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影抜き
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「なるほど、そういう繋がりだったのね」
親しみやすいお姉さん系美人のシェリルさんは納得したように頷いた。
「そうなんですよ。アビディがいろいろ親身になって話してくれて」
「まあこいつは顔は悪いけど、ちゃんと話せば良いところもあるしね。あ、私もタメで話してね。敬語使われるの慣れてないからさ」
「だーれが顔が悪い、だ。誰が」
口は悪いけど勝手知ってる男女の軽口が目の前で繰り広げられる。
は? なんかナチュラルに惚気られたんだけど。やめてよね、そういうの。刺さるんだよ、心に。
「ケイ師匠は迷宮で素材収集ですか?」
「も、もしよかったら稽古とかつけてほしいんだな」
「バカバッズ。迷宮で稽古なんかつけられるわけないでしょ。ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。稽古ねえ。つけてあげたいのは山々だけど、教え方上手じゃないし、なんというかちょっと僕は特殊なところがあるから」
さも自分すごい、って言ってるように聞こえるかもしれないけど、実際そうなのよ。ある日突然異世界に転移してきて、亜人繁殖ックスしてたら亜人魔法使えるようになって斧ブン回せるようなったんだから。片腕は厨二病アームに鳴っちゃったし。
「そっすか……。でも、それでもいいんでお願いします。俺、師匠みたいになりたいんです」
目がキラキラのタークくん。なんか気まずい。純粋な子供からの好意を向けられると、なんかいたたまれなくなってくるのはきっと僕の性根が終わってるからだ。
「はは、考えておくよ。ちなみにさっきの質問だけど今日は素材収集じゃなくて、十層クリアしようと思って来ただけだよ。終わったらさっさと帰るつもり」
「え……?」
タークくんたちが驚愕の表情で固まった。
「十層……って、あんたこの前五層クリアしたばかりなんだよね? それですぐに十層に挑戦するの?」
「そのつもりだけど?」
「おいおい、ケイ。そんな買い物行くような感覚で迷宮攻略なんてすんなよな。しかも新人の、子供の前でよお。悪い見本だぜ」
「そうよ。迷宮は舐めたら死ぬんだからさ、師匠のあんたがそこんところ示してやらないでどうすんのさ」
大人たちがしかめっ面で、めっちゃ苦言呈してきてる。でもまあ確かに子どもたちの前で、軽い態度だったかもしれないな。
「うーん、そうかも。ごめんね」
「い、いえ、俺達は大丈夫です」
しゅんとするターク君。師匠の情けない姿見せちゃったかな? あんまりすぐ謝るのもメンツ稼業の冒険者としてはよくないか。しゃーない、強気に行こう。
「だから、すぐに十層目指してもいいくらいの実力見せればいいよね?」
「えっ」
そう言って僕が骨喰いの二人に向き直るとアビディがニヤリと笑った。
「おっ、いいねえ。やる気か?」
「うん。実力見誤られて変に誤解されてもめんどいし」
「あらら、舐められたもんだねぇ……なあシェリル……ッ!」
アビディはシェリルに話しかけるフリをした直後、地面の砂を蹴り上げて僕に目潰しを敢行する。
ガッ、ドゴッ!
