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二十八章
二十八話 アンズ -疑惑- その一
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嘆願書が認められて五日が過ぎた。
文化祭まであと二日。
どの生徒も慌ただしく、文化祭の準備に忙しい。もちろん、私もその一人なんだけど……。
「ほ・の・か・クン!」
「……」
「ぎゃああああああああああああああああ! 目に! 目に!」
「あっ、浪花先輩。芋けんぴ、ついてますよ?」
「ほのかクンが目に突き刺したんでしょ! 流石のボクもこの愛にはついていけないよ!」
ふん!
人の胸を後ろから鷲掴みする人に遠慮はいらない。今どき、更衣室でもそんなことをする人はいない。
女の子同志だからって、セクハラがいつまでも許されると思わないでよね!
腹ただしい! お腹がすいてきた!
私は芋けんぴをぼりぼりと食べる。ホント、私に甘くしてくれるのはお菓子だけ。世の中、絶対に間違ってる!
「ほ、ほのかクン。一応、体育館は飲食禁止なんだけど」
「そんなの、浪花先輩の力でなんとかしてくださいよ。青島祭実行委員長でしょ!」
「ほのかクンの頼みならやぶさかではないけど、分かった! 運動部全員敵にまわしても、僕は愛するほのかクンの願いをかなえるよ!」
私はすぐさまお菓子を食べるのをやめて、地面に食べカスがないか、チェックする。運動部の皆さんが綺麗にしてくれている体育館を汚しちゃダメだよね。
分かっていますから、睨まないでね、運動部のみなさん……。
「ほのかクン、いくらなんでも地面に這いつくばらなくてもいいんじゃない? でも、そんなほのかクンも可愛くて素敵だよ」
「……」
私は急激に恥ずかしくなって、立ち上がる。地面に這いつくばる姿が可愛いってなに? 情けないだけじゃない。
浪花先輩は青島祭実行委員長に復帰し、その手腕を余すことなく発揮している。
そのおかげで毎日が大変だと丸井青島実行副委員長は嘆いていた。でも、充実したいい笑顔だった。
それと、生徒会が全面的に協力してくれて、遅れも取り戻している。
えっ? どうして、生徒会が手伝ってくれているか? ですって?
それは……。
「本当にありがとうございます、朝乃宮先輩……いえ、生徒会副会長」
「朝乃宮でええです、伊藤はん。罪滅ぼしですから。もし、生徒会の力が必要なら、こちらの清洲さんに声をかけてください」
「よろしくお願いします」
そう! 実は朝乃宮先輩は生徒会副会長だった! 驚きの新事実!
ハーレム騒動で生徒会は解散し、メンバー全員が入れ替わった。生徒会長副会長として選ばれたのが朝乃宮先輩ってわけ。
生徒会長はイケメンのお方で、朝乃宮先輩との恋仲を噂されている。
あの朝乃宮先輩に男の影があったことが一番驚いたけど。
ちなみに、罪滅ぼしとは、私が風紀委員と対立したとき、先輩との勝負のことを指している。
正直、あれは私が古見君と獅子王さんの事を考えず、自分の気持ちを優先……するつもりはなかったんだけど、そのせいで失敗しただけなんだけど、朝乃宮先輩は気にしていたみたい。
進行が遅れていたので、朝乃宮先輩のご厚意は素直に受け取っておくことにした。
新見先生は青島祭実行委員長を解任され、何も口出しすることはなくなった。全てが順調に進んでいる。私一人を除いて。
「ほのかクン、何かうっぷんがたまっているのならボクに話してみなよ。少しはすっきりするよ」
「……ありがとうございます。ですが、浪花先輩の手を煩わせるわけにはいきません。心遣いだけいただいておきます」
「遠慮はいらないよ、ボクとほのかクンの仲じゃない。二人っきりになれる静かなところを知っているんだ。そこでお茶を飲みながら話をしよう。ぶっちゃけ、ボクがほのかクンと話がしたいんだけなんだけどね」
「……そう、よく分かったわ。この忙しい時にあなたはお茶する余裕があるのね。死にたいの?」
「愛美クン! み、耳を引っ張らないで! 痛い痛い痛い痛いよ!」
ご愁傷様。
浪花先輩は丸井先輩に耳を引っ張られ、去っていった。静かになったのは私の周りだけで、体育館全体は声が飛び交っている。
今、体育館の中ではバンドや劇といった屋内でする出し物の最終調整に入っている。
実際に体育館でリハーサルをして、問題がないか、進行に影響がないか等を打ち合わせしている。
それ以外の人は機材の運び込み、シートや椅子の準備をしている。
そんななか、私がここにいる理由は……。
「伊藤さん、お待たせ。応援にきてくれてありがとう」
馬淵先輩の人を安心させる優しい笑顔に、私もつられて笑顔になる。
