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四章
四話 伊藤ほのかのファーストキス その一
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最近、朝のランニングが辛い。
花の女子高生の悩みがBLとバイオレンスだなんて、やっぱり私の高校生活は間違っているよね。
この前、担架で運ばれた生徒を見たとき、どうしようもない不安が押し寄せてきた。
私が一番心配しているのは先輩の事。
どういうわけか今、スポ根の流れが続いている。この流れだと問題が起きて、勝負して解決するパターンだ。
水泳部は場外乱闘で決着がついたけど、この流れが終わったわけではない。
押水先輩の一件がそうだった。
学校の名前が変わって、状況は悪化した。ハーレムが拡大していった。なんとか止めることができたけど、綱渡りだったと思う。
今度のスポーツ勝負は格闘技。昨日の怪我した男の子がその予感を増長させる。その場合、勝負するのはきっと、先輩。
あの怪我の具合からみて、かなり強い人と戦うと思う。先輩が大怪我するのは絶対に嫌。
ううっ、止める方法はないのかな?
まだ確定じゃない、私のただの予感。でも、この予感はきっと当たる。確信しているから。だから、怖い……。
どうしたらいいの?
「おはよう、伊藤」
「……おはようございます。先輩」
せっかく先輩に会えたのに憂鬱な気分が晴れない。
先輩の隣に並び、歩く。
「……この間の件、気にしてるのか? それともまだ黙っていることがあるのか?」
「……」
言えない。これはただの私の予想だから。曖昧な憶測は先輩が嫌うことだから。
先輩の足が止まる。
ううっ、怒られるのかな?
「……言いたくないならいい。でも、悩んでいるなら、誰かに相談してくれ。俺に言いにくいことなら、御堂や朝乃宮を頼れ。ああみえて面倒見はいいからな。きっと力になってくれる」
「……先輩は怒らないんですか?」
私はつい、上目遣いで先輩のご機嫌をうかがう。
先輩は笑って私の頭を撫でてくれた。
「本気で悩んでいるヤツを怒れないだろ? 付き合いは短いが、伊藤が本気で悩んでいるのは分かる。だから、あまり追い詰めるなよ」
先輩ってやっぱり優しい……それなのに、私は……。
情けない。私って本当に成長してない。
私は……私は……。
「? どうした、伊藤?」
私は先輩の袖をつかんでいた。
私は……先輩の隣を歩いていたい。後ろはヤダ。
先輩に話そう。私は昨日のことを話した。
大怪我した生徒が救急車に運ばれたこと。
何か問題があるかもしれないこと。
もしかすると、大怪我させた人と先輩が対決するかもしれないこと、全部話した。
先輩は私の話を最後まで黙って聞いてくれた。先輩は悩んでいたけど、結論が出たみたい。
「左近に相談するか。悩んでいても仕方ない」
「……信じてもらえないと思っていました」
だって、私、先輩達に隠し事をしていたから。それなのに、先輩は信じてくれている。胸の奥がきゅっと痛んだ。
先輩は苦笑している。
「伊藤の話を聞いてどこか納得してしまう自分がいるからな。まあ、問題が起きなければ御の字だろ」
「そ、そうですね!」
「話してくれてありがとうな」
先輩に肩をポンと叩かれた。
私はその場で立ち止まってしまう。先輩に叩かれた肩があたたかい。不安がやわらいでいく。
先輩に話してよかった。
私は離れていく先輩の背中を追いかけた。きっと大丈夫だよね。
先輩と橘先輩がいれば。
「……というわけで最近、同性同士の不純行為で風紀が乱れているので、その点を注意して見回りをお願い。以上」
風紀委員の定例会議が終わる。
風紀委員室には風紀委員全員が集まっていた。数にして三十人だ。
その中で女の子は私とサッキー、黒井さん、御堂先輩、朝乃宮先輩の五人だけ。
最初は女の子の数の少なさに驚いた。なんとなく私Tueeeさんが沢山いると思ったんだけどな。
アニメや漫画の見過ぎかな? それでも、御堂先輩と朝乃宮先輩、黒井さんは強いんだけどね。
解散した後、風紀委員女子と先輩、長尾先輩、橘先輩が残っていた。
全員が席につく。
「さて、ここからが本題」
今朝、私が先輩に話した件だ。みんなが気を引き締める。
「昨日、病院沙汰の事件があってね。その調査をお願いしたいんだけど」
橘先輩が簡潔に事件の内容を説明してくれる。
「いつものメンバーでいいだろ」
御堂先輩が立ち上がる。それに続いて先輩、長尾先輩が立ち上がる。ここに朝乃宮先輩が加わって、風紀委員四天王の勢揃い。
四天王は勝手に私が呼んでいるだけだけどね。
「わ、私も」
「伊藤はいい。足手まといだ」
御堂先輩にきっぱりと言われてしまった。何か言いたかったけど、足がすくんで動けない。
「伊藤は黒井、上春と一緒に見回りを頼む。暴力沙汰は苦手だろ?」
「……はい」
先輩に止められ、正直、ほっとしている自分に嫌気がさす。
亜羅死の時以来、暴力は苦手。今回は御堂先輩、長尾先輩、朝乃宮先輩が一緒だ。きっと大丈夫だよね。
今回はあきらめよう。
「黒井もいいな?」
「はい、お姉さま。でも、いつかきっとお姉さまの隣に立ちますの」
「……期待してる」
二人のやりとりを見て、胸の奥がチクりと痛んだ。私は先輩の隣に立つ資格あるのかな?