「うわっ、なんだ……ゲブぁっ!」
当然その動きは読んでいたので、ピンポイントで濃霧をまとわりつかせて足を止めたあと、みぞおちに縦拳を食らわせる。
「僕の勝ち」
そのままピタリと首元にべストックを置いて勝利宣言。あたし完璧。
「うおおおお! かっけええええ!」
「さすが師匠なんだなああああ」
「えっ、あれって前使ってた霧の魔法と……手元で砂を浮かせてるのは……風の魔法?」
あ、やべ。複数魔法使えるって申告してないんだった。大人のスルースキルを発揮して、倒れたアビディに手を貸して起こす。
「いつつ……おい、もうちっと手加減しろよな」
「そっちこそ。いきなり奇襲なんて子供の教育に悪いよ」
マジでいきなりスイッチ入ったもんね。そこだけちょっとビックリした。やっぱある程度潜ってるの冒険者はみんなやべーよ。
「バカ野郎、迷宮には子供も何もねえんだよ」
「ついさっき、僕には子供の悪い見本だとか言ってたやん」
「そうだったか? ハハハ、忘れちまった」
都合の悪いことを忘れるのは大人の悪いところだよ、と釘を差してからシェリルさんに尋ねる。
「じゃあシェリルさんはベステルタとお願いします」
「あ、ベステルタっていうのね、こちらの強そうなお姉さんは。でも、アビディがやられちゃったし、もう格付けは済んだんじゃない? あまりケガはしたくないんだけど……」
と、渋るシェリルさん。 仕方ないにゃあ。
「ベステルタ、放っておいてごめんね」
「別にいいわよ、ケイも強くなったわね。嬉しいわ」
「あはは、ありがとう。ところでさ、修行で学んだ技で、なんかこう、相手を傷付けずに格の違いを思い知らせるような技って無いかな? こちらのシェリルさん相手に、その成果を見せて欲しいんだ」
「いいわね! やりましょ! 後腐れない人間で試してみたかったのよね~」
「後腐れあるからね? やめてね?」
ベステルタがノリノリになって肩をグオングオン回し始めると、辺りに軽く風が吹く。
「ち、ちょっと。大丈夫なのよね!?」
「大丈夫だよ。ベステルタ、傷つけちゃダメだよ?」
「もちろんよ。それより、その女に本気で斬りかかるように伝えてくれる?」
そう言うと彼女は今までに見たこと無い構えを取った。なんというか、古武術っぽい立ち姿だ。
「シェリル、大丈夫。威圧感はすごいけど、彼女が貴方を傷つけることは決して無いよ。だから安心して全力で斬り掛かってきて、だってさ」
「……まったく、舐められたもんだ。といっても、実力差はなんとなく分かってるけどね……ッ!」
アビディと同じような呼吸の緩急で、シェリルはベステルタに斬りかかる……と思いきや。
「シッ!」
右手で大振りにショートソードを振りかぶりつつ、左手で腰元のナイフを放つ。一切淀みのない動作には長年の鍛錬が感じられる。
ベステルタに高速で飛来するナイフと鈍色に煌めくショートソード。
彼女はその剣がぶつかるような軌道でゆっくりと、自分の腕を、手刀を振り下ろす。
シェリルの目が見開かれる。
このままではベステルタの腕は真っ二つになってしまうだろう。しかし、勢いはもう止められない。
血飛沫が舞うその刹那。
「ふっ」
ベステルタが一息だけ、呼吸をした後、すべてが終わっていた。
「……な、何が起こったの?」
わなわなと震えるシェリルさん。
無理もない。投げたはずの投げナイフが元の位置に戻っていた。ナイフがしまわれていたはずの鞘に、何もなかったかのように戻っていた。
これはベステルタが「ふっ」って吐いたベステルブレスによるものだ。要は単純に、息でナイフを押し戻して元の位置に戻したのだ。うん、意味分からん。
さらに。
「な、なんで。手が剣をすり抜けてるの……?」
