風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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八章

八話 真実への追求 その五

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 気を取り直して、俺達は体育館に向かうことにした。
 校舎を出て、渡り廊下を真っ直ぐ進むと、体育館にたどり着く。校舎から体育館まで十メートルあるかないかの距離だ。
 靴を脱いで体育館の中に入ると、中では活気あるかけ声とボールを床につく音が聞こえてくる。
 バスケ部か体育館を二分して練習している姿がそこにあった。男女でコートを一面ずつ使用している。
 他の部の姿が見えない。休みか、午後からの練習なのか。

 俺達は邪魔にならないよう、端っこに移動した。
 部外者が現れても、バスケ部員達は気にせずに、練習に打ち込んでいる。

「白部さん、平村さん。二人の口から聞かせてくれないか? 井波戸さんの言うとおり、授業を抜け出したのは三人だけか? 大体どれくらい抜け出した?」

 井波戸から話は聞いているが、別の視線から話を聞いておきたい。井波戸が気づかなかったこと、見落としている点があるかもしれないからだ。
 平村は頬に指を当て、当時のことを思い出そうとしてくれている。白部は髪をかき上げながら記憶を辿っている。

「ええっと、確か、授業はバスケだったんです。一時間目の授業で、八時五十分からストレッチをして、九時に私達一組と二組で試合をしました。そうだよね、奏水ちゃん?」
「ええっ。一Q(クォーター)八分で試合をしたの。インターバルは一分くらいだったと思う」

 バスケでいうクォーターとは試合時間を四分割した時間区分を指す。つまり、一Q八分だと、試合時間は三十二分となる。

「授業時間は一時限五十分か?」
「そう」
「それだと、時間ギリギリまで試合をしていたんだな。時間内に終わったのか?」
「はい。四Qのときに片付けを始めていたので。試合終了後、すぐにみんなで片付けしたので時間ちょうどに終わりました」

 さて、ここからだ。
 井波戸の話だと、このクォーターが容疑者三人の犯行時間に関係している。
 井波戸は言っていた。犯行は白部しか出来ないと。本当にそうなのか、確かめる必要がある。

「早速で悪いんだが、話を聞かせてくれるか? 体育の時間に抜け出したヤツは本当に三人なのか? 他にいなかったのか?」

 平村は白部を一度だけちらっと見ながらうつむいてしまう。その表情を見ればそうなんだろうな。
 白部が仏頂面で頷く。

「美花里の言う通りだから。体育の先生は授業中、体育館の入り口近くで私達の様子を見ていたの。美花里と私も先生に確認した。体育館を授業中に出たのは私と瑠々と莉音だけ」

 更衣室を最後に閉めたのも、開けたのも腕時計を盗まれた結菜って女子だと、井波戸から聞いている。だとしたら、腕時計を盗めたのは体育の時間のみ。
 やはり、犯行が可能なのは体育館を抜け出した三人だけになる……のか?

「なあ、本当に更衣室の戸締まりをしたのは腕時計を盗まれた被害者、結菜さんで間違いないのか?」

 もし、違う人物が戸締まりしていたのなら、その人物も犯人になり得る。そんな淡い期待をしてみたが、白部と平村は首を横に振る。

「間違いない。体育の時間が終わって、更衣室の鍵を開けたのは結菜だった。私もその場にいたから間違いない」
「体育の時間が始まる前に更衣室の戸締まりしたときは、私と美花里ちゃんが結菜ちゃんと一緒でした。間違いなく結菜ちゃんが鍵を閉めていました」

 ダメか……。
 鍵を閉めたのは結菜だった。それならば……。

「……そのとき、何かなかったか? たとえば、鍵を閉めようとしたとき、誰かが割り込んできたとか?」
「それはなかったです。それに、そんなことがあったら奏水ちゃんが犯人になることなんて……」