「別にもう、伊藤の助けなど必要ないだろ? 邪魔だって言うのも一つの優しさだぞ、はると」
二上先輩……今日も絶好調ですね。あますことなくドSっぷりを発揮していらっしゃる。私のガラスのハートは砕け散りそう……。
「おい、失礼なことを考えなかったか?」
「いえ、別に」
ううっ、どこにいっても邪魔者扱いされちゃうよ……。
私は恨みがましい気持ちで二上先輩を睨んだ。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。るい、言い過ぎ。ごめんね、伊藤さん。獅子王さん達の事もあるのに、僕達の手伝いに来てくれて」
「……」
「伊藤さん?」
押し黙る私に、二上先輩は更に冷たい目で見下してきた。
「どうせ、獅子王達のところでも同じ扱いを受けて、いじけてここに来たんだろう」
「るい! ごめんね、伊藤さん。でも、そんなことないよね?」
「……」
「えっ? 本当に?」
「馬淵先輩……聞いてくださいよ~」
私は馬淵先輩に泣きついた。そして、どれだけ理不尽な目にあったのか、一気に話した。
「みなさん! 園田先輩は今週から演劇部の劇の仕上げにはいるので、演劇の指導は終わりです。代わりに強力な助っ人を呼びました! どうぞ~」
今週の土曜日、日曜日がついに青島祭。
その週初め、つまりは今は月曜日なんだけど、劇の完成度を高める為、園田先輩は演劇部に戻ってしまった。
自分の劇もあるのに、ギリギリまで獅子王さん達の劇を指導してくれた事にお礼を言いたかったんだけど、
「もう十分もらったから」
と言い残して、去っていった。
結局、獅子王さん達を手伝ってくれたことの報酬ってなんだったの? 気になるけど、今は獅子王さん達の事を考えなきゃ。
獅子王さん達の劇だってまだ完成していない。というか、全然完成していない。
しているものがあるとすれば、獅子王さんの演技だけ。改めて、獅子王さんのスペックの高さを思い知らされる。
この劇を完成させる為、私はある人物に協力をお願いした。その人物とは……。
「藤堂です。よろしくお願いします」
風紀委員のリーサル・ウェポン、先輩で~す! まだ少し調子は悪いけど、かなりの最良物件ですよ! しかも、先輩がいるだけで私のやる気がアップし続けるハブ付き!
「……本当に役に立つのか? この男、俺様に負けたヤツじゃねえか」
「は、一さん!」
なにを! 先輩をバカにするのは許せない! たとえ獅子王さんでも!
そう思っていたんだけど。
「獅子王先輩の問いについてですか、結果で答えを出す。それでいいですか?」
「結構だ。シンプルで分かりやすい」
先輩はキレることなく、獅子王さんを納得する答えを提示し、説得させた。すごい……。
古見君はあたたかく先輩を迎え入れてくれた。これで劇の練習を再開できる。
私はうれしかった。ようやく、私の願いが叶った。私が一番望んでいた事、それは青島祭の準備を先輩と一緒に手伝うこと。
中学とは違って、高校の文化祭は規模が大きい。中学の文化祭は一日で終わってしまうけど、高校は二日間ある。
しかも、文化祭って学園漫画では定番の話で、好きな人と急接近できそうな予感がびしびしと感じる。なんて心躍るイベントなの。
先輩にフラれた後、いろいろとあって先輩と過ごす時間がなくなってしまった。もう青島祭まで一週間もないけど、ようやく手に入れた時間。大切にしなきゃ。
でも、そう思えたのは今だけだった。
「伊藤、ここはどうしたらいい?」
「ここはですね……」
最初は楽しかった。いつも先輩に助けられている私が、先輩を教える立場にある。
ちょっとした優越感に浸っていたんだけど……。
「なあ、伊藤? 伊藤が作ったこの小物なんだが、強度が低くないか? これだと、劇の最中に壊れてしまうかもしれないぞ?」
「えっ、そうですか?」
「俺に任せてくれないか? こういうのは得意なんだ」
「流石は先輩! お願いできますか!」
男の子って頼りになる! 先輩が作るものは、私が作ったものよりクオリティが高い。
流石は男の子! 先輩って頼りがいがあって、格好いいと思っていたんだけど、それは後に私の立場を危うくさせるものになっていく。
「藤堂、ちょっといいか?」
「藤堂先輩、ここなんですけど……」
「……」
獅子王さんも古見君も私より先輩を頼りにし始めていた。その分、私にあまり話しかけられなくなり、居場所がなくなっていく感じがした。
そして……。
「藤堂、合格だ。俺様のサポート、頼むぞ」
「藤堂先輩がいてくれてよかったです!」
「これからもそう思われるよう、全力でサポートさせていただいます」
三人に絆がうまれていた。私は? ねえ、私は?