ベステルタの手刀は、相対しぶつかるはずの剣をすり抜けて、彼女の小手を叩いていた。その証拠にシェリルの剣はカランと音を立てて地面に落ちている。
「どう? 今のが新しい技。言葉通じないから、技名は知らないんだけどね」
「今のはたぶん『影抜き』だね」
昔ユーチューブの古武術チャンネルで見たことあるよ。木刀が相手の木刀をすり抜けて小手を叩く技。もちろん魔法でもなく技術なんだけど、ベステルタのそれはあれよりもさらにヌルっとしていて、空間がそのままズレたような『異質さ』と、相反する『自然さ』があった。
「へー、そうなのね! かっこいいじゃない、影抜き! それで決まりね!」
「まあ一応フェイさんにも訊いてみるけど……」
「だめよ、影抜きがいいわ。ぴったりだもの」
ウキウキるんるんの紫筋肉お姉ちゃんとは裏腹に、シェリルさんはガタガタと震えて膝をついている。
実際、傍目から見ても「うわっ! 気持ち悪っ!」と思ったくらいの違和感だったので、やられた本人はもっとヤバそうだ。たぶん目の前で位相ごと自分がズラされたように感じたんじゃないかな。斬られた、とも錯覚しているかもしれない。
「シェリル大丈夫? 傷はつけてないはずだけど」
「お、おいシェリル。大丈夫か。どこか悪いのか?」
「……はぁ、こりゃ話にならなわいわね」
心配するアビディの手を取り、髪をかき上げる。額に冷や汗がぐっしょり浮かび、前髪が張り付いていた。
「……一瞬、自分が空間ごと切断されたのかと思ったわよ。はあぁぁ……私、生きてるのね……」
生を実感するシェリルさん。ちょっと事後みたいでエロい。
「うん、完敗ね。こりゃ無理だわ。私らの目が曇ってたね」
「だな。そっちの姉ちゃんは別格として、ケイもかなりつえぇぞ。D級上位はあるんじゃないか?」
「お、先輩たちにそう言ってもらえるのは嬉しいなあ」
「よせよ、オメーらに比べたらひよっこもいいとこだぜ」
「そうね、本当にそうね。……アビディ、今ので私も決心が付いたよ」
「ああ、俺もだ」
あれ、なんか二人とも神妙な顔に鳴っちゃったぞ。どうしたんだろ。
「ごめん、僕なんかやっちゃった?」
「いや、ケイは何も悪くねえよ。ただ、俺たちの実力がもう頭打ちだってことさ」
「そういうこと。つまり引退ね」
あー、なる。そういうことか。
「本当はまだいけんじゃねえか、運が向いてないだけなんじゃねえかって誤魔化してたけどよ、オメーらとの立ち会いで決心ついたぜ。これは未練だってな」
「実際まだ冒険者は続けられるんだけど、体力的にもピークは過ぎつつあるし、怪我することも増えてきたのよね。幸運なことに今のところ五体満足でいられてるけど、今後はどうなるか分からない……。なら元気なうちに引退して、稼いだお金を元手に全うな仕事を始めて暮らしたいのよ」
「物心ついてからずーっと冒険者に関わって、二十年近くこの仕事をしてきた。終わることなんて想像できなかったけどよ……ここらが幕引きだな」
「そうね。優れた冒険者は引き際を誤らないものよ」
引き際は大事だよね。英断だと思う。酸いも甘いも噛み分けた苦労人の、冷静な判断だ。その顔は晴れやかで、憑き物が落ちたかのようだった。ずっと悩んでいたんだろうね。
「そう、ですか」
タークくんは少し俯いて納得いかなそうな、残念そうな表情をしている。そしてパッと顔を上げて言った。
「じ、じゃあ! 俺が、俺たちがみなさんの意思を継いで冒険者を続けます! まだ二層で足踏みしてるけど、すぐに攻略して同期の紅蓮隊も追い抜いて、それで」
「バカ野郎!」
「イテッ!」
熱く語るタークくんの頭にアビディの拳骨が落ちる。うわぁ、ありゃ痛いぞ。アビディの拳、拳ダコがすごいもん。
「俺たちがいつそんなこと頼んだよ? 勝手に決めんじゃねえ。俺たちは俺たちの判断で終わらせたんだ。その後に勝手に道を作るんじゃねえ」
