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十九章
十九話 ラベンダー -期待- その十
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「おはよう、剛。お姉ちゃん、お風呂に入るから入ってこないでね」
「……」
洗面台で顔を洗っていた剛に、私はしっしと手を振る。
朝のランニングを終えて、汗を流そうとお風呂に入ろうとしたとき、剛と出くわした。いつもなら、剛は憎まれ口を叩きながら出ていくんだけど、今日は違った。
剛は不思議そうに私を見つめている。
ん? 何かあるの?
鏡でチェックしてみたけど、何もおかしなところはない。なら、剛はなんで私を見ているの?
まさか、私の裸を見たいとか。まだ毛が生えてない癖に生意気な。
私はジト目で剛を睨む。
「何? お姉ちゃんと一緒にお風呂に入りたいの?」
「んなわけねーだろ!」
「なら、さっさとでていきなさいよ」
私は服を脱ぎだす。パパや男の子の前だとみられたくないけど、剛は別。男の子とは思えない。
剛はまだ出ていこうとしなかった。何なのよ、もう。
「なあ、姉ーちゃん。最近、起きるのが早くない? いつもなら、もっと遅いだろ?」
「……別にたまたまよ。それが何?」
「かーちゃんが言ってたけど、また無理してるって。どうなん、そこんとこ」
私は驚きのあまり、言葉を失っていた。ママに見抜かれたこともだけど、剛が私を心配して声をかけてくるなんて。
私は剛の頭に手を置いた。先輩達が私にしてくれたように、私も剛の頭を優しくなでる。
「何の問題もないよ。心配してくれてありがとね、剛」
「ふん! 別に心配なんてしてねーよ! バカ!」
剛は大股で洗面所から出ていった。
別に恥ずかしがることないのに。耳を真っ赤にさせちゃって。
そんな剛を可愛いとも思わず、私は服を脱ぎ、お風呂場に入った。シャワーで汗を洗い流す。
熱いシャワーを浴びていると、汗と疲れが落ちていくような気がして、体が軽くなるのを感じる。
私は目を閉じ、剛の言ったことを考えていた。
……無理か……どうすればいいのよ。
体は疲れていても、眠れない。目を閉じると、いつも先輩の事を考えてしまう。
なぜ、こんなことになってしまったの?
言い訳を重ねて、先輩にフラれたことを認めようとしない。その繰り返し。
眠っても、先輩の夢を見て、すぐに目が覚めてしまう。その後、少し泣く。
いつまで続くの。全然吹っ切れない。
いや、まだ私は先輩の事が好き。だから、吹っ切れない。諦めたくないから……。
だったら、どうしたらいいの? 先輩と話をすればいいの? 何を話せばいいの? 分からない……分からないよ……。
シャワーと共に涙が流れ落ちる。そのまま動けず、ただじっと耐えていた。
辛い……辛いよ、先輩……。
「我が愛しい妻、イザナミよ、いたら返事をしろ。俺達の国づくりはまだ終わっていない。お前がいない国など何の意味もない」
「その声はイザナギですか? ああ、イザナギ、私の最愛の人……こ、声を?」
「カット―! 声を聞かせてくださいませ、でしょうが! やる気あんの!」
園田先輩の怒声が屋上に響き渡る。
朝の八時。SHR(ショートホームルーム)が始まるまでの間、劇の稽古が始まる。
イザナミ役の獅子王さん、イザナギ役の古見君。二人のセリフの読み合わせをしている。それを園田先輩がチェックしていた。
私は三人の姿を見ながら、黙々と小道具を作っていた。
衣装も作っているけど、屋上にはミシンがないので簡単な小道具を作成している。
中学生の時、アイドルやコスプレの衣装に憧れて裁縫してみたけど、難しくて一着仕上げるのがやっと。ワンピースとかは出来るようになったけど、劇で使用する和服については作り方が分からない。
なので、園田先輩にお願いして、演劇部の人から衣装を借りて、それを参考に作っている。
古見君のサイズに合うものはあったけど、獅子王さんに合うサイズがなかった。
古見君の衣装はあるものをカスタマイズして、獅子王さんは新たに一から作る。ぎりぎり間に合うペース。出演者が二人だけってことがありがたい。
