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ep271 虹瞳族の無自覚叡智治癒師③【薬師のハクシ】
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「ハクシさん、その寿命前借りって話詳しく聞かせてくれない?」
「ふむ、そなたは医術に興味があるのだな。もちろん構わぬとも。
虹瞳族において、生命には『総回復量』があるというのが定説だ。
これは生命一つ一つが、一生に自らを癒すことのできる総量のことであり、アセンブラポーションの回復力は本来生命が持っているこの総回復量を前借りしているに過ぎない」
総回復量。
あ、あー……。
もしかしてあれかな、人間ができる『細胞分裂の回数は決まってる』ってやつかな。そんな話を聞いたことがある。細胞分裂の限界は決まっていて、限界が早いと老化も早まる的な。もちろんぜんぜん詳しくないので、うろ覚えだけど。でも、なんとなく理解はできるかも。
ってことは、だ。
「つまりアセンブラポーションは人が行える回復を前借りすることによって、すさまじい速度で人体を回復させていると。そしたら、総回復量を使い果たしたら、その身体はもう回復できなくなっちゃう、あるいは急速に老いるってことかな?」
「……驚いた。この理論をこんなにも早く理解するとは。人間の研究者には、理解できるものはいなかったと故郷の専門家たちは言っていたのだが。そなたはもしや、高名な学者なのだろうか?」
「いや、ぜんぜん。ただ聞きかじったことがあるってだけだよ。それで、どうなんだい?」
「うむ。そなたの言う通り、総回復量を使い果たした者は急速に老いるとされている。もしくは身体から回復機能が失われ、日に日に弱っていく。だからアセンブラポーションを常用する、ということは寿命や健康の観点から見た時、無視できない危険性を孕んでいるのだ」
そうか、確かにそうだよね。
回復のメカニズムについて、僕はきちんと理解してはいなかった。
アセンブラポーションが寿命の前借りなら、コスモディアポーションはどうなのか。
今、僕の頭を支配しているのはこの問題だ。もしコスモディアポーションも同じメカニズムなら……僕はいろんなことを覚悟しなきゃいけない。
「ふぅ……」
息を吐いて覚悟を決める。
問題が発覚するなら早いほうがいい。
僕は震える手を隠すように鞄へ突っ込み、コスモディアポーションを取り出した。
「ハクシさん。ここにアセンブラポーションではないポーションがある。これがアセンブラポーションと同じように寿命の前借りをしているのかどうかって分かるかい?」
「アセンブラポーションではないポーションだと? そんな物、造った端から教団に潰されていると思っていたが……見せてくれ」
そう言って彼女は真剣な表情で、触角を用いコスポを調べ始めた。
ハクシさんの触角がゆっくりと持ち上がる。白磁のような指先と同じく、そこからも微かな光が漏れた。
まるで目の代わりに世界を感じ取る器官であるかのように、彼女は慎重に瓶の縁をなぞり、触角の先を液体へと近づけていく。
――ぴ、と音もなく、空気が震えた。
淡く白い光が触角の先端から広がり、液体の内部に走る魔力の流れを浮かび上がらせる。
「すまない、中身を手に垂らしてもいいだろうか?」
「もちろん」
許可を出すと彼女は瓶を開け、慎重に掌に垂らす。
「……これは……」
手に垂らしたポーションに触角がほんの少し触れると、彼女は言葉を失ったように、そっと息を飲んだ。
「……これは、通常のポーションに見られる不規則で雑多な魔力の波ではない。このポーションは、風のない湖面のように均一かつ静謐な魔力波長なのに、まるで生命の鼓動のように複雑で、しかし美しい律動をしている……いったいなんだこれは……」