迷惑ばかりかけてるし、ちょっと不安になった。
先輩達が立ち上がり、調査に向かう。
三人の足音が急に止まる。
あれ? 三人?
「朝乃宮、どうした?」
朝乃宮先輩が座ったまま動かない。その姿に三人は不審に思っているようだ。
「……ウチは遠慮します。咲、黒井はん、伊藤はん。いこか」
「来ないのか? バトルが三度の飯より好きなくせに」
「たまにはそんな日もあります。今日は結構です」
「……そっか」
御堂先輩が先に部屋を出ていく。その後を先輩と長尾先輩がついていく。
意外だった。
なんで、朝乃宮先輩は先輩達と一緒にいかなかったんだろう? 喜んでいくと思ったのに。
バトルが好きなこと、否定しなかったよね? ちょっと引いたんですけど。
「さて、いこか、三人とも」
私達は席を立った。
「お待ちなさい、咲。タイが曲がっているわ。風紀委員なのだから身だしなみはしっかりしなさい」
「え、な、何ですか、ほのかさん、急に?」
私は戸惑っているサッキーに優しく、慈しむようにタイを直す。
「橘左近がみていらっしゃるわよ」
「あ、ありがとう、ほのかさん」
はにかむサッキー、可愛い。つい、サッキーの頬を優しく撫でる。サッキー、マジ女の子だよね。
頬の感触を楽しんでいると、私の前に般若が現れた。
「ええ度胸やね。ウチの前で咲、口説くなんて」
「い、いひゃいいひゃい!」
朝乃宮先輩の細い指が私の頬を引っ張る。い、痛い! マジで痛いです!
「はあ、伊藤さんの奇想天外な行動にはいつも驚かされますわね」
呆れてないで助けて、黒井さん! 痛いんだよ、これ!
このルートは絶対に安全だと思ったのに、私、痛い目にあってる!
朝乃宮先輩の頬つねり、マジぱねえっす!
私とサッキー、黒井さん、朝乃宮先輩の四人は校舎の見回りをしていた。朝乃宮先輩のことが気になって、サッキーにちょっかいをかけてみたけど、その結果がこれとは。
サッキーが止めてくれるまで朝乃宮先輩に頬をつねられた。パワハラだ!
「もう! ひどいです、朝乃宮先輩! 後、黒井さん! 奇想天外ではなく、常識にとらわれないと言ってほしいです!」
「そこはお認めになられるのですね」
黒井さんに思いっきり引かれたけど、気にしない。個性は大切だからね。
それと朝乃宮先輩、何でサッキーのタイを直すの?
「私はただ、朝乃宮先輩の様子がいつもと違うから元に戻そうとしただけです」
「ウチが伊藤はんに心配されるなんてショックやわ」
「こっちがショックなんですけど!」
「ふふっ、冗談や。おおきに」
いつもの朝乃宮先輩だ。様子が変だったから元気つけようとしたんだけど、心配して損したよ。
でも、笑顔がホント、綺麗というか、はかないというか……つい、見惚れる。
これ、男の子だったらマジで惚れてまうやろと言いたくなる。だって、同性の私でも綺麗って思えるし。
この人、ホント、どうして好戦的なの? 先輩達と一緒にいかなかったの?