ちなみにボクシング部の人にも手伝ってもらっている。最初は渋々だったけど、御堂先輩が声をかけてくれたおかげでやる気満々。
現金だよね、男の子って。別に付き合えるわけでもないのに。でも、そんなノリ、私はとても好き。
御堂優希先輩。
腰まである鮮やかな金髪のロングに、モデル並みの身長とプロポーション。元レディース総長で、男気のある先輩で……先輩の元相棒で、告白してフラれた人。
先輩と私の対決の時、御堂先輩から伝えられた事実に私は先輩の気持ちに気づいた。それ以来、先輩とも御堂先輩とも疎遠になっていた。
御堂先輩は橘先輩に頼んで動いてもらった。まだ、御堂先輩と顔を合わせづらいから……それに、恋敵とどう接していいのか分からない。
「はい、ダメ! 棒読みになってるよ、古見君! お遊戯会じゃないんだからさ!」
「ご、ごめんなさい」
「謝る暇があるんなら練習あるのみ! 素人って言い訳は私には通じないから!」
古見君と獅子王さんは文句ひとつ言わずに園田先輩の指導に付き合っている。意外だった。
園田先輩、スパルタだから、獅子王さんは絶対にキレると思ったんだけど、そんなことはなかった。
劇の内容でもめることはあったけど、手を出していない。気に入らなかったらすぐに手を出していたのに。
古見君も最近は笑顔が多い。前は諦めたような作り笑いを浮かべて、元気がなかったのに。
二人はいい方向に変わってきている。仲も良好だし、いまのところ、橘先輩のちょっかいもなければ、嫌がらせもない。
このまま何事もなく終わってほしい。別れる辛さは私が身をもって体験している。
できるのであれば、馬淵君達もそっとしてほしい……。
私にできること、それは守ることだと思う。今度こそ間違えない。二人を見て、そう思ったんだ。
「さあ、始まりました! 毎年青島祭の次期限定で校内放送しております、放送委員プレゼンツ、『真昼のぉ~ミッドナイト』。この放送は青島祭の魅力や最新情報をお届けしつつ、ゴールデン青島賞を目指す若人を全力で応援する放送です。青島祭で気になる事や、アピールしたい出し物、それ以外にも恋のお悩み事がありましたら、お便りをお待ちしておりますので、ぜひ、青島祭実行委員までお願いいたします。では最初はこのコーナーから……」
お昼休み、ご飯を食べながら獅子王さん達の劇の練習を見学していると、スピーカーから陽気なカントリーミュージックと滑舌のいい女の子の声が聞こえてきた。
ふうん……青島祭が近づくと限定の放送が流れるんだ……知らなかった。
でも、真昼のミッドナイトって何? お昼なの? 夜なの?
それにオープニング曲のカントリーミュージックが田舎臭くて何とも言えないよね。救いなのはパーソナリティの人の声がほんわか癒し声ってことくらい。これは絶対にクラスの男の子が騒ぐ。
少し脱力してリラックスできるけど、劇の練習中にはむかないような……そう思って獅子王さん達を見てみると、全然聞こえていないのか、真剣に劇の練習をしている。
すごい集中力。私も負けられない。
私はご飯を急いで食べて、劇に必要な小道具の作成を開始した。
朝とお昼の演劇の稽古が終わり、放課後は風紀委員の見回りが始まる。普段の見回りとは違い、他のクラスや部が違反行動していないかとヘルプが目的。
クラスや部ごとに予算が決まっていて、その予算を節約するために余所のところから段ボールや布等を勝手にとってくる人達がいる。
それを注意するのが風紀委員と青島祭実行委員のお仕事。
後、青島祭に必要な物資が届いたとき、指定の場所へ運ぶお手伝い、つまりは青島祭実行委員のお手伝いをすること。
「それじゃあ、風紀委員のみなさん。よろしくお願いします」
「はい!」
私は元気よく返事をする。
「伊藤はん、やる気満々どすな。どないしはったん?」
「みんなに迷惑をかけした分、仕事を頑張ってお返ししたいと思っていますので」
私の答えに朝乃宮先輩は上品に微笑んでいる。
朝乃宮先輩。
艶つやを帯びた流れるようなきめ細やかな髪にバランスの取れた顔立ち、体の線は細いんだけど、でるところはでて引っ込んでいるところは引っ込んでいる、メリハリのきいたボディラインの持ち主。
