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第5話 初めての無双!ダンジョン最深部の脅威を撃破
しおりを挟む朝露に濡れた草木が朝日に輝く中、レオンとルートウィヒ教授はグリーンウッドを出発した。教授は小柄な体に似合わぬ大きな荷物を背負い、片手には錫杖を持っていた。
「無理せず、ゆっくり進みましょう」
レオンが気遣うと、教授は鼻を鳴らした。
「この程度の荷物、若い頃は軽々と担いでいたものだ。私を年寄り扱いするな」
そう言いながらも、教授の息は上がっている。レオンは苦笑いしながら、周囲を警戒し続けた。
王都への道は、初日はグリーンウッド平原を抜け、二日目は山岳地帯「嵐峠」を越え、三日目は「王立森林」を通過するルートだ。特に嵐峠は魔物の出没が多いことで知られている。
平原の道を進む二人の会話は、意外にも弾んだ。
「君は一般職でありながら、優れた洞察力を持っているようだな」
教授は杖を突きながら話しかけてきた。
「いえ、そんな大したことは……」
「謙遜する必要はない。『神託解析』のようなスキルを持っているのだろう?」
レオンは驚いて足を止めた。「どうして……?」
教授は意味ありげに微笑んだ。「王立魔法学院の古代魔法学教授が、そのくらい見抜けなければ話にならん。君の視線の動き方が独特なのだ。まるで見えないものを見ているような」
レオンは警戒心を強めたが、教授は穏やかに続けた。
「心配するな。私は単なる学者だ。珍しいスキルに興味を持っただけでね」
「……このことは、できれば秘密にしておいていただけると」
「もちろんだ。私も若い頃は変わり者だった。人と違う力を持つというのは、時に孤独を伴うものだ」
教授の言葉に心を開いたレオンは、これまでの冒険について少しずつ話し始めた。もちろん、「神域の賢者」や女神アステリアのことは伏せたままで。
「ふむ、なかなか興味深い。特に古代遺跡にまつわる話だ」
教授の目が輝いた。彼は荷物から古びた巻物を取り出した。
「これが今回、王都に持ち帰る重要な発見だ。『大災厄』以前の地図と思われるものだ」
レオンの目が見開いた。「大災厄……」
「知っているのか? 一般の人間には失われた歴史なのだが」
「少し、聞いたことがあります」
教授は周囲を見回し、声を潜めた。
「この地図には、現在の地理と一致しない場所が記されている。恐らく『大災厄』によって地形そのものが変わったのだろう。そして……」
教授の言葉が途切れた。前方から複数の魔物の気配を感じたのだ。
「レオン、魔物だ!」
レオンはすでに剣を抜いていた。「神託解析」で察知していたのだ。
森の中から現れたのは、「蒼角獣(ブルーホーン)」と呼ばれる魔物。青い角を持つ獣で、集団で行動する狡猾な生き物だった。
「五体……いや、六体います!」
「君は若いから足が速いだろう。先に逃げろ。私はここで……」
レオンは教授の前に立ちはだかり、微笑んだ。
「ご心配なく。この程度なら対処できます」
「なんだと? 蒼角獣はCランク魔物だぞ! 一般職の冒険者が単独で相手にできるものではない!」
しかしレオンの目は自信に満ちていた。「神託解析」で魔物たちの情報を読み取る。
蒼角獣たちの弱点は額の青い角の付け根。そして彼らは必ず左右から挟み込む戦法を取る。これだけわかれば……
「お願いします、教授。少し下がっていてください」
レオンは静かに剣を構えた。蒼角獣たちが一斉に襲いかかる。
「来るぞ……」
最初の一体が左から飛びかかった瞬間、レオンは身をかわし、流れるような動きで獣の角の付け根に剣を突き刺した。
「うおおっ!」
獣は断末魔の叫びを上げて倒れた。続いて右からの攻撃も同様に避け、二体目を仕留める。
「なんということだ……」
教授は呆然と見つめていた。レオンの動きは無駄がなく、まるで獣の攻撃パターンを先読みしているかのようだった。
三体目、四体目と次々に倒していく。レオンの動きは次第に加速し、より洗練されていった。まるで踊るように剣を振るい、魔物たちの弱点を的確に狙っていく。
「これが『神託解析』の力……いや、それだけではない。彼の身体能力と判断力が優れているのだ」
教授は鋭い観察眼でレオンの戦いを分析していた。
最後の二体が同時に襲いかかってきた。レオンは一瞬ひるんだが、すぐに体勢を立て直し、一体の攻撃を受け流しながら、もう一体の弱点を突いた。そして振り返り、最後の一体の角の付け根に渾身の一撃を放った。
「はあっ!」
六体目の蒼角獣が地に伏し、戦いは終わった。レオンは少し息を切らしていたが、大きな怪我はなかった。
「見事だ……本当に見事だ!」
教授は杖を地面に突き、感嘆の声を上げた。
「一般職の冒険者がCランク魔物を六体も倒すとは。これまで見た戦いの中で、最も効率的で洗練されたものだ」