「あっ、ほのか。いたのか?」
「いましたよ! どうして忘れるんですか! 私だって、ナレーションとして参加しているじゃないですか!」
人手不足の為、ナレーションは私がやることになった。
ナレーションってちょっと声優さんって感じがして、密かに楽しみにしている。
毎日、毎日練習しているのに、私の事、忘れるなんてひどいよ! 私だってこの劇に参加しているんだから!
「ナレーションか……おい、藤堂。やってみそ?」
「ちょっと! いきなりナレーションやれだなんて、先輩には無理ですよ!」
「俺様は藤堂に言っている。どうだ? できるか?」
「とりあえず、何を読めばいいのか教えていただけませんか?」
ちょい待ち小町! 何やる気だしてるんですか、先輩! つい、獅子王さんの死語がうつっちゃいましたよ!
不味い、先輩にナレーションの役まで奪われてしまう。そんなのは納得できない!
ここは断固阻止しなければ!
「待ってください! 私は反対です! 私という癒やし系のエンジェルボイスがあるじゃないですか! やっぱり、女子高生のナレーションの方が価値ありますよ! 高校だけですよ! JKのナレーションを聞けるのは!」
「変な言い方はよせ、伊藤」
「変な言い方とはなんですか! 先輩のえっち! いやらしい目で女子高生を見ないでください! というわけで先輩は却下です!」
「やかましい! 俺様の意見に反論するな! そんなに気にいらねえんなら、勝ち取れ! お前が藤堂よりいいナレーションをすればいいだけだろ!」
なんで私が獅子王さんに怒られなきゃいけないの! 理不尽~!
仕方ない。勝ちとる事でしか存在意義が許されないのなら、叩きのめすまで。
私はびしっと先輩を指さす。
「先輩、勝負です! どちらがナレーションにふさわしいか、ここではっきりとさせましょう!」
「別に伊藤でいいと思うんだが……まあいい。古見君、ナレーションの原稿を頼む」
ふっふっふっ……ついに先輩に一矢報いる時がきた。よくよく思いだしてみれば、私は先輩に指導という名の折檻を受けてきた。
いつかは復讐してやろうと思っていたんだけど、まさかその機会がくるなんて。しかも、私が勝てる勝負でだ。
断然やる気が出てきた。覚悟してくださいね、先輩!
「い、伊藤さんが何か変な笑みを浮かべてますけど」
「……気にしないでくれ。ああいったときの伊藤の顔はロクでもないことを考えている顔だ」
「そ、そんなバカな……」
ありえない……私が負けるなんて。
お互いナレーションをして、審査員の獅子王さんと古見君の判断を仰いだ。二人とも私に手をあげてくれると思ったのに、先輩にあげちゃうなんて……。
なんだったの、あの日々は! 園田先輩と獅子王さんと古見君と私で築いた絆はどこにいったの! この裏切者!
「藤堂先輩、上手ですね。びっくりしましたよ」
「そうか。ありがとう、古見君」
「決まりだな。ナレーションは藤堂でいくぞ。いいな、ほのか?」
「……」
「ほのか?」
「うっ……うわあああああああああん!」
私は泣きながら部屋を出た。私の居場所、先輩にのっとられたよ~。
先輩のバカ! アホ! いけず! 豆腐の角に頭をぶつけちゃえ!
