風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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二十九章

二十九話 バラ その六

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「まひろ? どうしてここに?」
「ひなた……」

 古見君の声に、滝沢さんはうつむいたまま、顔をあげない。
 滝沢さん。
 とある事件で退学になった女の子で古見君の幼馴染。橘先輩と一緒にいるってことは、偶然じゃないよね。
 天上で見かけた不審人物って、まさか……。

「滝沢さんなの? 天井で何かしていたのって。もしかして、ゲートやCD入れ替えも……」
「そうみたいだね。証言もとってある。今から先生に引き渡すところなの」

 そんな……。
 滝沢さんがこっちを見た。その目には敵意しか感じない鋭い目で私を睨んでくる。私はつい目をそらしてしまった。
 滝沢さんが凶行におよんだのは、私のせい……だよね。
 滝沢さんは、古見君が好きだった。でも、古見君は獅子王さんを好きになり、同性愛を滝沢さんは受け入れることができなかった。
 私は滝沢さんの気持ちを知っていながら、古見君と獅子王さんの仲を応援した。
 そのことで、滝沢さんは女鹿君と手を組んで、私と獅子王さんに復讐してきた。

 そのとき、女鹿君に強姦されそうになって、滝沢さんにナイフで刺されそうになったけど、私は滝沢さんを恨んでいない。それどころか、退学処分になったのはやりすぎだって思う。
 やっぱり、私は後ろめたいと感じていた。誰もが恋愛で幸せになれればって思っていたけど、それは少女漫画のご都合主義の考え方って思い知らされた。

 滝沢さんは何も言わない。私も何も話しかけることが出来なかった。まるで、二人の間に壁があるよう。
 滝沢さんは私となんか話しをしたくないってことだよね。それがすごく悲しかった。
 滝沢さんを引き取りに来たのは、播磨先生と新見先生。
 播磨先生は風紀委員の顧問だから分かるけど、どうして、新見先生がここにいるの?

「滝沢さんだね。話は橘から聞いている。同行してくれ」
「……はい」

 播磨先生に促されて、滝沢さんは歩き出す。

「全く、バカなことをしてくれたものだ。自分の人生を台無しにする気か?」

 この人、本当に先生なの? 新見先生って本当にひどい。
 滝沢さんは立ち止まり、一言つぶやいた。

「……もう私の人生は無茶苦茶よ。失うものなんて何もないわ」
「そんなことはない。たかが高校中退だろう。大検でいい大学に入ればやり直しはできる。生きてさえいれば人生はやり直せる」

 播磨先生……やっぱり、いい先生……イケメンだよね。
 でも、滝沢さんは小馬鹿にした笑みを浮かべている。それは何もかも諦めたような、そんな悲壮感ひそうかんがあった。

「そんな綺麗事を言って楽しい? いい先生を演じて気持ちいい? バカじゃないの? 退学になって、一番大事な者も失ったわ。もう、私なんて死んだも同然よ。生きていることに何の意味もない。だから、壊してやるの。同性愛者とそれを擁護する学校すべて、破壊してやるんだから! 絶対に後悔させてやるから!」

 播磨先生の声は滝沢さんに届いていない。激怒する滝沢さんに、今度は橘先輩が近寄る。
 何をする気なの? お説教? まさか、橘先輩がそんなことするわけ……ああっ!
 橘先輩が滝沢さんの胸倉を掴んだと思ったら、そのまま持ち上げた。す、すごい! なんて怪力なの! いや、橘先輩を止めないと!

「たちば……」

 ぞくっ!

 鳥肌が立った。本能で感じてしまった。近寄るのは危険だと。
 橘先輩は無表情で、何も目にうつっていないかのような、うつろな目が言いようのない恐ろしさを感じる。
 橘先輩の目の怖さは、獅子王さんや御堂先輩のような眼力の強さではなく、相手に無関心というのか……うまく言えないんだけど、目の前の相手に何の期待も失望もない、ただいるってことを認識しているような感じ。

 何も思わないから、説教も怒鳴ることも慰めることもない。ただ、邪魔だから排除するだけ。それ以外の理由はないし、興味もない。滝沢さんを人として扱わない橘先輩の態度が、すごく怖い。
 恐怖で足が震えて動けない。声もあえぐだけで出てこない。一体、何が橘先輩をこうしちゃったの?
 滝沢さんの発言を思い出すけど、私にはさっぱり分からなかった。

「な、何……するの……よ」
「ちょっとキミ、ウザいから。キミみたいな何の価値もない人間のせいで伊藤さんが大けがを負うところだったんだよ? 下手したら死ぬところだったんだ。生きている意味がないのなら、さっさと一人で死になさいよ」

 な、なんなの? 橘先輩がまるで別人のよう。いつもの柔和な橘先輩じゃない……こんなの、橘先輩じゃない。イヤだよ、こんなの。

「橘! 落ち着け!」
「やめろ! 橘!」
「……」

 播磨先生の声も、新見先生の制止する言葉も橘先輩は無表情のまま、無視している。
 滝沢さんは必死にもがいているけど、橘先輩は全然やめる気はない。
 このままだと、滝沢さんが死んじゃう。本気で殺すつもりなの、橘先輩?
 ダメ……ダメ……。

「ダメですよ! 橘先輩!」
「!」

 橘先輩は何か驚愕きょうがくしたかのような顔で私を見つめている。
 橘先輩の手から滝沢さんが離れる。滝沢さんはむせているけど、そっちを見ようともしない。
 たった一言声を出すだけで、肩で息をするくらい、力を使った気分になる。
 でも、橘先輩に私の声が届いた。よかった、よかったよ……。

