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1030 兄と慕った男
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「・・・何の用だ?」
四方を石壁に囲まれた冷たく暗い部屋の中で、その男は音も無く背後に立った存在に向けて、静かに言葉を発した。
「・・・行くの?」
肩の下まである緋色の髪を耳にかけると、深紅のローブに身を包んだその女は、切れ長の金茶色の瞳を細めて男の背中に短く声をかけた。
「・・・ああ、退屈していたところだ。暇を潰すには丁度いい」
「そう・・・バドゥ・バックの大蛇が何匹か殺られたっていうからね、クインズベリーのゴールド騎士ってのは油断ならないよ?」
その言葉に男が返事をする事はなかった。
口を閉ざしたまま椅子から腰を上げると、ゆっくりと振り返る。
そして帝国軍第四師団長、緋色の髪のスカーレット・シャリフと向き合った。
「まぁあんたなら、ゴールド騎士が相手でもどうって事はないか・・・ん?どうかしたの?」
自分と向き合っている男が、ふいにあらぬ方向に顔を向けて、何かに想いを馳せるように目を細めた。
窓一つ無い暗い部屋の中なのに、どこか遠くを見るような・・・・・
ここにいるのに、ここではないどこか遠くへ身をゆだねるような・・・・・
一瞬この男がとても儚く、そしてひどく脆く見えた
この男のこんな顔を見るのは初めてだった
「・・・・・」
「・・・ねぇ、急にどうしたの?聞いてるんだけど?」
何も話そうとしない男に向かって、スカーレットは苛立ちの混じった言葉をぶつけた
今しがた垣間見えたのはなんだ?
微かにこの男の正体に触れた気がする・・・だが、聞いたところで何も答えないだろう
皇帝の連れて来たこの男は、最初からずっとそうだった
自分の事は何も答えない
話そうとしない
だから・・・
「・・・・・・・懐かしい、匂いがしてな・・・」
「・・・・・へぇ・・・あんたにも何か懐かしむものがあったんだ?」
こんな一言でも自分の心の内を明かした事に、スカーレットは驚かされた
「フッ!」
短く息を吐き出しアルベルトが剣を横に一線させると、大口を開けて飛び掛かってきた蛇の頭が、真っ二つに斬り裂かれて地面に落ちた。
「・・・これで何匹目だ?本当に多いな」
「上に行くほど増えているように感じます。まるで俺達を上に行かせたくないようですね、おっと!」
アルベルトの疑問に答えながら、エクトールは足元に這い出て来た蛇の頭を剣で刺し貫いた。
パウンド・フォーに入山して2時間が経っていた。
そしてここまで斬った蛇の数は、全体で50は優に超えている。
次から次へと湧き出る蛇に警戒しながら進むため、当然進行ペースも遅くなる。
そして常に気を張った状態でいるため、精神的な疲れは体力にも影響が出始めていた。
「・・・ここで少し休もう」
全員に疲労が見えてきた事を感じたアルベルトは、足を止めて休憩を指示をした。
「休憩は10分だ。みんな慣れない山道と蛇への警戒で疲れただろう。一旦ここで気持ちを落ち着けてくれ、次は800メートル地点の洞窟まで休まず進む」
体力型中心のメンバー構成だが、赤茶色の粘土質の土は前日の雨で粘り気を出し、ベタベタと足に貼りついて動きが鈍る。
加えてパウンド・フォー西側は標高こそ他三峰より低いが、傾斜が強く登りにくい道が多い。
そこに尋常ではない数の蛇に狙われるとなれば、救出隊の歩は遅々としたものだった。
「・・・ふぅ、800メートルくらいすぐだと思ったけど・・・けっこう大変なんだな」
手ごろな大きさの岩を見つけ、アラタはドカっと腰を下ろした。
立てていた髪が汗で下りてきたので、手櫛で掻き上げる。
「隣いいかな?」
頭の上に陰が降りて顔を上げると、大剣を背負ったダークブラウンの髪の剣士が、アラタの前に立っていた。
「リーザ、ああ、もちろんいいよ」
アラタが体一つ分横にずれると、リーザは、ありがと、と言ってアラタの隣に腰を下ろした。
「粘土質って嫌だよね?地面から足を引きはがすのに力を使うから、普通に歩く倍くらい疲れるよ。しかもこの急勾配でしょ?本当に登り辛い山だよ」
