絶死の森で絶滅寸前の人外お姉さんと自由な異世界繁殖生活 転移後は自分のために生きるよ~【R18版】

萩原繁殖

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ep232 臨検

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「ほれ、依頼書と証明書を見せな」

 なんとなくテンションの下がったガイウスに、ルーナが丁寧に折りたたまれた二枚の紙を渡す。

「こちらです」

「ほうほう……。近郊の村の盗賊討伐任務か。よし、偽造じゃねえな。正直、助かるぜ。最近はこういった輩が増えすぎてよぉ」

「何かあったのですか?」

 バステンが平静を装ってに探りを入れる。

「なあに、今デイライトがいろいろな意味で注目されてるって話さ」

(デイライトが注目……?)

 ルーナはガイウスの言葉について考えるが、答えは出せなかった。

「で、後ろのが新人でお前らが幹部ってところか?」

「さようでございます」

「ああ、訓練の一環って訳か。いいんじゃねえの? 新人たちもよく訓練されてるみたいだし、そこら辺の盗賊なら問題ねえだろ。
 そこに加えお前らと、……俺とやり合えそうな過剰戦力。はっ、こりゃ盗賊たちが可哀想だな。……ん? お前ら、その首輪。奴隷の……奴隷なのか?」

 ガイウスがバステンたちに首にはめられた奴隷の証を見つけ、目を細める。

「はっ。おっしゃる通りでございます」

「奴隷が傭兵団の幹部で、団員は平民なのか。どういうこった」

 ガイウスは眉をひそめる。

「私どもの主人が傭兵団を創設しまして、彼らを指導養成するために、奴隷である我々が購入されました」

「んん? なんか混み入ってんな。詳しく聞かせろ」

「はっ。承知しました」

 バステンは傭兵団創設の経緯をかいつまんで話す。もちろん、隠すべきところは隠しながら。

「ふーん……。新興商会が自前の傭兵団をねえ。おもしれえことするな。聞いたことねえわ」

 ガイウスの瞳がやや剣呑なものを帯びる。後ろの騎士たちの視線も心なしか強い。
 バステンは少しだけピリついた雰囲気を感じながらも、今までどおり穏やかかつハキハキと答える。

「そうでしょうか? 訓練の一環で討伐を請け負っただけですが」

「商会所属の傭兵がわざわざ討伐してまで訓練するかね。基本的に身辺警護しかやらんだろ。それにお前らは……見た感じ、相当実戦で慣らした経験があるだろうが。……何を企んでやがる」

 ガイウスの言葉に呼応するように、騎士たちがわずかに体勢を変える。

 馬上で背筋を伸ばす者。
 手綱を引き締めつつ、柄に指をかける者。
 大気がわずかに軋むような気配とともに、数十騎の騎士たちの視線が一斉に傭兵団に注がれた。

 威嚇ではない。だが、睨みは明らかに濃く、重い。

 バステンをはじめとしたオボロ傭兵団の面々に、「試す」ような気配がじわじわと押し寄せてくる。

 マグとドガルは静かに関節をほぐし始め、
 ベラは戦いの気配に無言で口角を上げ、
 パウロが細く長い息を吐き、
 ロスカが無言で空を見上げ、
 ゼフが無意識に柄へと手を伸ばしかけ、
 ナリャは眉を寄せ、
 セリンはポキポキと強張った指を鳴らし、
 ティナは無言でポーチの留め具を外していた。
 緊張の伝播は、音もなく確かに広がっている。

 そんな中、バステンは微動だにせず、涼しい目で騎士たちの視線を受け止めていた。
 腕を組んだまま、一切の威圧を返さず、ただ事務的に答える。

「何も。主人はオボロ傭兵団の名声を向上させたい狙いもございます。私共は忠実に従うまで」
 
 言葉は平坦。だが、その眼にはまったく怯えがなかった。ガイウスの視線がさらに強まる。

「……おい、その主人とやらの名前は?」

 ぐぐっと身体を乗り出してきた。

 ガイウスは一瞬躊躇って、名を告げる。

「タネズ・ケイ様でございます」

「あーん? タネズだと……ん、タネズ?」

 するとガイウスはそれまでの強気な態度から一変、困惑した表情を浮かべた。

「タネズって……あぁ思い出した。ランドルが言ってたやつか……ちっ。そういうことかよ」

 そう呟いたガイウスは、不機嫌とも呆れともつかない顔で舌打ちしつつ、大剣を背に戻した。
 片手をひらひらと振って、後ろの騎士たちに合図を送ると、全員が整然とその場から気を引いたように姿勢を戻す。