「おい、橘! しっかりしろ!」
「橘! 自分が何をしたのか分かっているのか!」
「……分かっていますよ。ちょっと、からかっただけです。それに、彼女はもうウチの生徒ではありません。そうだよね、滝沢さん?」
「!」

 橘先輩の冷たい視線に、肯定しなければ酷い目にあわせるぞと脅すような態度に滝沢さんは体を震わせ、怯えていた。
 無理もない。いきなりあんなことされたんだもん。私だって怖かった。今も怖い。
 播磨先生は橘先輩から滝沢さんを護るよう、間に入る。

「橘、やり過ぎだぞ。反省しろ」
「申し訳ありませんでした」

 播磨先生に支えられ、滝沢さんは体育館を出ていった。橘先輩も体育館から出ていく。
 私は今起こった出来事が理解できなかった。なぜ、橘先輩はいきなりキレたのか。さっぱり分からない。

 一つだけ分かったのは、橘先輩が何か闇を抱えている事。
 それは予兆がなく、いきなり現れてしまうから本当に怖い。
 いつも優しい人が、ある日突然暴力をふるうような不安定さと未知の恐怖が橘先輩にはある。
 橘先輩が猛者揃いの風紀委員を束ねている理由を垣間見かいまみた瞬間だった。

「伊藤、覚えておけよ。自分が何をしたのかを」

 新見先生がいきなり私に話しかけてきた。
 私が何をしたの? 今回の件に関しては、私だって被害者だし。私が何かしたわけではない。
 私は新見先生を不満げに睨むけど、新見先生に鼻で笑われた。

「その顔だと、何をしたのか分かっていないようだな。俺の邪魔をしたことだ」
「新見先生の邪魔? 生徒達を処罰で縛ろうとする野蛮な方針ですか? この学校のトップに否定されたくせに、まだ妄想を言い続けるつもりなんですね」
「妄想とは酷い言われようだな」

 当たり前じゃない。生徒は先生の道具でも操り人形でもない。
 無理やり従わせようとする態度に、誰が好意を抱けるのか。反発されるのがオチ。
 こんな簡単なことが分からないなんて、先輩以上に頭が固い人だよね、新見先生は。
 脳トレのゲームを十年間くらいしたほうがいいんじゃないって思えちゃう。

「まあいい、すぐに分かる。お前達生徒の暴走がどれだけ周りに迷惑をかけ、傷つけるのかを。断言してもいい。このまま生徒の暴走を見過ごしていると、この学校はつぶれる。お前には聞こえないのか? この学校が崩れていく音が」

 新見先生は私の返事を待たずに、この場から去っていった。橘先輩も去っていったけど、一度もこっちを見てくれなかった。
 ちょっと、寂しいと思ったけど、今は新見先生の言葉が気になっている。

 生徒の暴走? 何よそれ。
 滝沢さんが青島祭の妨害したことを言っているの? それとも、先程の橘先輩の暴力を指しているの?
 新見先生の言葉は、私の胸の中にこびりつくように残った。不吉な未来だけど、なぜか否定できなかった。

「おい、ほのか。なに鳩が鉄砲を食ったような顔してやがる」

 獅子王さんの間抜けな声に我に返る。この表情からしてここで何があったのか、獅子王さんは知らないみたい。
 本当、マイペースだよね、獅子王さんは。
 この場の雰囲気を和ませるため、私はわざと怒ってみせた。

「……豆鉄砲ですよね? 鉄砲だったら私、死んじゃってるじゃないですか。そんなことより、どこにいっていたんですか! 肝心なところで役に立たないですよね、獅子王さんは」
「藤堂をそこらへんに捨ててきた」

 な、なんですと? 先輩を捨ててきた? そういえば、橘先輩がキレたとき、先輩は何もしなかったけど、そういうこと。
 って、そんなことはどうでもいい!

「ちょっと! 何しちゃってるんですか! 本当に役に立たない人ですよね! 早く拾ってきてください!」
「ああん! お前、偉そうだぞ。誰に物を言っているのか、分かってるんだろうな?」

 獅子王さんが凄んでみせるけど、今日は睨みかえす。いつも私が大人しく引き下がると思ったら大間違いですから。
 これで御節介は最後になるかもしれないし、今日は今までの復讐させていただくとしよう。
 素手で獅子王さんに突撃するのは、竹やりでB29に挑むようなもの。でも、武器を使えば、一撃を与えられるかもしれない。
 武器になりそうなものがそばにある。
 今しかない!

「アチョー!」

 私はすぐそばにあった劇で使った剣を掴み、獅子王さんに振り下ろした。
 あっ!
 獅子王さんは某金髪未来宇宙人のように、指で私の一撃を受け止めた。剣を取り上げられ、武器がなくなる。
 私はにっこり笑い、戦闘の意志がないことを伝えたけど、獅子王さんは私から奪い取った剣をそのまま私の脳天に叩きつけた。

「あべし!」

 私はたたらを踏みながら、ひっくり返ってしまった。
 ほ、星が見えた……容赦ないっす、獅子王さん。

「ぷっ! くくくっ! い、伊藤さんってときどき、変な声をあげるよね。すごく面白い。あはははっ!」

 うううっ、古見君に笑われた。最後まで格好悪いよね、私。

「藤堂なら保健室だ。さっさといってこい」
「そ、そうします。お疲れ様でした~」
「……今までありがとね、伊藤さん」

 古見君は泣きそうな笑顔で私にお礼を言ってきた。ちょっと、大げさすぎない、古見君。
 でも、私も少しじーんとしちゃったよ。
 わたしこそありがとうね、古見君。
 私はとびっきりの笑顔で古見君に笑いかけた。
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