「もう、ちーちゃん! ほのかさんにひどいことしないでください!」
「堪忍や、咲。冗談や」
朝乃宮先輩とサッキー、本当に仲がいいよね。羨ましいな。
朝乃宮先輩にはサッキー。
御堂先輩には黒井さん。
先輩、後輩の絆っていうのかな、それが羨ましい。先輩には私と思われるようになりたい。
先輩後輩の強い絆よりも私は、先輩とこ、ここここ恋人同士はまだ早いかな! きゃー!
「どうかしまして?」
黒井さんの言葉に我に返る。私は慌てて誤魔化す。
「いえ、なんでもありません! さっ、今日も元気に取り締まるぞ! 今日はどんなイケメンと出会うのか楽しみだな!」
恥ずかしさを紛らわす為に、わざと大きな声を出す。
「殿方が絡むとやる気十分ですわね、伊藤さんは」
「ふふっ、ウブな黒井さんは憂鬱ですよね~。でも、安心してください。また男の人を見て倒れたら、保健室までエスコートしてさしあげますよ?」
私は黒井さんはニッコリと笑顔を浮かべる。
「うふふふっ」
「あはははっ」
「オーホッホッホッホッホッホッ!」
「ハッハッハッハッハッハッハッ!」
「このスイーツ女!」
「お黙り! 毒舌女!」
私と黒井さんは取っ組み合う。
今日こそ雌雄を決してあげる! 先輩直伝のアイアンクローでごめんなさい、いわせちゃる!
「ち、千春、二人が怖いです」
「じゃれあってるだけやし、気にせんでええ。それより、あの三人、うまくやっとるやろか」
×××
「おい、藤堂。伊藤を甘やかし過ぎじゃないか?」
「そうか?」
「おっ、御堂、ヤキモチ?」
御堂のノーモーションのストレートに、潤平は体を軽く傾けて避ける。俺は二人を注意することなく、ボクシング部の部室へ向かった。
風紀委員の顧問から救急車の件を聞き、ボクシング部での出来事だと分かった。
ボクシング部の顧問に事情を訊いてみたが、問題ないとの一言だけだった。それでは納得いかなかったので、俺達は調査を続けることにした。
ボクシング部の部室に移動中、御堂があまりにもしつこく伊藤の事を言うので、俺は自分の考えを話す。
「別に甘やかしてない。伊藤が頑張っていれば褒めるし、間違っていれば叱る。それだけだ」
「それにしては気にかけすぎてない?」
御堂だけでなく、潤平にまでそう思われていたとは。過保護か、俺は?
俺が伊藤を気にかける理由、それは……。
「……羨ましいと思ったからだ」
「羨ましい?」
俺は自分の正直な気持ちを告白した。
「御堂には黒井が、朝乃宮には上春がいるだろ? あの関係が少し羨ましいと思っていた。先輩後輩の師弟関係っていうのか、それが羨ましかった」
不良を相手にしていたときも思ったのだが、兄貴分や舎弟の体育系のノリが羨ましいって思っていた。
兄貴がやられたら、弟分や舎弟が仇討ちをとる。弟分や舎弟がやられたら、兄貴が乗り込んでくる。
兄弟の絆というのか、団結力が格好いいって思うんだよな。
「ああ、なるほどね。正道、後輩に怖がられているから。その点、伊藤氏は正道を怖がっていないよね」
そんなに怖がれているのか、俺は? 少なからずショックを受けてしまう。
御堂が慌ててフォローしてくれた。
「そんなことはないだろ。一年からも頼りにされているさ」
「なら、なぜ声がかからないんだ? 潤平や左近には後輩から声をかけられているだろ?」
「……」
「まさか正道が自虐ネタするとは思わなかった」
事実を言ったまでだ。まあ、別に誰かに好かれたくて行動しているわけではないからいいのだが。
「だからって女の子にちやほやされたいのか?」
御堂は何が気に入らないんだ? それに俺の話を聞いてほしい。
「俺は男でもかまわないぞ」
潤平と御堂が俺から離れていく。
なぜ、俺から距離を取る?