「すまんな、疑いすぎたようだ。お前ら、もう行っていいぞ。物資が必要なら分けてやる」

 突如として空気が緩み、周囲の温度が一気に下がった気がした。

 「……は、はっ。よろしいので?」

 ナリャがナイフの柄からそっと手を外し、ゼフは口を開けたままきょとんと立ち尽くしている。
 ロスカが小声で「ふぅ、肩透かしくらったな」とぼそり。
 ベラは「なんだい、やらないのか」とぼやきながら腰をぽりぽりと掻いていた。

(御主人様の名前が出た途端、騎士様が態度を緩和させた……。さすがは御主人様)

 ルーナは密かに尻尾を振っていた。

「……いえ、そこまでしていただく訳にはいきません」

「おう、殊勝だな。じゃ、頑張れよ」

 ガイウスが背を向けて歩き出すと、バステンはふぅと短く溜息をついた。

「あ、そうそう。バステンとか言ったか? お前アップルキャッツの生き残りだろ?」

「……っ」

 突如として放り込まれた会話にバステンは意表を突かれ固まる。

「ははは。やっぱそうか。どっかで見たことあると思ったんだわ」

「……お戯れを」

 バステンは平静を装い、言葉を絞り出す。

「おう、戯れだ。なんかお前ずっとスカしてたからよ、ムカついてたんだわ」

「……」

 バステンは無言で頭を下げる。

「よし、すっきりしたぜ。臨検はこれで終わりだ」

「……お手間を取らせ申し訳ありません」

「いいってことよ。いろいろと収穫もあったしな。ちなみにアップルキャッツの残党だが……帝国の方に落ちていったらしいぜ。探してみたら見つかるかもな? また仲間たちと一緒に傭兵団を再興できるかもしれねえぞ」

 ガイウスの言葉にバステンは、一瞬心臓を鷲掴みされたような心地になるが、すぐに平静を取り戻す。

「いえ。今はオボロ傭兵団こそが私の居場所です」

「……ふっ。そうかい。野暮だったな」

 そしてガイウスはニステルの方に再度顔を向ける。

「おい、ニステル」

「気安く名前を呼ぶんじゃないよ」

「はぁ……その強気な態度。たまんねえぜ。やっぱりお前は良い女だ。俺と同じくらいか俺以上に強えし、身体付きもむしゃぶりつきてえくらいだ。それにその誇り高い性格……最高だぜ。必ずお前を俺のものにしてみせる」

