風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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二章

二話 裏切り その四

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 とりあえず、俺は白部を中庭まで誘導した。ここなら誰かが近づいても感知しやすいし、話も聞かれないだろう。
 中庭には、少数のグループの生徒がおしゃべりをしている。そのグループから少し離れた場所を見つけ、立ち止まる。
 俺は後ろにいる白部の方に振り返った。

「……誰だ、お前は?」

 俺の後ろには白部だけでなく。見知らぬ女子生徒が立っていた。
 本当に誰なんだ?

 くりっとした澄んだ瞳に幼さを残した童顔は、無垢むくな子供を思わせる。隣にいる白部がクールなら、隣にいる女子生徒はその正反対の可愛さだろう。

「あれ? 気づきませんでした? 私、藤堂先輩が奏水を連れ出してからずっとつけてましたよ。案外、抜けてますね」
「……」

 全くだ。周りと前方だけ気を配っていて、後ろが全くおそろかだった。
 後ろに気配があったから、つい白部だけがついてきていると思い込んでしまった。とんだ失態だ。
 だが、上春達が作ってくれたこの機会を無駄に出来ない。

「悪いが白部さんと二人きりで話がしたい。席を外してくれないか?」
「嫌です。藤堂先輩って女の子でも必要なら手を上げますよね? そんな危険人物を奏水と二人きりにするなんて出来るはずがないじゃないですか? たとえ、奏水のやったことが非道なことでも」

 挑発的な笑みを浮かべる女子生徒に、俺は目を細め、女子生徒を見据える。
 本当に何者なんだ、この女子生徒は。もしかして、この女子生徒は白部の共犯者なのか?

「……美花里みかり、別に頼んでないから。余計なお世話」

 白部はけだるそうに、白部をかばっている女性生徒に声をかける。美花里と呼ばれた女子生徒は特に白部の態度に気を悪くする事もなく、肩をすくめていた。

「相変わらず冷めてるわね、奏水。でも、友達として、クラス委員長として見過ごせないの。この危険人物はね」

 美花里は俺を睨みながら、俺達の間に入ってくる。美花里は出会ったときから敵対行動をとっているが、俺に何か恨みでもあるのか?
 それはともかく、二人の関係を確認しておきたい。共犯者かどうかを。

「キミは知っているのか? 白部さんが何をしたのかを。それを知っていて、白部さんをかばうのか?」
「知ってるわ。奏水が真子まこを掃除ロッカーに閉じ込めたことでしょ? 悪いけど、私と奏水は友達なの。どっちが正しいかなんて問題じゃない。おわかり?」
「……なぜ、掃除ロッカーに平村さんが閉じ込められていた事を知っている?」

 掃除ロッカーの件を知っているということは、お前は白部の共犯者なのか? それとも……。

「別にたいしたことじゃないわ。学級日誌を職員室から取りに行ったとき、先生方が話しているのを立ち聞きしたの。これって校則違反なのかしら?」

 俺は首を横に振る。
 なるほど……そういう事か……。
 俺は内心、動揺している事を隠すため、二人を睨みつけ威嚇いかくする。頭をフル回転させ、何をするべきかを考える。
 ここは……当初の目的通り、まずは白部から事情聴取するか。

「白部さん。先ほどそこにいる女子生徒の言ったとおり、キミが掃除ロッカーに平村さんを閉じ込めたのか?」
「だったら何?」

 コイツ、まるで悪気がないのな。俺のことをなめているのか、罪悪感を感じていないのか……。
 まあいい。白部が昨日のことを認めるのであれば、話が早いからな。
 俺はおもむろに白部の胸ぐらを掴みあげる。白部は一瞬、恐怖の色が顔に出たが、気丈にも睨み返してきた。

「今後、二度とこんなバカなことをするな。これは警告だ」

 そう、警告だ。最終通告といってもいい。
 あんな陰湿な事をしておいて、反省の色すらないなんて、許せるはずもない。

「別にキミには関係ない。これは私と真子の問題だから。事情を知らない部外者が口を出さないで」
「バカか、お前は。事情を知らなければ口出しされないとでも思ったのか? お前の事情なんて知ったことではない。俺はやめろって言っているんだ。お前は平村さんを殺す気だったのか?」