「で、でも」
「それにね、ターク。『俺たち』って言ってたけどそれってパーティの総意なの?」
「えっ」
タークくんは振り返ると、不安そうな顔をしたバッズとパメラがいた。
「あっ……」
「なあ、ターク。お前はドラゴンソードのリーダーなんだ。リーダーが突っ走ったら、判断を見誤ったら、メンバーは死ぬ。もしここが戦場だったら、お前は死んでいたかもしれねえ。自分の判断ミスで死なせた仲間の骸の横でな」
「は、い……」
しゅんとする若きリーダー。よかったね、叱ってくれる大人が近くにいて。タークくんたちは未熟だけど才能ある子供なんだ。こんなところで死ぬのは早すぎる。ていうか骨喰いのお二人、僕よりもぜんぜん師匠していて頼りがいあるわ……。
親しみやすいお姉さん系美人のシェリルさんは納得したように頷いた。
「そうなんですよ。アビディがいろいろ親身になって話してくれて」
「まあこいつは顔は悪いけど、ちゃんと話せば良いところもあるしね。あ、私もタメで話してね。敬語使われるの慣れてないからさ」
「だーれが顔が悪い、だ。誰が」
口は悪いけど勝手知ってる男女の軽口が目の前で繰り広げられる。
は? なんかナチュラルに惚気られたんだけど。やめてよね、そういうの。刺さるんだよ、心に。
「ケイ師匠は迷宮で素材収集ですか?」
「も、もしよかったら稽古とかつけてほしいんだな」
「バカバッズ。迷宮で稽古なんかつけられるわけないでしょ。ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。稽古ねえ。つけてあげたいのは山々だけど、教え方上手じゃないし、なんというかちょっと僕は特殊なところがあるから」
さも自分すごい、って言ってるように聞こえるかもしれないけど、実際そうなのよ。ある日突然異世界に転移してきて、亜人繁殖ックスしてたら亜人魔法使えるようになって斧ブン回せるようなったんだから。片腕は厨二病アームに鳴っちゃったし。
「そっすか……。でも、それでもいいんでお願いします。俺、師匠みたいになりたいんです」
目がキラキラのタークくん。なんか気まずい。純粋な子供からの好意を向けられると、なんかいたたまれなくなってくるのはきっと僕の性根が終わってるからだ。
「はは、考えておくよ。ちなみにさっきの質問だけど今日は素材収集じゃなくて、十層クリアしようと思って来ただけだよ。終わったらさっさと帰るつもり」
「え……?」
タークくんたちが驚愕の表情で固まった。
「十層……って、あんたこの前五層クリアしたばかりなんだよね? それですぐに十層に挑戦するの?」
「そのつもりだけど?」
「おいおい、ケイ。そんな買い物行くような感覚で迷宮攻略なんてすんなよな。しかも新人の、子供の前でよお。悪い見本だぜ」
「そうよ。迷宮は舐めたら死ぬんだからさ、師匠のあんたがそこんところ示してやらないでどうすんのさ」
大人たちがしかめっ面で、めっちゃ苦言呈してきてる。でもまあ確かに子どもたちの前で、軽い態度だったかもしれないな。
「うーん、そうかも。ごめんね」
「い、いえ、俺達は大丈夫です」
しゅんとするターク君。師匠の情けない姿見せちゃったかな? あんまりすぐ謝るのもメンツ稼業の冒険者としてはよくないか。しゃーない、強気に行こう。
「だから、すぐに十層目指してもいいくらいの実力見せればいいよね?」
「えっ」
そう言って僕が骨喰いの二人に向き直るとアビディがニヤリと笑った。
「おっ、いいねえ。やる気か?」
「うん。実力見誤られて変に誤解されてもめんどいし」
「あらら、舐められたもんだねぇ……なあシェリル……ッ!」
アビディはシェリルに話しかけるフリをした直後、地面の砂を蹴り上げて僕に目潰しを敢行する。
ガッ、ドゴッ!