 ガイウスは堂々とニステルに言い放つ。

「さっき言った通り短小粗チンには興味ないね。あたしは我が主のものだし、あの人に惚れ込んでんのさァ。お呼びじゃないんだよ。すっこんでな」

「……クックック。こんなに侮辱されてんのに、まったく怒りがこみ上げてこねえのは始めてだぜ……邪魔したな。これで臨検は終わりだ。あばよ」

 ガイウスはふつふつと情念の炎を燃えたぎらせながら、騎士団と共に去った。去り際にヘルマンが複雑そうな顔をして少し迷ったあと、ほんの僅かに目礼した。


 静寂が落ちた。
 蹄の音が次第に遠ざかり、黒剣騎士団の姿が木々の向こうへと消える。

「……ふう」

 バステンが短く息を吐き、肩の力を抜いた。

「……終わりましたね。とりあえず、無事で何よりです」

 ルーナもほとんど聞こえない声でそう呟き、胸元の革紐を整える。

 その直後だった。

「……く、くそっっ!! なんだよあいつらぁ!! 殺す気かよぉ!? 心臓止まるかと思ったぜ!」

 ゼフが地面に尻餅をついて絶叫し、仰向けに倒れ込んだ。手足をじたばたと動かし、頭の後ろで土を掻いている。

「……よく我慢してたね、ゼフ。えらいえらい」

 ナリャが苦笑を浮かべながら彼の頭をぽんぽんと叩いた。が、自分の膝もかすかに震えているのを隠せていない。

「……ふぅ。生きた心地がしなかったわ……」

 ベラが腰に手を当てて大きくため息をつく。口調こそぶっきらぼうだが、額にはうっすら汗が浮かんでいた。

「くくっ……ははっ、やっぱ騎士様ってのは怖いなぁ……でも、いやあ……ゾクゾクしたよ……」

 ロスカがへらりと笑いながら空を見上げる。
 パウロがその横でぼそりと漏らした。

「お前、ゾクゾクする理由が違うんじゃねえか……?」

「……使徒様の名前を出した途端、彼らの態度が緩和した……あの方はいったい」

 セリンがぼそりと呟きながら、隣に立つルーナをちらりと見る。ルーナはすでに傭兵たちを静かに見回していた。

「さて……気を取り直して、行きましょう。討伐が本来の目的です」

 その言葉に、傭兵たちはようやく現実に戻っていく。

ーー


「団長」

「言うな、ヘルマン。分かってる」

 馬上のガイウスは、微かに肩をすくめたまま目を伏せた。笑みとも溜息ともつかぬ吐息が漏れる。

「……まったく、あの女と来たら。いきなりあの殺気、しかもさっきのは抑えめだったろう?」

「……ええ、本気で暴れていれば死人が出ていたでしょうな」

「俺たちが取り囲んでんのに余裕綽々だったぜ。おそらく範囲系のスキルを持ってるんだろうな」

「固有スキルかもしれませぬ」

「在野の固有スキル持ちがあんな新興傭兵団にいるか?」

「団長、すべての可能性を模索しておくべきです」

「……ま、それもそうだな。ヘルマン。頼りにしてるぜ」

「御意」

 ヘルマンは隣で馬を並べながら、横目に団長を見やる。
 その表情に、油断や焦りは一切なかった。
 言動こそ軽薄に見えたが、その実、彼はずっとあの場を計っていたのだ。

 ヘルマンは、少しだけ安堵の色を浮かべた。
 ふと、ほんの小さく笑みすらこぼれる。

「……腑抜けになったかと思いました」

「おいおい、冗談になってないぞ? そんな訳あるかよ」

「冒険者時代の悪癖が戻ったのかと」

「騎士になって何年経ったと思ってんだ。抜けたよそんなもんは」

 ガイウスが顔を苦笑して返すと、ヘルマンは真顔に戻り、声を潜めた。

「……団長。タネズとは何者ですか?」

 その問いに、ガイウスは少しだけ黙し、馬の手綱をわずかに引く。
 木漏れ日の中、彼の顔に影が落ちた。

「俺も詳しい話はまだなんだがな。この前ランドルの野郎がで言ってきやがったんだよ」

「……あのランドル殿が?」

 ヘルマンは背筋に冷たいものを感じた。

 ランドル・アーヴィング。デイライトで知らぬ者のいない、蒼翼騎士団長。その微笑みは数多くの悪漢たちを恐怖たらしめ、デイライトの秩序を堅持している。そしてその微笑みはどんなに強大な魔獣を前にしても、絶やされることはないと言われている。

「そうだ。どうやらあいつが例のブツフレイムベアの毛皮を持ち込んだ張本人らしい」

「な、なんと」

「しかも、ついこの前ノコノコ蒼翼の詰所にやってきて、『知り合いに会わせて欲しい』って言って金ちらつかせてきたんだとさ」

「……賄賂ですか?」

「いや、本人はそういうつもりはなかったらしい。単に世間知らずだな。いや、世間知らずにしてもかなり酷い。緊張感のかけらもない、アホ面だったようだぜ。しかも応対したのがあのクラリーチェ正義狂いだったんだとさ」

