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624 悪霊と強き者
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「それは悪霊ですね」
白銀の長い髪の男だった。
40の時、ブロートン帝国で会ったその男は、歴史の研究者と自称していた。
歳は20くらいだろう。研究者と言うともう少し歳上のイメージがあったが、この男はかなり若く見える。
しかし研究者と言うだけ会って、その室内は実に多くの書物が並んでいた。
天井まで届く程に高い本棚が壁一面に並び、机の上には自分が見ても何も理解できない文字や計算式が、ノートにびっしりと書いてある。
頭の造りが根底から違うらしい事は、よく分かった。
「悪霊?なんだそれは?」
「あぁ、あまり馴染みのない言葉ですよね?長い帝国の歴史でも、悪霊使いはクラレッサ・アリームという女性が、過去に一人いただけですから」
研究者の男は顔にかかった髪を耳にかけ、不足していた説明を補足する。
「ほぅ、一人とはいえ、俺と同じ力を持った人間がいたのか?それでその女は、この悪霊とかいう力とどうつきあったんだ?」
二千年以上続くブロートン帝国の歴史の中で、悪霊持ちはただ一人。それほど希少な存在という事だ。
だが、一人とは言え同じ力を持った人間がいた。俺はそれに食いついた。
「私もクラレッサ・アリームについては研究中なので、言える事は限られてますが、彼女は悪霊をある程度制御できていたようですね。感情が高ぶると暴走してしまう事もあったようですが、成長とともにめったな事では暴走しなくなったそうです。ですが、その代償でしょうか?人間らしい感情を表す事は乏しかったようです。そして、クラレッサの悪霊ですが、ヘイモンさんの悪霊とは似て非なるものですね」
「・・・なに?」
「話しを聞くところ、悪霊はその槍に取り憑いてるようですね。その槍で斬りつけられた相手は、悪霊の力でより強い苦しみを味わう・・・でいいんですね?」
「そうだ。この槍が黒い気を発して斬りつけると、それがかすり傷でも苦しんでいた。まるで息が詰まるみたいに喉を押さえ、斬り付けたところは熱い熱いと言っていたな」
俺の説明を聞きながら、研究者は表情を変える事もなく、ノートに内容を書いていく。
淡々とした男だ。
「・・・クラレッサ・アリームは、御霊(ごりょう)の目という魔道具を使っていたそうです。なんでも、強い怨念がこもった義眼で、それに悪霊が宿っていました。その目で見ただけで、相手の呼吸を止める事ができたそうです。どこまでが事実か検証はできませんが、本当なら無敵ですよね」
俺を見る研究者の目は、暗に俺の槍との性能の違いを告げているようだった。
見ただけで殺す事ができる御霊の目と、直接攻撃を加える必要がある槍。
どちらが優れているか、分かるだろうと。
「・・・ふっ、確かに無敵だが、俺は全く魅力を感じないな」
「・・・なぜです?」
研究者が少しだけ目を大きく開く。
「俺は武人だからだ。目で見ただけで勝てる戦いなどつまらんだけだ。悪霊に憑り憑かれようが、そこだけは譲れん」
俺の返答はよほど意外だったのだろう。
意表を突かれて一瞬固まったが、その後はまるで俺を研究対象として観察するように、目の色を変えて見てきた。
「・・・ヘイモンさんは面白いですね。私はだいたいいつもここで仕事をしています。また来てくれませんか?ぜひお話しを伺いたい」
研究者の男は、ミゲール・ロットと名乗った。
それからの10年は、帝国で傭兵のような仕事をしていたので、ロットとはたまに会う仲になっていた。
ロットは俺と悪霊の槍の事をよく聞いてきた。槍を振るった時の俺の体の状態や、斬り付けた相手の反応、熱心にノートに記録していく姿は、根っからの研究者だった。
俺はこのロットが嫌いではなかった。歳の差は20もあったが、友と呼べる存在だったと思う。
だが体調を崩した母が失くなった事をきっかけに、俺は帝国を出た。
ロンズデールを出て25年。俺は50を迎える歳になっていた。
「・・・怨念が宿り悪霊となる。覚悟の無い連中を相手にしていたら、そうなってもおかしくはないかもしれんな・・・」
ふと、昔を思い出し呟くが、ガラハドにはもうワシの声は聞く余裕もないようだ。
両膝を着いて腰を曲げ、喉を押さえて必死に空気を肺に入れようともがいている。
「ふむ、あまりいたぶるものでもない。そろそろ楽にしてや・・・」
指先で槍を回し、ガラハドの首に歯をあてがう。
そのまま少し上に持ち上げ、振り下ろそうとしたその時、頭上の気配を感じ取り、手首を回して槍の向きを変え、頭の上から仕掛けて来る者へ槍を横一線に振り払った。
「クッ!」
刃を通じて感じたのは、肉を斬り裂く感触ではなく、硬い金属にぶつけたような手ごたえだった。