レオンは照れたように頭をかいた。「運が良かっただけです」
「謙遜するな、若者よ。君の力は本物だ」
教授の眼差しには、単なる驚きだけでなく、何か別の感情が混じっているように見えた。
「まだ午前中だ。このまま進もう。今夜は山の麓の宿場町、ローゼンで休むことにしよう」
二人は再び歩き始めた。レオンは「神託解析」を使い、周囲を警戒しながら進む。すると、教授が不意に質問を投げかけてきた。
「レオン、君は『大災厄』について、どれくらい知っているのだ?」
「ほとんど知りません。失われた歴史だと聞いただけで」
教授は深く頷いた。「では教えよう。私が長年の研究で明らかにした一部をね」
彼の声は低く、誰にも聞かれたくないという意志が感じられた。
「二千年前、この世界には神々が直接姿を現し、人間と交流していた。文明は今よりもはるかに発達し、魔法と科学が融合した繁栄の時代だった」
レオンは教授の言葉に聞き入った。
「しかしある時、大きな分裂が起きた。神々の間で内紛が生じ、人間もそれに巻き込まれたのだ。世界を守ろうとする神々と、世界を作り変えようとする神々の戦い……それが『神々の戦争』だった」
「神々の戦争……」
教授は頷いた。「その結末が『大災厄』だ。世界は文字通り破壊され、再構築された。そして神々は姿を消し、我々の記憶からも消え去った。残されたのは、クラスシステムや魔物といった、新たな世界の仕組みだけだった」
レオンは女神アステリアの言葉を思い出していた。彼女の話と教授の話が一致する。
「もし神々の戦争が再び起きたら……」
教授は立ち止まり、レオンの目をじっと見つめた。
「世界は再び破壊されるだろう。だからこそ、古代の真実を解明し、過ちを繰り返さないようにしなければならない」
会話は重いものとなったが、二人は黙々と歩き続けた。午後になると、遠くに小さな町の姿が見えてきた。ローゼンの町だ。
「今日はあそこで休もう。明日は嵐峠という難所だ」
「はい。しっかり準備しましょう」
しかし、ローゼンの町に着く前に、思わぬ事態が発生した。
「レオン、あれを見ろ」
教授が指差す方向を見ると、ローゼンの町から煙が上がっていた。
「火事ですか?」
「いや……魔物の襲撃だ!」
町の方角から人々の悲鳴が聞こえてくる。レオンは「神託解析」を使い、状況を確認した。
町の入り口付近で、大きな魔物が暴れている。形状からして「グリーン・マンティコア」——Cランク上位の危険な魔物だ。
「教授、危険です。この場で待機していてください」
「おい、レオン! 一人で行くのか?」
レオンはすでに走り出していた。
「町の人たちが危険です! 必ず戻ってきます!」
教授の呼ぶ声を背に、レオンは全力で町へと向かった。
---
ローゼンの町の入り口は惨状を呈していた。数軒の家が倒壊し、住民たちは恐怖に怯えながら逃げ惑っている。
「みんな、こっちだ! 安全な場所に避難するんだ!」
一人の衛兵が必死に住民を誘導していた。
「あれは……なんだ!?」
レオンの目に飛び込んできたのは、獅子の体に蠍の尾、緑色の鱗に覆われた翼を持つ魔物——グリーン・マンティコアだった。体長は優に5メートルを超え、その尾から放たれる毒針が危険この上ない。
「神託解析!」
レオンの視界に情報が浮かび上がる。マンティコアの弱点は首の付け根にある緑色の斑点。攻撃パターンは尾による毒針攻撃→飛行→爪による連続攻撃→着地。さらに、この魔物が単独でこのような町を襲うのは極めて異常——何かに操られている可能性が高い。
「衛兵さん! みんなを安全な場所に!」
レオンは衛兵に声をかけ、自らは魔物の前に立ちはだかった。
「おい若いの! 危険だ! あれはCランク上位の魔物だぞ!」
「わかっています。でも、誰かが止めないと町が……」
マンティコアはレオンを見つけると、轟音と共に咆哮を上げた。
「来るぞ……」
魔物は尾を振りかぶり、毒針を放った。レオンは「神託解析」で軌道を読み取り、見事に回避。ここからが攻撃パターン通り、マンティコアは翼を広げて飛行を開始する。
「今だ!」
レオンは町の壊れた建物の屋根を足場にして飛び上がった。マンティコアが爪による攻撃に移る前に、その首の付け根に狙いを定める。
「はああっ!」
渾身の一撃が魔物の弱点を直撃した。マンティコアは絶叫し、地面に墜落する。しかし、致命傷には至らなかった。
「くそっ、届かなかった!」
マンティコアは怒りに満ちた目でレオンを睨みつけ、今度は直接突進してきた。レオンは横に飛びのき、かろうじて回避するが、擦り傷を負った。
「このままじゃ……」
マンティコアは着地し、次の攻撃パターンに移る前の一瞬の隙がある。レオンはその瞬間を狙い、再び接近を試みた。
「賢者様! これを!」
