とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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ジゴクノカマノフタが開いた

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 さて、予定外の出来事こそあったが今日こそ七五〇階を目指そう。流石にこれ以上待たせると七五〇階の試験担当者が怒るだけでは済みそうにないからな。モンスターとの戦闘は今日も極力回避して、サクサク進む。七二〇階、七四〇階もきちんと立ち寄って通行許可を貰って進み、遂に七五〇階に通じる扉の前までやってきた。

(いよいよ最後の大きな節目か……二五〇、五〇〇でもさんざん苦労させられたが、ここの試練はより一層辛そうだ。しっかりと気を引き締めてかからないと)

 覚悟を決めてから扉を開け、先に進んで自分が見た物は──大理石を思わせる立派な石材が敷き詰められた足場に、快晴の空が広がる空。その先に身長はたぶん一六〇センチ……前後だと思われる鎧を着た一人の女の子が、小さな棒切れをもって地面に何かを書くような真似をしていた。地面は石なので何も書けてはいなかったが。だが、顔をあげてそのきれいな二つの紅い瞳が自分を確認したとたん──

「遅い! 遅すぎる! いつまで待たせるのよ! こっちは退屈で退屈で退屈で! いっそ襲いかかりに行こうかと思ってたわよ! そのうえ、なんで二五〇階を担当している姉妹とは二回も戦ってるのよ! ずるい、ずる過ぎるわ!」

 何というか、幼い感じがするなぁ。鎧は深紅の軽鎧で、更に日本の昔話に出てくる天女の様な羽衣? と言えばいいのだろうか。それも身に着けている。ただし兜はかぶっておらず、紫色のぼさぼさで長い髪が全く隠されていない。だが──こちらにかけてくる圧は本物だ。今までの経験からくる勘が、目の前にいる存在はすさまじい強者であると伝えてくる。

「だから、私は最大限ここに貴方を留めて目一杯戦ってもらうわ! 欲を言うなら、この塔の制限時間が尽きるまでずっとね! それぐらい遊んでもらえなきゃなっとくいかないもん!」

 幼い感じはそのままに、目の前の存在が放つ圧がより一層膨れ上がった。冷や汗が止まらない、これは予想以上に彼女を怒らせてしまっているようだ。だがそれでも、自分はこの試練を突破しなければならない。

「分かりました。ではここでの試練の内容を教えてください」

 それでも何とか普段の声を絞り出し、試練の内容を確認する。これを知らなきゃ始まらないからね。

「単純よ、私を倒しなさい! それだけ! 他の姉妹のように面倒な条件など付けないわ! 接近戦でも遠距離戦でも、どんな武器でも道具でも使ってよいわ! 私を倒して前に進む、それがここの試練よ!」

 なるほど、確かに単純だ。持てる力の全てをもって、立ちはだかった試練を乗り越えよというのは一番分かりやすいルールだ。だが、分かりやすい分困難だ。特に、目の前に立つ子の強さは……半端じゃないって事がこうして向かい合っているだけでわかるのだから。もしかしたら、有翼人のボスであったロスト・ロスに並ぶ強さかもしれない。

「それでは、始めましょうか! でも、いきなり私と戦えるなんて思わないでよね? 散々待たされたんだから、その分目いっぱい難易度をあげさせてもらうわ! すぐには突破できないように!」

 そう宣言した女の子は、突如二人に分裂した。それでは終わらず、二人が四人、四人が八人、八人が十六人と倍々で増えていく。これは……分身、と言う事になるんだろうか? この分身の中から、本体をまずは探し当てろと言う事か? しかし、分身が終わらない。いったい何人まで増えるんだ? もうすでに数百人以上いるんだが……

「ふふん、先に教えてあげるわ。私の分身は一六三八四人まで増やせるのよ! そして、そのすべての分身を撃破しなければ私には一切の攻撃を当てられない。それと、分身だからって弱いとは思わない事ね! 波の相手なら五秒持たないから!」

 一万越えだと!? 一万以上の軍勢を相手に、たった一人で勝て。そう言う試練かよこれは! それに、女の子の言葉は決してはったりじゃない。分身一人一人の強さは相当なものだ……一瞬の油断で、こちらの首を飛ばされかねないレベルである。正直きついとかいうレベルはとっくに超越している。

「そして、後ろを見なさい。一つの箱とベッドが出てきたのが見えるかしら? そして、赤い線が地面に引かれたのも? この階で貴方が倒されたら、あのベッドの上に復活するようになっているわ。そして、私の分身はあの赤い線より向こうにいるときは一切攻撃を仕掛けないから休むことが出来るわ。箱には様々な道具が入っているから、ポーションや矢と言った消耗品がいくらでも補給できるようになってる」