「うわっ、なんだ……ゲブぁっ!」
当然その動きは読んでいたので、ピンポイントで濃霧をまとわりつかせて足を止めたあと、みぞおちに縦拳を食らわせる。
「僕の勝ち」
そのままピタリと首元にべストックを置いて勝利宣言。あたし完璧。
「うおおおお! かっけええええ!」
「さすが師匠なんだなああああ」
「えっ、あれって前使ってた霧の魔法と……手元で砂を浮かせてるのは……風の魔法?」
あ、やべ。複数魔法使えるって申告してないんだった。大人のスルースキルを発揮して、倒れたアビディに手を貸して起こす。
「いつつ……おい、もうちっと手加減しろよな」
「そっちこそ。いきなり奇襲なんて子供の教育に悪いよ」
マジでいきなりスイッチ入ったもんね。そこだけちょっとビックリした。やっぱある程度潜ってるの冒険者はみんなやべーよ。
「バカ野郎、迷宮には子供も何もねえんだよ」
「ついさっき、僕には子供の悪い見本だとか言ってたやん」
「そうだったか? ハハハ、忘れちまった」
都合の悪いことを忘れるのは大人の悪いところだよ、と釘を差してからシェリルさんに尋ねる。
「じゃあシェリルさんはベステルタとお願いします」
「あ、ベステルタっていうのね、こちらの強そうなお姉さんは。でも、アビディがやられちゃったし、もう格付けは済んだんじゃない? あまりケガはしたくないんだけど……」
と、渋るシェリルさん。 仕方ないにゃあ。
「ベステルタ、放っておいてごめんね」
「別にいいわよ、ケイも強くなったわね。嬉しいわ」
「あはは、ありがとう。ところでさ、修行で学んだ技で、なんかこう、相手を傷付けずに格の違いを思い知らせるような技って無いかな? こちらのシェリルさん相手に、その成果を見せて欲しいんだ」
「いいわね! やりましょ! 後腐れない人間で試してみたかったのよね~」
「後腐れあるからね? やめてね?」
ベステルタがノリノリになって肩をグオングオン回し始めると、辺りに軽く風が吹く。
「ち、ちょっと。大丈夫なのよね!?」
「大丈夫だよ。ベステルタ、傷つけちゃダメだよ?」
「もちろんよ。それより、その女に本気で斬りかかるように伝えてくれる?」
そう言うと彼女は今までに見たこと無い構えを取った。なんというか、古武術っぽい立ち姿だ。
「シェリル、大丈夫。威圧感はすごいけど、彼女が貴方を傷つけることは決して無いよ。だから安心して全力で斬り掛かってきて、だってさ」
「……まったく、舐められたもんだ。といっても、実力差はなんとなく分かってるけどね……ッ!」
アビディと同じような呼吸の緩急で、シェリルはベステルタに斬りかかる……と思いきや。
「シッ!」
右手で大振りにショートソードを振りかぶりつつ、左手で腰元のナイフを放つ。一切淀みのない動作には長年の鍛錬が感じられる。
ベステルタに高速で飛来するナイフと鈍色に煌めくショートソード。
彼女はその剣がぶつかるような軌道でゆっくりと、自分の腕を、手刀を振り下ろす。
シェリルの目が見開かれる。
このままではベステルタの腕は真っ二つになってしまうだろう。しかし、勢いはもう止められない。
血飛沫が舞うその刹那。
「ふっ」
ベステルタが一息だけ、呼吸をした後、すべてが終わっていた。
「……な、何が起こったの?」
わなわなと震えるシェリルさん。
無理もない。投げたはずの投げナイフが元の位置に戻っていた。ナイフがしまわれていたはずの鞘に、何もなかったかのように戻っていた。
これはベステルタが「ふっ」って吐いたベステルブレスによるものだ。要は単純に、息でナイフを押し戻して元の位置に戻したのだ。うん、意味分からん。
さらに。
「な、なんで。手が剣をすり抜けてるの……?」
ベステルタの手刀は、相対しぶつかるはずの剣をすり抜けて、彼女の小手を叩いていた。その証拠にシェリルの剣はカランと音を立てて地面に落ちている。
「どう? 今のが新しい技。言葉通じないから、技名は知らないんだけどね」
「今のはたぶん『影抜き』だね」
昔ユーチューブの古武術チャンネルで見たことあるよ。木刀が相手の木刀をすり抜けて小手を叩く技。もちろん魔法でもなく技術なんだけど、ベステルタのそれはあれよりもさらにヌルっとしていて、空間がそのままズレたような『異質さ』と、相反する『自然さ』があった。