俺は目をつぶり、怒りを抑える。
「御堂、お前は俺にどうしてほしいと思ってるんだ?」
「いや、だって男でもいいって……お、女にしとけ!」
「何の話をしている?」
「くっくっくっ、よほど水泳部の事、トラウマになってるんだね。乙女だね、御堂」
「!」
ブン!
「あぶな! 今のマジでしょ!」
かろうじて御堂の拳をかわすことができた潤平は文句を言っているが、御堂は顔を真っ赤にして無視している。
全く、時間の無駄だな。
「ああ、先に言っておくけど、もし、ボクシング対決になったら、僕がやるから」
「あ? なんで?」
御堂が潤平を睨んでいるが、潤平はかまわず説明する。
「御堂も正道も、水泳部で暴れたでしょ? 譲ってもらえるよね?」
俺は別に潤平の意見に同意してもよかったが、御堂は納得いかないみたいだ。潤平に抗議している。
「それとこれとは話が違う」
「なら、上半身裸の男の子と殴りあうの?」
ゆでたこのように真っ赤になる御堂に、潤平は勝ち誇ったように笑っている。
ちなみに上半身裸なのはプロのボクシングの試合だ。アマの高校のボクシングは上半身裸ではない。
「そ、それなら……心の目で戦う!」
「んなアホな」
コイツ、すげえこと、言うよな。全く冗談に聞こえないところが恐ろしい。御堂なら本当に勝てるって思えるからな。
無茶を言って駄々をこねる御堂に、俺と潤平はアイコンタクトをとる。
どうする?
いつものヤツでいいんじゃない?
OK。
「仕方ないな、それじゃあ、アレで決めるか?」
「そうだね。アレで決めよっか」
「ま、待て! あ……アレなのか?」
御堂は焦って、俺の提案に待ったをかける。御堂に断られないよう、対策もたててある。
「そう、アレ。もしかして、自信ない?」
「あ、あるに決まってるだろ! 今日こそは負けないからな!」
「決定だな。それじゃあやろうか、アレを」
御堂は挑発に弱い。潤平の挑発に御堂はすぐに乗ってしまう。その性格を利用させてもらった。
水泳部の件で迷惑をかけたし、ボクシング部との対決は潤平に譲るか。
俺達はアレでボクシング部に挑む権利を決めようとしていた。
×××
花の女子高生の悩みがBLとバイオレンスだなんて、やっぱり私の高校生活は間違っているよね。
この前、担架で運ばれた生徒を見たとき、どうしようもない不安が押し寄せてきた。
私が一番心配しているのは先輩の事。
どういうわけか今、スポ根の流れが続いている。この流れだと問題が起きて、勝負して解決するパターンだ。
水泳部は場外乱闘で決着がついたけど、この流れが終わったわけではない。
押水先輩の一件がそうだった。
学校の名前が変わって、状況は悪化した。ハーレムが拡大していった。なんとか止めることができたけど、綱渡りだったと思う。
今度のスポーツ勝負は格闘技。昨日の怪我した男の子がその予感を増長させる。その場合、勝負するのはきっと、先輩。
あの怪我の具合からみて、かなり強い人と戦うと思う。先輩が大怪我するのは絶対に嫌。
ううっ、止める方法はないのかな?
まだ確定じゃない、私のただの予感。でも、この予感はきっと当たる。確信しているから。だから、怖い……。
どうしたらいいの?
「おはよう、伊藤」
「……おはようございます。先輩」
せっかく先輩に会えたのに憂鬱な気分が晴れない。
先輩の隣に並び、歩く。
「……この間の件、気にしてるのか? それともまだ黙っていることがあるのか?」
「……」
言えない。これはただの私の予想だから。曖昧な憶測は先輩が嫌うことだから。
先輩の足が止まる。
ううっ、怒られるのかな?