同性でも羨む綺麗な体型だけど、性格はそうでもない。御堂先輩や先輩とは真逆で、自由気ままなお人だ。
「ええ心がけです。ウチの分まで頑張ってください」
「もう、千春! 千春も頑張らないと!」
「冗談や。そないに怒らんでも」
朝乃宮先輩を怒っているのは、同じ学年で同じ委員のサッキーこと、上春咲さん。
フェアリーボブの少し目の大きめ、身長が若干低いせいか年下の可愛い女の子を連想させられる。
素直で優しい、風紀委員で数少ない常識人。
「少しはほのかさんを見習ってください。全く」
「上春、あまり伊藤さんを持ち上げない方がよろしくてよ。どうせ三日坊主が関の山ですわ」
このちょっと毒舌の入った女の子は、もう一人の同学年同委員会の黒井麗子さん。
黒髪の下方ツインテで、御堂先輩と同じくツリ目。サッキーとは逆で年齢より大人びた雰囲気を持つ女の子。
意地悪なことをよく言うけど、私のわがままに付き合ってくれる、面倒見のいい頼れる同僚。
私達は四人で行動している。
青島祭が近づくにつれ、仕事の量が増えてきている。私以外の他の風紀委員も、忙しく走り回っていた。
「ほのか! こっち手伝って!」
「はーい!」
それが終われば、クラスの出し物の手伝い。クラスの出し物のお化け屋敷は小道具、大道具を作るのが難しい。
それ以外にも、ルート、お化け役、衣装、BGMを入れるかどうか等、決めることが多くてもう大変。
でも、この雰囲気、まさに文化祭って感じだよね! 忙しいんだけど、みんないい雰囲気だし、初めての青島祭だから気分が高揚しているのが分かる。私も楽しみなんだよね。
みんなで学園の出来事、青島祭の事、可愛い小物やおすすめのスイーツ等、おしゃべりしながら、コツコツと進めていた。
それが終わったら馬淵先輩達の出し物のお手伝い。
「これなんてどうです?」
「おっ、いいじゃん!」
多目的室にあったプロジェクターを使って、私はライブの映像を映していた。それを馬淵先輩達と一緒に見て、確認している。
私一人では作詞作曲、ふりつけはできないのでみんなに協力を求めた。
みんなはそれでいいと言ってくれたから、こうして勉強している。
でも、ふりつけもそうだけど、作詞作曲って難しいよね。楽しむために見ているのと、ふりつけを覚えるために見るのとは全然違う。
楽しみ為に見るのはあのターン、カッコいいなとか感想だけでいいけど、覚えるのは理解することが必要にある。
実際に真似してみるけど、全然うまくいかない。やっぱり、アイドルやダンサーってすごい。
尊敬しちゃう。あんな激しい動きを笑顔でしちゃうんだもん。私なら無理。たかがランニングで鍛えた程度では無理ですから。
みんなは和気藹々と画面を見ている。雰囲気も悪くない。でも、何か不安を覚えてしまう。
どうしてだろう……。
それが分からないまま、時間は過ぎていった。
「ただいま……」
「おかえり、ほのか。最近、帰りが遅いわね」
「……青島祭の手伝いがあるから。終わるまで遅くなりそうなの」
よれよれになって家に帰ると、ママが出迎えてくれた。下校時間ギリギリまで残って作業していたから疲れるよ、まったく。
「遅くなるにはいいけど、夜道は気を付けなさいよ」
「……大丈夫」
確かに帰り道は真っ暗で、危ないかもしれないけど、私みたいなモブを相手にする人はもういないでしょ。以前、私を強姦しようとした女鹿君は堀の中だし。
ママはそのことを心配してくれているけど、問題ないと思う。それよりも、帰り道はとても寒かった。夜風が冷たい。
「ねえ、それより晩御飯なに?」
「シチューよ。さっさと着替えてきなさい」
「は~い」
こうして、晩御飯を食べて、勉強して、ランニング後、お風呂に入って、読書して寝る。こんな毎日が続くと思っていた。
だが、思わぬ人物がこの日常を壊していく。私はその前兆すら全く感じていなかった。
「……」
洗面台で顔を洗っていた剛に、私はしっしと手を振る。
朝のランニングを終えて、汗を流そうとお風呂に入ろうとしたとき、剛と出くわした。いつもなら、剛は憎まれ口を叩きながら出ていくんだけど、今日は違った。
剛は不思議そうに私を見つめている。
ん? 何かあるの?
