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4章 俺も初体験
24.朱里と伊吹をぶつけます
しおりを挟む古い喫茶店に客は俺と伊吹だけ。小さいテーブル席に向き合って座り、ホットコーヒーをお互い飲んでいた。
落ち着いた伊吹は相変わらず元気がないようで、俺の知っているキャストとしての自信に満ち溢れていたあの伊吹とは別人のようだった。
正直こんな伊吹は見ていたくねぇや。
「落ち着いたか?」
「うん……少し……」
ズズッと鼻を啜る伊吹は年上とは思えないぐらいに幼く見えた。それでも綺麗な顔は健在で、そんな泣き顔さえも美しいとさえ思えてしまう。
「そんじゃ話してみな?くだらない事だったら俺の時間無駄にしたっつー事で金取るからしっかり言葉選べよ」
「はは、変わらないなルナは」
伊吹が俺を見て小さく笑った。
はぁ、やっぱ伊吹って良いよな。
俺は伊吹がどんな奴なのか知ってるし、伊吹も俺の事を分かってるからこういう反応するんだろう。
正直言って伊吹が俺に縋り付くほど弱ってるのには驚いたよ。でもあの店長の反応だと今日初めてなった訳じゃなさそうだ。
店長は甘やかさないと言った。だけど俺は伊吹を放っておけねぇや。
「実はさ、内勤の仕事で失敗ばかりしてて、今日もキャストに迷惑掛けて叱られたんだ。昨日も、その前も……いつも話聞いてくれてるミカさんが今日休みだから誰にも言えなくて、ルナの顔見たら思わず涙が出ちまった」
「仕事でミスして泣いてたのかよ」
「うん。やっぱり俺って普通の仕事は出来ないのかなって、キャストやってた時とは違って何かいろいろ大変でさ」
「そりゃそうだろ。仕事は仕事だし、キャストが向いてる奴もいりゃ向いてない奴もいるだろ。でもお前が選んだ道だろ?泣きべそかくぐらいなら辞めちまえよ。そもそも俺はお前がスタッフをやるのは反対だったんだ。理由は向き不向きじゃねぇけどな」
「……何で反対だったんだ?」
「ただ単に伊吹を嫁にするつもりだったからキャスト上がったら働かないで家事でもやってもらうつもりだったからだよ。俺がお前を養うつもりでいたからだ」
「随分な自信だな。ルナだってまともに働いた事ない癖に」
「伊吹よりは賢く動けるつもりだぜ?俺もこの仕事を何年もやるつもりはねぇからな」
「今ルナにそれを言われても納得しか出来ねぇや」
とことん落ちてる伊吹は見てられなかった。
生意気を言う俺に対してこんなに弱気なのは今までになかったから。
だから言わんこっちゃない。
呆れてため息をついてるとスマホが鳴った。
あー、朱里からだな。そろそろ行かないとマズいな。
俺がスマホを見てると伊吹が寂しそうな顔をしていた。
「客か?」
「いや、違う」
一瞬迷ったけど、別に隠す必要はねぇ。
今の俺は伊吹とは何の関係もねぇんだ。
俺は朱里からの電話を受けながら伊吹に教えてあげた。
「客じゃなくて彼氏♡……あー、もしもし?仕事終わったのかー?」
「彼氏ぃ!?」
普通に電話の相手の朱里と話してると、伊吹がビックリしていた。
はは、面白ぇや。
「悪いんだけど少し遅れそう。いや、トラブルとかじゃねぇよ。伊吹が落ち込んでるから経験豊富な俺が人生相談乗ってあげてるとこ~。元No. 1のダセェ姿見れるから今から来いよ♪」
「ちょ!ルナ!」
包み隠さず言ってのける俺に慌てる伊吹。
別に朱里は伊吹の事知ってるし、例え知らなかったとしても何で遅れるのか教えるつもりだった。てか朱里にも伊吹の事を吹っ切れたってのは言ってあるしな。
俺は隠し事とかするのは嫌いなんだ。
朱里との電話を切って軽くスマホをいじってから伊吹を見ると、何とも言えない顔をしていた。
「あー、今から彼氏が来るから挨拶してちょ♡」
「はぁ!?お前何勝手な事してんだよ!てか彼氏っていつ出来たんだよ!」
「今更何嫁みてぇな事言ってんだ。俺にいつ恋人が出来ようが勝手だろうが。それとも何?今更になって俺が恋しくなったぁ?泣きながら縋り付いてくるぐらいだもんなぁ?」
「テメェ……」
「まぁ泣いてる理由が大した事なくて良かったわ」
「大した事ないってなんだよ!俺にとってはかなり大事な事なんだぞ!」
「知ってるよ。でも俺からしたらどうでもいいんだよ。店長も言ってたけど、今のお前はキャストじゃなくてスタッフだろ。むしろお前らが支えなきゃいけねぇキャストに縋って文句言ってんじゃねぇよ」
「っ……」
「それと、縋る相手間違えてんだよ。あくまでも俺とお前はキャストとスタッフだろ。今のお前には辞めるきっかけになった土曜の男がいるだろうが」
「ルナ……」
俺が思った事を言うと、伊吹は唖然として見ていた。
ぶっちゃけ伊吹が土曜の男と既に付き合ってるのは店長やミカちゃんから聞いてるから知ってるんだ。
もう吹っ切れた後だったから何とも思ってねぇけど、伊吹がこうして泣いて悩んでるぐらいなんだから、辞める理由を作った本人にも頼れってんだ。
それでも泣くならもう知らん。
つかそんな弱っちいスタッフなんかうちの店にはいらねぇっての。
あー、朱里早く来ねぇかな~。
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