体をほぐすように背伸びをするリーザ。足をプラプラと振って、フーっと大きく息を吐く。
「ああ、想像以上だよ。前にケイトが言ってたんだけど、山登りって青魔法使いがいるといないとでは、天と地くらい差があるんだって。今ならその意味がよく分かるよ」
アラタもリーザに同意して、このパウンド・フォーを登る大変さを口にした。
「ねぇ、気になってたんだけど、あんたは蛇が相手でも拳でやるわけ?」
肩や首を回して筋肉をほぐしながら、リーザはアラタの拳に目をやった。
「ん?ああ、そうだよ。蛇が出てきたら殴り飛ばすよ」
「自信満々だね?でも牙は大丈夫なの?蛇の頭を叩くわけでしょ?かすったりするんじゃない?」
「ああ、それは大丈夫。拳の対策だけはしっかりやってあるんだ。このグローブ、ジャレットさんとシルヴィアさんが作ってくれたんだけど、鉄糸(てっし)が使われてて、剣だって受け止められるんだ。蛇の牙なんて何でもないよ」
リーザの質問にアラタは拳にはめている、オープンフィンガーのグローブを見せながら答えた。
「ふぅん、そりゃ良い物もらったね。ボクシングって言うんだっけ?拳だけで戦うってのは聞いたけど、蛇も殴り倒すってのは正直驚いたよ。さすがにナイフくらいは使うと思ったからさ。ニホンってのは、アラタみたいに武器を使わずに戦う人が多いの?」
「うん、こっちの世界じゃ珍しいみたいだよね。リカルドにも刺した方が早いじゃんって言われた事あるよ。でも俺の元いた世界じゃ、剣やらナイフなんて一般人が使う事はそうそうないんだよ。なんて言うのかな・・・殴り合いなら生き死にまでいかずに決着できるでしょ?そういうのもあって、武器を使わずに戦う技術が出来上がったのかもね」
そのまま日本での格闘技の話しをすると、リーザは興味を惹かれたように聞き入った。
「・・・って感じなんだよ。投げ技や寝技を主体にする柔道とか色々あるんだ。リーザってこういう話し好きなんだね?」
「まぁね、と言うか体力型ならだいたいみんな好きだと思うよ?それにしても本当に沢山の戦い方があるんだな?それでアラタはなんでボクシングを選んだの?」
それは何かを意識して出た言葉ではない。話しの流れで自然と出た質問だった。
だがその質問はアラタにとって、今は遠い過去を思い起こさせた。
目を閉じればいつでも思い出せる。
かつての自分の居場所、リサイクルショップ・ウイニング。
そして姉と慕った新庄弥生と、兄として頼った村戸修一・・・
「・・・・・俺がボクシングを始めた理由は・・・・・俺を拾ってくれた恩人の勧めなんだ」
少しだけ思い出に浸った後、アラタは口を開いて話し始めた。
四方を石壁に囲まれた冷たく暗い部屋の中で、その男は音も無く背後に立った存在に向けて、静かに言葉を発した。
「・・・行くの?」
肩の下まである緋色の髪を耳にかけると、深紅のローブに身を包んだその女は、切れ長の金茶色の瞳を細めて男の背中に短く声をかけた。
「・・・ああ、退屈していたところだ。暇を潰すには丁度いい」
「そう・・・バドゥ・バックの大蛇が何匹か殺られたっていうからね、クインズベリーのゴールド騎士ってのは油断ならないよ?」
その言葉に男が返事をする事はなかった。
口を閉ざしたまま椅子から腰を上げると、ゆっくりと振り返る。
そして帝国軍第四師団長、緋色の髪のスカーレット・シャリフと向き合った。
「まぁあんたなら、ゴールド騎士が相手でもどうって事はないか・・・ん?どうかしたの?」
自分と向き合っている男が、ふいにあらぬ方向に顔を向けて、何かに想いを馳せるように目を細めた。
窓一つ無い暗い部屋の中なのに、どこか遠くを見るような・・・・・
ここにいるのに、ここではないどこか遠くへ身をゆだねるような・・・・・
一瞬この男がとても儚く、そしてひどく脆く見えた
この男のこんな顔を見るのは初めてだった
「・・・・・」
「・・・ねぇ、急にどうしたの?聞いてるんだけど?」
何も話そうとしない男に向かって、スカーレットは苛立ちの混じった言葉をぶつけた
今しがた垣間見えたのはなんだ?