触角が液面すれすれを撫でるたび、微弱な光の粒が舞い上がり、ハクシさんの白い頬にきらめきを散らした。
「まるで……生きている。魔力が完璧に循環している……。虹光術と同じ作法なのに、どこか違う。こんな調整、理論上は不可能なはずなのに……」
やがて彼女は瓶から手を離し、まっすぐこちらを向いた。焦点の定まらない瞳が、それでも僕を正確に捉える。
「人間殿。結論から言うと、このポーションは寿命の前借りをしていない」
その言葉を聞いて膝から崩れそうになった。マジで良かったぁ~……。
「これは……『虹光術』の作法をポーションに応用している。いや、応用した上で独自の解釈が盛り込まれている。いや、しかし、これは……うぅむ……」
ハクシさんは難しい顔をして、考え込む。
「何か意見があったら遠慮なく言ってほしいな」
「……うむ。そうだな。少し言いにくいのだが、この調薬術はまだ甘い。拙い部分がたくさんある。おそらく希少な素材を使っているのだろうが、それゆえに完全に活かしきれていない現状を見て、少々歯痒く思ってしまった」
無念そうな表情を浮かべる。
てことは、まだまだ改善できるってことか。
「ハクシさんなら、改善できる?」
「ああ。あぃも薬師の基礎は学んでいるから、助言をすることはできるぞ……時に人間殿。もしやこのポーションを造っているのは……」
もうここまで来たら隠すこともないか。
「うん。僕はこの新しいポーション、コスモディアポーションの、一応製造責任者の一人だよ。製造は他の人がやっていて、僕が原材料を調達しているんだ」
「そう、であったか」
そしてハクシさんは、ゆるゆると膝を折り、淫ハート印を結びながら僕に頭を垂れる。
「人間殿。どうか、どうか、あぃを買ってはくださらぬか。このポーションはまさに……生命の希望だ。そして虹瞳族の停滞しかけている技術の、突破口になり得る。あぃは人々のために、癒しを待つ生命のために、このポーションがもたらす苦痛無き未来の一助を担いたいのだ。どうか……この通りだ。お願い申し上げる……」
ハクシさんが必死の思いで頭を下げるのを、僕は止める。
「そんなことしなくていいよ、ハクシさん。いや、ハクシ。君がよければぜひ、僕のところに来てその手腕を振るってほしい。君の知見は、僕たちにとってこれ以上ない福音だ。この出会いを……僕は神様と虹霊に感謝したい」
「そうか……ありがとう……心よりお礼申し上げる……人間殿」
「僕の名前はタネズ・ケイ、と言うんだ。どうぞ気安くケイと呼んでくれ。君の借金はすべて肩代わりするし、衣食住も保証する。君は安心して、君のやりたいことをやってくれ」
「……なんという、優しき御方か。あぃは……産まれて初めて、ここまで他人のために手を差し伸べてくれる人に出会った。ケイ殿……心よりお礼申し上げる……うっ、ごほっ、げほっ!」
するとハクシは身を屈めて咳き込んだ。見ると白い肌が青白くなっており、カタカタと身体を震わせている。顔色も悪い。
「ハクシ? 大丈夫かい?」
「すまない、ケイ殿。実は奴隷になってからこちらの風土や食事に馴染めず、体調を崩していたのだ。なに、少し休めば回復する。だから、どうかそなたの元に置いてほしい」
白い手で僕の腕を掴む。
思ったよりも冷たいし、力が弱い。
ここまで気力でやり取りしていたんだな。
すごい精神力だ。
「タネズ様、どうやら彼女は肉や脂を受け付けない体質のようです。魚なら少量食べられるのですが、主食は果物や野菜、穀物や豆のようです。それもデイライトの市場にあるような物ではいけません。より新鮮で高品質なものでないと」
となるとシュレア印のオーガニックベジタブルなら大丈夫そうだな。あとは……。
「迷宮産の野菜とかは?」
「はい、迷宮産の野菜や果物は滋養に満ちており、彼女も食べられる事を確認しています。問題は手に入りにくいことですが、タネズ様なら問題無いでしょう」