「ほぅ・・・拳で刃を受けるとは・・・おもしろい」
視界に映ったのは黒髪の男だった。
初めて見る顔だ。ガラハドがワシの気を引いている間に棚の上に身を潜め、攻撃のタイミングをうかがっていたのか。
残念だが、悪霊の力でワシは人の魂を感じ取る事ができる。
この部屋に二人いた事は最初から知っておった。だから姿を現さないもう一人が、必ず仕掛けて来ると確信して待っておったわ。
「フンッツ!」
腰を入れて全身で槍を振り抜き、黒髪の男を弾き飛ばす。
あの黒いグローブだな・・・おそらくはアレに鉄かなにかが仕込んである。
そうでなければ、拳で刃を受け止められる説明がつかん。
黒髪の男は背中から床に落ちそうになるが、体を回し両手で床を跳ねつけて飛ぶと、衝撃を殺して軽やかに着地した。
「ほう、いい動きだ。頭上からの奇襲も悪くはなかった。ワシ意外ならきまっていただろう。知らん顔だがカーン様の仰られていた侵入者で間違いないな?名は何と言う?」
「・・・坂木、新だ・・・」
「サカキ・アラタ・・・聞いた名だな・・・クインズベリー国でマルコス・ゴンサレスを倒したという男の名が、たしかそんな名だったかと思うが?」
風の噂で、あのマルコス・ゴンサレスが倒されたという話しを耳にした。
倒したという男が聞き慣れない名だったため、覚え難くかったのか話しをしていた連中も名前に関しては、どうにもハッキリしなかった。
だが、サカキ・アラタ、あらためて聞いてみれば、そんな名だったように思う。
「・・・そうだ。俺があのマルゴンを倒した坂木新だ。ここからは俺が相手だ」
左拳を軽く握り前に出す。右半身は後ろに引き、右の拳は目線の高さで構えた。
目の前の小さな老人は、ただの殺人狂ではない。
敵であっても真っ向勝負を挑んでくる者には、それを正面から迎え撃つ気概がある。
僅かな時間だが、ガラハドとの戦闘からそれを感じ取れたから、アラタは自分を大きく見せる事にした。強者であればある程、ヘイモンも乗って来ると思ったからだ。
倒れているガラハドから、自分に注意を向けるためである。
「ほう、やはりそうか。あのマルコス・ゴンサレズをな・・・ふむ、見た事のない構えだな。剣もナイフも持っていないようだが、さっきワシの一撃を受け止めた、そのグローブが武器という事かな?」
「俺の武器はこの拳だ」
「・・・ほう、拳が武器か・・・まぁよかろう。70年戦いに生きたワシの勘が言っておるわ。お前との戦いは楽しめそうだとな・・・」
ニタリと邪悪な笑みを浮かべるアロル・ヘイモン。
その体からにじみ出た黒く邪悪な気が、アラタへと向けられた。
白銀の長い髪の男だった。
40の時、ブロートン帝国で会ったその男は、歴史の研究者と自称していた。
歳は20くらいだろう。研究者と言うともう少し歳上のイメージがあったが、この男はかなり若く見える。
しかし研究者と言うだけ会って、その室内は実に多くの書物が並んでいた。
天井まで届く程に高い本棚が壁一面に並び、机の上には自分が見ても何も理解できない文字や計算式が、ノートにびっしりと書いてある。
頭の造りが根底から違うらしい事は、よく分かった。
「悪霊?なんだそれは?」
「あぁ、あまり馴染みのない言葉ですよね?長い帝国の歴史でも、悪霊使いはクラレッサ・アリームという女性が、過去に一人いただけですから」
研究者の男は顔にかかった髪を耳にかけ、不足していた説明を補足する。
「ほぅ、一人とはいえ、俺と同じ力を持った人間がいたのか?それでその女は、この悪霊とかいう力とどうつきあったんだ?」
二千年以上続くブロートン帝国の歴史の中で、悪霊持ちはただ一人。それほど希少な存在という事だ。
だが、一人とは言え同じ力を持った人間がいた。俺はそれに食いついた。
「私もクラレッサ・アリームについては研究中なので、言える事は限られてますが、彼女は悪霊をある程度制御できていたようですね。感情が高ぶると暴走してしまう事もあったようですが、成長とともにめったな事では暴走しなくなったそうです。ですが、その代償でしょうか?人間らしい感情を表す事は乏しかったようです。そして、クラレッサの悪霊ですが、ヘイモンさんの悪霊とは似て非なるものですね」
「・・・なに?」
「話しを聞くところ、悪霊はその槍に取り憑いてるようですね。その槍で斬りつけられた相手は、悪霊の力でより強い苦しみを味わう・・・でいいんですね?」
「そうだ。この槍が黒い気を発して斬りつけると、それがかすり傷でも苦しんでいた。まるで息が詰まるみたいに喉を押さえ、斬り付けたところは熱い熱いと言っていたな」
俺の説明を聞きながら、研究者は表情を変える事もなく、ノートに内容を書いていく。
淡々とした男だ。
「・・・クラレッサ・アリームは、御霊(ごりょう)の目という魔道具を使っていたそうです。なんでも、強い怨念がこもった義眼で、それに悪霊が宿っていました。その目で見ただけで、相手の呼吸を止める事ができたそうです。どこまでが事実か検証はできませんが、本当なら無敵ですよね」
