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2章 さよなら俺のお前
9.ムカつく
しおりを挟む店長から呼び出されたからの店の事務所に顔を出すと、入ってすぐのテーブルに愛おしい人の姿があった。
夏川伊吹。俺の同僚で、近い将来の嫁だ。伊吹は俺が入って来たのに気付くと、振り向いて可憐な笑顔を見せた。
ああ、今日も綺麗だな。さすが俺の伊吹だ♪
「ようルナ。久しぶりだな」
「おう。元気そうじゃん」
普通の挨拶を交わす俺達に事務所の奥の机に座っていた内勤スタッフのミカちゃんがニッコリ笑っていた。
スラっとしたスタイルをしている年齢不詳の美人だ。聞き上手で良くキャスト達から相談されている有能スタッフ。
「おはようルナ、どうしたの?大好きな伊吹がいるのに元気無いじゃない」
「あー、最近フルで出勤してるみたいだから疲れてんだろ」
ミカちゃんからの質問に俺じゃなくて伊吹が答えた。
ここで、伊吹が俺のシフトの事を知っていてくれた事に気付いて嬉しくなった。やっぱり伊吹だな。
人形のような綺麗な顔立ちをしていて、見ているだけで満足してしまうようなオーラを放っている伊吹は、こう見えて口が悪い。そして性格は見た目に反して結構男男している。
そんなギャップも好きだけど、一番好きなとこはこうしてさり気なく周りの事を気にしてるって事だ。
「そんなとこ~♪今日はオフだったからヒトカラでも行こうと思ってたんだよね~♪んで店長は?オフなのに呼び出されたんだけど、何やってんのあの人」
事務所に姿が見えなかったから聞いてみると、「二人の為に菓子を買いに行った」らしい。
二人じゃなくて伊吹の為だろうが。あの人は伊吹の事が大好きだからいつも菓子で機嫌取ってんだ。
そして、伊吹がここにいる事を考えた。毎日のように通っている俺とは反対に、伊吹は事務所には滅多に顔を出さない。給料を取りに来る時か店長に呼び出された時ぐらいじゃん?
ま、今回は後者だろうけど。
数日前に店長から伊吹と話し合う場を設けるとかそんな話をされたから、きっとそれだろうと思っていた。
伊吹に会えたのは嬉しいよ。だけどさ、伊吹に前に会ったのって1ヶ月も前だし、俺がプロポーズしたのが最後だったんだよね~。
答えは勿論ノー。そうだ、伊吹は客に言い寄られてその気になってるらしい。
ムカつく。
「もうすぐ戻ると思うからルナも座って待っていて」
「おう」
ミカちゃんに優しく言われたから、伊吹が座ってたテーブルの隣に座る。肘をつきながら改めて伊吹を見るけど、やっぱり完璧だ。
男なのに妙に色気があって、品のある一つ一つが整ってる綺麗な顔。背は普通だけど、スタイルは良い。
ずっと俺の嫁にするつもりでいたけど、最近雲行きが怪しくなって来ちまったからどうしたもんか。
俺の視線に気付いた伊吹と目が合うと、気まずそうに笑われた。
「ルナ、こえーよ」
「何でビビってんの?やましい事でもあんのー?」
「ねぇよ!いや、話す事はあるけど、やましくはねぇからっ」
「ふーん。話って何?」
「それは店長が来たら話す」
「二人きりじゃ話せねぇのかよ。もしかして店長絡みか?」
「違うけど……誰かがいた方が落ち着いて話せるだろ。ほら、お前暴走するし」
俺は伊吹が話したがってる内容は大体知ってたから、わざと知らないフリをすると拗ねたようにボソボソと言った。
俺が暴走だって?それってプロポーズした時の事言ってんのか?拒否られたから無理矢理キスしようと襲い掛かったのを気にしてんのか。
ふん、弱いフリしやがって。いつもは俺に強気な癖によ。
「しねぇよ。でも俺今ムカついてっからその方がいいかもな」
「……怒ってるのか?」
何で?って顔してやがるけど、こっちが何でそんな顔すんの?って聞いてやりてぇよ。
人の事振っといて他の男んとこ行こうとしてる癖に呼び出して話したいだなんて舐めやがって。
怒ってるに決まってんじゃねぇか。
「てかお前何でそんななの?いつもの伊吹なら俺の事なんか気にしねぇじゃん。適当に相手する癖に、何でそんなに俺の様子伺ってんだよ」
「それは……」
口篭る伊吹に助け舟を出したのはミカちゃんだった。
「ルナ、その辺にしておきなさい。貴方もそろそろ大人になるべきだわ」
「あ?俺はとっくに成人してらぁ」
「その返しが大人じゃない証拠よ。私はルナらしくて好きだけど」
ミカちゃんに軽く叱られてますます居心地が悪くなって来た所でポケットに入れてたスマホが鳴った。メッセージを受信した音だ。
俺は客からかと思って普通に開いてみると、こないだ会ったばかりの朱里からだった。
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