 ──リスポーン地点の強制変更!? つまり、これは……この試練から逃げ出す事を絶対に許さないという意思の表明に他ならない! それが顔に出てしまっていたようで、女の子はにんまりと笑う。

「どうやら、分かってもらえた様ね。貴方が外に出るには私の試練を突破する以外の手段は今無くなったわ! 私の試練が突破できそうにないから黒の塔の七五〇階の試練に逃げるなんて事は許さない。そんなつまらない逃げ方は絶対許さないから!」

 一言で言うなら、病んでいらっしゃる? という感じがする。どうやら待ちに待たせた事だけでなく、グラッド達の頼みを引き受けたとはいえ、二五〇階でもう一回戦ってしまったのが相当にこの子をイラつかせた可能性が高い。その結果がこれだよ、と言わんばかりの状況になってしまった。しょうがないので受け入れるしかないんだけどさ。

「了解です。まあ、逃げる気はなかったですし毎回ここまで登ってくる手間がなくなったのもよしとします。そしてルールも分かりました。後は戦い抜くだけですね」

 自分の言葉を聞いて、女の子の圧がちょっと弱まった。どうやら、逃げる気はなかったという一言が気に入ったらしい。その一方で闘気が高まっているようだけど。

「じゃ、今回はそちらが仕掛けたら戦闘開始の合図とするわ。次からは赤い線を越えたら戦闘開始となるわよ。では、楽しみましょうか」

 そんな言葉と共に、彼女は分身の後ろへと移動した。そして女の子の分身達が剣を、槍を、己を、両手剣を、大太刀を鞭をスネークソードを騎士剣を弓を杖を持ちながら待ち構えている。これだけの大軍勢を相手に、たった一人で戦い抜かなければならない。この戦い、本当に下手したら最後の最後までここを突破できずに残された時間をすべて使い切らされる可能性がある。

(それでも、ここを突き進む以外の道はない。退路はすでに断たれているんだ、前進するしかないんだ)

 大きく息を吸い込み、そして吐き出す。深呼吸をして、心を落ち着かせる。そして、集中。これだけの数を相手にする以上、一回でも攻めの動きが崩れればそれでおしまいとなるだろう。防戦するようになってしまえば、数の暴力で押しつぶされるだけになるのは目に見えている。こちらが攻め続ける以外に、道はない。

 アイテムボックスから強化オイルと蛇炎オイルを複数取り出して……ぶん投げた。自分が投げた瞬間、分身達も自分に向かって殺到してくる。もちろん魔法の詠唱に矢まで自分に飛んでくる。強化オイルが割れて炎の柱を形成し、蛇炎オイルも相手を燃やさんと分身に襲い掛かる。だが、それでも圧倒的に分身の数が多い為、相手の勢いを多少止めるぐらいにしかならない。

 既に四方八方から様々な武器による斬撃や突き攻撃が飛んでくる。それらを自分はレガリオンと八岐の月の二刀流ではじき返しながら反撃していく。だが、ちょくちょく頭上から曲射されて飛んできた矢とか、幾つもの魔法による攻撃が降り注いでくる事が難易度を跳ね上げる。前後左右に上まで感覚を張り巡らしていなければならないからだ。

 それでも戦いが継続できるのは今までの経験と、使い込んで馴染んだ相棒の間合いが生み出す一種の結界の様なイメージが持てるからである。どこまでが届いて、どこからが射程範囲外なのかと言う事を認識する事で、射程範囲内に入ったから攻撃する、範囲外だから相手をしないという判断が出来るお陰で、無駄な行動が減らせる。

 何せ相手の方が圧倒的に多数、余計な行動を一つするだけでこちらはそこから瓦解しかねない。その見切りを一瞬、いやもはや無意識でできるかどうかが、この状況下で戦い続けるのに必須の感覚と言えよう。だが、それでも……数の暴力は辛すぎた。

「ぐっ!?」

 こちらの武器の結界を潜り込むかのようにすり抜けてきた槍の攻撃が、右の脇腹あたりに刺さる。そして一瞬自分の動きが止まる。そうなれば、もう結末は動かせない。袋叩きにされてしまい、一瞬でこちらのHPを全部吹き飛ばされた。そして、事前の説明通りにベッドの上に横たわる形で復活した。

(やっぱり、ワンミスで全てが終わるか……万の敵を相手にワンミスも許されない戦いをしなければならない。なんてトチ狂った難易度の試練だよ……)

 心の中で悪態をつくが、それで状況が良くなるわけでもない。そして退路もない。土地狂った難易度であろうがなんであろうが、ここを突破する以外の道はないのだ。こうして、突破するのに一番時間がかかる事となる試練の幕は上がったのである。
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