鏡でチェックしてみたけど、何もおかしなところはない。なら、剛はなんで私を見ているの?
まさか、私の裸を見たいとか。まだ毛が生えてない癖に生意気な。
私はジト目で剛を睨む。
「何? お姉ちゃんと一緒にお風呂に入りたいの?」
「んなわけねーだろ!」
「なら、さっさとでていきなさいよ」
私は服を脱ぎだす。パパや男の子の前だとみられたくないけど、剛は別。男の子とは思えない。
剛はまだ出ていこうとしなかった。何なのよ、もう。
「なあ、姉ーちゃん。最近、起きるのが早くない? いつもなら、もっと遅いだろ?」
「……別にたまたまよ。それが何?」
「かーちゃんが言ってたけど、また無理してるって。どうなん、そこんとこ」
私は驚きのあまり、言葉を失っていた。ママに見抜かれたこともだけど、剛が私を心配して声をかけてくるなんて。
私は剛の頭に手を置いた。先輩達が私にしてくれたように、私も剛の頭を優しくなでる。
「何の問題もないよ。心配してくれてありがとね、剛」
「ふん! 別に心配なんてしてねーよ! バカ!」
剛は大股で洗面所から出ていった。
別に恥ずかしがることないのに。耳を真っ赤にさせちゃって。
そんな剛を可愛いとも思わず、私は服を脱ぎ、お風呂場に入った。シャワーで汗を洗い流す。
熱いシャワーを浴びていると、汗と疲れが落ちていくような気がして、体が軽くなるのを感じる。
私は目を閉じ、剛の言ったことを考えていた。
……無理か……どうすればいいのよ。
体は疲れていても、眠れない。目を閉じると、いつも先輩の事を考えてしまう。
なぜ、こんなことになってしまったの?
言い訳を重ねて、先輩にフラれたことを認めようとしない。その繰り返し。
眠っても、先輩の夢を見て、すぐに目が覚めてしまう。その後、少し泣く。
いつまで続くの。全然吹っ切れない。
いや、まだ私は先輩の事が好き。だから、吹っ切れない。諦めたくないから……。
だったら、どうしたらいいの? 先輩と話をすればいいの? 何を話せばいいの? 分からない……分からないよ……。
シャワーと共に涙が流れ落ちる。そのまま動けず、ただじっと耐えていた。
辛い……辛いよ、先輩……。
「我が愛しい妻、イザナミよ、いたら返事をしろ。俺達の国づくりはまだ終わっていない。お前がいない国など何の意味もない」
「その声はイザナギですか? ああ、イザナギ、私の最愛の人……こ、声を?」
「カット―! 声を聞かせてくださいませ、でしょうが! やる気あんの!」
園田先輩の怒声が屋上に響き渡る。
朝の八時。SHR(ショートホームルーム)が始まるまでの間、劇の稽古が始まる。
イザナミ役の獅子王さん、イザナギ役の古見君。二人のセリフの読み合わせをしている。それを園田先輩がチェックしていた。
私は三人の姿を見ながら、黙々と小道具を作っていた。
衣装も作っているけど、屋上にはミシンがないので簡単な小道具を作成している。
中学生の時、アイドルやコスプレの衣装に憧れて裁縫してみたけど、難しくて一着仕上げるのがやっと。ワンピースとかは出来るようになったけど、劇で使用する和服については作り方が分からない。
なので、園田先輩にお願いして、演劇部の人から衣装を借りて、それを参考に作っている。
古見君のサイズに合うものはあったけど、獅子王さんに合うサイズがなかった。
古見君の衣装はあるものをカスタマイズして、獅子王さんは新たに一から作る。ぎりぎり間に合うペース。出演者が二人だけってことがありがたい。
ちなみにボクシング部の人にも手伝ってもらっている。最初は渋々だったけど、御堂先輩が声をかけてくれたおかげでやる気満々。
現金だよね、男の子って。別に付き合えるわけでもないのに。でも、そんなノリ、私はとても好き。
御堂優希先輩。