「へー、そうなのね! かっこいいじゃない、影抜き! それで決まりね!」
「まあ一応フェイさんにも訊いてみるけど……」
「だめよ、影抜きがいいわ。ぴったりだもの」
ウキウキるんるんの紫筋肉お姉ちゃんとは裏腹に、シェリルさんはガタガタと震えて膝をついている。
実際、傍目から見ても「うわっ! 気持ち悪っ!」と思ったくらいの違和感だったので、やられた本人はもっとヤバそうだ。たぶん目の前で位相ごと自分がズラされたように感じたんじゃないかな。斬られた、とも錯覚しているかもしれない。
「シェリル大丈夫? 傷はつけてないはずだけど」
「お、おいシェリル。大丈夫か。どこか悪いのか?」
「……はぁ、こりゃ話にならなわいわね」
心配するアビディの手を取り、髪をかき上げる。額に冷や汗がぐっしょり浮かび、前髪が張り付いていた。
「……一瞬、自分が空間ごと切断されたのかと思ったわよ。はあぁぁ……私、生きてるのね……」
生を実感するシェリルさん。ちょっと事後みたいでエロい。
「うん、完敗ね。こりゃ無理だわ。私らの目が曇ってたね」
「だな。そっちの姉ちゃんは別格として、ケイもかなりつえぇぞ。D級上位はあるんじゃないか?」
「お、先輩たちにそう言ってもらえるのは嬉しいなあ」
「よせよ、オメーらに比べたらひよっこもいいとこだぜ」
「そうね、本当にそうね。……アビディ、今ので私も決心が付いたよ」
「ああ、俺もだ」
あれ、なんか二人とも神妙な顔に鳴っちゃったぞ。どうしたんだろ。
「ごめん、僕なんかやっちゃった?」
「いや、ケイは何も悪くねえよ。ただ、俺たちの実力がもう頭打ちだってことさ」
「そういうこと。つまり引退ね」
あー、なる。そういうことか。
「本当はまだいけんじゃねえか、運が向いてないだけなんじゃねえかって誤魔化してたけどよ、オメーらとの立ち会いで決心ついたぜ。これは未練だってな」
「実際まだ冒険者は続けられるんだけど、体力的にもピークは過ぎつつあるし、怪我することも増えてきたのよね。幸運なことに今のところ五体満足でいられてるけど、今後はどうなるか分からない……。なら元気なうちに引退して、稼いだお金を元手に全うな仕事を始めて暮らしたいのよ」
「物心ついてからずーっと冒険者に関わって、二十年近くこの仕事をしてきた。終わることなんて想像できなかったけどよ……ここらが幕引きだな」
「そうね。優れた冒険者は引き際を誤らないものよ」
引き際は大事だよね。英断だと思う。酸いも甘いも噛み分けた苦労人の、冷静な判断だ。その顔は晴れやかで、憑き物が落ちたかのようだった。ずっと悩んでいたんだろうね。
「そう、ですか」
タークくんは少し俯いて納得いかなそうな、残念そうな表情をしている。そしてパッと顔を上げて言った。
「じ、じゃあ! 俺が、俺たちがみなさんの意思を継いで冒険者を続けます! まだ二層で足踏みしてるけど、すぐに攻略して同期の紅蓮隊も追い抜いて、それで」
「バカ野郎!」
「イテッ!」
熱く語るタークくんの頭にアビディの拳骨が落ちる。うわぁ、ありゃ痛いぞ。アビディの拳、拳ダコがすごいもん。
「俺たちがいつそんなこと頼んだよ? 勝手に決めんじゃねえ。俺たちは俺たちの判断で終わらせたんだ。その後に勝手に道を作るんじゃねえ」
「で、でも」
「それにね、ターク。『俺たち』って言ってたけどそれってパーティの総意なの?」
「えっ」
タークくんは振り返ると、不安そうな顔をしたバッズとパメラがいた。
「あっ……」
「なあ、ターク。お前はドラゴンソードのリーダーなんだ。リーダーが突っ走ったら、判断を見誤ったら、メンバーは死ぬ。もしここが戦場だったら、お前は死んでいたかもしれねえ。自分の判断ミスで死なせた仲間の骸の横でな」
「は、い……」
しゅんとする若きリーダー。よかったね、叱ってくれる大人が近くにいて。タークくんたちは未熟だけど才能ある子供なんだ。こんなところで死ぬのは早すぎる。ていうか骨喰いのお二人、僕よりもぜんぜん師匠していて頼りがいあるわ……。
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