微かにこの男の正体に触れた気がする・・・だが、聞いたところで何も答えないだろう
皇帝の連れて来たこの男は、最初からずっとそうだった
自分の事は何も答えない
話そうとしない
だから・・・
「・・・・・・・懐かしい、匂いがしてな・・・」
「・・・・・へぇ・・・あんたにも何か懐かしむものがあったんだ?」
こんな一言でも自分の心の内を明かした事に、スカーレットは驚かされた
「フッ!」
短く息を吐き出しアルベルトが剣を横に一線させると、大口を開けて飛び掛かってきた蛇の頭が、真っ二つに斬り裂かれて地面に落ちた。
「・・・これで何匹目だ?本当に多いな」
「上に行くほど増えているように感じます。まるで俺達を上に行かせたくないようですね、おっと!」
アルベルトの疑問に答えながら、エクトールは足元に這い出て来た蛇の頭を剣で刺し貫いた。
パウンド・フォーに入山して2時間が経っていた。
そしてここまで斬った蛇の数は、全体で50は優に超えている。
次から次へと湧き出る蛇に警戒しながら進むため、当然進行ペースも遅くなる。
そして常に気を張った状態でいるため、精神的な疲れは体力にも影響が出始めていた。
「・・・ここで少し休もう」
全員に疲労が見えてきた事を感じたアルベルトは、足を止めて休憩を指示をした。
「休憩は10分だ。みんな慣れない山道と蛇への警戒で疲れただろう。一旦ここで気持ちを落ち着けてくれ、次は800メートル地点の洞窟まで休まず進む」
体力型中心のメンバー構成だが、赤茶色の粘土質の土は前日の雨で粘り気を出し、ベタベタと足に貼りついて動きが鈍る。
加えてパウンド・フォー西側は標高こそ他三峰より低いが、傾斜が強く登りにくい道が多い。
そこに尋常ではない数の蛇に狙われるとなれば、救出隊の歩は遅々としたものだった。
「・・・ふぅ、800メートルくらいすぐだと思ったけど・・・けっこう大変なんだな」
手ごろな大きさの岩を見つけ、アラタはドカっと腰を下ろした。
立てていた髪が汗で下りてきたので、手櫛で掻き上げる。
「隣いいかな?」
頭の上に陰が降りて顔を上げると、大剣を背負ったダークブラウンの髪の剣士が、アラタの前に立っていた。
「リーザ、ああ、もちろんいいよ」
アラタが体一つ分横にずれると、リーザは、ありがと、と言ってアラタの隣に腰を下ろした。
「粘土質って嫌だよね?地面から足を引きはがすのに力を使うから、普通に歩く倍くらい疲れるよ。しかもこの急勾配でしょ?本当に登り辛い山だよ」
体をほぐすように背伸びをするリーザ。足をプラプラと振って、フーっと大きく息を吐く。
「ああ、想像以上だよ。前にケイトが言ってたんだけど、山登りって青魔法使いがいるといないとでは、天と地くらい差があるんだって。今ならその意味がよく分かるよ」
アラタもリーザに同意して、このパウンド・フォーを登る大変さを口にした。
「ねぇ、気になってたんだけど、あんたは蛇が相手でも拳でやるわけ?」
肩や首を回して筋肉をほぐしながら、リーザはアラタの拳に目をやった。
「ん?ああ、そうだよ。蛇が出てきたら殴り飛ばすよ」
「自信満々だね?でも牙は大丈夫なの?蛇の頭を叩くわけでしょ?かすったりするんじゃない?」
「ああ、それは大丈夫。拳の対策だけはしっかりやってあるんだ。このグローブ、ジャレットさんとシルヴィアさんが作ってくれたんだけど、鉄糸(てっし)が使われてて、剣だって受け止められるんだ。蛇の牙なんて何でもないよ」
リーザの質問にアラタは拳にはめている、オープンフィンガーのグローブを見せながら答えた。
「ふぅん、そりゃ良い物もらったね。ボクシングって言うんだっけ?拳だけで戦うってのは聞いたけど、蛇も殴り倒すってのは正直驚いたよ。さすがにナイフくらいは使うと思ったからさ。ニホンってのは、アラタみたいに武器を使わずに戦う人が多いの?」
「うん、こっちの世界じゃ珍しいみたいだよね。リカルドにも刺した方が早いじゃんって言われた事あるよ。でも俺の元いた世界じゃ、剣やらナイフなんて一般人が使う事はそうそうないんだよ。なんて言うのかな・・・殴り合いなら生き死にまでいかずに決着できるでしょ?そういうのもあって、武器を使わずに戦う技術が出来上がったのかもね」
そのまま日本での格闘技の話しをすると、リーザは興味を惹かれたように聞き入った。
「・・・って感じなんだよ。投げ技や寝技を主体にする柔道とか色々あるんだ。リーザってこういう話し好きなんだね?」
「まぁね、と言うか体力型ならだいたいみんな好きだと思うよ?それにしても本当に沢山の戦い方があるんだな?それでアラタはなんでボクシングを選んだの?」
それは何かを意識して出た言葉ではない。話しの流れで自然と出た質問だった。
だがその質問はアラタにとって、今は遠い過去を思い起こさせた。
目を閉じればいつでも思い出せる。
かつての自分の居場所、リサイクルショップ・ウイニング。
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