腰まである鮮やかな金髪のロングに、モデル並みの身長とプロポーション。元レディース総長で、男気のある先輩で……先輩の元相棒で、告白してフラれた人。
先輩と私の対決の時、御堂先輩から伝えられた事実に私は先輩の気持ちに気づいた。それ以来、先輩とも御堂先輩とも疎遠になっていた。
御堂先輩は橘先輩に頼んで動いてもらった。まだ、御堂先輩と顔を合わせづらいから……それに、恋敵とどう接していいのか分からない。
「はい、ダメ! 棒読みになってるよ、古見君! お遊戯会じゃないんだからさ!」
「ご、ごめんなさい」
「謝る暇があるんなら練習あるのみ! 素人って言い訳は私には通じないから!」
古見君と獅子王さんは文句ひとつ言わずに園田先輩の指導に付き合っている。意外だった。
園田先輩、スパルタだから、獅子王さんは絶対にキレると思ったんだけど、そんなことはなかった。
劇の内容でもめることはあったけど、手を出していない。気に入らなかったらすぐに手を出していたのに。
古見君も最近は笑顔が多い。前は諦めたような作り笑いを浮かべて、元気がなかったのに。
二人はいい方向に変わってきている。仲も良好だし、いまのところ、橘先輩のちょっかいもなければ、嫌がらせもない。
このまま何事もなく終わってほしい。別れる辛さは私が身をもって体験している。
できるのであれば、馬淵君達もそっとしてほしい……。
私にできること、それは守ることだと思う。今度こそ間違えない。二人を見て、そう思ったんだ。
「さあ、始まりました! 毎年青島祭の次期限定で校内放送しております、放送委員プレゼンツ、『真昼のぉ~ミッドナイト』。この放送は青島祭の魅力や最新情報をお届けしつつ、ゴールデン青島賞を目指す若人を全力で応援する放送です。青島祭で気になる事や、アピールしたい出し物、それ以外にも恋のお悩み事がありましたら、お便りをお待ちしておりますので、ぜひ、青島祭実行委員までお願いいたします。では最初はこのコーナーから……」
お昼休み、ご飯を食べながら獅子王さん達の劇の練習を見学していると、スピーカーから陽気なカントリーミュージックと滑舌のいい女の子の声が聞こえてきた。
ふうん……青島祭が近づくと限定の放送が流れるんだ……知らなかった。
でも、真昼のミッドナイトって何? お昼なの? 夜なの?
それにオープニング曲のカントリーミュージックが田舎臭くて何とも言えないよね。救いなのはパーソナリティの人の声がほんわか癒し声ってことくらい。これは絶対にクラスの男の子が騒ぐ。
少し脱力してリラックスできるけど、劇の練習中にはむかないような……そう思って獅子王さん達を見てみると、全然聞こえていないのか、真剣に劇の練習をしている。
すごい集中力。私も負けられない。
私はご飯を急いで食べて、劇に必要な小道具の作成を開始した。
朝とお昼の演劇の稽古が終わり、放課後は風紀委員の見回りが始まる。普段の見回りとは違い、他のクラスや部が違反行動していないかとヘルプが目的。
クラスや部ごとに予算が決まっていて、その予算を節約するために余所のところから段ボールや布等を勝手にとってくる人達がいる。
それを注意するのが風紀委員と青島祭実行委員のお仕事。
後、青島祭に必要な物資が届いたとき、指定の場所へ運ぶお手伝い、つまりは青島祭実行委員のお手伝いをすること。
「それじゃあ、風紀委員のみなさん。よろしくお願いします」
「はい!」
私は元気よく返事をする。
「伊藤はん、やる気満々どすな。どないしはったん?」
「みんなに迷惑をかけした分、仕事を頑張ってお返ししたいと思っていますので」
私の答えに朝乃宮先輩は上品に微笑んでいる。
朝乃宮先輩。
艶つやを帯びた流れるようなきめ細やかな髪にバランスの取れた顔立ち、体の線は細いんだけど、でるところはでて引っ込んでいるところは引っ込んでいる、メリハリのきいたボディラインの持ち主。