俺を見る研究者の目は、暗に俺の槍との性能の違いを告げているようだった。
見ただけで殺す事ができる御霊の目と、直接攻撃を加える必要がある槍。
どちらが優れているか、分かるだろうと。
「・・・ふっ、確かに無敵だが、俺は全く魅力を感じないな」
「・・・なぜです?」
研究者が少しだけ目を大きく開く。
「俺は武人だからだ。目で見ただけで勝てる戦いなどつまらんだけだ。悪霊に憑り憑かれようが、そこだけは譲れん」
俺の返答はよほど意外だったのだろう。
意表を突かれて一瞬固まったが、その後はまるで俺を研究対象として観察するように、目の色を変えて見てきた。
「・・・ヘイモンさんは面白いですね。私はだいたいいつもここで仕事をしています。また来てくれませんか?ぜひお話しを伺いたい」
研究者の男は、ミゲール・ロットと名乗った。
それからの10年は、帝国で傭兵のような仕事をしていたので、ロットとはたまに会う仲になっていた。
ロットは俺と悪霊の槍の事をよく聞いてきた。槍を振るった時の俺の体の状態や、斬り付けた相手の反応、熱心にノートに記録していく姿は、根っからの研究者だった。
俺はこのロットが嫌いではなかった。歳の差は20もあったが、友と呼べる存在だったと思う。
だが体調を崩した母が失くなった事をきっかけに、俺は帝国を出た。
ロンズデールを出て25年。俺は50を迎える歳になっていた。
「・・・怨念が宿り悪霊となる。覚悟の無い連中を相手にしていたら、そうなってもおかしくはないかもしれんな・・・」
ふと、昔を思い出し呟くが、ガラハドにはもうワシの声は聞く余裕もないようだ。
両膝を着いて腰を曲げ、喉を押さえて必死に空気を肺に入れようともがいている。
「ふむ、あまりいたぶるものでもない。そろそろ楽にしてや・・・」
指先で槍を回し、ガラハドの首に歯をあてがう。
そのまま少し上に持ち上げ、振り下ろそうとしたその時、頭上の気配を感じ取り、手首を回して槍の向きを変え、頭の上から仕掛けて来る者へ槍を横一線に振り払った。
「クッ!」
刃を通じて感じたのは、肉を斬り裂く感触ではなく、硬い金属にぶつけたような手ごたえだった。
「ほぅ・・・拳で刃を受けるとは・・・おもしろい」
視界に映ったのは黒髪の男だった。
初めて見る顔だ。ガラハドがワシの気を引いている間に棚の上に身を潜め、攻撃のタイミングをうかがっていたのか。
残念だが、悪霊の力でワシは人の魂を感じ取る事ができる。
この部屋に二人いた事は最初から知っておった。だから姿を現さないもう一人が、必ず仕掛けて来ると確信して待っておったわ。
「フンッツ!」
腰を入れて全身で槍を振り抜き、黒髪の男を弾き飛ばす。
あの黒いグローブだな・・・おそらくはアレに鉄かなにかが仕込んである。
そうでなければ、拳で刃を受け止められる説明がつかん。
黒髪の男は背中から床に落ちそうになるが、体を回し両手で床を跳ねつけて飛ぶと、衝撃を殺して軽やかに着地した。
「ほう、いい動きだ。頭上からの奇襲も悪くはなかった。ワシ意外ならきまっていただろう。知らん顔だがカーン様の仰られていた侵入者で間違いないな?名は何と言う?」
「・・・坂木、新だ・・・」
「サカキ・アラタ・・・聞いた名だな・・・クインズベリー国でマルコス・ゴンサレスを倒したという男の名が、たしかそんな名だったかと思うが?」
風の噂で、あのマルコス・ゴンサレスが倒されたという話しを耳にした。
倒したという男が聞き慣れない名だったため、覚え難くかったのか話しをしていた連中も名前に関しては、どうにもハッキリしなかった。
だが、サカキ・アラタ、あらためて聞いてみれば、そんな名だったように思う。
「・・・そうだ。俺があのマルゴンを倒した坂木新だ。ここからは俺が相手だ」
左拳を軽く握り前に出す。右半身は後ろに引き、右の拳は目線の高さで構えた。
目の前の小さな老人は、ただの殺人狂ではない。
敵であっても真っ向勝負を挑んでくる者には、それを正面から迎え撃つ気概がある。
僅かな時間だが、ガラハドとの戦闘からそれを感じ取れたから、アラタは自分を大きく見せる事にした。強者であればある程、ヘイモンも乗って来ると思ったからだ。
倒れているガラハドから、自分に注意を向けるためである。
「ほう、やはりそうか。あのマルコス・ゴンサレズをな・・・ふむ、見た事のない構えだな。剣もナイフも持っていないようだが、さっきワシの一撃を受け止めた、そのグローブが武器という事かな?」
「俺の武器はこの拳だ」
「・・・ほう、拳が武器か・・・まぁよかろう。70年戦いに生きたワシの勘が言っておるわ。お前との戦いは楽しめそうだとな・・・」
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