 平村の言葉が途切れる。白部を犯人だと言いたくないのだろう。きっと、頭では分かっているのだが、心で納得がいないものがあるから悩んでしまう。
 何か、白部以外に犯人がいる可能性があれば、それにすがりつくことが出来たのに、完全に白部しか犯行が可能な人物がいないことに、平村は苦しんできた。

 なんとか解決したやりたいな。いや、弱気になってどうする。解決しなければならないのだろ?
 俺は一息つき、心を落ち着かせる。まだ、調査は始まったばかりだ。詳しく調べれば最悪、白部以外に犯人がいる可能性だけでも見つかる……はず。

「と、とにかくっすね、三人が抜け出した時間を確認しようぜ。それでいいっすよね、藤堂先輩」
「ああっ、教えてくれ」

 三人が体育館を抜け出した時間、そこにこの事件の謎を解くヒントがあるはず。
 それにしても、庄川ってなにげにフォローがうまいというか、空気を敏感に察知してくれるな。そのおかげで気まずい雰囲気がすぐに消え去ってくれる。
 庄川をこっちに連れてきて正解だったな。
 白部が空気を読み、自分を含む三人の抜け出した時間を説明してくれた。

「まず、一Qが始まってすぐに瑠々がめまいがするって先生に訴えた。先生は保健委員だった莉音に、瑠々に付き添うよう指示を出したの。二人は体育館を出て行った。莉音が帰ってきたのは一Qが終わった頃」
「なぜ、そう言い切れる?」

 一Qは八分。その間に体育館から保健室、職員室、更衣室、職員室、体育館と行き来する時間は厳しいと聞いている。
 だが、莉音が体育館に帰ってきたのがもっと遅かったのなら、二Qの途中ならば、莉音も充分犯人としての可能性が出てくる。
 俺の期待を込めた問いに、白部は否定するに首を横に振る。

「莉音は二Qには試合に出ていた。そうよね、真子?」
「うん。私と美花里ちゃん、莉音ちゃんも二Qの試合に出場したから間違いないです」

 ダメか……。
 そうなると、莉音がもし犯人だとするば、八分以内に瑠々を保健室に連れて行った後、腕時計を盗まなければならない。
 それが可能かどうか、確認しないと。
 だが、俺は時間的に莉音には犯行が無理なのだと確信してしまっている。そんなことが可能であれば、井波戸が、白部が証明したはずだ。
 それが出来なかったと言うことは、試しても無駄だということなのだろう。

 それでも、自分の目で確認してみないと納得できない。
 俺は無理矢理、そう自分に言い聞かせた。
 今度は白部の抜け出した時間を確認してみる。白部が体育館を抜け出した時間から、犯行が無理であることを証明することができるかもしれない。

「白部さんはいつ頃、体育館を抜け出したんだ? 何分くらい抜け出した?」
「私は四Qに試合に出るから、三Qの始めくらいから抜け出して、四Qが始まる頃に戻ってきた」
「何をしていたんだ?」
「……トイレ。それと鏡の前で精神集中してた」
「か、奏水ちゃんはよく、トイレの鏡の前で精神集中しているんです。自分の姿をじっと見つめて集中力を高めていて、試合の時は必ずやっています」
「トイレで集中なんて出来るんっすかね?」

 庄川の問いに、俺は何も言えなかった。
 鏡で自分の姿を映し出すことで、自分の状態をチェックし、コンディションの確認をとることで試合前に高ぶった精神を安定させる効果があると聞いたことがあった。
 自分の実力を発揮するために、何をするのかは人それぞれだからな。一概に否定することも肯定することもできない。

「白部さんがトイレにいたって証明してくれる人は?」
「いない。そのときは私以外、誰もいなかったから。みんなは体育館にいたし」

 なるほどな。Q丸々誰にも白部と会っていないとなると、白部は八分間自由に行動できたことになる。
 その空白の時間で腕時計を盗むことが可能であり、しかも、莉音と瑠々には時間的に犯行は不可。

