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第3話 村の危機!Fランク冒険者の意外な活躍
しおりを挟むグリーンウッドの冒険者ギルドは、早朝から活気に満ちていた。
「おはようございます、レオンさん!」
受付のマリアが明るい笑顔で迎えてくれる。昨日のグレイトタドポール討伐の話が広まったのか、ギルド内の冒険者たちは彼に興味津々の視線を送っていた。
「おはようございます」
レオンはカウンターに近づき、依頼掲示板に目をやった。
「今日はどんな依頼をお探しですか?」とマリアが尋ねる。
「そうですね……」
ランクがEに上がったとはいえ、まだ経験が浅い。無理はせず、着実に実力を磨いていきたい。レオンはそう考えながら掲示板を見渡していた。
その時、ギルドの扉が勢いよく開き、粗末な服装の中年男性が慌てた様子で飛び込んできた。
「どなたか、助けてください! 私たちの村が灰色狼の群れに襲われています!」
男性は支部長のゼノンを見つけると、すぐに駆け寄った。
「アオイの森の近くのロックウッド村です。三日前から灰色狼の群れが村を襲い、家畜を襲ったり、畑を荒らしたりしています。このままでは村が……」
ゼノンは眉をひそめ、周囲の冒険者たちに目をやった。しかし、朝の時間帯だったこともあり、上位ランクの冒険者たちはほとんど不在だった。
「現在対応できる者は……」
ゼノンが困った表情を浮かべていると、レオンは一歩前に出た。
「僕が行きます」
ギルド内がざわめいた。昨日から話題のEランク冒険者だが、それでも「灰色狼の群れ」はEランク一人で対処できる規模ではない。
「レオン殿、灰色狼の群れはEランク相当の脅威だ。数が多いとなれば、パーティを組むのが望ましい」
ゼノンは心配そうに言った。
「ですが、今待っている余裕はなさそうですね。それに……」
レオンは少し自信なさそうに微笑んだ。
「昨日の件もあるので、少し自信がついたんです」
ゼノンはしばらくレオンを見つめ、やがて頷いた。
「わかった。だが無理はするな。状況を見て、危険と判断したら即座に撤退するんだ」
「ありがとうございます」
村人の男性——名をガロンという——は安堵の表情を浮かべた。
「本当にありがとうございます! すぐに向かってくださいますか?」
「ええ。すぐに準備します」
レオンは依頼書を受け取り、すぐに出発の準備を始めた。
---
ロックウッド村はグリーンウッドから北東に半日の道のりだった。ガロンの案内で村に到着すると、確かに深刻な状況が広がっていた。
村の周囲の柵は何カ所も壊され、畑は荒らされ、羊小屋では数頭の羊が襲われた跡があった。村人たちは不安そうな表情で、レオンの方を見ていた。
「冒険者ギルドから来たのは……この若者一人なのか?」
「一般職って……何もできないクラスじゃないのか?」
「大丈夫なのかな……」
村人たちの疑念の声が聞こえてくる。しかしガロンは村人たちを制し、レオンを村長の家へと案内した。
「申し訳ありません、若者一人では不安に思うのも無理ありません」
「心配いりませんよ。まずは状況を詳しく教えてください」
村長のオーデンは、白髪の老人だった。彼はレオンをテーブルに招き、村の状況を説明し始めた。
「三日前から灰色狼の群れが夜になると村を襲うようになったんじゃ。最初は一頭か二頭だったが、昨夜は十頭ほどになっていた。このままでは村の食料も家畜も持たん……」
「灰色狼がこんなに村に近づき、しかも攻撃的になるのは珍しいと聞いています」とレオンは言った。
「ああ、通常は人間を恐れて近づかないはずじゃ。何かがおかしいんじゃ」
レオンは考え込んだ。「まずは被害状況と狼の足跡を見せていただけますか?」
村長は村の若者数人を呼び、レオンを案内させた。彼は被害にあった家畜小屋、荒らされた畑、そして村の周囲の森の縁を注意深く調べた。
「神託解析」
レオンの視界に、様々な情報が浮かび上がった。
【灰色狼の足跡】
【数:推定12~15頭】
【特徴:通常より大きく、動きが不規則、毒素反応あり】
【異常:体内に『霧の瘴気』の痕跡】
【行動パターン:夜間に集中して襲撃、食料よりも破壊行動が主目的】
「霧の瘴気……?」
情報をさらに詳しく解析する。
【霧の瘴気】
【森の湿地帯で発生する有毒ガス】
【特性:生物を凶暴化させる、理性を奪う、長期接触で死に至る】
【発生原因:特定の植物「紫霧花」が腐敗する際に放出】
【対処法:源を断つ、解毒草「青星草」を投与】
「なるほど……」
レオンは森の方向に目をやり、さらに「神託解析」を使った。