「それはそれは……運が悪いですな」

「ハッハッハ。全くだ。おかげでタネズ・ケイはボコボコにのされた……とそこまでは良かったんだがよ」

 ガイウスは険しい表情を浮かべ、デイライトの方角を見る。

「突然、局所的に異常な殺気が詰所を襲ったらしい。それだけで新兵が数人倒れた。訓練された騎士たちも動けなくなった」

「それほどまでに濃密な殺気ですか……」 

 ヘルマンはゴクリと息を呑む。
 人が倒れるような殺気など、人が出せるようなものではない。リミッターの外れた魔獣、それも上位クラスのものでなけれ無理だ。

「ああ……あのランドルが一瞬で悟ったらしい。『勝てない』ってな」

 他の騎士たちに聞こえないように、ガイウスは信頼できる副団長にだけ囁いた。

「な、なんですと……!」

 ヘルマンは絶句した。ランドルと言えば、デイライトが誇る三騎士だ。己の主、ガイウスに勝るとも劣らない勇士。それが一瞬で敗北を悟るなど、あってはならないことだった。

「そ、それで。その者はどうなったのですか?」

「それがなぁ。殺気の持ち主はすぐに引っ込んだらしい。あとは適当にタネズ何某に謝って、クラリーチェをしばいて、その場を収めたと。ただ、その殺気の持ち主を信頼できる部下に追わせたんだが、まるであしらわれるかのように、行く方を眩ませられたんだとよ」

「……確かランドル殿のところにはノーアがいましたな」

「そうだ。お前の甥っ子だな。デイライトでも最優と言われる斥候が、何の成果も得られなかった。本人曰く『遊ばれた』らしいぞ」

 ヘルマンはギリッと歯を鳴らす。
 甥っ子であるノーアは彼の誇りだった。いつも厳しく接してはいるが、酒が入ると常に彼を自慢し、そろそろ産まれるらしい新しい家族のことを思って、強面をだらしなく緩ませるのが酒の席での恒例だった。

「……もしや、その『殺気の持ち主』が、あのニステルですか?」

「いんや、俺もそうかと思ったんだけどよ。違うな。確かにとんでもなく強いがランドルが負けを認めるほどじゃねえ。俺かランドル、アーラのどっちかがいれば倒せる。三人なら確実だな」

 その言葉にもヘルマンは驚いた。

(三騎士のうち、二人がかりでないと倒せない傭兵など……危険極まりないではないか)

 しかしさらなる懸念が彼を襲う。

「ということは殺気の持ち主は、また、別にいると?」

「そうなるな。状況的に見て、タネズの仲間だろう」

「……団長は、其奴の脅威度をどう見ますか?」

「少なくともB級以上はあるな。A級かもしれねえ」

 ガイウスがポツリと言った言葉にヘルマンは、危うく武器を落としそうになった。

 A級。それは魔獣であれば、都市を単騎で滅ぼすことのできる魔獣。人であれば、まさに人外。人語を話すだけの理から外れた存在だ。

 そんな存在が愛する故郷に跋扈しているなど、ヘルマンにとっては悪夢そのものだった。

「ヘルマン、何を怖気付いてやがる」

 その様子を見てガイウスは鼻を鳴らし、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「俺たちはデイライトを守る騎士だ。やることは一つだけ。そうだろ?」

 その声色は、ヘルマンが尊敬してやまない恐れ知らずの勇者、黒剣騎士団長に相応しいものだった。

「……おっしゃる通りです」

 ヘルマンは静かに頷いた。

「俺たちは民の剣、民の盾。強大な魔獣がどうした。人外の魔人がどうした。ションベンちびってもやることは一つ。大切なものを死んでも守り抜く。それだけよ」

 ヘルマンは無言でガイウスに剣を掲げる。
 かつて冒険者だった男。
 完膚なきまでに敗北した後、その侠気に惚れ、騎士団長の座を譲り渡した男に。

「ふっ……おもしれぇ時代になりそうだぜ。このデイライトを中心に、何かが始まろうとしていやがる」

 二人の騎士の背に、朝日が差し込んだ。
 それはまだ、ほんの序章に過ぎなかった。

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