絶死の森で絶滅寸前の人外お姉さんと自由な異世界繁殖生活 転移後は自分のために生きるよ~【R18版】

萩原繁殖

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ep266 奴隷の売り込み

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 浄火の炎に包まれたルプネンは、諦めたように瞳を閉じた。火葬されると思ったんだろう。こんなところでそんなことしねーよ、と毎度思うのだが、状況的にはそう思われても仕方ないのよね。精神的に参ってるところに火炎放射されてるわけだから……。

 そしていつまで経っても襲ってこない死の痛みに、ギュッと閉じていた瞼を開く。

「……え? あーしたち、焼き殺されたんじゃ……」

「そんなんで誰が喜ぶのさ。ほら、立てる?」

 僕は彼女の腕を取って立ち上がらせる。あっ、体格の割にかなり軽い。ご飯食べさせないとな。

「あ、あ……」

 ルプネンは自分の腕を見下ろした。
 さっきまで黒曜石のように硬化していた右手の甲が、嘘のように柔らかい肉に戻っている。結晶に覆われていた胸や頬も、ひび割れが剥がれ落ち、じわじわと生身の肌が露わになっていった。

「……うそ……? あーし、もう半分以上……呪いで黒曜石になってたのに……」

 呆然とした声が漏れる。呼吸を繰り返すたびに、肺が自由に動くことを確かめるように胸が上下する。
 その様子にさらに驚いたのか、彼女は自分の喉を触って、声が出ることを確かめ、ぽろぽろと涙を零した。

「……た、助かった……? ……あーし、助かったの……?」

 ぼろぼろの布切れ同然の服を押さえながら、骨ばった痩せた体を震わせる。

 その目からは止めどなく涙があふれ、やがて嗚咽が込み上げてきた。

「ひっ……く……あ、あり……が……! ほんとに、ほんとに……!」

「気にしないで。ほら、旦那さんも治ってるよ」

 僕がそう言うと、ルプネンはハッと振り返る。

 ベッドに横たわっていたロッコの体表を覆っていた黒い結晶が、ぱらぱらと剥がれ落ちる。
 石像と化していたその肉体が徐々に柔らかさを取り戻し、口元の小さな穴から荒々しい息が漏れた。

「……ごほっ……はぁ……!」

 むせた彼の喉から、血に塗れた結晶がこぼれ落ちた。胸はかすかに上下していて、生の証を静かに刻んでいる。

「……あ、ぁぁ……ロッコ……!」

「かはっ、くっ……あ、る、るぷ……?」

 たどたどしく言葉を発する夫に、ルプネンは信じられないといった面持ちで、そっとその顔を覗き込んだ。

 夫の瞳はまだ焦点を結ばず、遠くを見ている。声を発することもない。

 それでも呼吸をしている。体温がある。生きている。

 ルプネンは痩せた体を震わせながら、ゆっくりとロッコに身を預けた。

 結晶で擦れた彼の頬に、自分の頬を寄せる。

「……帰ってきて、くれたんだね……いや……帰ってこれたんだ……あーしたち……」

 小さな囁きが、静かな部屋に溶ける。
 涙は流れなかった。ただ、確かに生を取り戻した夫の体温を抱き締めながら、彼女は深く、深く噛み締めていた。


「……う、うぅ……よかった……よがっだでずぅ……」

 その様子をセラミナ目の当たりにしてガチ泣きしていた。鼻水と涙が止まらないみたいだったのでハンカチを貸してあげると「ずみまぜん……びーっ!」っとがっつり鼻をかんでいた。