「……言いたくないならいい。でも、悩んでいるなら、誰かに相談してくれ。俺に言いにくいことなら、御堂や朝乃宮を頼れ。ああみえて面倒見はいいからな。きっと力になってくれる」
「……先輩は怒らないんですか?」
私はつい、上目遣いで先輩のご機嫌をうかがう。
先輩は笑って私の頭を撫でてくれた。
「本気で悩んでいるヤツを怒れないだろ? 付き合いは短いが、伊藤が本気で悩んでいるのは分かる。だから、あまり追い詰めるなよ」
先輩ってやっぱり優しい……それなのに、私は……。
情けない。私って本当に成長してない。
私は……私は……。
「? どうした、伊藤?」
私は先輩の袖をつかんでいた。
私は……先輩の隣を歩いていたい。後ろはヤダ。
先輩に話そう。私は昨日のことを話した。
大怪我した生徒が救急車に運ばれたこと。
何か問題があるかもしれないこと。
もしかすると、大怪我させた人と先輩が対決するかもしれないこと、全部話した。
先輩は私の話を最後まで黙って聞いてくれた。先輩は悩んでいたけど、結論が出たみたい。
「左近に相談するか。悩んでいても仕方ない」
「……信じてもらえないと思っていました」
だって、私、先輩達に隠し事をしていたから。それなのに、先輩は信じてくれている。胸の奥がきゅっと痛んだ。
先輩は苦笑している。
「伊藤の話を聞いてどこか納得してしまう自分がいるからな。まあ、問題が起きなければ御の字だろ」
「そ、そうですね!」
「話してくれてありがとうな」
先輩に肩をポンと叩かれた。
私はその場で立ち止まってしまう。先輩に叩かれた肩があたたかい。不安がやわらいでいく。
先輩に話してよかった。
私は離れていく先輩の背中を追いかけた。きっと大丈夫だよね。
先輩と橘先輩がいれば。
「……というわけで最近、同性同士の不純行為で風紀が乱れているので、その点を注意して見回りをお願い。以上」
風紀委員の定例会議が終わる。
風紀委員室には風紀委員全員が集まっていた。数にして三十人だ。
その中で女の子は私とサッキー、黒井さん、御堂先輩、朝乃宮先輩の五人だけ。
最初は女の子の数の少なさに驚いた。なんとなく私Tueeeさんが沢山いると思ったんだけどな。
アニメや漫画の見過ぎかな? それでも、御堂先輩と朝乃宮先輩、黒井さんは強いんだけどね。
解散した後、風紀委員女子と先輩、長尾先輩、橘先輩が残っていた。
全員が席につく。
「さて、ここからが本題」
今朝、私が先輩に話した件だ。みんなが気を引き締める。
「昨日、病院沙汰の事件があってね。その調査をお願いしたいんだけど」
橘先輩が簡潔に事件の内容を説明してくれる。
「いつものメンバーでいいだろ」
御堂先輩が立ち上がる。それに続いて先輩、長尾先輩が立ち上がる。ここに朝乃宮先輩が加わって、風紀委員四天王の勢揃い。
四天王は勝手に私が呼んでいるだけだけどね。
「わ、私も」
「伊藤はいい。足手まといだ」
御堂先輩にきっぱりと言われてしまった。何か言いたかったけど、足がすくんで動けない。
「伊藤は黒井、上春と一緒に見回りを頼む。暴力沙汰は苦手だろ?」
「……はい」
先輩に止められ、正直、ほっとしている自分に嫌気がさす。
亜羅死の時以来、暴力は苦手。今回は御堂先輩、長尾先輩、朝乃宮先輩が一緒だ。きっと大丈夫だよね。
今回はあきらめよう。
「黒井もいいな?」
「はい、お姉さま。でも、いつかきっとお姉さまの隣に立ちますの」
「……期待してる」
二人のやりとりを見て、胸の奥がチクりと痛んだ。私は先輩の隣に立つ資格あるのかな?
迷惑ばかりかけてるし、ちょっと不安になった。
先輩達が立ち上がり、調査に向かう。
三人の足音が急に止まる。
あれ? 三人?