「だね」
よし。それならなんとかなりそうか。
「ハクシ、気づかなくてごめんよ。お腹が空いていたんだね。どうかこの果物を食べてくれ」
僕は鞄の中からシュレア農場の新鮮フルーツをいくつか取り出して手渡した。
「これは……なんと、美しくも滋養に満ちた果物か……」
ハクシは口を小さく開けて、「しゃくり」と梨を頬張る。
「……美味い」
その一言のあと、彼女はまるで未知の神秘に出会ったように動きを止めた。
梨の果汁が、白磁のような唇の端から一筋、つっと滴り落ちる。
――すぅ、と触角がふるえ、瑞々しい香りを追うように空を撫でた。
どうやら彼女の触角は味覚や嗅覚と連動しているらしく、果物から立ちのぼる甘い気配を感じ取っているようだ。
「……ああ……なんて優しい……大地の流れがまるで胎内のように穏やかで……」
次に彼女は桃を一切れ。ゆっくりと噛みしめ、唇の裏で果肉を溶かす。
その瞬間、彼女の頬に淡い紅が差した。白一色だった世界に、ようやく色が灯ったかのように。
「里の果物を思い出す……あぁ、皆は元気でやっているだろうか。母よ……妹よ……」
一筋の雫が目尻を伝って地に落ちた。
くにゅ、もむ、むゅ、ちゅ……
そんな中、ちょっと叡智な咀嚼音が聞こえてくるが、今は我慢だ。
(今のうちに浄火してあげようかな。体調悪そうだし)
僕は彼女の肩に手を置く。
……あれ、そう言えばハクシには触れられないんじゃなかったっけ?
一瞬ちんちんがキュッと縮み上がるが何も起きなかった。
よかった。とりあえずいったんそれはいいか。
「……ケイ殿?」
「気を楽にしてくれ。『浄火』」
彼女の体調を整えるために、浄火の炎を走らせる。
(うん、やっぱりいろいろと無理してたみたいだな)
柔らかな浄火の光がハクシの白い身体を包み込む。炎は燃えるでもなく、ただ静かに、春の陽のような温もりで彼女の肌を撫でていく。
――胸のあたり。やはり栄養不足からか、心臓の鼓動が弱く、血の流れが鈍い。
胃も荒れている。合わない食べ物が続いたせいで、粘膜が少し炎症を起こしているようだ。
さらに肩から背にかけて、硬く張り詰めた筋肉。知らない土地で過ごす中、常に周囲に気を配るために触角を酷使した影響かもしれない。
炎がその痛みをひとつひとつ見つけ、優しくほぐしていく。
ふと、ハクシの唇がわずかに動いた。
心の芯まで撫でられるような心地よさに息を漏らしたのだ。
「……ああ……温かい……。身体の中で、冷えていたものが溶けていく……」
指先まで血が通い始め、透き通るようだった肌にほんのりと桜色の血色が戻っていく。
やがて炎が静かに消える頃には、彼女の触角がふるりと揺れ、体を支える力を取り戻していた。
一方僕は疑問を感じていた。
(この盲目……アセンブラの呪いかと思ったけど違うな。似ているんだけど、手触りと言うか、気配が違う)
虹瞳族にかけられた盲目の呪い。
とりあえず治せるかどうか試みまところ、問題なく治せそうだった。この浄火の力はアセンブラに対してかなりの特効効果を持つからアセンブラ由来の呪いや病気に対してはとても効く。
ただ、ハクシの盲目から伝わってくるのはあのアセンブラのドロドロとした無機質で冷たい汚泥のような感覚ではない。近いけども、ほんの少しサラサラしている。
(ずいぶん昔のことらしいし、今と昔では呪いの性質が違うのか? ふーむ……それともかけたのはアセンブラじゃないのか? わからん)
アセンブラがかけたのではなかったら、何が呪いをかけたのかという話になる。
だけどとりあえず、ハクシの呪いが治せることが分かってよかった。
ここで治してしまうことも可能だけど、先天的に目が見えなかった人がいきなり光を取り戻したらパニックになりそうなので、落ち着いた時にやることにしよう。
……え?