文化祭まであと二日。
どの生徒も慌ただしく、文化祭の準備に忙しい。もちろん、私もその一人なんだけど……。
「ほ・の・か・クン!」
「……」
「ぎゃああああああああああああああああ! 目に! 目に!」
「あっ、浪花先輩。芋けんぴ、ついてますよ?」
「ほのかクンが目に突き刺したんでしょ! 流石のボクもこの愛にはついていけないよ!」
ふん!
人の胸を後ろから鷲掴みする人に遠慮はいらない。今どき、更衣室でもそんなことをする人はいない。
女の子同志だからって、セクハラがいつまでも許されると思わないでよね!
腹ただしい! お腹がすいてきた!
私は芋けんぴをぼりぼりと食べる。ホント、私に甘くしてくれるのはお菓子だけ。世の中、絶対に間違ってる!
「ほ、ほのかクン。一応、体育館は飲食禁止なんだけど」
「そんなの、浪花先輩の力でなんとかしてくださいよ。青島祭実行委員長でしょ!」
「ほのかクンの頼みならやぶさかではないけど、分かった! 運動部全員敵にまわしても、僕は愛するほのかクンの願いをかなえるよ!」
私はすぐさまお菓子を食べるのをやめて、地面に食べカスがないか、チェックする。運動部の皆さんが綺麗にしてくれている体育館を汚しちゃダメだよね。
分かっていますから、睨まないでね、運動部のみなさん……。
「ほのかクン、いくらなんでも地面に這いつくばらなくてもいいんじゃない? でも、そんなほのかクンも可愛くて素敵だよ」
「……」
私は急激に恥ずかしくなって、立ち上がる。地面に這いつくばる姿が可愛いってなに? 情けないだけじゃない。
浪花先輩は青島祭実行委員長に復帰し、その手腕を余すことなく発揮している。
そのおかげで毎日が大変だと丸井青島実行副委員長は嘆いていた。でも、充実したいい笑顔だった。
それと、生徒会が全面的に協力してくれて、遅れも取り戻している。
えっ? どうして、生徒会が手伝ってくれているか? ですって?
それは……。
「本当にありがとうございます、朝乃宮先輩……いえ、生徒会副会長」
「朝乃宮でええです、伊藤はん。罪滅ぼしですから。もし、生徒会の力が必要なら、こちらの清洲さんに声をかけてください」
「よろしくお願いします」
そう! 実は朝乃宮先輩は生徒会副会長だった! 驚きの新事実!
ハーレム騒動で生徒会は解散し、メンバー全員が入れ替わった。生徒会長副会長として選ばれたのが朝乃宮先輩ってわけ。
生徒会長はイケメンのお方で、朝乃宮先輩との恋仲を噂されている。
あの朝乃宮先輩に男の影があったことが一番驚いたけど。
ちなみに、罪滅ぼしとは、私が風紀委員と対立したとき、先輩との勝負のことを指している。
正直、あれは私が古見君と獅子王さんの事を考えず、自分の気持ちを優先……するつもりはなかったんだけど、そのせいで失敗しただけなんだけど、朝乃宮先輩は気にしていたみたい。
進行が遅れていたので、朝乃宮先輩のご厚意は素直に受け取っておくことにした。
新見先生は青島祭実行委員長を解任され、何も口出しすることはなくなった。全てが順調に進んでいる。私一人を除いて。
「ほのかクン、何かうっぷんがたまっているのならボクに話してみなよ。少しはすっきりするよ」
「……ありがとうございます。ですが、浪花先輩の手を煩わせるわけにはいきません。心遣いだけいただいておきます」
「遠慮はいらないよ、ボクとほのかクンの仲じゃない。二人っきりになれる静かなところを知っているんだ。そこでお茶を飲みながら話をしよう。ぶっちゃけ、ボクがほのかクンと話がしたいんだけなんだけどね」
「……そう、よく分かったわ。この忙しい時にあなたはお茶する余裕があるのね。死にたいの?」
「愛美クン! み、耳を引っ張らないで! 痛い痛い痛い痛いよ!」
ご愁傷様。
浪花先輩は丸井先輩に耳を引っ張られ、去っていった。静かになったのは私の周りだけで、体育館全体は声が飛び交っている。
今、体育館の中ではバンドや劇といった屋内でする出し物の最終調整に入っている。
実際に体育館でリハーサルをして、問題がないか、進行に影響がないか等を打ち合わせしている。
それ以外の人は機材の運び込み、シートや椅子の準備をしている。
そんななか、私がここにいる理由は……。
「伊藤さん、お待たせ。応援にきてくれてありがとう」
馬淵先輩の人を安心させる優しい笑顔に、私もつられて笑顔になる。
「別にもう、伊藤の助けなど必要ないだろ? 邪魔だって言うのも一つの優しさだぞ、はると」