「やはり奴隷が救われる光景は心が洗われる。朝風が運ぶ希望の光のようですね……」

 と微笑む、趣味と仕事が奴隷のサイコパス。今日のはポエムってしまうくらい満足いくものだったらしい。イカれてるよ。

 そんなことより、彼女たちはもう僕の奴隷なのだからきちんと世話をしなければ。

「ジャンゴさん、彼女たちに何か評価の良いものを食べさせてあげたいんだけど」

「そうおっしゃると思ってすでに用意してございます」

 そう言ってパチンと指を鳴らすと、部屋の外から「失礼いたします」と小姓が入って来る。手には温かい麦粥が乗った盆を持っていた。

「助かります。あともう少しだけマシな服なんかあると有り難いんだけど……」

「もちろん用意してございます」

 もう一度指を鳴らすと、また別の小姓が入ってきた。両手には簡素だが清潔な貫頭衣が載せられている。

 全部先回りして準備してたみたいだ。さすがその道のキチ、じゃなくてプロ。

「ありがとう、助かるよ。そしたら一旦彼らが食べ終わるまで外で待って、今日はもう帰ろうかな」

 僕がぼちぼち帰る準備をし始めたところ、

「あいや、タネズ様。よろしければもう幾ばくかの時間を、この弱小奴隷商にいただけませんか?」

 ジャンゴさんが僕を引き留めた。珍しいな。ここからなんかあるのかな?

「構わないけど、どうしたの?」

「実はタネズ様にぜひご紹介したい奴隷が三人ほどおりまして……うち二人はやや問題があるのですがその分大きな利を貴方様にもたらすと確信しております」

 ……。

 売り込み、か?

 ふーむ、三人ね。そのうち二人が難ありと。リスクある人材を取り込むのは怖いんだけど、気になるのは気になる。

 とりあえず聞くだけ聞いてみるか。

「わかった。話を聞かせてくれる?」

「おお、私ごときの願いを聞き入れてくださりありがとうございます!」

 彼は大仰な貴族風のお礼をしてみせた。

「それではまた別室にご案内させていただきます」

「了解。あ、ルプネンたちはどうするかな……」

「そっ、それでしたら、私がお世話させていただきます! きっと、ご主人さまのことや、私たちのことも知りたいでしょうし」

 元気よくセラミナが立候補してくれた。彼女の裏表のない純粋な性格なら、きっとルプネンたちの心を解きほぐすのにもぴったりだろう。連れてきてよかった。

「わかった。任せていいかい?」

「はい! お任せを!」

 セラミナは頬を紅潮させて、やる気に満ちた笑みを浮かべた。


 こつこつ、と奴隷商館の中をジャンゴさんと共に歩く。後ろにはマッチョ奴隷と数人の小姓が控えている。みんなピチッとした服装なのがキツイ。当然全員男なんどけど、ふとした時にプリップリ雄尻が強調されて精神が汚染される。これがジャンゴさんの領域か……。

「それで、どんな奴隷を紹介してくれるの?」

「僭越ながら、今のタネズ様に必要なのではないかと私めが独断で選別した奴隷になります。それぞれ専門性を有しておりますが、病や欠損のため相場よりずっとお安いです。
 詳しくはぜひとも会ってからご自身の目と見識で確認していただきたく……」

 勿体ぶるねえ。

 不謹慎かもしれないが、新しい奴隷に会うまでのこの時間は、すごいワクワクするんだよな。

「では、こちらの部屋でお待ち下さいませ。連れてまいります」

 そう言ってさっきとは別の応接室に通された。応接室何個あるんだろう。ていうかそんないるもんなのか? よく分からないけど、奴隷商なりの理由があるんだろう。

 プリケツ男小姓から目を逸らし、ふかふかのソファで寛いでいると、コンコンとノックされる。

「連れてまいりました。どうぞご見聞くださいませ」

 両足に鎖がつけられた、女の奴隷が入って来る。左腕の肘から先が欠損しており、右手で大事そうにギターのような楽器を抱えていた。リュート、というやつだろうか。非常に精緻な造りで、見るからに高価そうだ。

「彼女の名は《翠吟のウィンティ》。大陸を股にかける高名な吟遊詩人でございます」

 彼女は、一見少年のような中性的な外見をしていた。だが、不思議と成熟した女性らしい色香が宿っているので、決して男と見間違うことはない。

(……妖精か?)

