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1章 金の無い客
3.おいストーカー
しおりを挟む時間は夜の9時過ぎ。この時間なら伊吹は家にいるだろ。
俺は酒とつまみを適当に買ってから伊吹のマンションへ向かう。あいつたまに居留守使うんだよなぁ。でも最近会ってなかったし、久しぶりだから入れてくれるかも?
てかよぉ、妥協と謙遜って何だよ!?
そんな事して生きてたら損しかなくね!?
あのクソ店長、俺がうるせぇからって言いくるめようとしやがって。
結局お気に入りの伊吹が困るのが嫌なだけじゃん。
俺は伊吹が今の仕事を辞めるのは別に良かった。むしろ辞めて欲しいと思ってたしな。だけど、あの店に残るのは許せなかった。
俺が養うから伊吹には何もして欲しくないんだ。
そうだな、俺が働きに出てる間に家事とかやっててくれればいいか?
別に伊吹がやりたいってんならバイトぐらいならいいけど、時間とかを拘束されたり、今の仕事みたいに好意を寄せる奴と関わるような事はして欲しくねぇ。
でもなぁ、伊吹って土曜の客に惚れてっからなぁ。まさかの裏切り受けちまったな。
伊吹が俺に言ったんじゃん。客に食われるな。貰った金以上の事をしてやる義理はねぇ。
何食われてんだよ。何惚れちまってんだよ。
伊吹だけは、無いと思ってたのに……
「あー!思い出したら腹立って来たぁ!ぜってぇ許さねぇ!クソ伊吹が!」
俺はイライラが頂点に達して、居ても立っても居られずに、近くにあったガードレールを思い切り蹴った。
その物音に振り向く通行人。それにも苛ついて睨むと、そそくさと立ち去って行った。
「チッ!クソ共が!見てんじゃねぇ!」
一人で叫んでいると、通行人の一人が近寄って声を掛けて来た。
「君大丈夫!?足、怪我してない!?」
「あ?んだおっさん」
見た感じスーツ着た普通のサラリーマンっぽい男だった。黒髪で真面目そうな。あー、はいはい、いるよねー?こう言う正義感持った偽善者~。それか何?器物破損とか言って俺を警察に突き出す?なんならこいつぶん殴って傷害罪も付けてやろうか?クソが!
「おっさんって……あのー、俺って君の一個下だよ?俺の事、忘れちゃったかな?あはは」
「は?何アンタ?キモいんだけど」
いきなり歳の事言われたり、さも知り合いですみたいな雰囲気出して来やがったから、怒り通り越してゾッとしたわ。
俺が睨むと、男は嬉しそうに笑った。
「そっかぁ、そうだよね。俺達一回しか会った事ないもんね。でも俺は君の事を忘れたりしてないよ。ルナくん」
「……んだよ。客かよ」
俺の事を「ルナ」って呼ぶって事は客として会ってるらしいな。生憎俺はこの男の事を覚えてねぇ。つまり何の印象も残らなかった客ってこったぁ。延長もオプションもしなければ、店外に誘ったりもして来ないような金にならないつまらない客。
俺は太客じゃないと判断して素で接する事にした。
「テメェ、プライベートで声掛けてくんじゃねぇよ」
「ごめん、暴れてる人がいてルナくんに良く似てたからつい……それと、ずっと会いたいと思ってたから……」
「あっそ。そんじゃこれからは気を付けろ。絶対俺を見ても声掛けるんじゃねぇ。破ったらストーカーとして警察に突き出すぞ」
「そ、そんな……」
これだけ脅しとけばもう大丈夫だろ。
俺は視線を逸らそうとした時、街灯に照らされたストーカーくんの顔が見えて思わず見入っちまった。
あ?こいつ、結構綺麗な顔してんじゃん。歳も確かにおっさんって程じゃねぇな。俺と同い年ぐらいの若造じゃん。
そして俺に突き放されてしょんぼりする男を見て少し考える。
「なぁお前、金持ってる?」
「えっ?」
「え、じゃねぇよ。金あるなら少し付き合えよ。どうせ今から帰るんだろ?俺今むしゃくしゃしてんだ。酒でも奢れ」
「あ、えっと、俺明日も仕事だから遅くまでは……」
「ああ?俺とは酒が飲めねぇってのか?」
「行きます!一緒にお酒飲みましょう♪」
半ば無理矢理だったけど、この際何でもいい。
汚いおっさんだったら無理だったけど、こいつイケメンだし全く関係ねぇ奴だし、愚痴でも聞いてもらおう。
会えるか分からねぇ伊吹に殴り込みはまた今度だ。
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