「朝乃宮、どうした?」
朝乃宮先輩が座ったまま動かない。その姿に三人は不審に思っているようだ。
「……ウチは遠慮します。咲、黒井はん、伊藤はん。いこか」
「来ないのか? バトルが三度の飯より好きなくせに」
「たまにはそんな日もあります。今日は結構です」
「……そっか」
御堂先輩が先に部屋を出ていく。その後を先輩と長尾先輩がついていく。
意外だった。
なんで、朝乃宮先輩は先輩達と一緒にいかなかったんだろう? 喜んでいくと思ったのに。
バトルが好きなこと、否定しなかったよね? ちょっと引いたんですけど。
「さて、いこか、三人とも」
私達は席を立った。
「お待ちなさい、咲。タイが曲がっているわ。風紀委員なのだから身だしなみはしっかりしなさい」
「え、な、何ですか、ほのかさん、急に?」
私は戸惑っているサッキーに優しく、慈しむようにタイを直す。
「橘左近がみていらっしゃるわよ」
「あ、ありがとう、ほのかさん」
はにかむサッキー、可愛い。つい、サッキーの頬を優しく撫でる。サッキー、マジ女の子だよね。
頬の感触を楽しんでいると、私の前に般若が現れた。
「ええ度胸やね。ウチの前で咲、口説くなんて」
「い、いひゃいいひゃい!」
朝乃宮先輩の細い指が私の頬を引っ張る。い、痛い! マジで痛いです!
「はあ、伊藤さんの奇想天外な行動にはいつも驚かされますわね」
呆れてないで助けて、黒井さん! 痛いんだよ、これ!
このルートは絶対に安全だと思ったのに、私、痛い目にあってる!
朝乃宮先輩の頬つねり、マジぱねえっす!
私とサッキー、黒井さん、朝乃宮先輩の四人は校舎の見回りをしていた。朝乃宮先輩のことが気になって、サッキーにちょっかいをかけてみたけど、その結果がこれとは。
サッキーが止めてくれるまで朝乃宮先輩に頬をつねられた。パワハラだ!
「もう! ひどいです、朝乃宮先輩! 後、黒井さん! 奇想天外ではなく、常識にとらわれないと言ってほしいです!」
「そこはお認めになられるのですね」
黒井さんに思いっきり引かれたけど、気にしない。個性は大切だからね。
それと朝乃宮先輩、何でサッキーのタイを直すの?
「私はただ、朝乃宮先輩の様子がいつもと違うから元に戻そうとしただけです」
「ウチが伊藤はんに心配されるなんてショックやわ」
「こっちがショックなんですけど!」
「ふふっ、冗談や。おおきに」
いつもの朝乃宮先輩だ。様子が変だったから元気つけようとしたんだけど、心配して損したよ。
でも、笑顔がホント、綺麗というか、はかないというか……つい、見惚れる。
これ、男の子だったらマジで惚れてまうやろと言いたくなる。だって、同性の私でも綺麗って思えるし。
この人、ホント、どうして好戦的なの? 先輩達と一緒にいかなかったの?
「もう、ちーちゃん! ほのかさんにひどいことしないでください!」
「堪忍や、咲。冗談や」
朝乃宮先輩とサッキー、本当に仲がいいよね。羨ましいな。
朝乃宮先輩にはサッキー。
御堂先輩には黒井さん。
先輩、後輩の絆っていうのかな、それが羨ましい。先輩には私と思われるようになりたい。
先輩後輩の強い絆よりも私は、先輩とこ、ここここ恋人同士はまだ早いかな! きゃー!
「どうかしまして?」
黒井さんの言葉に我に返る。私は慌てて誤魔化す。
「いえ、なんでもありません! さっ、今日も元気に取り締まるぞ! 今日はどんなイケメンと出会うのか楽しみだな!」
恥ずかしさを紛らわす為に、わざと大きな声を出す。
「殿方が絡むとやる気十分ですわね、伊藤さんは」
「ふふっ、ウブな黒井さんは憂鬱ですよね~。でも、安心してください。また男の人を見て倒れたら、保健室までエスコートしてさしあげますよ?」
私は黒井さんはニッコリと笑顔を浮かべる。
「うふふふっ」
「あはははっ」
「オーホッホッホッホッホッホッ!」
「ハッハッハッハッハッハッハッ!」
「このスイーツ女!」
「お黙り! 毒舌女!」
私と黒井さんは取っ組み合う。
今日こそ雌雄を決してあげる! 先輩直伝のアイアンクローでごめんなさい、いわせちゃる!
