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2章 さよなら俺のお前
13.受け入れてやんよ
しおりを挟む少しずつ話し出した伊吹の言葉を俺は遮る事なく、たまに相槌を打ちながらしっかりと聞いていた。
そんな俺の姿に伊吹も初めは探り探りだったけど、いつもの調子が戻って来たのかスラスラと喋ってくれるようになった。
俺の心は受け入れつつあった。
ただ問題は伊吹の好きな奴の立ち位置だ。
そこはどうしても納得がいかなかったんだ。
「やっぱり土曜の男の事を好きになったんだな」
「ああ。だからルナの気持ちには応えられないんだ」
「どうしてそいつなんだ?何が良かった訳?」
極力平常心を心掛けて丁寧に話すようにした。
じゃなきゃいつものように店長になだめられて終わるだけだからな。それじゃいつまで経っても話が進まないから。ずっとそうだったけど、俺は今、話を進めようと努力していた。
「何がって……真面目なとこ?」
これは店長にも話してなかったのか、チラッと店長を見て照れながら答えた。
それに対して店長は笑顔で聞いていた。
「真面目ね~、俺にはないっての?真面目さ」
「あるよ。あるけど、ルナとは違う真面目さなんだ。まだ俺がルナの本当の真面目さに気付いてないだけかもしれないけど、俺から見た二人はやっぱり違うよ」
「伊吹が言いたい事は分かるよ。あと、俺が納得がいかないのはそいつが伊吹の客だって事だ。それはどう説明するんだ?」
「それは……」
ここで伊吹が口籠った。やっぱり自分でも気にしてるみたいだな。そりゃそうだろ。俺が初めてこの事務所に来た時にこの部屋で伊吹に言われた事だからな。
『客の言う事は9割は嘘だと思え?じゃないと逆に食われるからな!大抵の事は笑って誤魔化して次に繋げ。金を貰ってる以上は誠心誠意込めてデートするけど、それ以上はしてやる義理はねぇからな』
あの時伊吹が言った言葉だ。後から知ったけど、伊吹は俺より1ヶ月前に始めたばかりにも関わらず人気No. 1のキャストとして在籍していた。伊吹ってのも本名で、俺と同じ初心者だった。
だけど、この時の伊吹の言葉がなかったら俺はすぐに客に食われていたかもしれない。それか揉めたり続かずに辞めてたか。
伊吹が俺に声を掛けてくれたから、俺を見てアドバイスをくれたから今があるんだ。
今まで荒くれ者だった俺にここまでしてくれた奴はいなかった。
こいつの言う事は信じられるかもしれない。こいつとなら上手くやれるかもしれない。
俺にとって伊吹はそんな大事な存在なんだ。
「貰った金以上の事をしてやる義理はねぇって伊吹が言ったんじゃねぇか。俺、それを信じて今までやって来たんだぞ。ずっと伊吹の言葉を大切にしながらずっとずっと……」
「ルナ……」
こんな事を言っても困らせるだけだって分かってんだ。キャストと客だって人間同士なんだから完全に割り切るなんて無理だって分かってんだよ。
これは俺の我儘だ。
最後に伊吹を困らせてやりたかっただけ。
そう思わなきゃやってらんねぇよ。
「なぁ店長、俺が貯めてた金覚えてるか?」
「ああ、伊吹の為にしてる貯金だろ?」
「あれ無しな。俺が死んだら普通に寄付するわ」
「いいのかい?ルナ」
「もう何言っても無駄だろ。俺の質問の答えは返って来ねぇしもういいや。伊吹、最後まで頑張れよ。じゃあな」
「…………」
「ルナ、待ちなさい。本当にそれだけでいいの?伊吹、君もこのままでいいのか?」
「店長、いいんだ。俺からはもう何もない」
俺が立ち上がり部屋から出て行こうとすると、店長が慌てて俺と伊吹を交互に見て言うけど、伊吹は無表情で下を向いたままそう言った。
だから俺は伊吹から視線を外して店長からの土産を持ってそのまま部屋を出た。
事務所にいたミカちゃんに「あら?」と言った顔で見られたけど、俺は何も言わずに真っ直ぐに出口へ向かった。
俺と伊吹が会う事はもうないだろう。
伊吹がここのスタッフやるってんなら俺はここへは来ない。
そうでもしなきゃ辛いからだ。
あーくそ、我慢してたのに溢れ出て来やがる……
「うう……伊吹……なんでっ」
事務所を出てすぐにあるエレベーターの前でしゃがみ込んで前髪を掻き上げながらこぼれ落ちる涙をもう片方の手で拭き取る。
泣いたのなんて何年振りだ。
俺が何を言っても何をしてももう伊吹は他の男のものなんだ。それを受け入れなければいけないのは分かってるんだ。
自分の思い通りにいかないもどかしさと悔しさで頭がどうにかなりそうだった。
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