「……ん、ふぅ……ケイ殿、そなたは……神跡を起こせるのか……?」
浄火が終わり先ほどよりも血色のよくなったハクシがそう僕に問いかけようとした時、彼女は首をかしげた。
僕がやばい形相で彼女の背後を凝視していたからだ。
彼女の後ろにバックした背後で、やばい異形が、クトゥ&ルフな化け物が顕現していたからだ。
「ふむ、そなたは医術に興味があるのだな。もちろん構わぬとも。
虹瞳族において、生命には『総回復量』があるというのが定説だ。
これは生命一つ一つが、一生に自らを癒すことのできる総量のことであり、アセンブラポーションの回復力は本来生命が持っているこの総回復量を前借りしているに過ぎない」
総回復量。
あ、あー……。
もしかしてあれかな、人間ができる『細胞分裂の回数は決まってる』ってやつかな。そんな話を聞いたことがある。細胞分裂の限界は決まっていて、限界が早いと老化も早まる的な。もちろんぜんぜん詳しくないので、うろ覚えだけど。でも、なんとなく理解はできるかも。
ってことは、だ。
「つまりアセンブラポーションは人が行える回復を前借りすることによって、すさまじい速度で人体を回復させていると。そしたら、総回復量を使い果たしたら、その身体はもう回復できなくなっちゃう、あるいは急速に老いるってことかな?」
「……驚いた。この理論をこんなにも早く理解するとは。人間の研究者には、理解できるものはいなかったと故郷の専門家たちは言っていたのだが。そなたはもしや、高名な学者なのだろうか?」
「いや、ぜんぜん。ただ聞きかじったことがあるってだけだよ。それで、どうなんだい?」
「うむ。そなたの言う通り、総回復量を使い果たした者は急速に老いるとされている。もしくは身体から回復機能が失われ、日に日に弱っていく。だからアセンブラポーションを常用する、ということは寿命や健康の観点から見た時、無視できない危険性を孕んでいるのだ」
そうか、確かにそうだよね。
回復のメカニズムについて、僕はきちんと理解してはいなかった。
アセンブラポーションが寿命の前借りなら、コスモディアポーションはどうなのか。
今、僕の頭を支配しているのはこの問題だ。もしコスモディアポーションも同じメカニズムなら……僕はいろんなことを覚悟しなきゃいけない。
「ふぅ……」
息を吐いて覚悟を決める。
問題が発覚するなら早いほうがいい。
僕は震える手を隠すように鞄へ突っ込み、コスモディアポーションを取り出した。
「ハクシさん。ここにアセンブラポーションではないポーションがある。これがアセンブラポーションと同じように寿命の前借りをしているのかどうかって分かるかい?」
「アセンブラポーションではないポーションだと? そんな物、造った端から教団に潰されていると思っていたが……見せてくれ」
そう言って彼女は真剣な表情で、触角を用いコスポを調べ始めた。
ハクシさんの触角がゆっくりと持ち上がる。白磁のような指先と同じく、そこからも微かな光が漏れた。
まるで目の代わりに世界を感じ取る器官であるかのように、彼女は慎重に瓶の縁をなぞり、触角の先を液体へと近づけていく。
――ぴ、と音もなく、空気が震えた。
淡く白い光が触角の先端から広がり、液体の内部に走る魔力の流れを浮かび上がらせる。
「すまない、中身を手に垂らしてもいいだろうか?」
「もちろん」
許可を出すと彼女は瓶を開け、慎重に掌に垂らす。
「……これは……」
手に垂らしたポーションに触角がほんの少し触れると、彼女は言葉を失ったように、そっと息を飲んだ。
「……これは、通常のポーションに見られる不規則で雑多な魔力の波ではない。このポーションは、風のない湖面のように均一かつ静謐な魔力波長なのに、まるで生命の鼓動のように複雑で、しかし美しい律動をしている……いったいなんだこれは……」
触角が液面すれすれを撫でるたび、微弱な光の粒が舞い上がり、ハクシさんの白い頬にきらめきを散らした。