 殺すと言う言葉に、白部のポーカーフェイスが崩れる。
 白部は苦々しい顔つきで俺の手を払いのけようとするが、俺は手に力を込め、離さない。絶対にやめさせるまで離してやるか。

「お、大げさすぎ。死ぬわけないでしょ? 絶対に死なないから」
「……掃除ロッカーの中をお前は見たことがあるのか?」
「?」

 俺の問いに白部は眉をひそめる。掃除ロッカーの中なんて、誰だって見たことがあるだろう。
 そんな当たり前のことをどうして俺が聞いているのか、白部は理解できないって顔をしている。
 だったら、教えてやる。お前がどれだけ酷いことをしたのかを。

「掃除ロッカーには人一人が入っても多少のスペースはある。二人までなら入れるだろう。掃除用具がなければの話だがな。平村さんは掃除ロッカーに掃除用具が入っている中で、口をガムテープで塞がれ、両手を縛られていたんだぞ? その状態であんな狭いところに閉じ込められて、どれだけ辛い思いをしたのか分からないのか? 掃除用具が邪魔で座ることも出来ないし、立ちっぱなしで休むことすら不可能だ。なあ、想像すら出来なかったのか?」

 お前に人の心はないのか? どうして、そこまで残酷になれるんだ?
 俺は朝一番に、自分の教室にある掃除ロッカーの中を確認した。

 掃除ロッカーにはホウキやちりとり、バケツといったものが収納されている。
 スペースはあるが、掃除用具と一緒に中に入るとなると、かなり窮屈だ。少し動けばホウキが体に当たるし、足場にバケツがあるのだ。
 もたれると他の掃除用具に背中が当たってしまい、直立した状態になってしまう。
 だが、長時間直立した状態はかなりの体力を要する。足場が狭いため、休むことができない。
 これはもう、拷問と言っても過言ではない。

「それに放課後の遅い時間帯だ。誰も教室の前を通らないし、朝まで放置されていた可能性がある。孤独と暗闇の中、ずっと立ちっぱなしにされた平村さんは、どれだけの恐怖と疲労があったんだろうな。もし、平村さんが最初から体調を崩していたなら、洒落にならない事態になっていたのかもしれないんだぞ。お前、本当に自分のしでかした事を理解できているのか?」

 俺は自分の想いを白部にぶつけてみたが、白部は知らんぷりだ。
 白部の態度に、俺は怒りよりも悲しかった。想いは届かず、空回りしている。
 人はここまで残酷で冷たい生き物なのか? 情はないのか?
 白部は俺から視線をそらし、ぼそっとつぶやく。

「……だから、死ぬわけないじゃん。絶対に死なないから」
「それはお前の推測か? ソースはなんだ?」

 白部は黙ったまま、何も口にしない。
 コイツ、本当にふざけているのか?

 俺が一番許せないのが、白部は何の根拠もなく、大丈夫だと言い張っていることだ。俺が指摘した点を否定する言葉を持たず、自分の感覚で考えてやがる。

 本当に大丈夫なら言ってやりたい。
 だったら、お前が同じ目にあってみろと。

 いつ解放されるか分からない、孤独と暗闇の中で、体の自由を奪われた恐怖を味わってみろと怒鳴りちらしてやりたい。
 俺の心の中に、またドス黒い何かが湧き上がってくる。

 それは怒りと殺意。
 俺の白部を握る手の力がより強くなる。怒りが抑えきれないのだ。目の前の悪意が理解できないのだ。
 どうして、ここまで悪意に満ちているんだ、お前は。少しの罪悪感もないのか? 悪いとは全く思っていないのか? 自覚すらないのか?

 俺は今、中学の時に俺をいじめていたヤツの顔を思い出した。
 アイツらも自分の悪意に全く気づかず、逆にどこまで人を傷つけられるのか、まるで化学の実験のように楽しんでいやがった。
 憎い……目の前にいる女が憎い……。

 カシャ!