 そう思ってしまうくらい、ちょっと浮世離れした雰囲気だった。

 少し癖のあるショートボブの髪は深いエメラルドグリーンに輝き、光を受けては水底のように濃淡を変える。ティナも同じ髪色だけど、こっちの方がずっと深くて印象強い。

 また澄んだ碧眼は一度見たら忘れられないほど透明で、声を失った彼女の存在感をなお一層際立たせていた。

 小柄で細身の体つきはどこか儚げだが、その立ち姿には吟遊詩人として舞台に立っていた頃の気配がまだ残っている。

 彼女はにこやかに僕に向かって、力いっぱい喉を震わせた。

「……ア゛ッ!」

 するとその見た目からはかけ離れた、汚く壊れた音がひと声だけ飛び出し、そのまま激しく咳き込む。喉から膿が混じった液が手元の布に滲み、肩が小刻みに震えた。

 しかし顔を伏せることなく、口元を拭いながら、彼女はまっすぐに前を見据えて立ち続ける。その碧眼は決して曇らず、むしろ「まだ終わってはいない」と告げるように澄んでいた。

 悲壮感はそこにはなかった。ただ生きること、立つこと、その一点を喜ぶかのような、生命力に満ちた佇まいだった。

「本人が話せないので詳細をかいつまんでご説明します。
 彼女は翠吟のウィンティ。その歌声を聞くと狂気に堕ちた復讐者でさえ、我に返ると言われています。多くの人々を惹きつけてやまないその歌声は、『妖精の誘い』と言われるほどです。数多の貴族が彼女に大金を積んでお抱え吟遊詩人に迎えようとしましたが、その全てを断りました。彼女は何よりも自由を愛するからです」

 なるほど、自由を愛する吟遊詩人か。
 そういう暮らしは憧れるね。
 でも女一人でそんな生き方を貫くのは非常に苦労を強いられるはずだ。

「さて、タネズ様もお気づきでしょう。彼女の左手と喉についてです。自由を愛する彼女ですが、無法の悪をもっとも嫌います。彼女自身剣の腕も立ち、細剣を扱わせればF級に迫る技量の持ち主です。旅先で悪人たちの悪行を暴き立て歌にすることもままあります。そして恨みを買った彼女は数年前に襲われ、左腕を切り落とされました。さらについ最近は悪名高い盗賊団の悪事を歌い上げたせいで、宝石よりも価値があると言われる彼女の喉に呪いをかけられてしまいました」

 うわぁ……そういうあれか。

 世渡りが上手というか下手というか。一般人の感覚と違うんだろうな。

 そして「うんうん」、と愉快そうに頷くウィンティさん。

 自らの境遇にぜんぜんへこたれた様子がない。精神構造どうなってんだ。

「彼女は自分を購入する者に条件とメリットを提示しています。
『喉の治療』は必須で『敵対組織からの保護』、『可能であれば左腕の再生あるいは代替手段の確保』のいずれかの望みを叶えてくれたのであれば、今後数年の間、購入者専属の吟遊詩人になってもいい、とのことです。また、夜伽についてはご勘弁願う、と」

 ……ほほお。
 これは初めてのタイプだな。
 自分の価値を高く設定していて、なおかつそこに絶対の自信を持っているのか。
 夜伽については……仕方ない。

 でもやっぱりいくつか問題点、懸念点はある。

「いくつか訊きたいことがある」

「なんなりと」

「まず、今後数年の間とのことだけどうちには秘密も多い。数年後、うちから出ていったあとの秘密保持についてはどうなるのかな?」

「タネズ様には秘密が多いことは話してあります。もし、自分の願いを叶えてくれるのなら決して話すことはない、と筆談にて確認しております」

 うーん……。
 そう言ってるのはいいんだけど、やっぱちょっと怖いんだよな。話聞いた感じ、本能的に行動して痛い目見てるじゃんこの人。本当に契約やルールで縛れるのだろうか。

