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1章 金の無い客
4.お前誰だっけ?
しおりを挟む駅前のすぐに入れる居酒屋にて、ビールジョッキを片手に一気に飲み干すと男は驚いて見ていた。
「あ?何見てんだよ。お前も飲めよ」
「いや~、あまり無茶な飲み方は体に良くないよ?お酒は楽しく飲まないと♪」
「うるせぇ。年下の癖に俺に説教してんじゃねぇよ」
「すみません……」
俺が睨んで言うと、またしょんぼりしてビールをちびちび飲み始めた。
店ん中に入って改めて良く見たら、マジでイケメンじゃん。伊吹程じゃねぇけど綺麗な顔してるし、スタイルも悪くねぇ。本当に俺の客か?俺がこんなイケメンを忘れるとか有り得るか?
でも俺の源氏名知ってたし、一回会ってるって言ってるしな。俺が入店したての数年前に一回会っただけで忘れてるだけか。
「俺はよ、ある男にプロポーズしたんだけど、あまり良い答えが貰えなかったんだ。だから振り向いて貰えるようにもっと頑張ろうって、仕事もフルで入れてんだけどよ……そいつ、他の男になびいちまったんだ」
「プ、プロポーズ?そうだったんだね。それで暴れてたんだね」
「そうだよ!ずっと想い続けて来たのに!それなのに、俺にはいろいろ秘密にするし、何で裏切るような事するかな!俺、悔しくてっ」
俺は感極まって、また酒を一気したくなり、自分の空になったジョッキを避けて男のジョッキを奪ってそれを飲もうとした。すると男は俺の手首を掴んで止めた。
俺が睨むと、今度は強気な表情で俺を見ていた。
「ルナくん、ヤケになったらダメだよ。その人が今の荒れたルナくんの姿を見たらどう思うかな?悲しむんじゃないかな?」
「お前……って伊吹はそんなタマじゃねぇ!むしろ悲しむどころか呆れて放置だわ!伊吹はそう言う残酷な男なの!」
「伊吹って、ルナくんと同じデートクラブの?」
「あ、やべ」
ここまで話すつもりじゃなかったのに、つい口滑らせちまった。もしかして、伊吹の客でもあるのか?だとしたら厄介だな。
「何、お前伊吹も指名してんの?」
「してないしてない!俺はこういうお店はやってないし、ルナくんの一回切りだよ!前にも言ったでしょ?俺お金持ってないから、やっとの思いでルナくんを指名出来たって」
「……マジ?」
「マジです!」
嘘でも本当でもどっちでもいいけどよ。
俺はこいつの事覚えてねぇんだよな。
だからそんな事言われても……悪い気はしねぇよな?
「ハッキリ言っておくけど、俺は売れっ子で毎日何人も相手にしてんだ。お前の事は全く覚えてない」
「そ、そうだよね……俺、初回の1時間だけだったし、ルナくんが人気なのは分かってるから……」
「はぁ!?お前1時間だけしか予約してなかったのかよ!?そんなんで俺に声掛けるとか図々しい奴だなぁ」
「ごめんなさーい!でも、本当にお金無くて~、あの後もずっとルナくんに会いたくてお金貯めてたんだけど、いろいろな支払いとか友達の結婚式とか重なってなかなか会いに行けなかったんだよぉ」
「はい言い訳おつ~。罰としてテキーラ一気な?すみませーん注文いいですかー?」
「ええっ!ダメだよ!俺あまり強くないし、明日も仕事なんだってば!」
俺が勝手に罰ゲームを決めて店員を呼ぶと、焦って身を乗り出す男。
はは、こいつなかなか面白いじゃん。
うん、酒に酔えない俺にはちょうどいいつまみかもな。
「お前気に入った。名前教えて」
「あ、本当に覚えてなかったんだね!」
「うるせぇ。俺の記憶力を馬鹿にしてねぇでさっさと教えろ」
「そんなつもりは……えっと、花森朱里です。改めてよろしくね♪」
笑顔で名前を教えてくれた男だったけど、名前聞いてもピンとこねぇわ。てか朱里って……
「朱里……」
「わぁ、女の子みたいって思ったでしょ?良くからかわれるんだよ~」
「いや、いいんじゃん?かっこいいよ」
俺は自分の名前が好きじゃないから、それに比べれば全然良いと思った。男で朱里とか普通にかっこいいじゃん。
俺が素直に言うと、朱里はとても嬉しそうに頬を赤めて笑った。
「ルナくん、それね、初めて会った時にも言ってくれたんだよ♪俺はそれが嬉しくて、だからずっとルナくんの事が忘れられなかったんだ」
「……悪い、覚えてねぇわ」
「それでもいいんだよ♪ルナくんが変わってなくて嬉しい♪」
本当に嬉しそうに笑う朱里は、俺がどんなに無茶な事や乱暴な事を言っても最後には笑ってくれた。
顔も良くて中身も良いとかこんな男に会ってたら忘れないようなもんだけどな。
それだけ俺は客は金ズルとして仕事してたって事だ。なのに伊吹のやつ、客なんかに惚れやがって……
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