【完結】取り柄はズル賢い事だけです

４章 俺も初体験

２３．変わり果てた元嫁候補

　店長に恋バナを聞かせてたらすっかり長居しちまった。朱里との事以外でも仕事の事や、店長自身の話なんかもしたりして、途中で戻って来たスタッフなんかも交えて結構盛り上がった。
　久しぶりのこの感覚に俺は素直に楽しいと思っていた。
　気付けば朱里との約束の時間になっていた。そろそろ仕事が終わった朱里から電話が来るな。


「おっとこんな時間だ。そんじゃ俺はそろそろ行くぜ～」

「いや～、ルナは相変わらず楽しいな～。また遊びにおいで～」


　まるで近所の子供を相手にするかのように言う店長に手を振って事務所を出ようとした時、外から入って来た奴とすれ違った。
　あ、伊吹だ。げっそりした顔して背中も猫背で何か元気無い感じ？爺さんみたいで一瞬誰だか分からなかったわ。


「あ、悪い……ってルナじゃん！」

「よう爺さん。少し見ない間に老けたな？」


　店長達と楽しい時間を過ごして気分が良かった俺が、ニシシと笑って意地悪を言うと伊吹は目を潤ませて俺にしがみ付いて来た。
　は？何？え？何だよ！？

　あの伊吹が！この俺に！伊吹から俺に触って来るとか有り得ないんだけど！！
　俺は咄嗟に店長を見ると、伊吹のこの状況を知ってるのか困ったような笑顔で見ているだけだった。


「ルナー！うわーん！」

「なんだよお前！？マジでジジイになっちまったのか！？しっかり立てよおいっ」


　俺にもたれる形で泣きついて来る伊吹を支えてやるけど、こんな取り乱した伊吹は見た事がない。
　いつも涼しい顔してるような男が俺に泣きつくなんて一体何があったって言うんだ？

　伊吹の代わりにすぐ後ろまで来ていた店長がそっと俺に教えてくれた。


「伊吹はね、キャスト時代とは違うスタッフとしての仕事に悩んでるんだよ。毎日こんな感じ～」

「毎日！？え、店長ってばお気に入りの伊吹がこんなんなってるのにその反応！？心配じゃねぇの！？」

「そりゃ心配だよ。でも今の伊吹はスタッフだ。ただ甘やかすだけじゃ成長しないでしょ？」


　笑顔で言って退ける店長に、俺は少しゾッとした。この人鬼だ。伊吹の事をクソ可愛がりしてたのはやっぱり金を運んでくるカモだと思ってやがったのか。
　他のスタッフ達も俺に泣きつく伊吹をやれやれと言った顔で見てるだけで、誰も手を差し出そうとはしていなかった。

　さすがに伊吹が可哀想になったから、俺が少し話を聞いてやる事にした。


「なぁ伊吹って今日何時まで？」

「１７時だよ～」


　店長に確認すると、もう過ぎていた。
　それならこのまま連れてっても問題はねぇな。


「あ、もう上がりか。よし伊吹、俺が慰めてやるから一緒に来い」

「うう、ルナァ～」

「泣くんじゃねぇよ。ほら荷物持ってしっかり歩く！」


　ずっと俺に張り付いてた伊吹を自分の足でしっかり立たせて一緒に事務所を出た。
　つっても俺もそんなに時間が取れる訳じゃねぇ。今日は朱里とデートの予定だったから、それまでしか話は聞いてやれねぇ。

　時間もなかったから、事務所の下にある喫茶店で話を聞く事にした。