 やっぱり、実際に話してみないと本人の人柄がわからなくて不便だな。

 じゃあ次。次もめっちゃ大事なことだ。

「敵対組織っていうのは具体的にどこ?」

「直近ですと、近年ゴート都市国家同盟に所属する小国、クリソプレーズ王国領内を荒らし回っている盗賊団、『叫喚党』から追われていると聞いています」

「クソリプフレーズ?」

「クリソプレーズです」

  だめだクソリプフレーズで覚えちゃいそう……。

「その叫喚党と何があったか聞いてる?」

「詳細までは把握しておりません。ただ、隣国のレスバトール王国絡みのいざこざだとは聞いております。その二か国は都市国家同盟ができる前から犬猿の仲ですので」

 クソリプフレーズ王国の隣にレスバトル王国か。うん、ひじょーに覚えやすい立地関係だね。もう完全に覚えた。

「最後に一つ。なんで奴隷になったの? 聞いた感じ、借金とかしてるわけじゃなさそうだったけど」

「おお、よくぞお気づきになられました。これが実に憤懣やる方ない理由でしてね。本人いわく『奴隷になってみたかった』そうです」 

「は? なにそれ」

 斜め上の理由すぎる。

「どうやら普段とは全く違う環境に身を置くことで、歌の発想を得たかったようです。奴隷になることで新しい扉が開けると。いやはや、芸術家というのは度しがたいものですな」

 そ、それはさすがにぶっ飛んでる。

 いくら僕でも奴隷マゾプレイしたいからといって「じゃあ奴隷になってみよう!」とは思わない。筋金入りの芸術家だ。

 ただまあ、所有物になることで法的にも庇護を受けようっていう狙いもあるんじゃないかな。

「そんな理由で奴隷なる人もいるんだね。世界は広いや」

「まったくです。奴隷とは進んでなるものではなく、やむにやまれず堕ちるさまが美しいというのに。奴隷の素質が無いと言えます」

 プンスコ怒るジャンゴさん。この人の美学も大概だ。

 まあそれは置いといて。
 
 正直、ウィンティさんには興味があるけど現時点ではやっぱりリスクの方が大きいなと感じている。僕が孤独なしがない冒険者なら迷わず買ってたけど、そうではないからね。まあしがない冒険者のところにこんな話は来ないだろうけど。

 でもそれくらいジャンゴさんも分かってると思うんだよな。それを押してまで僕に勧める理由……つまりその『歌声』を聞いてみないとフェアな判断は下せそうにない。

「ジャンゴさん、この人の喉を治そうと思う」

 そう言うと彼女の表情はパァッと明るくなった。

「おお、ではお買い求めいただけるので?」

「いや。ウィンティさんの歌声とやらを聞いてみないと決断できないからね」

「ふむ……となるとご納得いかなかった場合タネズ様は治療し損になりますが?」

「そうだね」

 ウィンティさんをチラ見すると、その瞳にはどうも好奇心が浮かんでいるように見える。次の展開を待ち望んでいるかのような。

「だから納得いかなかった場合はこの人の喉を再び元の状態に戻すよ。それならフェアだろう?」

 そんなことできないけどね!

 要するにハッタリだ。

 するとジャンゴさんも「はは~ん?」と気付いてくれたみたいで、またウィンクをして合図してくれた。うぅ、仕方ないとは言え短時間にオカマウィンクを二回食らうのはキツイ……。

「なるほど、タネズ様でしたら造作もないことですね。おい、どうする? タネズ様の提案になるか?」

 ジャンゴさんがそれまでの柔和な雰囲気を崩し、ヤクザばりに凄む。しかしウィンティさんは気にした素振りもせず、ただ面白そうに頷いた。
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