 体育館を抜け出したのは三人だけ。
 これだと、白部しか犯行はできない。白部がクロになる。
 思っていたよりも最悪な事態だな。

「なあ、平村さん。試合の方はどうだったんだ? 例えばハプニングがあって、先生が入り口から離れたこととかはなかったのか?」

 先生を入り口から動かし、その間にこっそりと体育館を抜け出して腕時計を盗む。
 その可能性がないか、平村に尋ねた。
 平村は両手をヒラヒラと左右に振る。

「別にそんなことはなかったと思います。私と美花里ちゃんは試合以外はずっとスコアボードで点数をカウントしていて、試合をずっと見てましたけど、トラブルはなかったです。先生が入り口から離れたのは試合が終わったときですし」
「試合が終わった後?」
「はい。試合が終わって、みんなに片付けの指示をした後、先生も片付けを手伝ってくれて。その後、全員を集めて授業の終わりを告げて帰って行きました」
「……例えばなんだが、先生が入り口から離れた後、体育館を抜け出して、腕時計を盗み出したことは考えられないか? それなら、犯行は可能だろ? 腕時計を盗んだ後、鍵を職員室に戻し、後は白部達が更衣室に戻ったときに合流すればいけるはずだ」

 意外なところに抜け道があったな。これなら犯行が可能なはずだ。
 そう思っていたが。

「それも無理。先生が言っていたんだけど、授業の終わりを告げたとき、瑠々を除く全員がいたことを確認しているの。先生が入り口から離れて、授業の終わりを告げる間まで時間は二、三分よ。犯行を終えて体育館に戻ってくるのは不可能だわ」

 無理か……。
 いい案だと思ったのだが……。

「他に変わった事はないか?」
「……んん、そんなことを言われましても……あっ」

 平村が何か思い出したよな顔をしている。
 おおっ、新情報か?
 推理小説では、この何気ない言葉がヒントとなって、事件の解決の糸口になるのだ。
 俺の期待の視線に気づいたのか、平村はブンブンと首を横に振る。

「いえいえ! 全然たいしたことないですから! さっきの庄川君なみに全くたいしたことではないですから!」
「それ、ひどくねえ!」
「……そうなのか?」

 庄川の一件もある。本当にたいしたことがないのか?
 だが……今はわらにもすがりたい気分だ。
 聞いてしまっていいのか?

「……言いなよ、真子。情報は出し惜しみしないほうがいい。ちょっとしたきっかけで新しい事実が分かるかもしれないから」

 白部?
 白部が優しく諭すように平村に語りかける。
 平村は目を閉じ、一呼吸おいてから話し出した。

「体育の時間、私は美花里ちゃんとずっと一緒にいたんですけど、そのとき話したんです」
「何を?」
「……ワッフルの美味しい店があるって」
「……それが?」
「……授業が終わったら、奏水ちゃんと美花里ちゃん、三人で食べようって。奏水ちゃん、ワッフル好きだから……でも、あんなことがあって一緒に食べにいけなくて……食べに行きたかったな……」
「……」
「あっ、ご、ごめんなさい! 全然事件に関係ない話で! そ、その……」

 俺は黙って平村に手を差しのばす。平村は身を縮みている。全然関係のない話をしてしまって怒られると思っているのだろう。
 俺は平村の頭に……手をそっとおいた。

「今でも遅くない。今日にでも白部さんを誘ってみたらどうだ? きっと、白部さんは笑って承諾してくれるはずだ。そうだよな、白部さん?」
「……勝手に話を進めないで……でも、今もやっているんでしょうね?」
「えっ? うん……」

 平村は上目遣いでじっと白部を見つめている。白部はそっぽ向きながらつぶやいた。

「……なら、いってもいい」

 平村は嬉しそうに微笑み、白部は恥ずかしいのか、平村と目を合わそうとしない。
 そんな二人の姿を見て、俺と庄川は笑ってしまった。白部が俺達を睨んでくるが、全然怖くなかった。
 事件のヒントにはならなかったが、あせっていた気持ちが和らぐのを感じていた。
 平村と白部がまた仲良くワッフルを食べられるよう、頑張らないとな。
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