焦りに気づくことなく、優雅に小首を傾げて言葉を続けた。
 
「つがいといっても、その方は人間族ですわよね。血筋的にも教養の面でも、陛下の正妃たる皇后は荷が重いのではないでしょうか? ……ですので、是非わたくしを、皇后に任じてくださいませ。つがい様は、側妃にされるのがよろしいかと存じますわ。わたくしは昔から、陛下の妻となることだけを夢見て参りました。十年間、ずっと陛下のお戻りを待っていましたのよ」
 
 頬を染め、潤んだ瞳で慕わしい表情を向けてくる従兄妹へ、ディオルグはただ冷たい眼差しを投げるのみだった。
 
「……」
「……陛下?」
 
 自分の思う反応が返ってこなかったことで、ルイーダはようやく周囲の様子がおかしいことに気がついた。
 
 誰も彼もが、ルイーダを信じられないものを見るような眼差しで見ている。中には、あからさまに侮蔑の籠もった目で見てくる者もいた。
 
 なぜそんな目で見られなければならないのかわからなくて、ルイーダは思わず顔をしかめた。自分は間違ったことを言っていないはずなのに、どうして。
 
「……そなたが、私のつがいを差し置いて、皇后になろうと言うのか?」
 
 ディオルグの声は冷え切っていたが、元々以前から彼女の相手をする時はどこか突き放したような物言いが常だったため、ルイーダはそのことに気づかなかった。
 
「はい、そうですわ。だって、いくらつがいとはいえ、母親が人間族では、半竜の子供しか産まれませんもの。見たところ、そちらの皇女殿下もまるで人間族のようですし……」
「だ……っ、黙るんだルイーダ!!」
 
 ようやく動けるようになったバルディオスが慌てて娘の口を塞いだが、それはすでに遅すぎた。
 
「……今、そなたは私のつがいと娘を侮辱したのか?」
「ヒッ……」
 
 バルディオスが引き攣ったような声を上げて尻もちをついた。
 先ほどとは比べ物にならないほど低く冷たいディオルグの声が会場に落ちると、突然周囲の空気が重くなり、皆、喉が詰まったかのように息ができなくなる。
 
「うぅ……!」
「あ……っ」
「た、助け……」
 
 皇帝の威圧は人々に恐怖を与え、すぐさま平身低頭して跪きたくなる心地にさせるものだった。
 
「陛下!」
 
 オルディンの呼びかけで、ディオルグは影響がホール中に広がっていることに気づき、威圧を弱めた。しかし、ルイーダを睨むことは止めなかった。
 
「へ……陛下、どうして……?」
 
 ルイーダが涙を浮かべながらディオルグを見上げた。
 その姿だけを見れば、思わず庇護欲をかきたてられるような可憐さだったが、ディオルグの心は当然のように微塵も動かなかった。
 
「……我が従兄妹よ。そなたがここまで愚かだったとは知らなかった。その様では、私がなぜこうして二人を紹介したのかも理解していないのだろうな。少し様子を見ようかと思ったが、もういい。そなたには反省も後悔も、到底期待できそうにない」
 
 ルイーダは目を見開いた。
 ここまで言われて、彼女はようやくディオルグの目に映る自身への侮蔑の感情に気がついたのである。
 
「お……愚かですって? わたくしが?」
「それ以外に、そなたを何と表現しよう。自分の発言や行動の意味も理解できていない者に使う言葉を、私は他に知らないのだ」
「……! ひ、ひどいわ、ディオルグ! なぜわたくしに向かってそんなことを……きゃっ!?」 
「ル、ルイーダ!」
 
 ディオルグへ近づこうと、父親を振り切って前へ進み出たルイーダを、騎士たちが剣を抜いて静止した。
 
「ぶ、無礼者! わたくしを誰だと思っているのです!?」
「誰であろうと、陛下やつがい様に害意を持つ者を近づけるわけには参りません」
「お下がりください」
「害意だなんて! わたくしは……っ!」
 
 ルイーダは縋るようにディオルグを見るが、返ってきたのは凍えるような眼差しだけだった。彼女の顔が悔しさに歪んでいく。
 
「どうして、こんな……、わたくしの何が、そこの女に劣っているというの? 何も持たない人間族で、中途半端な半竜の子供しか残せないような女なのに……!」
「……貴様」
 
 ディオルグの瞳孔が縦に割れ、今にも彼女を始末せんと動き出そうとしたその時、あまりにも場違いな、愛らしく幼い声が彼を正気に引き戻した。
 
「お父様、発言してもいいですか?」
 
 
 
 
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