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ハンスとの業務引き継ぎもほぼ終わり、私は本格的に領主の仕事をし始めた。
そんなある日のことだった。午後のお茶を飲みながら休憩していたら、
「ん!? アラン、なんか子供の泣き声が聞こえない!?」
「ホントだ...どこからだろう?」
「あの、お嬢様...」
二人して首を傾げていると、ハンスがおずおずとやって来た。ちなみにハンスはまだ引退する気はなく、執事の仕事に専念すると言い張って屋敷に残っている。有り難いが、くれぐれもあんまり無理はしないようにと言ってある。
「どうしたの?」
「その...パトリック殿がお見えになっております...」
「ハァ...」
その名前を聞いた瞬間、私は大きなため息を吐いた。
「あの男、人の言葉が理解できないのかしらね...あれだけ言ったのに...」
「どう致しましょうか...」
「もちろん追い返して。顔も見たくないわ。そう言ったのに...」
「分かりました...」
そう返事をしたものの、ハンスの反応がやや鈍い。
「ハンス、どうしたの!? なにか気になることでもあったの!?」
「その...幼い子供を連れておりまして...」
「あぁ、さっき聞こえたのはその子の泣き声?」
「その通りでございます」
なるほど。子連れだったからハンスも門前払いすることを躊躇った訳か。
「アラン、どう思う?」
「ん~...どういった理由で訪ねて来たか分かんないけど、話を聞くだけは聞いてみるのも有りかも知んないね~」
そうアランに言われて私もちょっと考えてみた。ちなみにアランは、ハンスが居る前でもいつの間にかこんな砕けた口調で話すようになった。もう取り繕う必要は無いと感じたらしい。ハンスも特に苦言を呈したりしない。
「そうね。話を聞くだけならいいかも知れないわね。ハンス、客間に通してちょうだい」
「畏まりました」
◇◇◇
客間に着くと、なるほど確かにパトリックが二、三歳くらいの幼児を膝の上に乗せてあやしていた。違和感が半端ない。
それに子供の扱いに慣れていないのが歴然で、子供がグズグズと憤っているのをどうしていいか分からず、ただ漫然と抱っこしているだけだ。あれじゃ泣き止む者も泣き止まないだろう。
「パトリック、しばらく見ない間にベビーシッターにでも転職したの?」
まずは第一声で皮肉たっぷりにそう言ってやった。
「や、やぁ、アンリエット。久し振り...い、いや、違うんだ...これはその...」
「見てれば大体分かるわ。女に逃げられたんでしょう?」
「さ、さすがはアンリエット...そ、その通りなんだ...」
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「畏まりました」
◇◇◇
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