「まるで……生きている。魔力が完璧に循環している……。虹光術と同じ作法なのに、どこか違う。こんな調整、理論上は不可能なはずなのに……」
やがて彼女は瓶から手を離し、まっすぐこちらを向いた。焦点の定まらない瞳が、それでも僕を正確に捉える。
「人間殿。結論から言うと、このポーションは寿命の前借りをしていない」
その言葉を聞いて膝から崩れそうになった。マジで良かったぁ~……。
「これは……『虹光術』の作法をポーションに応用している。いや、応用した上で独自の解釈が盛り込まれている。いや、しかし、これは……うぅむ……」
ハクシさんは難しい顔をして、考え込む。
「何か意見があったら遠慮なく言ってほしいな」
「……うむ。そうだな。少し言いにくいのだが、この調薬術はまだ甘い。拙い部分がたくさんある。おそらく希少な素材を使っているのだろうが、それゆえに完全に活かしきれていない現状を見て、少々歯痒く思ってしまった」
無念そうな表情を浮かべる。
てことは、まだまだ改善できるってことか。
「ハクシさんなら、改善できる?」
「ああ。あぃも薬師の基礎は学んでいるから、助言をすることはできるぞ……時に人間殿。もしやこのポーションを造っているのは……」
もうここまで来たら隠すこともないか。
「うん。僕はこの新しいポーション、コスモディアポーションの、一応製造責任者の一人だよ。製造は他の人がやっていて、僕が原材料を調達しているんだ」
「そう、であったか」
そしてハクシさんは、ゆるゆると膝を折り、淫ハート印を結びながら僕に頭を垂れる。
「人間殿。どうか、どうか、あぃを買ってはくださらぬか。このポーションはまさに……生命の希望だ。そして虹瞳族の停滞しかけている技術の、突破口になり得る。あぃは人々のために、癒しを待つ生命のために、このポーションがもたらす苦痛無き未来の一助を担いたいのだ。どうか……この通りだ。お願い申し上げる……」
ハクシさんが必死の思いで頭を下げるのを、僕は止める。
「そんなことしなくていいよ、ハクシさん。いや、ハクシ。君がよければぜひ、僕のところに来てその手腕を振るってほしい。君の知見は、僕たちにとってこれ以上ない福音だ。この出会いを……僕は神様と虹霊に感謝したい」
「そうか……ありがとう……心よりお礼申し上げる……人間殿」
「僕の名前はタネズ・ケイ、と言うんだ。どうぞ気安くケイと呼んでくれ。君の借金はすべて肩代わりするし、衣食住も保証する。君は安心して、君のやりたいことをやってくれ」
「……なんという、優しき御方か。あぃは……産まれて初めて、ここまで他人のために手を差し伸べてくれる人に出会った。ケイ殿……心よりお礼申し上げる……うっ、ごほっ、げほっ!」
するとハクシは身を屈めて咳き込んだ。見ると白い肌が青白くなっており、カタカタと身体を震わせている。顔色も悪い。
「ハクシ? 大丈夫かい?」
「すまない、ケイ殿。実は奴隷になってからこちらの風土や食事に馴染めず、体調を崩していたのだ。なに、少し休めば回復する。だから、どうかそなたの元に置いてほしい」
白い手で僕の腕を掴む。
思ったよりも冷たいし、力が弱い。
ここまで気力でやり取りしていたんだな。
すごい精神力だ。
「タネズ様、どうやら彼女は肉や脂を受け付けない体質のようです。魚なら少量食べられるのですが、主食は果物や野菜、穀物や豆のようです。それもデイライトの市場にあるような物ではいけません。より新鮮で高品質なものでないと」
となるとシュレア印のオーガニックベジタブルなら大丈夫そうだな。あとは……。
「迷宮産の野菜とかは?」
「はい、迷宮産の野菜や果物は滋養に満ちており、彼女も食べられる事を確認しています。問題は手に入りにくいことですが、タネズ様なら問題無いでしょう」
「だね」
よし。それならなんとかなりそうか。
「ハクシ、気づかなくてごめんよ。お腹が空いていたんだね。どうかこの果物を食べてくれ」