「ち、千春、二人が怖いです」
「じゃれあってるだけやし、気にせんでええ。それより、あの三人、うまくやっとるやろか」
×××
「おい、藤堂。伊藤を甘やかし過ぎじゃないか?」
「そうか?」
「おっ、御堂、ヤキモチ?」
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ボクシング部の顧問に事情を訊いてみたが、問題ないとの一言だけだった。それでは納得いかなかったので、俺達は調査を続けることにした。
ボクシング部の部室に移動中、御堂があまりにもしつこく伊藤の事を言うので、俺は自分の考えを話す。
「別に甘やかしてない。伊藤が頑張っていれば褒めるし、間違っていれば叱る。それだけだ」
「それにしては気にかけすぎてない?」
御堂だけでなく、潤平にまでそう思われていたとは。過保護か、俺は?
俺が伊藤を気にかける理由、それは……。
「……羨ましいと思ったからだ」
「羨ましい?」
俺は自分の正直な気持ちを告白した。
「御堂には黒井が、朝乃宮には上春がいるだろ? あの関係が少し羨ましいと思っていた。先輩後輩の師弟関係っていうのか、それが羨ましかった」
不良を相手にしていたときも思ったのだが、兄貴分や舎弟の体育系のノリが羨ましいって思っていた。
兄貴がやられたら、弟分や舎弟が仇討ちをとる。弟分や舎弟がやられたら、兄貴が乗り込んでくる。
兄弟の絆というのか、団結力が格好いいって思うんだよな。
「ああ、なるほどね。正道、後輩に怖がられているから。その点、伊藤氏は正道を怖がっていないよね」
そんなに怖がれているのか、俺は? 少なからずショックを受けてしまう。
御堂が慌ててフォローしてくれた。
「そんなことはないだろ。一年からも頼りにされているさ」
「なら、なぜ声がかからないんだ? 潤平や左近には後輩から声をかけられているだろ?」
「……」
「まさか正道が自虐ネタするとは思わなかった」
事実を言ったまでだ。まあ、別に誰かに好かれたくて行動しているわけではないからいいのだが。
「だからって女の子にちやほやされたいのか?」
御堂は何が気に入らないんだ? それに俺の話を聞いてほしい。
「俺は男でもかまわないぞ」
潤平と御堂が俺から離れていく。
なぜ、俺から距離を取る?
俺は目をつぶり、怒りを抑える。
「御堂、お前は俺にどうしてほしいと思ってるんだ?」
「いや、だって男でもいいって……お、女にしとけ!」
「何の話をしている?」
「くっくっくっ、よほど水泳部の事、トラウマになってるんだね。乙女だね、御堂」
「!」
ブン!
「あぶな! 今のマジでしょ!」
かろうじて御堂の拳をかわすことができた潤平は文句を言っているが、御堂は顔を真っ赤にして無視している。
全く、時間の無駄だな。
「ああ、先に言っておくけど、もし、ボクシング対決になったら、僕がやるから」
「あ? なんで?」
御堂が潤平を睨んでいるが、潤平はかまわず説明する。
「御堂も正道も、水泳部で暴れたでしょ? 譲ってもらえるよね?」
俺は別に潤平の意見に同意してもよかったが、御堂は納得いかないみたいだ。潤平に抗議している。
「それとこれとは話が違う」
「なら、上半身裸の男の子と殴りあうの?」
ゆでたこのように真っ赤になる御堂に、潤平は勝ち誇ったように笑っている。
ちなみに上半身裸なのはプロのボクシングの試合だ。アマの高校のボクシングは上半身裸ではない。
「そ、それなら……心の目で戦う!」
「んなアホな」
コイツ、すげえこと、言うよな。全く冗談に聞こえないところが恐ろしい。御堂なら本当に勝てるって思えるからな。
無茶を言って駄々をこねる御堂に、俺と潤平はアイコンタクトをとる。
どうする?
いつものヤツでいいんじゃない?
OK。
「仕方ないな、それじゃあ、アレで決めるか?」
「そうだね。アレで決めよっか」
「ま、待て! あ……アレなのか?」
御堂は焦って、俺の提案に待ったをかける。御堂に断られないよう、対策もたててある。
「そう、アレ。もしかして、自信ない?」
「あ、あるに決まってるだろ! 今日こそは負けないからな!」
「決定だな。それじゃあやろうか、アレを」
御堂は挑発に弱い。潤平の挑発に御堂はすぐに乗ってしまう。その性格を利用させてもらった。
水泳部の件で迷惑をかけたし、ボクシング部との対決は潤平に譲るか。
俺達はアレでボクシング部に挑む権利を決めようとしていた。
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