【アオイの森 北部】
【状態:湿地帯に異常あり、「紫霧花」大量発生】
【原因:先月の大雨で土砂崩れ、地下水脈の変化】
【影響範囲:森北部の湿地~ロックウッド村】
情報を整理したレオンは、村長のもとに戻った。
「村長さん、原因がわかりました」
「なに? そんなに早く?」
「灰色狼たちは『霧の瘴気』という毒ガスに当てられて凶暴化しているんです。先月の大雨で森の北部の地形が変わり、有毒な植物が大量に発生しました。そこから出る瘴気が風に乗って狼たちに影響しているんです」
村長は目を丸くした。「どうやってそんなことがわかったんじゃ?」
「足跡と周囲の状況を……分析したんです」とレオンは言葉を選んだ。「解決策は二つあります。一つは狼たちを全て倒すこと。もう一つは瘴気の元である紫霧花を取り除き、狼たちに解毒草の青星草を与えることです」
「狼たちを全て倒すのは……」と村長は難しい顔をした。
「森の生態系が崩れてしまいます。できれば二つ目の方法を試したいと思います」
村人たちは半信半疑だったが、レオンの自信に満ちた様子に、わずかな希望を見出した。
「青星草なら、村の薬師のヘルマンが栽培しておる。紫霧花とやらはどこにあるんじゃ?」
「森の北部です。場所を特定できました。まずはそこに向かい、紫霧花を除去します。その後、青星草を使って狼たちを治療しましょう」
計画が決まり、村人たちからは数人の若者が志願して同行することになった。薬師のヘルマンからは青星草の束を受け取った。
---
アオイの森は美しい青みがかった葉を持つ木々が立ち並ぶ、通常は平和な森だった。しかし北部に進むにつれ、空気が重くなり、霧のようなものが立ち込めていた。
「みんな、この先は危険です。マスクを着けてください」
レオンは事前に準備した布製のマスクを全員に配った。彼自身もマスクを着け、慎重に前進した。
「神託解析」を使いながら進むと、地形が湿地帯に変わり、紫色の花が群生している場所に到達した。
【紫霧花群生地】
【規模:約50平方メートル】
【危険度:高(長時間の接触は避けること)】
【対処法:根こそぎ引き抜き、焼却処分】
【予測:完全除去で約3日後に瘴気消失】
「これが紫霧花か……」
美しいが不吉な雰囲気を漂わせる紫色の花。風が吹くたびに、花からは薄紫色の霧状の物質が放出されていた。
「みんな、この花を全て引き抜いて、あの岩場に集めてください。その後、焼却します」
村人たちと共に、レオンは慎重に作業を始めた。厚手の手袋をして、花を根ごと引き抜いていく。作業は約二時間かかったが、ついに全ての紫霧花を岩場に集め終えた。
「よし、下がってください」
レオンは小さな油の入った瓶を取り出し、花の山に振りかけた。そして火打石で火を起こし、安全な距離から火を放った。
紫霧花は異様な音を立てて燃え上がり、紫色の煙を上げた。村人たちは怯えたように後ずさったが、風は幸い村とは反対方向に吹いていた。
「これで瘴気の源は断てました。次は狼たちを探して、解毒草を与えましょう」
「狼を探すって……危険じゃないか?」一人の若者が不安そうに言った。
「大丈夫です。僕に任せてください」
レオンは「神託解析」を使って、狼たちの巣穴の位置を探った。湿地帯から少し離れた丘の側面に洞窟があり、そこに狼たちが潜んでいることがわかった。
「あそこです」
狼の巣穴は思ったより近かった。レオンは青星草を小さく刻み、生肉に混ぜる準備をした。
「生肉と青星草を混ぜたものを巣穴の前に置きます。狼たちはこれを食べれば、徐々に正気を取り戻すはずです」
「本当にそんなことで……」
村人たちは半信半疑だったが、レオンの指示に従った。彼らは安全な距離を保ちながら、肉を巣穴の前に置いていった。
しばらく待っていると、一頭の大きな灰色狼が巣穴から姿を現した。その目は赤く染まり、明らかに正常ではなかった。狼は警戒しながらも、肉の匂いに誘われて近づいていった。
「静かに……動かないで」
レオンは低い声で指示した。狼は肉を警戒しながらも、飢えのあまりついに食べ始めた。そして他の狼たちも次々と現れ、用意した肉を食べ始めた。
「よし、うまくいってる」
約15分後、最初に現れた狼の目の赤みが徐々に消えていくのが見えた。狼は周囲を見回し、人間たちに気づくと、普段の警戒心を取り戻したように静かに後退し、巣穴に戻っていった。他の狼たちも次々と同じ反応を示した。
「成功したようですね」
村人たちは目の前の光景に驚きの表情を浮かべた。
「すごい……本当に狼が正気を取り戻している……」
「一般職の冒険者なのに、こんなことができるなんて……」