僕は鞄の中からシュレア農場の新鮮フルーツをいくつか取り出して手渡した。
「これは……なんと、美しくも滋養に満ちた果物か……」
ハクシは口を小さく開けて、「しゃくり」と梨を頬張る。
「……美味い」
その一言のあと、彼女はまるで未知の神秘に出会ったように動きを止めた。
梨の果汁が、白磁のような唇の端から一筋、つっと滴り落ちる。
――すぅ、と触角がふるえ、瑞々しい香りを追うように空を撫でた。
どうやら彼女の触角は味覚や嗅覚と連動しているらしく、果物から立ちのぼる甘い気配を感じ取っているようだ。
「……ああ……なんて優しい……大地の流れがまるで胎内のように穏やかで……」
次に彼女は桃を一切れ。ゆっくりと噛みしめ、唇の裏で果肉を溶かす。
その瞬間、彼女の頬に淡い紅が差した。白一色だった世界に、ようやく色が灯ったかのように。
「里の果物を思い出す……あぁ、皆は元気でやっているだろうか。母よ……妹よ……」
一筋の雫が目尻を伝って地に落ちた。
くにゅ、もむ、むゅ、ちゅ……
そんな中、ちょっと叡智な咀嚼音が聞こえてくるが、今は我慢だ。
(今のうちに浄火してあげようかな。体調悪そうだし)
僕は彼女の肩に手を置く。
……あれ、そう言えばハクシには触れられないんじゃなかったっけ?
一瞬ちんちんがキュッと縮み上がるが何も起きなかった。
よかった。とりあえずいったんそれはいいか。
「……ケイ殿?」
「気を楽にしてくれ。『浄火』」
彼女の体調を整えるために、浄火の炎を走らせる。
(うん、やっぱりいろいろと無理してたみたいだな)
柔らかな浄火の光がハクシの白い身体を包み込む。炎は燃えるでもなく、ただ静かに、春の陽のような温もりで彼女の肌を撫でていく。
――胸のあたり。やはり栄養不足からか、心臓の鼓動が弱く、血の流れが鈍い。
胃も荒れている。合わない食べ物が続いたせいで、粘膜が少し炎症を起こしているようだ。
さらに肩から背にかけて、硬く張り詰めた筋肉。知らない土地で過ごす中、常に周囲に気を配るために触角を酷使した影響かもしれない。
炎がその痛みをひとつひとつ見つけ、優しくほぐしていく。
ふと、ハクシの唇がわずかに動いた。
心の芯まで撫でられるような心地よさに息を漏らしたのだ。
「……ああ……温かい……。身体の中で、冷えていたものが溶けていく……」
指先まで血が通い始め、透き通るようだった肌にほんのりと桜色の血色が戻っていく。
やがて炎が静かに消える頃には、彼女の触角がふるりと揺れ、体を支える力を取り戻していた。
一方僕は疑問を感じていた。
(この盲目……アセンブラの呪いかと思ったけど違うな。似ているんだけど、手触りと言うか、気配が違う)
虹瞳族にかけられた盲目の呪い。
とりあえず治せるかどうか試みまところ、問題なく治せそうだった。この浄火の力はアセンブラに対してかなりの特効効果を持つからアセンブラ由来の呪いや病気に対してはとても効く。
ただ、ハクシの盲目から伝わってくるのはあのアセンブラのドロドロとした無機質で冷たい汚泥のような感覚ではない。近いけども、ほんの少しサラサラしている。
(ずいぶん昔のことらしいし、今と昔では呪いの性質が違うのか? ふーむ……それともかけたのはアセンブラじゃないのか? わからん)
アセンブラがかけたのではなかったら、何が呪いをかけたのかという話になる。
だけどとりあえず、ハクシの呪いが治せることが分かってよかった。
ここで治してしまうことも可能だけど、先天的に目が見えなかった人がいきなり光を取り戻したらパニックになりそうなので、落ち着いた時にやることにしよう。
……え?
「……ん、ふぅ……ケイ殿、そなたは……神跡を起こせるのか……?」
浄火が終わり先ほどよりも血色のよくなったハクシがそう僕に問いかけようとした時、彼女は首をかしげた。
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