 急に強い光が俺の網膜に飛び込んできた。
 何だ?
 俺は光がした方を見ると、美花里が写真を構え、俺達をとっていた。俺が白部の胸ぐらを掴んでいる姿を撮ったようだ。

「はい、そこまで。いくら風紀委員でもやり過ぎ。生徒に暴力なんて振るうのは御法度ごはっとでしょ? それ以上やるなら、この写真、ばらまくから。意味、分かるよね?」

 脅迫か。
 確かに俺達風紀委員が生徒に暴力を振るう権利などない。どんな悪党でもだ。

 俺が不良に振るっている暴力は、正当防衛という名の免罪符だ。完全にグレーなのだが、不良相手でない場合は、完全にクロの扱いになる。
 つまり、俺の行動は問題扱いになる。そうなれば、風紀委員委に迷惑をかけるだろう。だが、それでも……。

「ばらまきたければ好きにしろ」

 俺の回答に美花里は俺を睨みつけてくる。
 緊迫した空気が俺達を包み込む。

「私、本気だよ?」

 だからなんだ? 俺だって本気だ。
 その証拠を美花里に叩きつけてやる。

「ここは中庭だ。もう、俺が白部さんの胸ぐらを掴んでいる姿なんて他の生徒に目撃されているはずだ。俺の行動が問題になれば、その原因が追及される。そうなったら本気で先生方は白部さんの行動を問題視するぞ。停学だってありえる。それが嫌なら今後一切、平村さんに酷いことをするな。俺はイジメさえなくなればそれでいいし、胸ぐらを掴んだことに謝罪しろというのなら頭を下げてもいい」

 そう、それだけだ。
 白部と平村に間に何があるのかは知らない。憎しみを持つなとは言わない。だが、イジメはダメだ。

 イジメは相手の心を殺していく恐ろしいものだ。そして、じわじわと肉体に影響を与え、明日に何の希望も持てず、絶望する。
 いつかはイジメがなくなるなんてただの妄想だ。現実は残酷だって、誰も助けてはくれないって、イジメを受けたヤツなら誰だって知っている。

 俺はもう、あんな想いを誰かにして欲しくないし、させるべきではない。
 俺の行動が間違っていたとしても、それでも、イジメを止められるなら、今すぐ止めたいんだ。

「……呆れた。問題が解決すれば、自分がどうなってもいいんですか?」
「それを承知で風紀委員をしている。人に物事を強要するんだ。それなりの覚悟はするべきだろ」
「……でも、タイムオーバーです」

 チャイムの音が鳴り響く。朝HRが始まろうとしている。
 俺達風紀委員委に、授業に割り込んでまで委員会の業務を続ける権利はない。

 ここまでか……。
 目的は果たせなかったが、収穫はあった。白部はクロだ。
 俺は白部から手を離し、それでも、睨みつける。
 白部は俺をにらみ返し、吐き捨てるように言った。

「……私だって許せないことがあるの。譲れないものがあるから」
「何だと?」
「……真子は裏切り者。だから、私は絶対に許さない」

 凍り付くような冷たい声色に、今度は俺が眉をひそめる番だった。
 言葉通り、裏切られ、その復讐のためにイジメをしているのだと、白部は宣言しているように思えた。
 白部は俺に背を向け、歩き出す。

 平村は裏切り者……。

 白部の一言で、俺はこの一件が単純なイジメではないと確信してしまう。
 平村に白部に美花里……。
 本腰を入れて取りかからないと、この一件は解決しそうにないな。だが、絶対にイジメを止めてみせる。

「藤堂先輩! どうでした?」
「その顔やと、かんばしくないようやね」

 上春と朝乃宮がこっちにやってきた。
 二人が頑張ってくれたのに、俺は何の結果も出せなかった。申し訳ない気持ちで一杯になる。

「……すまん。うまくいかなかった」

 上春は俺の謝罪に、気にしてませんからと気遣うように笑顔を浮かべている。

「……し、仕方ないですよ。まだ始まったばかり……」
「だが、必ず事件を解決してみせる。必ずな」
「……はい! 頑張りましょう!」

 俺は決意を新たにして、教室に戻ることにした。
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