二上先輩……今日も絶好調ですね。あますことなくドSっぷりを発揮していらっしゃる。私のガラスのハートは砕け散りそう……。
「おい、失礼なことを考えなかったか?」
「いえ、別に」
ううっ、どこにいっても邪魔者扱いされちゃうよ……。
私は恨みがましい気持ちで二上先輩を睨んだ。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。るい、言い過ぎ。ごめんね、伊藤さん。獅子王さん達の事もあるのに、僕達の手伝いに来てくれて」
「……」
「伊藤さん?」
押し黙る私に、二上先輩は更に冷たい目で見下してきた。
「どうせ、獅子王達のところでも同じ扱いを受けて、いじけてここに来たんだろう」
「るい! ごめんね、伊藤さん。でも、そんなことないよね?」
「……」
「えっ? 本当に?」
「馬淵先輩……聞いてくださいよ~」
私は馬淵先輩に泣きついた。そして、どれだけ理不尽な目にあったのか、一気に話した。
「みなさん! 園田先輩は今週から演劇部の劇の仕上げにはいるので、演劇の指導は終わりです。代わりに強力な助っ人を呼びました! どうぞ~」
今週の土曜日、日曜日がついに青島祭。
その週初め、つまりは今は月曜日なんだけど、劇の完成度を高める為、園田先輩は演劇部に戻ってしまった。
自分の劇もあるのに、ギリギリまで獅子王さん達の劇を指導してくれた事にお礼を言いたかったんだけど、
「もう十分もらったから」
と言い残して、去っていった。
結局、獅子王さん達を手伝ってくれたことの報酬ってなんだったの? 気になるけど、今は獅子王さん達の事を考えなきゃ。
獅子王さん達の劇だってまだ完成していない。というか、全然完成していない。
しているものがあるとすれば、獅子王さんの演技だけ。改めて、獅子王さんのスペックの高さを思い知らされる。
この劇を完成させる為、私はある人物に協力をお願いした。その人物とは……。
「藤堂です。よろしくお願いします」
風紀委員のリーサル・ウェポン、先輩で~す! まだ少し調子は悪いけど、かなりの最良物件ですよ! しかも、先輩がいるだけで私のやる気がアップし続けるハブ付き!
「……本当に役に立つのか? この男、俺様に負けたヤツじゃねえか」
「は、一さん!」
なにを! 先輩をバカにするのは許せない! たとえ獅子王さんでも!
そう思っていたんだけど。
「獅子王先輩の問いについてですか、結果で答えを出す。それでいいですか?」
「結構だ。シンプルで分かりやすい」
先輩はキレることなく、獅子王さんを納得する答えを提示し、説得させた。すごい……。
古見君はあたたかく先輩を迎え入れてくれた。これで劇の練習を再開できる。
私はうれしかった。ようやく、私の願いが叶った。私が一番望んでいた事、それは青島祭の準備を先輩と一緒に手伝うこと。
中学とは違って、高校の文化祭は規模が大きい。中学の文化祭は一日で終わってしまうけど、高校は二日間ある。
しかも、文化祭って学園漫画では定番の話で、好きな人と急接近できそうな予感がびしびしと感じる。なんて心躍るイベントなの。
先輩にフラれた後、いろいろとあって先輩と過ごす時間がなくなってしまった。もう青島祭まで一週間もないけど、ようやく手に入れた時間。大切にしなきゃ。
でも、そう思えたのは今だけだった。
「伊藤、ここはどうしたらいい?」
「ここはですね……」
最初は楽しかった。いつも先輩に助けられている私が、先輩を教える立場にある。
ちょっとした優越感に浸っていたんだけど……。
「なあ、伊藤? 伊藤が作ったこの小物なんだが、強度が低くないか? これだと、劇の最中に壊れてしまうかもしれないぞ?」
「えっ、そうですか?」
「俺に任せてくれないか? こういうのは得意なんだ」
「流石は先輩! お願いできますか!」
男の子って頼りになる! 先輩が作るものは、私が作ったものよりクオリティが高い。
流石は男の子! 先輩って頼りがいがあって、格好いいと思っていたんだけど、それは後に私の立場を危うくさせるものになっていく。
「藤堂、ちょっといいか?」
「藤堂先輩、ここなんですけど……」
「……」
獅子王さんも古見君も私より先輩を頼りにし始めていた。その分、私にあまり話しかけられなくなり、居場所がなくなっていく感じがした。
そして……。
「藤堂、合格だ。俺様のサポート、頼むぞ」
「藤堂先輩がいてくれてよかったです!」
「これからもそう思われるよう、全力でサポートさせていただいます」
三人に絆がうまれていた。私は? ねえ、私は?