突然、一人の少年が宝石のはめ込まれた矢を投げてよこした。
「賢者?」
レオンが戸惑っていると、少年は叫んだ。
「あなたが噂の『一般職の賢者』でしょう! その矢は我が家に代々伝わる魔物退治の宝具です!」
レオンは咄嗟に矢を受け取り、自分の剣に突き刺した。すると、剣が青白い光を放ち始めた。
「これは……」
「神託解析」で調べると、古代の祝福が込められた聖なる武器と判明。特に魔物の弱点に対して絶大な効果を発揮するという。
「よし、もう一度……」
マンティコアが再び飛行態勢に入ったところを見計らい、レオンは町の中央にある噴水台を踏み台にして高く飛び上がった。光を放つ剣を構え、魔物の首の付け根めがけて突進する。
「はあああっ!」
輝く剣がマンティコアの弱点を貫いた。魔物は激しく痙攣し、断末魔の叫びを上げて地面に落下した。
「やった……!」
町の住民たちから歓声が上がる。レオンは魔物の亡骸を確認し、首の付け根から不自然な黒い水晶のようなものを発見した。
「これは……」
「神託解析」によると、それは魔物を操るための「闇の水晶」。人為的に作られたもので、特殊な魔法の痕跡がある。
「誰かがこの魔物を操っていたのか……」
レオンが水晶を調べていると、町の衛兵隊と住民たちが近づいてきた。
「ありがとう、若き冒険者よ! 君がいなければ、我々は全滅していただろう」
衛兵隊長らしき男性が深々と頭を下げた。
「いえ、町の皆さんも勇敢に戦っていました。それに……」
レオンは少年の方を見た。「この少年の宝具のおかげです」
少年は照れくさそうに頭をかいた。「いやあ、まさか使う日が来るとは思ってなかったよ。でも、賢者様のような強い人が使ってくれて光栄です!」
「賢者様?」
「噂で聞いたんだ。『一般職の賢者』って呼ばれる冒険者がいるって。なんでも『神の導き』を受けてるとかなんとか」
周囲から同意の声があがる。
「あなたこそ、その『一般職の賢者』でしょう?」
レオンは戸惑いながらも、礼を言った。「どうやら、そう呼ばれているようですね」
この時、ルートウィヒ教授が町に到着した。
「レオン! 無事だったか!」
「教授! はい、なんとか……」
教授はマンティコアの亡骸と、レオンが手にしている黒い水晶を見て、表情を曇らせた。
「これは……『闇の影響』だな。誰かが意図的に魔物を操っている」
「教授、この水晶をご存じなのですか?」
「いや、詳しくはないが……こんな危険な品が使われているとは」
町の長がやってきて、レオンと教授に町の宿での無料宿泊と食事を申し出た。
「我々の命の恩人だ。どうか今夜はゆっくり休んでくれ」
レオンたちはありがたく申し出を受け、町の宿屋「嵐見亭」に案内された。
---
夜、宿屋の一室でレオンと教授は会話を交わしていた。
「よくやった、レオン。マンティコアを倒すとは……もはやEランクの冒険者の域ではないな」
「教授のおかげです。あなたが研究のために王都に戻らなければ、僕はこの町に来ることもなかった」
教授は黒い水晶をじっと見つめていた。
「この水晶は王都の学院で詳しく調査する必要がある。誰かが意図的に魔物を操り、人々を襲わせているとしたら、由々しき事態だ」
「誰がそんなことを……」
「わからん。だが、私の古代遺物の研究に興味を持つ者たちがいるのは確かだ。彼らは『大災厄』の真実を知り、その力を利用しようとしているのかもしれない」
レオンは黙って考え込んだ。女神アステリア、「大災厄」、「神々の戦争」、そして彼の「神域の賢者」としての役割。全てが何かにつながっているような気がした。
「明日は嵐峠を越える。さらに危険な道のりだが……今日の君の活躍を見れば、心配はないだろう」
教授は疲れた様子で横になった。
「少し休むとしよう。明日に備えてな」
「はい。おやすみなさい、教授」
レオンも床に就いたが、なかなか眠れなかった。今日の戦いは彼にとって大きな転機だった。Cランク上位の魔物を倒し、町を救った。もはや「一般職の冒険者」という枠を超え始めている。
「『一般職の賢者』か……」
窓から差し込む月明かりの中、レオンは「智慧の輝き」を手に取った。光る髪飾りは、女神の祝福を宿している。
「アステリア様……僕は正しい道を進んでいるのでしょうか」
返事はなかったが、心の中で女神の微笑みを感じた気がした。
明日からの旅路もきっと危険に満ちているだろう。しかし、レオンはもう恐れてはいなかった。彼には力があり、守るべき人々がいる。
「王都で何が待っているのか……」
その答えはまだ見えないが、彼は自分の力を信じて前に進む決意を固めていた。月明かりの中、レオンは静かに目を閉じた。
明日は新たな試練の日になるだろう。
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