同性でも羨む綺麗な体型だけど、性格はそうでもない。御堂先輩や先輩とは真逆で、自由気ままなお人だ。
「ええ心がけです。ウチの分まで頑張ってください」
「もう、千春! 千春も頑張らないと!」
「冗談や。そないに怒らんでも」
朝乃宮先輩を怒っているのは、同じ学年で同じ委員のサッキーこと、上春咲さん。
フェアリーボブの少し目の大きめ、身長が若干低いせいか年下の可愛い女の子を連想させられる。
素直で優しい、風紀委員で数少ない常識人。
「少しはほのかさんを見習ってください。全く」
「上春、あまり伊藤さんを持ち上げない方がよろしくてよ。どうせ三日坊主が関の山ですわ」
このちょっと毒舌の入った女の子は、もう一人の同学年同委員会の黒井麗子さん。
黒髪の下方ツインテで、御堂先輩と同じくツリ目。サッキーとは逆で年齢より大人びた雰囲気を持つ女の子。
意地悪なことをよく言うけど、私のわがままに付き合ってくれる、面倒見のいい頼れる同僚。
私達は四人で行動している。
青島祭が近づくにつれ、仕事の量が増えてきている。私以外の他の風紀委員も、忙しく走り回っていた。
「ほのか! こっち手伝って!」
「はーい!」
それが終われば、クラスの出し物の手伝い。クラスの出し物のお化け屋敷は小道具、大道具を作るのが難しい。
それ以外にも、ルート、お化け役、衣装、BGMを入れるかどうか等、決めることが多くてもう大変。
でも、この雰囲気、まさに文化祭って感じだよね! 忙しいんだけど、みんないい雰囲気だし、初めての青島祭だから気分が高揚しているのが分かる。私も楽しみなんだよね。
みんなで学園の出来事、青島祭の事、可愛い小物やおすすめのスイーツ等、おしゃべりしながら、コツコツと進めていた。
それが終わったら馬淵先輩達の出し物のお手伝い。
「これなんてどうです?」
「おっ、いいじゃん!」
多目的室にあったプロジェクターを使って、私はライブの映像を映していた。それを馬淵先輩達と一緒に見て、確認している。
私一人では作詞作曲、ふりつけはできないのでみんなに協力を求めた。
みんなはそれでいいと言ってくれたから、こうして勉強している。
でも、ふりつけもそうだけど、作詞作曲って難しいよね。楽しむために見ているのと、ふりつけを覚えるために見るのとは全然違う。
楽しみ為に見るのはあのターン、カッコいいなとか感想だけでいいけど、覚えるのは理解することが必要にある。
実際に真似してみるけど、全然うまくいかない。やっぱり、アイドルやダンサーってすごい。
尊敬しちゃう。あんな激しい動きを笑顔でしちゃうんだもん。私なら無理。たかがランニングで鍛えた程度では無理ですから。
みんなは和気藹々と画面を見ている。雰囲気も悪くない。でも、何か不安を覚えてしまう。
どうしてだろう……。
それが分からないまま、時間は過ぎていった。
「ただいま……」
「おかえり、ほのか。最近、帰りが遅いわね」
「……青島祭の手伝いがあるから。終わるまで遅くなりそうなの」
よれよれになって家に帰ると、ママが出迎えてくれた。下校時間ギリギリまで残って作業していたから疲れるよ、まったく。
「遅くなるにはいいけど、夜道は気を付けなさいよ」
「……大丈夫」
確かに帰り道は真っ暗で、危ないかもしれないけど、私みたいなモブを相手にする人はもういないでしょ。以前、私を強姦しようとした女鹿君は堀の中だし。
ママはそのことを心配してくれているけど、問題ないと思う。それよりも、帰り道はとても寒かった。夜風が冷たい。
「ねえ、それより晩御飯なに?」
「シチューよ。さっさと着替えてきなさい」
「は~い」
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