「あっ、ほのか。いたのか?」
「いましたよ! どうして忘れるんですか! 私だって、ナレーションとして参加しているじゃないですか!」
人手不足の為、ナレーションは私がやることになった。
ナレーションってちょっと声優さんって感じがして、密かに楽しみにしている。
毎日、毎日練習しているのに、私の事、忘れるなんてひどいよ! 私だってこの劇に参加しているんだから!
「ナレーションか……おい、藤堂。やってみそ?」
「ちょっと! いきなりナレーションやれだなんて、先輩には無理ですよ!」
「俺様は藤堂に言っている。どうだ? できるか?」
「とりあえず、何を読めばいいのか教えていただけませんか?」
ちょい待ち小町! 何やる気だしてるんですか、先輩! つい、獅子王さんの死語がうつっちゃいましたよ!
不味い、先輩にナレーションの役まで奪われてしまう。そんなのは納得できない!
ここは断固阻止しなければ!
「待ってください! 私は反対です! 私という癒やし系のエンジェルボイスがあるじゃないですか! やっぱり、女子高生のナレーションの方が価値ありますよ! 高校だけですよ! JKのナレーションを聞けるのは!」
「変な言い方はよせ、伊藤」
「変な言い方とはなんですか! 先輩のえっち! いやらしい目で女子高生を見ないでください! というわけで先輩は却下です!」
「やかましい! 俺様の意見に反論するな! そんなに気にいらねえんなら、勝ち取れ! お前が藤堂よりいいナレーションをすればいいだけだろ!」
なんで私が獅子王さんに怒られなきゃいけないの! 理不尽~!
仕方ない。勝ちとる事でしか存在意義が許されないのなら、叩きのめすまで。
私はびしっと先輩を指さす。
「先輩、勝負です! どちらがナレーションにふさわしいか、ここではっきりとさせましょう!」
「別に伊藤でいいと思うんだが……まあいい。古見君、ナレーションの原稿を頼む」
ふっふっふっ……ついに先輩に一矢報いる時がきた。よくよく思いだしてみれば、私は先輩に指導という名の折檻を受けてきた。
いつかは復讐してやろうと思っていたんだけど、まさかその機会がくるなんて。しかも、私が勝てる勝負でだ。
断然やる気が出てきた。覚悟してくださいね、先輩!
「い、伊藤さんが何か変な笑みを浮かべてますけど」
「……気にしないでくれ。ああいったときの伊藤の顔はロクでもないことを考えている顔だ」
「そ、そんなバカな……」
ありえない……私が負けるなんて。
お互いナレーションをして、審査員の獅子王さんと古見君の判断を仰いだ。二人とも私に手をあげてくれると思ったのに、先輩にあげちゃうなんて……。
なんだったの、あの日々は! 園田先輩と獅子王さんと古見君と私で築いた絆はどこにいったの! この裏切者!
「藤堂先輩、上手ですね。びっくりしましたよ」
「そうか。ありがとう、古見君」
「決まりだな。ナレーションは藤堂でいくぞ。いいな、ほのか?」
「……」
「ほのか?」
「うっ……うわあああああああああん!」
私は泣きながら部屋を出た。私の居場所、先輩にのっとられたよ~。
先輩のバカ! アホ! いけず! 豆腐の角に頭をぶつけちゃえ!
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