作戦が成功し、レオンたちは村へ戻った。報告を受けた村長は大喜びだった。
「本当か!? 狼たちが正気を取り戻したのか!?」
「はい、紫霧花も取り除きました。あと2~3日で瘴気は完全に消え、狼たちも通常の生活に戻るでしょう」
村全体に喜びが広がった。村人たちは最初の疑念を忘れ、レオンを救世主のように扱い始めた。
「今夜は宴だ! 若き冒険者の功績を称えよう!」
村長の宣言に、村人たちは歓声を上げた。
---
夕方、村の広場では祝宴が開かれていた。テーブルには村の特産品である煮込み料理や自家製のパン、果実酒などが並べられ、村人たちはレオンに次々と感謝の言葉を述べた。
「一般職なのに、あんなに賢いなんて……」
「狼を一頭も殺さずに問題を解決するなんて、上級冒険者でもできないぞ」
「まるで神の導きがあったようだ……」
レオンは照れながらも、村人たちの祝福を受け入れた。
一人の少女が恥ずかしそうに近づいてきて、小さな花束を差し出した。
「ありがとう、おにいちゃん。お姉ちゃんの羊も助かったよ」
レオンは微笑みながら花束を受け取った。「どういたしまして。みんなが安心して暮らせるといいね」
宴の最中、村長がレオンに近づいてきた。
「若いの、お主は不思議な力を持っているな。一般職とは思えん」
「……村長さん?」
「わしは昔、王都の学者だったんじゃ。色々な冒険者を見てきた。お主のように問題の本質を見抜き、最も賢明な解決策を導き出せる者は珍しい」
レオンは少し緊張した。「ただ、運が良かっただけです」
村長は笑みを浮かべた。「謙虚なのは良いことじゃ。だが、お主の力は必要とされる場所で使うとよい。これを受け取ってくれ」
村長は小さな木製の箱を差し出した。開けてみると、中には古い銀の髪飾りがあった。
「これは……?」
「『智慧の輝き』と呼ばれる古い遺物じゃ。わしの先祖が冒険者だった頃に見つけたものらしい。賢者の加護があると言われておる」
レオンは感謝の意を表しつつ、髪飾りを受け取った。
「神託解析」
【智慧の輝き】
【古代遺物(推定2000年前)】
【効果:精神集中力上昇、知性関連スキルの効率向上】
【特性:神域の賢者のクラスと相性が良い】
【注記:大災厄前の遺物、現存数は極めて稀少】
「これは……素晴らしい品です。大切にします」
村長は満足げに頷いた。「お主のような若者に託すのが一番じゃ」
夜が更けるにつれ、祝宴は徐々に落ち着いていった。村人たちは明日の仕事に備えて次々と家路についた。レオンも村長の家の客間に案内された。
部屋に一人になったレオンは、「智慧の輝き」を手に取り、じっくりと観察した。
「古代遺物か……そして神域の賢者と相性が良いなんて、なんて偶然だ」
彼は髪飾りを装着してみた。すると不思議なことに、頭の中が澄み渡るような感覚があった。
「これは……確かに精神集中力が上がる感じがする」
レオンは窓の外を見た。満月の光が森を照らし、静かな夜の風景が広がっていた。かつては凶暴な狼に脅かされていた村が、今は平和を取り戻しつつある。
「こうして人々を助けられるのは……嬉しいな」
彼は心からそう思った。勇者パーティから追放されたことは辛い経験だったが、それが新たな力に目覚めるきっかけとなり、今こうして人々の役に立つことができている。
「女神アステリア……あなたは俺にこの力を与えてくれた。これからもっと多くの人を助けられるように、この力を使っていきます」
空に向かって静かに誓いを立てたレオンは、明日の旅に備えて休息に入った。
---
翌朝、レオンは村人たちに見送られながらロックウッド村を後にした。
「また来てくれよ!」
「困ったことがあったら、いつでも頼るからな!」
「グリーンウッドに行ったら、うちの親戚に会いなさいよ!」
村人たちの明るい声に手を振りながら、レオンは森の道を歩き始めた。「智慧の輝き」を身につけ、新たな自信を胸に。
グリーンウッドへの帰路、彼はふと足を止め、深呼吸をした。「神託解析」の視界で見る世界は、以前よりも鮮明になっていた。髪飾りの効果だろうか、それとも彼自身のスキルが成長しているのだろうか。
「まだ始まったばかりだな……」
レオンは微笑みながら、再び歩き始めた。彼の真の力が発揮されるのは、これからだ。そして彼はまだ知らない。この「村の危機」での活躍が、やがて「一般職の賢者」としての噂を広め、より大きな冒険へと彼を導いていくことを。
遠い場所から、青い髪の女神が微笑みながら彼を見守っていた。
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